'98年5月


「人民は弱し官吏は強し」
星新一 角川文庫

 星新一追悼、「エヌ氏の遊園地」に続いての二冊目なので、今度はショートショートではなく、数少ない長編にする。

 「人民は弱し官吏は強し」は中学の時に読んで、お上のやり方の余りの酷さに涙したものだったけど、今読んでみると、なんとも普通じゃないかと感じてしまう(^^;)。世間の荒波にもまれた結果なんだろうか。


「初等ヤクザの犯罪学教室」
浅田次郎 幻冬舎アウトロー文庫

 浅田次郎は他に「鉄道員ぽっぽや」しか読んだ事が無いと思う。だから、こーいう人だとは知らなかった。確かに「鉄道員ぽっぽや」のもヤクザ関係の話が多いけど。

 ヤクザまがいの実体験からの本。著者の過去の事はおいておいても、雑学的には非常に面白い内容だとは思う。

 やってはいけない犯罪は、酔っ払い運転、覚醒剤。この解説だけでも勉強になるし、銀行強盗の成功の為の傾向と対策なども実地に移さなくてもちょっと面白い。特に著者がやっていた整理屋サルベージに関しては、内容が深い。会社経営者は倒産時の勉強に読んでおくといいかも。

 しかし、幻冬舎アウトロー文庫なんてのがあるとは知らなかった(^^;)。浅田次郎はここから、「勝負の極意」というのも出している。


「良いおっぱい悪いおっぱい」
伊藤比呂美 集英社文庫

 10年以上前にベストセラーになったし、'90年にはアルゴプロジェクトで映画にもなっているのに、今だに読んだ事がなかった。古本屋にあったのでなんとなく読んでみる。

 当時はこういうリアリティある妊娠、子育てエッセイものが新鮮だったのだろうけど、なんか今では食傷気味という感じもする。
 例えば、さくらももこの「そういうふうにできている」みたいな、トホホ感がある方が好き。

 人前でおっぱいをやる、その反応を見るのが好きというのが非常に悪趣味で面白いけど。自分にやられたら迷惑(^^;)。


「黄昏のロンドンから」☆
木村治美 文春文庫

 1976年の本。なんとも古い内容だけど、当時、英国病と言われた社会構造的な問題についてエッセイ的にまとめているので興味があって読み始める。今、「トレイン・スポッティング」「ブラス!」「GO NOW」など英国映画はバツグンに面白いし、文化的にも復権している。不況とは言われながらも、安定的ではある。それの背景となっている社会背景を知りたい。

 著者はこの本で第8回大宅壮一賞を受賞している。

 階級社会については散々、色々な所で書かれているけど、ロンドン西北部に日本人とユダヤ人の頭文字から取った<J&J>と呼ばれる地区があるとは…。ユダヤ人の家主が日本人に家を貸したがるという解説も面白い。移民社会での面白い一面。
 著者は英国病を、ひとつの川柳で解説している

 「売り家と唐様で書く三代目」

 この川柳に凝縮された英国の実態は面白い。最近の英国の文化復権は四代目と捉えるべきなのか?

 まあ、こういうちょっと堅い話題から、しゃもじが売ってないなんて生活密着な話題まで広いところも網羅している。


「完全失踪マニュアル」
樫村政則 太田出版

 元探偵の著者が経験から明かす、失踪の方法について。期間を一カ月、数カ月、数年、永久失踪と分けているのが便利(^^;)。

 手荷物、愛読していた新聞雑誌は避ける、履歴書の書き方など具体的な方法論も面白いし、多少犯罪的な他人への成りすまし方、身分詐称など雑学的に勉強になる。


「生と死の幻想」
鈴木光司 幻冬舎文庫

 「リング」「らせん」で大ブレイクして、「ループ」もヒットさせる鈴木光司の短編集。と言っても、この本自体は、1995年11月刊行だから結構古い。

 「紙おむつとレーサーレプリカ」「乱れる呼吸」「キー・ウェスト」「闇の向こう」「抱擁」「無明」の六作。
 読んでみて改めて思うのは、鈴木光司は父性の作家という事。常に家族を守る父性を表に出している。 ストーカを追い詰める「闇の向こう」は、ミステリー的であり、ハードボイルドなタッチ。「紙おむつ…」「無明」も暴力に対する父親像がメイン。

 「リング」「らせん」などとは異なるタッチではあるけど、鈴木光司の本質はここにあるという事では、特徴的な作品集。小説単体として見ると、傑作とは言えないけど。
 個人的には「仄暗い水の底から」みたいな、参考にしかならない作品。


「バンコック電脳地獄マーケット」
クーロン黒沢 徳間文庫

 「香港電脳オタクマーケット」に続いて、今度はバンコクを中心にした、アンダーグラウンドな話題の数々。
 死体博物館、犯罪博物館、死体雑誌のグロもの、ゴーゴーバー、ホモ関係のエロもの、海賊ゲーム系などなど。

 相変わらず眩暈がする内容ばかりだけど、バンコクの危ないホテルや、ボッタクリなどの犯罪関係など、バンコク旅行するなら勉強にはなると思う。

 ところで、クーロン黒沢はカンボジアに住んでいると、と学会の本に書いてあった。


「鯉沼家の悲劇」本格推理マガジン
鮎川哲也編 光文社文庫

 小説の単独の内容以上に、非常に複雑、マニアックにミステリーファンには面白い内容。さすがに、鮎川哲也はひねくれた構成をするなと感心した。

 なかの横溝正史の中編「病院横町の首縊りの家」の前後二回の予定だが、前40〜50枚で筆を折った作品。その続きを岡田鯱彦、岡村雄輔がそれぞれ、解決編を書いたもの。とはいえ、解決編はそれほど面白く無かった(^^;)。
 横溝自身は、別に大長編「病院坂の首縊りの家」の家へと発展させている。

 横溝をここに出しておいて、表題の「鯉沼家の悲劇」。これは宮野叢子の代表作(勉強不足のため、まるで知らない人だけど(^^;))。ドロドロとした人間関係の設定がまるで、「犬神家の一族」。それも「鯉沼家の悲劇」の方が先に書かれている。

 解説には『正史という作家は良い意味で換骨奪胎の名人であり、たとえば、乱歩の「孤島の鬼」の地底洞窟を「八つ墓村」の鍾乳洞へ、「魔術師」の笛吹き殺人を「悪魔が来たりて笛を福」のフルート殺人へ、カーの「笑う後家」の醜聞操作を「白と黒」の風評操作へ移し替えたりしている』などとある。んー、勉強になる。


「まだ科学が解けない疑問」☆
ジュリア・ライ、ダヴィッド・サヴォルド編 昌文社

 1991年で日本の発刊。だから、話題としては'80年代の科学の話だとは思うけど、ほとんどは現代でも通じると思う。著者ジュリア・ライは「サイエンス」の元編集委員。もともと、アメリカ科学振興協会から違う形で出版されたものをものらしい。

 しかし、単純であるが故に解かれていない問題がいかに多い事か。なぜ夢をみるのか、なぜ眠るのか、言葉の始まりは、なぜ音楽が好きか、なぜ男は女より大きいのか、なにが老化を引き起こすのか。
 当然、判っていそうなのに実は判ってないという話題も多い。なぜ涙を流して泣くのか、なぜ煙にまかれると人は死ぬのか、麻酔をするとなぜ痛みがなくなるのか、アスピリンはなぜ痛みをやわらげるのか、鳥はどうやって飛ぶようになったのか、地球の気候はなぜ安定しているのか。

 結局、科学が判った事というのは実に限定的という事がよく判る。21世紀へ向けて、20世紀、人間は何をやってきたのか、こういうまとめは非常に有効だと思う。


「プログラミングの壺II人間編」
Programming On Purpose: Essay On Software People,P.J.Plauger
P.J.プローガ 共立出版

 ホワイトスミス社の社長で、カーニハンとの共著で「プログラム書法」「ソフトウェア作法」がある、昔のプログラマから見るとカリスマ的存在のプローガの著書。

 前作「プログラミングの壺」は読んでないけど、これは古本屋で95円で偶然見つけたので買って読んでみる。

 多分、前作の方が面白いと思う。知的財産権保護の問題、ANSI-C標準規格を通じての標準化への問題。まあ、つまりは、タイトル通り、プログラミングを通じて、人間関係で苦労する事の話題。


「天使に見捨てられた夜」☆
桐野夏生 講談社文庫

「OUT」「顔に降りかかる雨」の桐野夏生。刊行は1994年だから、それほど新しくは無い。「顔に降りかかる雨」の続編にあたる、村野ミロのシリーズの二作目。

 しかし、桐野夏生の小説は面白い。凄い力だと思う。ポルノビデオの出演者の捜索依頼から進む話の展開は意外な方向へと進む。ハードボイルドの常套手段を使いながらも、まるで陳腐さがない。それと言うのも、それぞれのキャラクタの魅力だろう。

 解説にも書かれているが、桐野夏生は性愛の作家でもある。村野ミロ自身の浮気から夫の自殺を招く。その罪悪感を常に引きずる。今回はゲイの隣人友部との関係、また調査対象でありながら引かれていく矢代が面白い。この辺は、「OUT」のラストに通じるものを感じる。


「ブレイブ」
グレゴリー・マクドナルド 新潮社文庫

 ジョニー・デップが監督、主演で映画化した「ブレイブ」の原作。
 映画自体は詰らなく、どうも映画から受ける印象がヘンに感じたので、そのズレを埋めようと原作を読む。

 基本的にストーリ展開は原作と同じであるが、根本的に違うのは主人公のイメージであろう。映画でジョニー・デップ演じるラファエルは、貧困の生活にいながら知的な雰囲気を感じる。原作のラファエルは、無知というイメージが強い。その差が非常に大きい。映画では、ラフェエルの行動に違和感を感じるが、原作は素直に受け止められるし、非常に悲しく、感動的。
 原作は面白い。

映画「ブレイブ」の感想


「計画殺人」
マイケル・キンブル 講談社文庫

 銀行から搾取した200万ドル、偽装の死亡をめぐる完全犯罪。

 スティーブン・キング絶賛、W.H.スミス賞受賞という文句に引かれて読んでみたが、どうも肌に合わなかった。どこが悪いか説明するのは難しいのだけど、文体も気に入らないし、展開も興味が引かれなかった。


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