K108.東京都心部の代表気温―大手町露場の代表性
著者:近藤純正
東京都心部の広い芝地4か所で晴天日中の気温を観測し、気象庁大手町露場の気温と比較
した。4か所は北の丸公園、新宿御苑、明治神宮、代々木公園である。これら広い芝地
4か所間の気温差は±0.1℃程度であり、ともに東京都心部を代表している。大手町露場の
気温はこれら公園の広い芝地に比べて平均的に0.2~0.3℃ほど高いものの、都心部を
かなりよく代表すると見なされる。
(完成:2015年7月10日)。
本ホームページに掲載の内容は著作物である。
内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用
に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。
更新の記録
2015年7月7日:素案の作成
2015年7月10日:完成
目次
108.1 はしがき
108.2 観測方法
108.3 晴天日中の気温の代表性
まとめ
気象庁資料
気象庁大手町露場の気温データは気象庁から提供されたものである。
観測協力者・機関
内藤玄一、近藤昌子、徐健青
首都大学東京地理学教室:松山 洋、泉 岳樹、大和広明、中島 虹、渡邊貴典、酒井健吾、久富悠生、
長原峻一郎、木下紗綺、鈴木穂高、中三川光、山川大智、齊藤有希、和田範雄
気象庁観測部
環境省自然環境局皇居外苑管理事務所北の丸分室
環境省自然環境局新宿御苑管理事務所
明治神宮
東京都建設局東部公園緑地事務所
代々木公園サービスセンター
108.1 はしがき
気象観測所は、地域代表の気象を観測するために設置されている。最近では、観測所の
ごく近傍の環境が悪化し風通しが不十分になり、地域を十分に代表できない観測所もある。
特にアメダスは、設置上の制約からごく近傍に建物ができる、あるいは
樹木が成長するなどによって観測環境が悪化した所もある。
いっぽう、気象官署(地方気象台、旧測候所)は一般アメダスに比べて露場が広く、
一部の例外を除き、ほぼ地域を代表する気象が観測されていると見なされる。
ほとんどの気象台の周辺は都市化されて、都市気象・気候を観測するようになった。
気象観測は防災上のほか、近年は熱中症対策の基礎資料としても利用される
ようになり、観測精度として±0.5℃が必要であろう。
本シリーズ研究「森林内の気温」では、森林公園などの林内気温が周辺の都市部・ビル街
に比べて低温か、それとも高温になるか、森林の状態(樹高、風通し:見通し、林床の
日射量:木漏れ日率)によってどのような違いがあるのかを定量的に明らかにすることを
目的とし、各地の森林公園や防風林で観測している。
林内気温の観測に際して、風通しのよい広い芝地上の気温を基準としている。
具体的には、東京都心部の北の丸公園、新宿御苑、明治神宮、代々木公園の各々には
広い芝地があり、これを基準点としている。
東京の観測は大手町露場で行われてきたが、2014年12月2日から北の丸公園内の北の丸
露場に移転した。北の丸露場の周辺は密な樹木で風通しが悪く、晴天日中の
気温はビル街の大手町より高温に、夜間は低温に観測されるようになり、必ずしも
東京都心部・ビル街の気温を十分に代表できていない。さらに、森林環境の時代による
変化が気温観測値に影響すると予想される。
そうした観点から、長年にわたり観測データが蓄積されてきた大手町露場の代表性を
検討し、北の丸露場との関係についても明らかにしておきたい。
本章では、北の丸公園、新宿御苑、明治神宮、代々木公園の中にある広い芝地、及び皇居
お堀端の中央気象台跡地における各々の気温の違い、及びそれらと大手町露場の気温との
違いを調べ、東京都心部を代表する気温について考察する。
気温の観測値は、これまでに報告してきた次の資料と、その他の観測値も利用する。
「K103. 林内気温ー新宿御苑、神宮の森、北の丸公園」
「K105. 北の丸公園の日中の気温分布」
「K106. 明治神宮の森・代々木公園の日中の気温分布」
108.2 観測方法
東京都心部を代表すると見なされる風通しのよい次の5地点で観測する。
新宿御苑のイギリス風景式庭園(芝地)
代々木公園中央広場(芝地)
明治神宮境内北部の宝仏殿前(芝地)
北の丸公園の池の北側の広場(芝地)
お濠端の中央気象台跡地、震災イチョウ脇の濠の角(裸地+植樹)
これら地点の条件を表108.1に示す。
表108.1 気温観測の基準点の一覧表
空間広さ=X/h、tanα=h/X、α:仰角、h:地物の高さ、X:地物までの水平距離
全方位:空間広さの全方位の平均値<1/tanα>
晴天時:南寄りの卓越風向の方位の空間広さ、方位角±20°範囲の平均
観 測 地 点 名 大手町露場 空間広さ<X/h> 晴天時
からの距離 全方位 晴天時 日中の
km 平均 主風向 卓越風向
新宿御苑イギリス風景式庭園 4.5 7.7 11.5 SSE
代々木公園中央広場 6.4 5.8 5.7 S
明治神宮北芝地 5.8 4.8 6.7 SW
北の丸公園池の北の広場 1.0 3.5 6.8 SSE
お濠端の中央気象台跡地 0.16
大手町露場 0.0 3.4 8.7 SSW
気温観測では高精度の強制通風式気温計を用いる。この気温計の総合的誤差(通風筒
に及ぼす放射影響を含む)は0.03℃程度である(「K92. 省電力
通風筒」、「K100. 気温観測用の次世代通風筒」)。
観測は原則として快晴日または直射の強い薄曇りの日に行なうこととし、1日の最高気温
が現れやすい時間帯の11時~15時までの4時間を原則とする。ただし、雲の状態により場所
による気温のムラができるようなときなど、条件によっては4時間より短いこともある。
すなわち、現地で雲の状態を見ながら、その日のデータ収集の開始・終了時間を決める。
気温のサンプリングは20秒ごとに行ない、4時間の平均気温をもとめる。センサーは
Pt1000オーム、受感部の直径は2.3mmを用いている。
通風式気温計は伸縮棒(長さ0.85m~2m)の上端に取り付け、三脚に載せて気温は
自動記録する。通風筒の吸気口の地表面からの高さは1.5mとする。この気温と気象庁
大手町露場の気温(サンプリングは10分間隔)を比較し、それらの気温差をもとめる。
気象庁の気温観測用通風筒は放射の影響を受け、晴天時は0.2~0.4℃ほど高めに観測
される。それゆえ、正午前後の3~4時間平均の放射影響誤差は0.3℃として補正する
(「K99. 通風筒の放射誤差(気象庁95型、農環研09S型」)。
2015年現在使われている通風筒の構造は原理的に95型と同じで、放射影響も同じである
(「K84. 観測露場内の気温分布―熊谷」)。
図108.1~図108.5は、気温を観測した地点の写真である。

図108.1 新宿御苑内のイギリス風景式庭園、東南東から西北西を撮影(2015年4月6日)。
「K103. 林内気温―新宿御苑、神宮の森、
北の丸公園」の図103.3に同じ)

図108.2 代々木公園の中央広場、西から東方向を撮影(2015年4月19日、日曜日)。
「K103. 林内気温―新宿御苑、神宮の森、
北の丸公園」の図103.9に同じ)

図108.3 明治神宮境内北部の宝仏殿前の広場(2015年6月6日)。
左:北東から南西方向を撮影
右:南西から北東方向を撮影
気温計は国旗掲揚台の前方20mに設置(赤矢印の場所)

図108.4 北の丸公園の芝地の広場基準点、北西から南東方向を撮影(2015年5月1日)。
「K103. 林内気温―新宿御苑、神宮の森、
北の丸公園」の図103.11に同じ)

図108.5 お濠端の中央気象台跡地、赤矢印は気温計設置地点(2015年4月19日)。
左:南東から北西方向を撮影
右:北西から南東方向を撮影
108.3 晴天日中の気温の代表性
東京都心部の広い芝地で行なった観測の一覧を表108.2にまとめた。ただし、昔、
中央気象台があったお濠端は芝地ではなく、裸地と植生(桜など)からなる。
表108.2には気象庁大手町露場の気温を基準とした気温差を示してあり、マイナス値は
大手町露場に比べて低温であることを表す。各観測点は大手町露場から離れているので、
1回の観測時間内では代表性の誤差を含むことに注意すること。
表108.2 広い芝地と大手町露場の気温、その他資料一覧。
略称
基準点:気温観測の広場基準点
新宿:新宿御苑
イギリス:イギリス風景庭園(芝地)
代々木:代々木公園
中央:中央広場(芝地)
北の丸:北の丸公園
広芝地:池の北の広場(芝地)
お堀端:気象庁の南方のお濠端
跡地:中央気象台跡地(ミニ公園の震災イチョウの脇、濠の角、おもに裸地+植樹)
神宮:明治神宮
北芝地:明治神宮境内北部の宝仏殿前の広場(芝地)
補正:気象庁気温観測用通風塔に及ぼす日中平均の放射影響による誤差(0.3℃)の補正値
気温差:気象庁大手町露場の気温を基準とした各広場基準点の気温(マイナスは広場が低温)
風向風速:北の丸の科学技術館屋上、地上高度35mにおける風向・風速
月日 広芝地 基準点 時 刻 広場 大手町 大手町 気温差 気 温 差 (広場基準点-大手町) 北の丸
気温 気温 補正 新宿 代々木 神宮 北の丸 お濠端 風向 風速
℃ ℃ ℃ ℃ ℃ ℃ ℃ ℃ ℃ m/s
(2015年)
4/12 新宿 イギリス 11:00-14:00 15.88 16.28 15.98 -0.10 -0.10 -- -- -- -- NE 3.0
4/16 新宿 イギリス 11:00-13:30 19.70 19.92 19.62 +0.08 +0.08 -- -- -- -- SSE 3.3
4/18 代々木 中央 11:00-14:00 17.14 17.57 17.27 -0.13 -- -0.13 -- -- -- S 7.2
5/01 北の丸 広芝地 11:00-14:00 24.23 24.92 24.62 -0.39 -- -- -- -0.39 -- S 2.9
5/02 北の丸 広芝地 11:00-15:00 25.20 25.63 25.33 -0.13 -- -- -- -0.13 -- SSE 3.6
5/26 北の丸 広芝地 11:00-15:00 28.20 28.91 28.61 -0.41 -- -- -- -0.41 -- N-NE 2.7
5/26 お堀端 跡地 11:00-15:00 28.24 28.91 28.61 -0.37 -- -- -- -- -0.37 N-NE 2.7
5/27 代々木 中央 11:00-13:00 28.37 29.32 29.02 -0.65 -- -0.65 -- -- -- ENE-SE 3.2
6/07 神宮 北芝地 11:30-15:00 23.36 24.05 23.75 -0.39 -- -- -0.39 -- -- SSE 4.6
6/13 北の丸 広芝地 11:00-15:00 26.92 27.49 27.19 -0.27 -- -- -- -0.27 -- SSE 3.4
6/20 北の丸 広芝地 12:00-14:30 25.10 25.66 25.36 -0.26 -- -- -- -0.26 -- SSE 3.8
6/22 神宮 北芝地 13:00-15:30 25.57 28.02 25.72 -0.15 -- -- -0.15 -- -- SSE 3.1
6/22 代々木 中央 13:00-15:30 25.63 26.03 25.73 -0.10 -- -0.10 -- -- -- SSE 3.1
6/24 代々木 中央 13:00-15:00 28.11 28.46 28.18 -0.07 -- -0.07 -- -- -- S 3.4
6/24 代々木 中央 11:30-13:00 27.00 27.46 27.16 -0.16 -- -0.16 -- -- -- SE-S 2.1
6/25 神宮 北芝地 12:00-15:00 27.28 27.88 27.58 -0.30 -- -- -0.30 -- -- SE 5.0
6/25 代々木 中央 12:00-15:00 27.26 27.88 27.58 -0.32 -- -0.32 -- -- -- SE 5.0
観測回数 17 2 6 3 5 1
平均℃) -0.24 -0.01 -0.24 -0.28 -0.29 -0.37
標準偏差(℃) 0.17 -- 0.22 0.12 0.11 --
最下段の行に示すように、観測の延べ回数17回平均の気温差=-0.24℃±0.17℃である。
観測回数が3回以上の地点について示したバラツキの標準偏差は、0.1~0.2℃程度である。
これらの結果から次のことが言える。
(1)広い芝地基準点の相互の違いは±0.1℃程度であり、大きな違いはない。
(2)気象庁大手町露場の気温は、これら広い芝地基準点と比べて0.2~0.3℃ほど高い。
(3)観測回数が少ないので確定的ではないが、北寄り~東寄りの風のとき、大手町
露場の気温は0.2~0.3℃より、さらに0.2~0.3℃高めに観測される。
(3)の理由として、大手町露場では南方向に皇居・濠が、西側の竹橋会館との間に広い
道路があり、南寄りのときの風通しはよいのに対し、他の風向のときの風通しが不良
であることによると考えられる。
大手町露場の高度2mで観測した露場風は、一般風(科学技術館屋上、地上高=35m)が
南寄りの風のときの露場風向のずれは小さいが、東寄りの風のときは竹橋会館にぶつかり
露場の風向は180°ずれ反転する(「k63. 露場風速の解析―北の丸
と大手町」の図63.4参照)。
まとめ
地物の影響の少ない広い芝地(空間広さの広い場所)で観測された気温は、その地域を
代表する。空間広さが狭い所では、日中は高温に夜間は低温に観測される。具体的には、
晴天日中の場合、空間広さが1桁違う場合(空間広さの対数差=1のとき)、気温は1℃程度
高めに観測される(「K84. 観測露場内の気温分布―熊谷」
の図84.13を参照)。
それゆえ、例えば都市内の気温水平分布(ヒートアイランド)を知りたいときは、
空間広さがほぼ同じような地点で観測しなければならない。
本シリーズ研究「森林内の気温」では、林内気温は林外に比べて低いか高いか、
森林状態によってどのような振舞いをするかについて調べている。この際、広い芝地
の気温を基準としている。
東京都心部の7km以内の範囲にある北の丸公園、新宿御苑、明治神宮、代々木公園
の各基準点で観測した日中の気温の違いについて、次のことがわかった。
(1)東京都心部の広い芝地における晴天日中の気温の差は±0.1℃程度の範囲内にある。
(2)大手町露場の気温はこれら広い芝地4か所に比べて平均的に0.2~0.3℃ほど高いが、
その差が小さいことから、都心部をかなりよく代表していると見なされる。
大手町露場の気温が0.2~0.3℃ほど高いことの理由の一つは、特に南寄りの風のとき、
空気塊の舗装面上(気象庁構内を含む)の吹走距離が100~200mほどであることによると
推測される。