シリアル番号 | 904 |
書名 |
戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ |
著者 |
野中郁次郎、戸部良一、鎌田伸一、寺本義也、杉之尾孝瀞、村井友秀 |
出版社 |
日本経済新聞社 |
ジャンル |
兵法 |
発行日 |
2005/8/5第1刷 2005/9/28第5刷 |
購入日 |
2007/10/8 |
評価 |
優 |
12年目の車検を受けたハーレーダビッドソンを受け取りにでかけた時、茅ヶ崎駅前書店で目にして購入。
「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」の続編である。
日本軍の負け戦の原因究明の前編に立ち、続編は歴史上不利な戦いを勝ちに転じた名リーダーのケーススタディーを通じてその原因を分析したものである。続編までの20年の発酵期間での成果も盛り込んだ力作。
毛沢東の反「包囲討伐」戦
かってエドガー・スノウの「新版 中国の赤い星」という毛沢東の長征同伴記を読んだが、ケーススタディーの冒頭にでてくるのが毛沢東の蒋介石国民軍との反「包囲討伐」戦である。ここに毛沢東の六要件というものが紹介されている。 遊撃戦、機動戦という運動戦を編み出した毛沢東の独創性は弁証法から発し、大勢の人に彼の思想と伝えるレトリックを持っていたことが毛の成功の二つの要因である。
チャーチルのバトル・オブ・ブリテン
ドイツ空軍からイギリスの制空権を守り通したバトル・オブ・ブリテンの勝利はチャーチルの政治指導と初代戦闘機兵団司令官になったヒュー・ダウディング大将なくしてありえなかった。ヒュー・ダウディング大将は当時黎明期にあったレーダー監視と戦闘機団を有機的に結合した早期警戒システムを構築し、イギリス海峡をドイツ機が渡りきる前に邀撃(ようげき)戦闘機を空中に上げ、高射砲、阻害気球、探照灯を組み合わせて ドイツ爆撃機を叩く、防空システムをつくりあげたのである。
スターリングラードの戦い
第2次大戦のナチとソ連のスターリングラードの戦いはナポレオンのモスクワ制圧と同じくユーラシア大陸の奥深くナチ軍を引き込んで兵站線を延びきらせるという戦略に加え、ジューコフ国防相が市街戦を採用して ナチ軍の空爆でできたガレキによってドイツ軍の戦車を無能力化させ、戦線を市街に集中化することにより、歩兵による至近距離からの手榴弾、自動小銃、銃剣という肉弾戦を採用して戦線を膠着さ せ、その間にひそかに準備した逆包囲網により止めを刺し、ソ連の勝利として結実させた。
ヒトラーはプロイセン陸軍の伝統を持つドイツ国防軍に干渉し続けたが、スターリンは初期こそ干渉したものの自分の非をさとり、軍専門家に戦略・戦術を任せてその勝利を得た。
マッカーサー元帥の朝鮮戦争
朝鮮戦争での米国の勝利はマッカーサー元帥の仁川上陸にある。マッカーサー元帥の偉大なところはこれが彼の独創によるばかりでなく、まわりの参謀、統合参謀本部、トルーマン大統が皆反対するのを押し切って断行して成功させたことにある。しかし中国軍の参戦に至り、マッカーサーと米政府との戦略上の齟齬が次第に顕在化し、核兵器使用の可否をめぐって、マッカーサーはトルーマンにより解任されてしまうのである。故に38度線は未だにそのまま残っている。
サダトの限定戦争
アラブの指導者としてカリスマ的権威を誇ったナセルが急死して、それまで鳴かず飛ばずだったサダトが後を継いだ。このサダトがイスラエルとの抗争が国の経済を疲弊させていると認識し、イスラエルと和平交渉するための条件として、イスラエルに占領されているシナイ半島を取り戻して、和平としようと決断。スエズ東岸に限定して歩兵が携帯するソ連製の対戦車誘導ミサイルを中心にした攻撃でイスラエルの戦車部隊を壊滅させて後、米国のキッシンジャーの仲介でイスラエルと国境策定交渉を妥結させるのである。そして親ソから親米に転ずる。この平和をもたらすために限定戦争を仕掛けるという戦略は歴史上ユニークなものである。こうしてサダトはエジプトの自信と尊厳を回復させたが、エジプトの原理主義者に暗殺されてしまうのである。
ベトナム戦争
ベトナム戦争は旧約聖書のサムエル記に登場するペリシテの戦士ゴリアテが羊飼いの若者ダヴィデに倒された神話を思い起こさせる。ダヴィデが隠し持っていた投石器の石を額に受けて昏倒した隙に、ゴリアテは自らの剣で首を刎ねられたのである。無論ゴリアテは米国でダヴィデは北ベトナムである。
ベトナム戦争は基本的には国民の支持を競う政治的戦争であったにもかかわらず、アメリカ軍はそれを理解せず、通常型の戦争を遂行して民衆の反発を買った。ベトナム戦争は国家間の総力戦ではなく、小部隊の歩兵同士の戦闘の寄せ集めにすぎない。アメリカ軍にとっては、水に浮かんだ決して沈まないコルクをハンマーで叩くようなものであった。
アメリカ軍は対イギリスの独立戦争ならびに対インディアン戦争において非正規戦を経験していたにも関わらずゲリラ戦を組織的に学習し記憶することはしていない。戦争を国防長官として指導したマクナマラは「われわれは正しいことをしようと努めたのですが、そして正しいことをしていると信じていたのですが、われわれが間違っていたことは歴史が証明している」と告白している 。マクナマラ個人は反省したにもかかわらず、アメリカという国はベトナムで学んだ形跡はない。そしてアフガンとイラクで同じ過ちを犯し続けている。
戦略の本質
以上をまとめて10ヶ条の命題に整理した。
@戦略は「弁証法」である
A戦略は真の「目的」の明確化である
B戦略は時間・空間・パワーの「場」の創造である
C戦略は「人」である
D戦略は「信頼」である
E戦略は「レトリック(言葉)」である
F戦略は「本質洞察」である
G戦略は「社会的に」創造される
H戦略は「ジャスティス(義)」である
I戦略は「賢慮」である
Rev. October 20, 2007