2000年9月


「烈風」
- Second Wind - Dick Francis
ディック・フランシス 菊池光訳 早川文庫

 主人公は物理学者でBBCの気象予報士ペリイ。カリブ海のハリケーンの目を横断する飛行に挑むが、不時着、無人島に流れ着く。そこで見つけたのは金庫、牛の群れなど奇妙なもの…。
 主人公は気象予報士という、また新しいジャンルになっているが、飛行機、写真などの小道具はいままでのお得意のもの。もちろん馬も絡む。しかしながら、謎の中心となる放射能など、物理絡みは人によっては判りにくいかも。私は結構好きだったけど、ストーリ的な盛り上がりは不満足。
 主人公の祖母のキャラクタは好き。


「ストロボ」
真保裕一 新潮社

 真保裕一でもミステリ、サスペンス色はほとんど無い。写真家、喜多川の人生の色々な時点での物語。50代、病床の女性を撮る「遺影」。駆け出しの時代の師匠との関係、恐喝の「ストロボ」。女流写真家と愛を交わす「暗室」。病気の20才を取る「一瞬」。学生時代の「卒業写真」。すべてが過去の記憶と絡んでいる所が、ちょっとミステリっぽい味があって面白い。
 暗室、スタジオと写真家の生活が舞台になっているから、馴染みが無い人には面白さが半減するだろうけど、写真漬けの生活を送って来た自分としては凄くリアリティを感じられた。写真業界を知りたい人が読んでも、面白いかも。


「人間この信じやすきもの-迷信・誤信はどうして生まれるのか」☆
- How We Know What Isn't So - The Fallibility of Human Resason in Everyday Life
Thomas Gilovich
T・ギロビッチ 守一雄・守秀子訳

 面白かった。似非科学ものは多く読んでいるが、ほとんどは、その例を挙げて分析していくもの。言わば帰納法的な物が多いが、この本は反対に演繹法的な内容。目次から、その内容を抜き出すと次の通り。
 
 第I部 認知的要因…ランダムデータの誤解釈、不完全で偏りのあるデータの誤解釈、曖昧で一貫性の無いデータのゆがんだ解釈。
 第II部 誤信の動機的要因と社会的要因…動機によってゆがめられる信念、人づての情報のもつゆがみ、過大視されやすい社会的認証。
 第III部 いろいろな誤信の実例…種々の「非科学的」健康法への誤信、人付き合いの方法への誤診、超能力への誤信
 第IV部 誤信への挑戦(社会科学の役割)


「人はなぜだまされるのか-非科学を科学する」
安齋育郎 朝日文庫

 同名の朝日新聞社刊のものの加筆、再編成。朝日新聞大阪本社版連載「安齋育郎が斬る幻視の世界」など、元は著者が色々な新聞、雑誌に発表したエッセイを再構成したもの。読者からの質問に答えたりするものも多い。
 迷信、オカルト、霊感商法、似非科学など様々な話題。雑多でまとまりはないけど、それぞれ面白い。UFO、超能力馬クレバー・ハンス事件、千里眼事件、丙午の女、などなど。


「アジア赤貧旅行」
下川祐治 徳間文庫

 1991年刊行「海外路上観察学」の改題。
 「12万円で世界を歩く」は面白かった。どうも下川祐治は、情緒的な面よりは技術的な面で面白さを感じる。入国出国の技術、闇両替の技術、治安と危険に対処する心構えなど。

 治安についての話で、中国の公安が外国人からカメラを盗んだ犯人をみんなに見える所で射殺するシーンが恐かった。


「平気で人を騙す人たち」
とんでも「サギ師」研究会編 双葉文庫

 国内古今東西の詐欺事件を三面記事的に掘り下げて、騙す人(詐欺師)の手口、逆に騙される人(被害者)の心理的なスキ、弱さについても語る。
 有名な結婚詐欺師、エリザベス女王、カメハメハ大王の親戚を語る金髪のサギ師プリンス・ジョナ・クヒオ、M資金の詐欺、などなど。
 雑多な人が書いているので体系立っていないし、まとまりに欠ける部分はあるけど、多角的な視点え面白いかもしれない。精神科医の「平気で人に騙される人たち」の中、"騙される人の方が人格障害に近い" なんて話はうなづける。新興宗教、似非科学などにも通じる話が多い。


「添乗員騒動記」
岡崎大五 旅行人

 「添乗員奮戦記」より前、岡崎大五の処女作だけあって、ちょっと固いし、内容にも乏しい。それでも、搭乗員の経験から出てくる話はどれも面白い。フィクションともノンフィクションとも書いてないけど、経験をベースにした小説という所か。
 
 南ア最大の黒人慰留地スラムのソウェト(映画「サラフィナの声」でも有名)、高山病に苦しむ南米4日間を15日で周る地獄の日程、ザ・プラザで全員のパスポートを盗まれるニューヨーク、夜這いをかけるブータン、本物の砂漠を見るためのモロッコの旅などなど。
 搭乗員は、本当にこんなに客の事を考えてくれているのだろうか、と怪しい気もするけれど、ホノボノとする所もあって面白い。
 
 部長から搭乗員への次の言葉が凄い…
「今年の夏は、例年になく旅先でお亡くなりにんある方が多いので、みなさん十分注意して下さい」


「三人の名探偵のための事件」
- Case for Three Detectives - Leo Bruce
レオ・ブルース 小林晋訳 新樹社

 サーストン家のハウス・パーティー、探偵小説談義で盛り上がる中、女主人が喉を掻き切られるという完全密室殺人事件が起きる…。という純粋推理小説ものの出だしだけど、展開はまるで違う。
 翌朝、貴族探偵ロード・サイモン・プリムソル、フランス人私立探偵ムッシュー・アメ・ピコン、神父探偵スミス師の三人の探偵がどこからともなく登場する(この無意味な登場の仕方は面白い)。それぞれのモデルは、セイヤーズのウィムジィ卿、アガサ・クリスティのエルキュール・ポアロ、チェスタトンのブラウン神父をパロっているのは明白。三者三様のその行動、台詞、解決とすべてが探偵小説のパロディで、まあ、そういう所を楽しめばいいんだけど、私は面白くなかった。


「盤上の敵」
北村薫 講談社

 小説現代増刊「メフィスト」98/5,98/10,98/12,99/5,99/9に連載。結構短い小説だし、これを連載で読むとかったるいかも。
 主人公はTV番組制作会社のディレクター末永純一(白のキング)、その妻の友貴子(白のクィーン)、この二人の視点で物語は進む。猟銃を持って逃走中の犯人が黒のキング。チェスの盤面に見立てた展開。
  話そのものよりも、物語の構造が面白い。読者を欺くという点では叙述ミステリに陥りそうな所を、軽く流してラストにひっぱっている所は上手い。
 
  北村薫と言えば、少女に冷たい感じがしているのだけど、やはり友貴子の少女時代の描き方に感じる。あんまり好きではない。


「パナマの仕立て屋」
- The Tailor of Panama - John Le Carre
 ジョン・ル・カレ 田口俊樹訳 集英社

 今世紀末に米から返還されるパナマ運河の利権をめぐるスパイもの。主人公は英国仕込みの高級服仕立屋ペンデル、英国情報部員に掴まれた過去の秘密から、スパイの手先となる…。
 しかし、どうも翻訳が肌に合わなくて物語に乗れなかった。退屈だった。出だし部分はまだ面白かったんだけど。古き時代を思い起こさせるパナマという社会の設定は面白かった。

映画「テーラー・オブ・ザ・パナマ」感想


「白夜行」
東野圭吾 集英社

 「小説すばる」に1997/1から1999/1まで隔月で連載されたもの。

 建築中のビルの中で殺された質屋の桐原洋介の死、その息子の亮司。西本文代のガス事故よる死、その娘の美女の雪穂。この二人を軸にした、20年に渡る物語。自分の人生を「白夜の中を歩いているようなもの」と語る亮司、社会で成功しながらも「太陽の下を生きたことなんかないの」と語る雪穂、この二人の言葉からタイトルの「白夜行」の意味が感じられる。
 
 人物、時代背景に魅力はあるけど、盛り上がりもないし、結末の付け方もなんとなくという感じが不満。やはり2年間も連載を続けた作品だからかもしれない。子供時代は「永遠の仔」を連想させる深いテーマを感じるし、警察小説としても高村薫的な重みが感じられるだけに残念。

 主人公の、人の感情を操る恐さ、カリスマ的な魅力が面白いし、コンピュータの歴史とダークサイドの犯罪の話は面白く読めた。東野圭吾でも「秘密」なんかよりはずっと面白く読めた。


「ハサミ男」
殊能将之 講談社

 第13回メフィスト賞受賞作。連続美少女殺人事件、死体の喉に突きたてられたハサミから「ハサミ男」と名づけられた連続殺人鬼。ホンモノのハサミ男が、自分の犯行を真似た殺人の真犯人を探す…
 自殺願望、殺人願望、多重人格、連続殺人、プロファイリング、と並べているが、サイコミステリは設定の上っ面だけ。基本的には叙述ミステリー。ストレートな勝負をせずに、随所で逃げている所が気に入らない。文章も嫌いじゃないし、最初の方は結構面白かったのだが…。宝島社の「このミステリーがすごい2000年版」にベストテン入りしていて、期待していただけに残念。


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