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1998年12月
『騎乗』
ディック・フランシス、菊池光=訳、早川書房

毎年この時期の楽しみ、フランシスの新作。今度は17歳の青年が、父の選挙を手伝うという設定。騎手になろうという夢をこわされながら、父を襲う災厄へと立ち向かっていく。

はっきりいって、低調です。が、障害競馬の場面と、候補からはずされた前議員夫人と主人公とのシークェンスはよい。

原題は"10-lb Penalty"で、私はずっと「10ポンドの罰金」だと思っていたのだが、「10ポンドの加重負担」だったのですな。そうだ、競馬でペナルティといえば、負担重量の増加だもんな。

『LAコンフィデンシャル』(上・下)
ジェイムズ・エルロイ、小林宏明=訳、文春文庫

結論:映画を観てから原作を読んで正解だった。当たり前だが、映画化に当たってはかなりの改変があり、いくつものエピソードが抜け落ち、入れ替えられ、組み立て直されている。でも、いい映画でしたよ。原作の雰囲気とかエッセンスをちゃんと抽出してたもん。

L.A.四部作の3作目は、さらに変貌している。ただの背景説明のエピソードに見えたものが、重要な意味を持ってきたり、新聞記事や調書を入れてみたり。何よりも、いくつもの事件が次第に結びついていく緊迫感、登場人物たちの性格描写の変容が印象的だ。そして、相変わらず圧倒的な説得力を持つミクロのリアリズム。

で、最後には感動しちゃうんだな、これが。人間の「業」というとありきたりだが。エルロイの小説を言葉で評価しようという試み自体が不毛かもしれない。技法やら死体損傷やら育ちの問題とか、いろいろ書くことはあるかもしれないが、本質にはどうも迫れない。正義でも金でも愛情でもなく、事件を追う男たちをドライブさせる力、それが最大の謎だ。

『ビッグ・ノーウェア』(上・下)
ジェイムズ・エルロイ、二宮馨=訳、文春文庫

やっと文庫で出たL.A.四部作の2作目。これで、次に『LAコンフィデンシャル』が安心して読める。

う〜ん、『ブラック・ダリア』よりも構成は整理され、キャラクターも明確な輪郭で整っている。もちろん、グロテスクな猟奇殺人、腐敗した警察内部、麻薬、同性愛、そして暴力が噴出しているのではあるが。小説としては、緊密に伏線を張ったプロットと、見事な彫塑のような人物造形、そして地をはうようなリアリスティックな描写があいまって、パズルが組み立てられた時にはいくつもの悲劇が心を打つ仕掛けになっている。情念とか粘液質とか血の匂いとかはそのままで、より理知的にパワーを制御している感じ、とでもいうか。

なんかうまく言えないけれど、出来としては間違いなく『ブラック・ダリア』を上回るが、読んだときの状況の差か、押し寄せる感動の波があまり高くないんだな。ボクシングでいえば、自滅的ハードパンチャーが、ヒットアンドアウェイのアウトボクシングを身につけたようなものかも。

前作ではボクシングがキーとなるイメージだったとすれば、今回はジャズ。そのうねるようなリズム、叫ぶような高音と(連続殺人の)犯人の心理とを重ね会わせるクライマックスは、なかなか。ページをめくらせるドライブ感、新事実が前のデータと少しずつ符合していく論理性、そして何より理屈ではない、登場人物を衝き動かす不条理な感情。およそ、正義とか公正とか真実とか理想とかを信じてなんかいそうにない連中だからこそ、ふと見せる人間らしい感情が印象的だったりする。とくに、バズ・ミークスのキャラは好きだなあ。史上最悪の腐敗警官なんだけどさ。

それと、異常殺人のディテールが凄すぎて気持ち悪くなった。わりと犯罪実録ものも好きで、いろいろ読んだが、これほど酷いのは初めてだ。あ、思い出してしまった。


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