小脳論

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小脳というのは運動を調節するだけの器官だと考えられてきました。しかし、最近の研究によると運動に関係のない機能もあり、外界の物事や自分や他人の脳のモデルまで存在するようです。なにしろ、大脳皮質の神経細胞が140億であるのに対して、小脳には1000億の神経細胞があると言われているので、立花隆が「脳を究める」に書いているように「大脳中心で考えていては人間がわからないということになるかも」知れないのです。

小脳は「身体で覚える記憶」の座であるとされています。身体で覚えるとは無意識にできるようになることです。ということは、無意識のありかは小脳なのではないでしょうか。そもそも運動を調節することは意識的にやるとうまくいかず、ぎこちなくなってしまいます。つまり、運動を調節するのは無意識の仕事です。「身体で覚える」というのは「小脳で覚える」ということなのだといえます。運動だけでなく精神的な活動も繰り返しているうちに無意識的に身に付いていくことからすると、小脳は精神的な活動も覚えてしまうのでしょう。

小脳に物事のモデルが存在し、それらを働かせてシミュレートすることが小脳の機能であるとするなら、モデルという構造も、その働きという機能もシミュレーションとして統合されています。つまり、小脳においてはモノとコトは分かれていないことになります。それは我々の生きている世界そのものではありませんが、言葉による表現よりも世界の本質に近い状態であるといえます。言葉は物事をモノとコトに分けてしまうからです。小脳のシミュレーション内容を言葉にすると物事の本質からは遠ざかってしまいます。「小脳のシミュレーション内容」こそが、「美」「おもしろさ」の源である「暗黙的情報」のことだと考えられます。

小脳の役割は世界モデルの構築とシミュレーションにあるのではないでしょうか。それは無意識的で自律的な過程なので、我々のできることは「意識的になり過ぎない」ことだろうと思います。意識は意識していること以外を無視するので、意識的な世界モデルは偏ったものになるはずです。我々は眠っている時以外は常に何かを意識せずにはいられませんが、何かを意識することは我々の世界モデルを歪めることになるので、「自分が何を意識していないのか」を意識することが最も重要だと思われます。「何を意識していないのか」を意識することが、現実というものをより正しく認識することだからです。