子どもについて

人間の特徴として言語の使用や社会的制度の存在などがありますが、赤ん坊はそれらを身に付けていません。子どもは人間の特徴を完全には満たさないものであり、無意識的な行動によって特徴付けられます。子どもは意識的な世界と無縁の状態から次第に意識的な世界へ移行していくと考えられます。子どもは人間以外の動物に近く、本能的に歩行などの動作や音声言語などを自然に身体で覚えるという能力を発揮するので、小脳優位の状態と言えるのではないでしょうか。

子どもは、言語を全く持たない赤ん坊の状態から出発して、音声言語という無意識に近い言語を身に付けると同時に家族という小人数社会を知るようになり、視覚言語を身に付けるのと同時に多人数社会における抽象的な社会制度に従うようになります。子どもの成長とは、全く無意識の状態から過渡的な状態を経て意識優位の状態へと至る過程であると考えられます。

視覚言語や社会制度というのは複雑なものなので身に付けるのに長期間かかります。したがって、無意識と意識の優位が入れ替わるのには時間がかかり、その間子どもの精神は無意識と意識のどちらが優位かが定まらず不安定になります。そこで社会の側が意識の優位を早く確定しようとすると、無意識的行動は単なる無秩序とみなされて強く否定されることになります。しかし、個人の中の無秩序を否定するのは個人と社会の本質的な矛盾を無視することです。そうすると、子どもは自分の中の無秩序の制御をも放棄することになり、かえって暴力を発生させることにもなるでしょう。

社会性を身に付ける過程にある子どもは矛盾を抱えているわけですが、その矛盾は子どもの持つ無秩序を否定することで解消されることはないと思われます。子どもは無秩序を含んだ行動を徐々に制御して創造的な社会性に結び付けいくのであって、無秩序を否定しても本当に社会性を身に付けたことにはなりません。多人数社会における社会性とは抽象的個人になることなので、我々が社会性を身に付けるということは、具体的な無秩序は自分で抱えるということでもあります。自分の中の無秩序を否定しているだけの大人は、無秩序を創造性に結びつけることを子どもに教えることはできないので、反対に子どもから教わる必要があります。