読書録

シリアル番号 003

書名

失敗の本質   日本軍の組織論的研究

著者

野中郁次郎、戸部良一、鎌田伸一、寺本義也、杉之尾孝瀞、村井友秀

出版社

ダイヤモンド社

ジャンル

歴史

発行日

1984/5/31初版
1985/10/15第31版

購入日

1985/10/15

評価

会社同期入社の光武氏が評価していたので買って読む。野中氏と寺本氏は大学教授でプロジェクト・マネジメント普及活動をしているときに講演を聴いたり講演依頼のため面談したことがある。他の著者は防衛大の教授達である。

実はこの本を読んでいたおかげで、会社の幹部候補生特別教育で高得点を得ることが出来た。

平時において、不確実性が相対的に低く安定した状態のもとでは、日本軍の組織はほぼ有効に機能していた。しかし、不確実性が高く不安定かつ流動的な状況(軍隊が本来の任務を果たすべき状況)で日本軍は有効に機能しえずさまざまな組織的欠陥を露呈した。

第一章では大東亜戦争史上の6つの失敗例を俎上に上げてそれぞれのケースにおける失敗の内容を分析している。

@ノモンハン:あいまいな作戦目的、中央と現地とのコミュニケーション不能、独善性、過度な精神主義。

Aミッドウェー:作戦目的の二重性、部隊編成の複雑性、不測の事態が発生した時、それに瞬時に有効にかつ適切に反応できたか否か。

Bガダルカナル:情報の貧困、兵力の逐次投入、水陸両用の統合作戦の開発を怠ったこと。

Cインパール:人間関係を過度に重視する情緒主義、強烈な使命感を抱く個人の突出を許容するシステムの存在がしなくてよかった作戦を敢行させた。

Dレイテ:能力不相応な精緻な統合作戦を実行しうるだけの能力も欠けたまま作戦に突入し、統一指揮不在のもとに作戦は失敗。いわば自己認識の失敗である。

E沖縄:戦略持久か航空決戦かどちらを優先するかきめられないまま、また大本営と現地軍間の認識のズレや意思の不統一があった。

第二章では以上の個別事例を踏み台に日本軍の組織特性を組織の環境適応理論、組織の進化論、自己革新組織、組織分化、組織学習の面で分析して失敗の本質としてまとめている。

戦略上の失敗要因は戦略目的、短期合戦志向であった。米軍は「演繹的」だが日本軍は主観的で「帰納的」な戦略策定をした。そして空気の支配があった。

日本軍のエリートには「演繹的」な思考、すなわち概念の創造とその操作化ができた者はほとんどいなかった。抽象的かつ空文虚字の作文を具体的方法にまで詰 める方法論がなかった。フィクションの世界に身を置いたり、本質にかかわりない細かな庶務的仕事に没頭するということが頻繁に起こった。コンティンジェン シー・プランを用意しておらず、異なる戦略を策定する能力もなかった。組織の中に論理的な議論ができる制度と風土がなかったことが最大の原因である。山本 七平の「日本軍の最大の特徴は言葉を奪ったことである」につきる。

狭くて進化のない戦略オプションもその特徴である。進化のためには、さまざまなバリエーションを意識的に発生させ、そのなかから有効な変異のみ生き残らせ るという淘汰が行われ、それを維持するという進化のサイクルが機能していなければならない。しかし「統帥綱領」には作戦方針や計画は一旦決定した以上、そ の貫徹を期すように定めているのだから、進化を否定しているわけだ。

この他にもアンバランスな戦闘技術体系、人的ネットワーク偏重の組織構造、集団主義、属人的な組織統合、学習を軽視した組織、プロセスや動機を重視した評価が上げられている。

第三章では失敗から得られる教訓をまとめている。日露戦争の成功体験を忘れられず、学習棄却ができなかった旧日本軍軍事 組織は環境に適応しすぎて特殊化してしまい、ちょとした環境の変化についてゆけなくなったとする。適応力のある組織は、環境を利用して組織内に変異、緊張、危機感を発生させて不均衡 状態を創造している。

組織はその構成要素の自律性を確保できるように組織を柔構造にしておかなくてはならない。そして創造的破壊によって自己革新しなければならない。そのためには異端・偶然との共存、知識の淘汰と蓄積、統合的価値の共有、日本軍の失敗の本質とその連続性などが論じられている。

本書は軍組織レベルの問題に限定しているが政治レベルの判断やリーダーシップに関しては、小室直樹、日下公人 の「太平洋戦争、こうすれば勝てた」と新野哲也 の「日本は勝てる戦争になぜ負けたのか 本当に勝つ見込みのない戦争だったのか?」に詳しい。

この本の続編「戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ」は20年後の2005年に出版される。

Rev. September 29, 2007


この本はノモハン事件については私が初めて読んだ本である。半藤一利の「ノモンハンの夏」も良かった。「驕慢なる無知」という言葉を知ったのもこの本である。これで辻参謀は考えるだけで吐き気をもよおす人物になった。

2010年に野中郁次郎氏は富士通不祥事の時の社外取締役だったのには驚いた。つんぼ桟敷に置かれていたようで、日本の社外取締役は始めから形骸化していることが分かる。

友人の川上氏から田中克彦著「ノモハン戦争」岩波新書がいいと教えてもらった。モンゴル人に焦点をあてて、この戦争を分析しているようだ。

June 23, 2010


ミッドウェー海戦に関し本著は「作戦目的の二重性、部隊編成の複雑性、不測の事態が発生した時、それに瞬時に有効にかつ適切に反応できたか否か」としているが森史郎が70年目の真実「運命の五分間は創作であった」で明らかにしている。6月5日、旗艦赤城から発信された「本日敵出撃の算ナシ」との能天気な敵情判断を公式報告「戦闘詳報」を書いた吉岡忠一航空乙参謀が司令官の判断ミスはずかしいと隠ぺいしたため、南雲中将、草鹿参謀長の指揮采配能力の欠如が公になることがなかった。すなわち海軍は失敗から学ばなかった。情報参謀が海軍にはいなかったのが、この失敗から学ぶべきことであった。

敗北の戦史を組織論に生かさない文化は戦後も続き、政府を実質うごかしている官僚機構は福島第一事故からなにも学ばない。軍官僚を現在の官僚とすれば国民から選ばれた民主党の政治家は文民統制ができていない。

June 23, 2012


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