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 「さて『トリコロール赤の愛』からいきますか。機嫌悪そうだけれど」「なかなか良くできたストーリーで、主人公のイレーヌ・ジャコブもいい。赤の使い方もさすがなのだけれども、ラストの『神の力』で、台無しになった。フェリーの事故で千数百人が死んだのに、なんで映画に登場した愛し合う7人だけが生き残るんだ」

 「屈折したキェシロフスキ監督が、何故こんな結末にしてしまったのか。寛容を説いた『パルプ・フィクション』がカンヌ・グランプリとなったのも、致し方ないな」「『トリコロール』3部作が、急に色褪せてしまった。それでも『青の愛』は傑作だと思うよ。しかし、いま思うとあの作品も宗教的な押しつけがましさが鼻についた。音楽と映像の、恐ろしいまでの融合がその辺を救っていたけれども」

 「キェシロフスキはもう映画は撮らないというし、私は『ふたりのベロニカ』を大切な宝物にして生きていくことにしよう」「肩透かしを食ったという意味では、コーエン兄弟の新作『未来は今』も、期待外れだった。さっぽろ北方圏映画祭のクロージング上映だったので、無理して駆けつけたけれど拍子抜けした」

 「コーエン兄弟は、これまで期待を裏切らなかったからね。この作品も新しいファンタジーを狙ったのだと思うけれど、シリアスさとコミカルさのバランスが崩れていて、物語に入り込めなかった」「フラフープの商品化による成功譚というテーマは、映画的で、特にラストで天使の輪がフラフープに見えてしまったのは笑えたけれど、変なハッピーエンドにしないで、もっとブラックなユーモアがほしかった」

 「ブラックなユーモアといえば『インタビュー・ウイズ・バンパイア』はよかったね。『クライング・ゲーム』のニール・ジョーダン監督が、傑作を生み出した。予告編がとても良くできていたので期待していたが、予想以上だった」「レスタト役トム・クルーズの名演ばかりが、強調されるけれど、ルイ役のブラッド・ピットもなかなかだ。そして、その二人を食ってしまいかねなかったのが、少女バンパイア・クローディア役のキルスティン・ダンスト。永遠に大人になれず何百年も生き続ける子供のバンパイアという発想は、子供を白血病で亡くした原作者アン・ライスの苦しみから生まれたものだ」

 「同性愛的な要素など、従来のバンパイア映画に比べ、新しい世界を切り開いていると思う。テンポもいいし、きっとヒットするだろうね。あんなに混雑した映画館も久しぶりだった」「闇の世界という点では、深作欣二監督の『忠臣蔵外伝四谷怪談』も注目していた。94年の邦画では高い評価が目立っているけれど私はそれほど評価しない。『いつかギラギラする日』の方が、はるかに優れている」

 「果敢な挑戦だとは思う。ユーモアと反骨と暴力がせめぎあっているが、人間の悲しみに肉薄していない。ただ、殆ど人間を超えている荻野目慶子と渡辺えり子の演技だけは、収穫だった。お岩より、よっぽど怖い」


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「ジャン・リュック・ゴダール監督『ゴダールの決別』は、ゴダールらしい雷鳴が轟く引用の映画」「いつもながら絶妙な編集。その断層を含んだ美しい流れの中で、感覚を全開にする快楽。しかし、新聞もって神が登場したのには驚いた」「『ゴダールの新ドイツ零年』は、おびただしい引用の中で屈折しながらも歴史に対する明確なスタンスが示されていた。今回のゴダールは、何か中途半端でうろたえているように感じた。問いが、剥き出しのまま投げ出されている」

 「パトリス・ルコント監督の『イヴォンヌの香り』は、なかなか評判が高いようだ。一見分かりやすい表層的な官能表現が受けているのだろうか」「あまり触れてはいないけれど、本当は困難な時代に生きる男たちの挫折の物語なのだけれど」「官能的という点では『タンゴ』の方がずっと官能的だった」「『イヴォンヌの香り』は、『髪結いの亭主』『仕立て屋の恋』の閉塞的な設定を超え、『タンゴ』では一気に大自然の中に人々を開放した。男の滑稽さ、狡さ、身勝手さが良く描かれていた。『イヴォンヌの香り』の男たちは、すこしカッコいい」「ルコントの映画にしては、ヒロインのサンドラ・マジャ−ニは、若くて整いすぎている。演技も単純すぎる。『薔薇の素顔』のジェーン・マーチの方が、まだ演技に厚みがある」

 「ゲイの老人が、年老いていく自分を嘆くシーンは、いろいろ考えさせられた。若狭にしか価値を見いだせないと辛いものがある」「繰り返し映し出される主人公の顔を照らす炎の意味が、最後の最後に明らかになる。思わずうなった」「ルコントはうまいね」

 「単純なアイデアで、とにかく2時間飽きさせなかった『スピード』(ヤン・デ・ボン監督)は、たいしたものだ。デニス・ホッパーが、久々にはまっていた」「最後に接近戦になったのは、ありきたりの展開で残念。観終って考えると少し変なところも」「この種の映画では、それは野暮というものだよ」

 「キネ旬94年ベスト1 の『全身小説家』はどうでした」「原一男監督久々の作品だから。前作『ゆきゆきて神軍』の衝撃力は今も屹立しているから。でも、2時間37分を見終わって、正直言って後味の悪さが残った。ある不快感のようなもの。現実と虚構の関係も中途半端なものになっている」「井上光晴の経歴の虚構を暴くことが、一見テーマに見えるのは問題だ。虚像を崩すというのはもはやインパクトを持たない」

 「現実と虚構という区別がそもそも虚構。自分の物語を作らなければ主体として生きていけない。つまり、自我は本質的に虚構の上に成り立っている」「キネ旬の読者の映画評で『女性蔑視のご都合主義映画』という批判が出されていた。『ゆきゆきて神軍』では奥崎謙三の奥さんが中心点を占めていて、奥さんの死で終わる。『全身小説家』では奥さんは笑っているだけ。少し不気味な井上光晴教の信者の女性たちとの確執の片鱗もない。夫婦の葛藤も見えない。次々と見境いなく女性に手を出す井上光晴を見せられると『いい気なもんだ』と言いたくなるのは分かる。そこと生い立ちとの関係性も極めて見えづらい」

 「瀬戸内寂聴のウエットな弔辞で終わらせずに、谷川雁のシニカルな弔辞を持ってくれば、全然違う映画になっただろう。『井上光晴は大道香具師になるように作家になった』という谷川雁のインタビューを撮っておきながら、編集でカットしたのも、理解に苦しむ。そこが井上光晴を理解するポイントなのに」

 「全然話題にならなかったけれど、『ルビーフルーツ』(君塚匠監督)は、緊張感ある映像テクニックが印象的な作品。斉藤綾子の原作を完全に換骨奪胎し、君塚ワールドを築き上げている。愛する者を失った悲しみのドラマ。『喪の仕事』ほどの切実さ、死を見据える真摯な姿勢はないものの、技術は確実に向上している」「映像の密度はすごいね。ただ、物語がいかにもつくりものめいている。神秘主義への傾斜も流行りとはいえ安易な気がする」


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 「石井聡互監督の『エンジェル・ダスト』がやっと公開されたね。豊川悦司ファンが大勢見に来ていたけれど、心底驚いただろう。なにせ去勢した両性具有者の役だから」「10年ぶりの新作を心待ちにしてきた。前作『逆噴射家族』には物足りなさを感じていたから。まず、洗練された映像に驚かされた。かつての映像も暴力的に美しかったが、『エンジェル・ダスト』は鉱物的な美しさに満ちている。そして、東京が不気味なほど輝いていた。人々の欲望を呼吸しながら」

 「かつては外に向かっていた爆発的な力が強力な磁場によってプラズマのように閉じ込められている。そんなキリキリした映像だ。サイコ・スリラーだからではなく、映像そのものが胃にこたえる」「自分が誰かにコントロールされているような違和感は、昔と共通しているが、対処の仕方が成熟した。相当苦しんだと思うよ。その点は痛いほど分かる」

 「『羊たちの沈黙』と比較されるけれど、現実の混乱という点では『トータル・リコール』の迷宮に近い。ラストは、事件が解決したように見せかけて、実は新たな始まりである事を提示している。若松武の不気味な微笑みは脳裏に焼き付いた」「ことさら富士山を強調した映像も、日本に対するアイロニーだろう。余裕を持った仕掛けが散りばめられていた。ある意味で、時代への映画的な対処をつかんだのかもしれない。石井聡互第2期の始まりだ。私も、ノスタルジックに過去の作品を懐かしむのではなく、同時代人としてともに歩んでいきたいと思う」

 「『エンジェル・ダスト』に比べると、オリバー・ストーン監督の『ナチュラル・ボーン・キラーズ』は、切実さが感じられない。あんな映像の小細工は新しくも何ともない」「私はストーン監督を信用していないけれど、タランティーノ原案なので見にいった。タランティーノのアイデアも続けて見てくると単調さが感じられるようになる」「出だしはいいんだよ。空虚な殺戮がうまく表現されている。次に『アイ・ラブ・ルーシー』をパロディに、マロリーの生い立ちを明かす『アイ・ラブ・マロリー』のアイデアもいい。TVのいかがわしさを表現するのにぴったりだ。僕は、粗雑な社会批判を続けるストーン監督も変わったかなと、ほんの少し期待した。でも、後半は素朴なTV批判に陥ってしまった。タランティーノのユーモアが幾分救っていたけれど」

 「生き物を食うことによってしか生きられない人間の殺戮性をもっと強調してほしかった。あれでは、単なる言い訳に響いてしまう」「期待する方が間違いだよ。現代においては生きていることが誰かを殺害しているという認識すらないんだから」

 「フー・ピン監督の『哀戀花火』は評価が分かれる作品だ。いかにも重たい中国映画が多い中で、深刻なテーマにもかかわらず、恋愛の甘美さを強調しつつ肩に力を入れずにまとめ上げる力量は評価するけれど。僕は物足りなさを感じる。せっかくの花火も今一つだし、山場の爆竹合戦が盛り上がらない」「主演のニン・チンの可憐さよりもコン・リーの強さ。でも中国映画は、もっと多様であっていいと思う。その意味では評価する」

 「『大失恋』(大森一樹監督)は、構成に深みはないが巧みな作品。遊園地でのさまざまなカップルをパズルのように組み合わせながら、失恋へと導く群像劇。一つの挑戦だと言える」「ハッピーエンドを退けて失恋に収斂させるのだからね。鈴木京香の悲しみに耐えたたばこのシーンがぐっときた。菅野美穂、山口智子、瀬戸朝香も、うまく個性を引き出していたね」「受け身で映画を見ることを批判しておいて、失恋に結び付けるお遊びも楽しい」

 「『スペシャリスト』(ルイス・ロッサ監督)は、底は浅いがアクション娯楽作品としては、十分水準に達していると思う」「シャロン・ストーンの魅力も健在だ」


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  「腐乱死体じゃなかった、『フランケンシュタイン』からいきますか。ケネス・ブラナー監督は、本当に映画のおもしろさを知っている。今回も、けっして期待を裏切らなかった。不必要に思える前半の華麗なシーンが、ラストの悲痛さを引き立たせる」  「ロバート・デ・ニーロの怪演ぶりばかりがもてはやされるけれど、ヒロイン・エリザベス役のクリーチャーぶりも特筆に値する。華やかな彼女が、という点にインパクトがあった。火だるまになりながら走るシーンも好きだなあ」

 「ランプの灯油で、あんなに燃えるわけはない。何て事はともかく、最後まで楽しませてもらいました。ただ、生命の復活をテーマに掲げているので、どこか重たい。ブランナーは真面目だからね」「その点、古典的なテーマを扱いながら、『インタビュー・ウイズ・バンパイア』は最後に笑いをとるほど、現代的だった」「フランケンシュタインというテーマは、武骨だけど、古くならない。死からの復活を題材にしているから。でも、複数の身体の接合という点では、すでに古い。バイオの時代になってしまうと」「遺伝子レベルでのハイブリット、メタモルフォーゼは、現実のものになりつつある。近い将来、医療とファッションが出会い、巨大な市場を形成するかも知れない。建設業と医療が接合するように」

 「『王妃マルゴ』も、重たい映画だった。16世紀の雰囲気を細かに演出し、壮大な歴史絵巻を展開している」「しかし、聖バルテルミーの虐殺の凄まじさと、カトリーヌ・ド・メディシスの毒殺の執念ばかりが印象に残って、翻弄される周囲の人々が、やや霞んでしまっている」「あまりにも存在感があったからね。イザベル・アジャーニが、そこそこの演技を見せているのに、時に浮いてしまうほどに」「いずれにしても、あふれんばかりの血で染め上げられたヨーロッパの歴史を再確認した。監督が言うように、どこまで現代に通じているかは別にして」

 「君の大好きなデレク・ジャーマンの長編処女作『セバスチャン』も公開されたよね。音楽ブライアン・イーノ、振り付けリンゼイ・ケンプというのもすごいけど」「76年の作。ホモセクシャルを全面に打ち出している画期的な作品ではあるけれど、まだ習作の域を出ていない。パンクな感性や時に驚くほどの美しさを見せる映像は、たしかに才能を感じさせる。でも、未完成。ただし、はっきりとゲイのために制作したと言う姿勢は評価したい」

 「さて、『ガメラ 大怪獣空中決戦』に移りましょう。15年ぶりの復活。なかなか評判がいいけれど」「私は、最初から子供に媚びていたガメラよりも、最初は反社会的で徐々にお笑い路線にはまったゴジラに親近感を覚えていた。だから、ガメラはあまり好きじゃなかった。今回も登場した時に武蔵丸かと思った」「おいおい」「子供向けなんだけれども、大人にも美味しいシーンを盛り込んでいる。折れた東京タワーに巣を作るキャオスを夕日が照らす場面は秀抜。ギャオスの糞やお食事シーンも凝っている。空中シーンも迫力があった。ラストにもう一捻りあれば傑作になったのに残念だ」


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 「今月は、だれが何と言おうと『フォレスト・ガンプ 一期一会』(ロバート・ゼメキス監督)の批判から始めたい。これは、巧みにオブラートにくるんではいるが差別的で国粋的な作品だ。偽善的なストーリーで展開されたアメリカン・ドリームの焼き直し。経済的に成功しなければ認めようとしないアメリカを象徴している」「まあまあ、落ち着いて。オスカーを獲得した事もあって、劇場は大変な込みようだったね。IQが75のガンプは、人生に逆らわず前向きに真正直に生き、多くの有名人に出会い富を手にする。最新の合成技術によって大統領たちと会話するシーンは、ゼメキスらしいお遊びとして許せるけれど、ガンプの成功で体制順応を肯定するというのは危険な主張だと思うな。アメリカの社会的な矛盾に目を向けていない。ガンプの成功は彼の愚直な誠実さのためではなく、単なる幸運が重なっただけなのだから」

 「アメリカの現状に悩み、ベトナム反戦運動などに積極的に参加したヒロインは傷つき、最後はエイズを連想させる病気で死んでいく。ガンプの成功とは対照的に。ゼメキスの体制的な悪意が感じられる。だいたい、IQ75=イノセント=シンプル=成功という図式は差別の裏返しじゃないのか」「アメリカでヒットしたと言う事は、単純さを肯定したいと言う表れなんだろう。しかし、単純さというのは複雑なものを一つのスタイルに凝縮する事で、ガンプとは違うはずだけど。ま、いろいろ言うときりがない」

 「『JM』(ロバート・ロンゴ監督)も期待外れだった。キヌア・リーブスとビートたけしの共演なので、ひねりを期待したが、あきれかえるほど素朴なヒューマンストーリーだった。近未来のイメージは手垢のついた借り物ばかり。だいたい、記憶屋という職業のリアリティがない。また、抵抗組織ローテクは、コンピューター管理社会ではあの様な形態を取れないのではないか。一か所に固まっていてはすぐに潰されてしまうし、集まっている意味もない」

 「エメリッヒ監督の『スターゲイト』も、むちゃくちゃ金を使っているが凡庸なストーリーだ。ラー役のジョイ・デビッドソンの魅力だけが救い。あれだけSFXに金を掛けるなら、瀬名秀明の傑作ホラー『パラサイト・イヴ』をぜひ映画化してもらいたい」「ハリウッドの底の浅さだ。その点、リュック・ベッソン監督の新作『レオン』は、アメリカ的アクション映画を巧みにとり込みながらユーモアをまじえ人間的な艶のある作品に仕上げている。『ニキータ』よりも完成されていると思う。映像的にも、ベッソンのある成熟を感じさせる出来栄えだ」「12歳の少女マチルダ役のナタリー・ポートマンは『すごい』の一言だ。キュートで、しかも大変な存在感を放つ。殺し屋レオン役のジャン・レノも渋い演技を見せてくれるが、彼女の魅力の前では、色褪せるほどだ」

 「さて、邦画でもなかなかの名作が誕生した。岩井俊二監督の劇場長編第一作『ラブレター』。中山美穂も二役を好演しているが、何よりも岩井監督の才能が光っている。うますぎるくらいにうまい。青春の懐かしい思い出がよみがえってくる」「完成されている。しかし新人監督としてはまとまり過ぎていないか。過剰なものが少しも感じられない。そこが少し物足りない」


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 「第2回レズビアン&ゲイ・フィルム・フェスティバルin札幌は、大変な込みようだったね。追加上映を行ったり」「特にゲイ・パートの『あなたがすきです、だいすきです』は、大木裕之監督の札幌初公開ということもあって、会場を溢れる人が集まった。監督が『ゲイをテーマにすることではなく、映像自体の感性がゲイ的であるか、ないかが問題』と、かつてゴダールが映画と政治の関係について語った言葉を連想させる発言をしたこともあって、関心が高かった」 「で、映画の評価は」「甘えるなといいたいね。ゲイ的な感性というのに値するのはラストシーンぐらいで、あとは自己満足的なお気軽カットの連続だ。デレク・ジャーマンにしろ、ペドロ・アルモドバルにしろ、こんなふやけた映像をゲイ的とは評価しないだろう」

 「同感だね。その点、レズビアン・パートの『Go fish』(ローズ・トローシュ監督)の映像は、とてもセンスがいい。レズビアンの切実な問題を取り込みつつ、コメデイ・タッチの軽さを持ち、全体にすごく気持ちの良い映画になっている。今年のベスト10に入りそうな作品」  「社会とレズビアンの関係だけでなく、レズビアン内の世代格差や男性との関係性といったシビアなテーマをうまく盛り込んだ。トローシュ監督は『まるでハリウッドはクイアというマーケットがあるのを知っているみたいにレズビアンやゲイが映画にいっぱい出てくるようになったが、どれもひどいものばかりだった』と批判しているが、この映画の前では、確かにかすんでしまうはずだ」

 「『ゼロ・ペイシェンス』(ジョン・グレイソン監督)は、世界初のエイズ・ミュージカル映画。百七十歳の性科学者とゲイの幽霊の恋愛というコミカルさの中に、激しい社会批判を込めている。北米に初めてAIDSを持ち込んだ男として有名になった『患者0号』の虚構を暴き、スケープゴートを必要とする社会にブラックなユーモアをぶつける」  「効果の定かでない薬品で大儲けしている製薬会社は、もっと非難されるべきだ。HIV汚染されていることを知りながら、その血液製剤を放置しエイズ感染を広げた日本政府の責任とともに」「キッチュな魅力には富んでいるが、カルトとなるまでの迫力はないと思う」

『ザ・ペーパー』(ロン・ハワード監督)は、監督らしい温もりのある佳品。ただし展開は、締め切り間際の新聞社のようにあわただしい」「現場のジャーナリストが観たら、涙が出るほど嬉しい映画だろうけれど、世の中そんなに甘くない」

『ネル』(マイケル・アプテッド監督)は、評者が紋切り型のようにジョデイ・フォスターの迫真の演技を褒めたたえるが、ジョデイのこれまでの実績をみれば、驚くほどの事はない。社会から隔絶されて育ったネルは、隔絶の理由が母親が受けたレイプであったことも含め、自然VS社会といった単純な二項対立では捕らえ切れない微妙な存在。しかし、この点が十分に生かされていない。ネルが裁判所で分かりやすい演説を行ったりすると、ぶち壊しになる。双方の理解し難さ、異質な他者との出会いこそがテーマのはずなのに」 「ネルを、社会を治癒する有用な存在としてしまってはいけない。そういうのが最近多いけれど。『有用性』は現代の深刻な病気だ」 「その点『マークスの山』(崔洋一監督)は、説明も救済もしない。事件の中心に原作にはない内ゲバを持ってきたのはミスだと思うが、警察内のリアルな描写に加え、各世代の断絶、各個人の深々とした孤独を解説なしに描いているのはさすがだ」


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 「屈折に屈折したロマン・ポランスキー監督の超後味の悪い新作『死と処女』から入りましょうか」「登場人物を3人に絞り込み、ほとんど室内劇。そこそこ緊張感があり『赤い航路』よりは良くできていた。独裁政権下での拷問、レイプという痛苦な歴史背景が、身体として理解できるかどうかで作品の評価が分かれるだろう。いわば3人とも被害者な訳だからね。何が真実かよりも、その事がやり切れない。シガニー・ウィバーの痛々しい胸がすべてを象徴している」

「ビィクトル・ユゴーの娘を描いた、トリュフォー監督の『アデルの恋の物語』は20年前の作品だよね。イザベル・アジャーニが主演していたけれど、ビデオが出ていなくてすごく注目していた」「有名な親の存在に拘束されるという、極めて古典的なスタイルの作品。アジャーニはこの頃から気が振れる役をやっていたのかと感心した。若いのにさすが存在感あるね」

「一方、フィリップ・リオレ監督の『パリ空港の人々』は、極めて現代的な領域の作品だった。パスポートを盗まれた中年男性が空港から外に出られなくなって、空港の奥に入ると、そこには何年も外に出られずにいる人々の平穏な生活があった。いわば国と国との間にできた無国籍空間。主人公にとっては、解放された場所、一種のアジールだった」「着眼の勝利だね。脚本次第では、もっと痛快で根源的な映画になったかもしれない」

 「『バットマン フォーエヴァー』(ジョエル・シュマッカー監督)は、バートン監督からバトンタッチした新生のバットマン。なかなかシャープな映像感覚だ」「心理的な外傷を強調しているものの、監督の本心はそこにはないと思う。お祭りさわぎに終り、ほのかな哀しみがないのが寂しい」「ロピンという相棒までできてしまったからね」

 「さて、敗戦50年ということで今年日本では、特に戦争ものが多い。『ひめゆりの塔』の映画化は4回目。神山征二郎監督は、できるだけ史実に忠実に描くことを基本にしたと言っている。沖縄訛りなど、確かに事実には近付いたかもしれないが、人間が描けていなければ仕方がない。ひめゆり同窓会の意見を尊重したばかりに、気を使い過ぎて美化しすぎてしまったのではないか」「しかし、後藤久美子の目の演技はなかなかのものだった。一歩踏み出していた。収穫はこれぐらいか。沢口靖子はあいかわらず」「せっかく採用した喜納昌吉の『花』も 、生かされていたとは思えなかった」

 「出目昌伸監督の『きけ、わだつみの声』は、『ひめゆりの塔』とは正反対に戦没学生の遺稿集にとらわれないオリジナル。加害の側面も描いているが、あまりにも何もかにも盛り込み過ぎて、ほとんど理解不能状態に陥っている。ここでも、人間が描けているとは言えない。しかし、敵の戦車めがけてラグビーの真似事さえやらなければ、八方美人も許してやれたのに」

 「曲がりなりにも人間を描いているのが熊井啓監督の『深い河』だ。『千利休』のキリキリする緊張した映像ではなく、苦悩する人間を静かに包み込む自然描写が美しい」  「ガンジス河に入るシーンなど、秋吉久美子の存在感は圧倒的。他の熱演がかすんだ。彼女自身『これ以上の役には会えないかもしれません』と言っていたからね」  「原作は遠藤周作の集大成。意味に縛られた人々への思いが伝わってくる」  「これに対抗できるのは、高橋伴明監督の『愛の新世界』くらいだろう。風俗壌たちの陽気さ。意味に囚われることなく人生をサーフィンする。だからラストは河ではなく、より根源的な海と戯れる。一つの思想だ」


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 「キネトピとしては、この夏とっておきのホラーを紹介したいところだけれど、どうですか。オウムを超えるホラー…」  「いきなり振ってこられても…。ジョン・カーペンターズ監督の新作『マウス・オブ・マッドネス』と言いたいけれど、残念ながらテレビCMの怖さほどは怖くない」  「素材、個々のアイデアは悪くない。だがホラーとしてのストーリー的な盛り上がりに欠ける。『遊星からの物体X』のような寒々しい恐怖が足りない」  「かつての『エクソシスト』『オーメン』『キャリー』『サスペリア』といった傑作ホラーから、なかなかステージが上がらない。その後は、スプラッター・コメディに走ってしまっている。『ヘルレイザー』は、痛さを共有するという新しさがあったけれど」  「邦画の『トイレの花子さん』は、松岡鍵司監督だったので、ひねりを期待したのだけれども、あっけなく終わってしまった。花子さんが善玉になるのも疑問」

 「佐藤嗣麻子監督『エコエコアザラク』にも共通するけど、学校のいじめがストーリーの中心になっている。ここに恐怖のリアルな核があるというのが現状なんだな。いじめの構造的な根深さは、たしかに怖い」  「僕は、けっこう『エコエコアザラク』気に入りました。特に菅野美穂がいい。『トイレの花子さん』では、前田愛が将来有望」

 「いじめといえば、『ファザー・ファッカー』は家庭内いじめの極致。ホラーより怖い話だ。内田春菊の原作はあまりにも淡々と描写していたが、荒戸源次郎監督も重くならず、抑圧に屈しない14歳の少女の凛とした強さを描いている。あからさまな抑圧に立ち向かった60年代後半から70年代前半の邦画のみずみずしい感性が息づいている」  「それにしても、子供を家庭内でレイプする父親役の秋山道男の怪演は特筆に値する。父親のレイプを黙認しレイプ中に母親のとぐ米の音がおぞましい。これは怖いよ」

 「家父長制のグロテスクさ。父親が繰り返す『ちゃんとした家族』のいかがわしさ…。そういえば『シリアル・ママ』(ジョン・ウォーターズ監督)も、普通の家族、普通の主婦への皮肉が込められている。コメディだけれど、このストーリーも考えようで結構怖いものがある。息子がホラー映画に夢中だという理由で家庭に問題がある言い、精神科医に診てもらえという教師を車で轢き殺す、娘を振ったボーイフレンドを火かき棒で刺し殺す、家族の遠足計画をこわした急患の夫婦を惨殺、ビデオを巻き戻さない客を撲殺、秋に白い靴を履く陪審員を撲殺…。しかも、裁判では陪審員の同情をかって無罪になる」  「ジョン・ウォーターズ監督といえばディバインが活躍する『ピンク・フラミンゴ』『フィーメール・トラブル』などのマイナーな傑作が連想されるが、『シリアル・ママ』はメジャーの中でセンスの良い悪趣味を見せつけた。悪意は健在」

「ホラーの根幹である狂信、抑圧、差別の対極に位置しているのが新藤兼人監督の『午後の遺言状』だろう。老いと性を描きながら、すべてをユーモアで包む。その軽み。生涯の伴侶であった乙羽信子の遺作になることを知りながら、しかし映画を楽しんでいる」「新藤兼人は、極めて個人的な思いを映画という広いステージに昇華している。見事と言うほかない。言葉を一切省いた世界的な傑作『裸の島』との同時上映を望みたいところだ」

『ブロードウェイと銃弾』(ウディ・アレン監督)は、このところのアレン監督にしては華やかな雰囲気。ストーリーテラーとしての持ち味が生かされ、20年代のブロードウェイがよみがえった」「淀みのない展開で、久々に気持ち良かった」


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 「今月のテーマは『ひたむきさ』ということになりますか」  「じゃ、まず宮崎駿プロデュース・脚本・絵コンテ、近藤喜文監督の『耳をすませば』から。14歳の月島雫と15歳の天沢聖司の純愛ストーリー。もう手放しの純愛で、あくまで健やかな結末。ふたりの前向きの生き方とそれを認める大人たち。出来すぎているといえば、それまでなんだけれど、細部が実にきめ細かく描かれていて、ブタネコをはじめ魅力的な脇役も活躍し、飽きさせない」「柄になく純愛に浸る自分に、酔ってたんじゃないの」「近藤喜文監督の間がいいんだよ。宮崎駿より百分の二ほど長い。それが余韻になる。それから図書カードが二人を出会わせるでしょう。これ岩井俊二監督の『ラブレター』と同じ。青春の思い出だよ。今はもうカードに名前書いたりしないんじゃない」

「宮崎駿は、この作品を自分を自分の舞台の主人公にする事を諦めがちな若い人達への挑発と言っている。主人公は恋愛を通じて、自分自身と向き合う」「自分自身に『耳をすます』。自分を捨てるために聞くのではなく、自分と向き合うために聞くというところが大切なんだ」「『月島雫は現代のナウシカだ』という評価は、短絡的に見えて案外当たっている。同時上映の『オン・ユア・マーク』も忘れてはいけない。6分40秒の短編ながら、現在に対する鋭い毒を盛り込み、漫画版『風の谷のナウシカ』後半の思想につながっている。宮崎駿自身『基本的に悪意で作った映画』と言っているからね」「状況の深刻さとあくまでひたむきな生き方。二つの作品は緊密な関係にある」「宮崎駿もだんだん手がこんできた」

「お次はティム・バートン監督の『エド・ウッド』。オーソン・ウェルズに憧れ、映画を愛しながら、超ヘタなSF、怪奇映画を取り続け、『史上最低の映画監督』と言われたエドワード・ウッド・ジュニアの伝記映画です。エドの映画製作への情熱とあまりにもいい加減な撮影・編集の落差。愛すべき周囲の人々。バートンは暖かく彼等を描く」「ひさしぶりに銀幕という言葉を思い出した。こんなに艶のあるモノクロ映画は最近ごぶさたしていた。だから俳優たちが輝く」「暗めの役が多かったジョニー・デップが女装好きの底抜けに楽天家のエドを見事に演じていた。マーティン・ランドーも熱演」

「僕はエドの映画見てない。ただ脚本・助監督の『死霊の盆踊り』のひどさだけはビデオで知っている。しかしエドの超出鱈目さは、テヴッド・リンチ監督に大きな影響を与えているらしい。エドが資金がなくなって、そこいらのニュースフィルムなどを片っ端から継ぎ足して完成した『グレンとグレンダ』は、カルト的な傑作『イレイザー・ヘッド』の斬新な編集につながっているそうだよ」「無数のエド的情熱が、映画の新しい可能性を開く。史上最低の監督と評されるインパクトは、けっして半端じゃない」

 「『アウトブレイク』(ウォルフガング・ペーターゼン監督)は、エボラウイルスが猛威をふるった時と公開が重なったので、映画の緊張感が倍加した。しかしせっかくのひたむきな物語が、あまりにも安易な結末で台なしになった」

 「最後のひたむきさは、ジャック・リヴェット監督の『ジャンヌ』2部作。フランスのアイデンティティの象徴・ジャンヌ・ダルクの生涯を、距離を置きながら等身大で丁寧に描いている点は評価できる」「でも、もっと辛辣でもいいと思えてしまう」


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 「さて、今月はトム・ハンクスの新作『アポロ13』(ロン・ハワード監督)から入りますか。『フィラデルフィア』『フォレスト・ガンプ』に続き、三年連続のアカデミー賞主演男優賞か、という声も上がっているらしいけれど。確かに演技は手堅い」  「僕は前二作は認めていない。今回も、アメリカの輝かしい希望を描いているのだけれど、こちらは実話なだけに批判しづらい面はある。失敗譚を奇跡の成功に変えてしまうという、いかにもアメリカ的なストーリーで、お手上げ状態ではあるが、しかし『おいしい話』を、誇張せずにじっくりと盛り上げていく確かな計算は感じられた」  「本当の無重力状態をはじめ、セットがリアルさをしっかり支えていたね」

 「フランク・ダラボン監督の『ショーシャンクの空に』も、希望の映画だ」  「僕は逆境の中で希望を捨てずに努力し、やがて成功するというパターンは大嫌いなのだが、この作品も細部がしっかりしていて、上品なユーモアがありテンポもいい」「ティム・ロビンスは相変わらずうまい。ラストのハッピーエンドでは会場から拍手が起こった。みんなすっかり乗せられてしまったわけだ。冤罪や刑務所内の汚職、虐待という重いテーマを扱ったようにみえて、本当は観客のカタルシスのみを追求した傑作エンターテインメントといえるだろう」

「それに比べると、ニキータ・ミハルコフ監督・主演の『太陽に灼かれて』は絶望の官能性とでもいうべき屈折した映画だ」  「スターリン時代の想像を絶する大粛清という20世紀ロシア最大のテーマに対し、ミハルコフは極めて人間臭いアプローチの仕方をしている。閉塞した状況の中でいかに陽気に生きるか、という困難な問いを突き付けながら、あくまでも官能的に」  「それにしても人々は美しい。中でも、監督の6歳の娘ナーシャの愛くるしさは特筆に値する。『身内を使い出すと監督も終りだ』という言葉があり、この作品についても同様の批評があるが、僕は当たらないと思う」

「アジアに眼を移そう。アン・リー監督の新作『恋人たちの食卓』は、現在の変貌する台湾を描きつつ、父親からの解放というテーマをもにじませた作品」  「アン・リー監督は料理のシーンが好きだね。ゲイ・カップルの偽装結婚を描いた前作『ウエディング・バンケット』も料理がうまく使われていたけれども、この作品は次々に出てくる料理が主役になっている」  「もう一つの共通点は父親のリベラルさ。前作では息子の同性愛を知らないふりをして受け入れ、今回は志村けんのコントのような抱腹絶倒の展開。父親役のラン・シャンは見事は演技力だ。既成の価値観を余裕のあるユーモアで打ち壊していく姿勢は貴重だと思う」

 「香港のウォン・カー・ウァイ監督の『恋する惑星』は飲茶券が付いていたからか、すごい人気だった。即興性を生かしたロード・ムービー。激しいようで虚ろな無国籍の雰囲気がオシャレなのかな。同時代的な危うさを感じる」  「前作『欲望の翼』も話題になった。器用にみえて、ひどく不器用な生き方をしてしまう青年の生きざまを、寄り添うように切なく描いた。脚がなくずっと飛び続けている鳥の話は象徴的。洒落た会話のセンスは、昔から健在だったね。今後に注目だ」


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 「1977年の『ハウス』でメジャー・デビューして以来、毎年一本以上の作品を発表している大林宣彦監督の新作『あした』から」  「大林監督のフアンは多いはずなのに、あまり観客がいなかったみたい。多作過ぎるのか。死者が蘇るという暗さのせいなのか、ビデオで済ませようということなのか」

 「新・尾道三部作の第一弾『ふたり』だって映画館はがらがらだった。外国で評価された後ビデオを観た人が多いんじゃないかな」 「今回は、船の事故で死んだ人達が、愛する人に『決められた時間に会いにくる』と、メッセージを送るという『あざとい』ストーリーだからね。その人達が集まり、その時間を待つまでの物語。出会い、そして別れ」  「主演の高橋かおりよりも、宝生舞の方が存在感があった。植木等は極上の味を出していた。誰も会う人がいないので船の中に一人残っている死者役の原田知世は、おいしい所をちゃっかり頂戴したという感じ」  「三か月前に死んだのに、生前そのままの姿で帰ってくるのもね。待っている人達が、どんな姿で出てくるのかと、ちょっと心配するシーンがあるでしょう。一捻りほしい」

 「どろどろになってフジツボや海草つけて帰ってきたら『ペット・セメタリー』海編になる。あるいはネクロノミコンの世界」  「大林監督はよく健闘したと思うけれど、最後まで違和感が残った。『ふたり』の死者の自然さには及ばない」

「極限のスプラッター『ブレインデッド』の監督・ピーター・ジャクソンの新作『乙女の祈り』は、どうでした」  「母親を殺すまでの二人の少女の屈折した感情の揺れ、現実から逃れようとする幻想世界の質感を見事に描き切っている」  「デビュー作の手作り感あふれる『バッドテイスト』の素人っぽさに比べて、なんと成長したことか。とても巧みになった。才気を感じる。それが少し悲しい」

 「男性がここまでレズビアンの生理をつかむという事の方が、スプラッターより怖い」 「ボーイソプラノを保つため去勢されたファリネッリをバロック的に描いた『カストラート』は女性たちに大人気だったね」  「現代風に、両性具有を肯定的に描くのではなく、一つの負い目として位置付けていたのは、良かったと思う。変に流行を追うのでなく。たしかに、カサノバが登場し求愛するという新しい発想も、捨て難いけれど」

 「カストラートという存在の社交界での位置、ヘンデルとの確執、ゲイ的な兄弟愛のはげしさなどのテーマがあるけれど、映画を観終わって残るのは、この世のものとは思えない歌声だけだ。圧倒的に美しい。コンピューターで男女の声を合成したものだが、まったく違和感がない。三枝成彰さんも絶賛していたからね。オペラの派手な衣装も良かった」

 「ケバイ衣装と言えば『プリシラ』(ステファン・エリオット監督)を忘れることはできない。女装のゲイ三人のちょっぴり苦く、すこぶる陽気な珍道中。露骨な差別をはねかえすパワーに満ちあふれた作品だ」「好きだなこの映画。騒々しいけれど、とてもデリケートに仕上がっている。ドラッグ・ショーでは、観客みんなで大笑いした。この映画も女性たちで一杯だった」「辛さを隠して陽気に振る舞っているという見方は間違っている。差別を笑い飛ばして肯定的な力に変えるスタイル。そこに、新しい生き方の可能性が秘められているんだ」

 「『ブレイブハート』(メル・ギブソン監督)は見ごたえあったね。美しい自然、自由を求める人間の尊厳、力強いストーリー。久しぶりに感動した」「豪速球だ。しかも端正につくられている。数千人のエキストラによる戦闘シーンは、とりわけ見事だった」

 「『無伴奏「シャコンヌ」』(シャルリー・ヴァン・ダム監督)も、力強い。粒は小さいが、愚直な作品」「バイオリンに込めた情念が圧倒的。すべてが音楽に染まっている」

 「『タンク・ガール』(レーチェル・タラレー監督)は、コミックの実写版。楽しく軽くB級映画のセンス押し通した」「でも、コミックから思い切って離れた方が良かったのでは」


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 「ラスベガスを舞台にしたポール・バーホーベン監督の新作『ショーガール』は、華やかで、力強くておもしろかったわ」  「基本は単純なサクセスストーリーなんだけど。ケバくて暴力と性に満ちた『ガラスの仮面』というところかな。何時もながら、ハイテンションのまま一気に観せる力量には感心させられたよ」  「ノエミ役のエリザベス・バークレーとザック役のカイル・マクラクランの激しい絡みには興奮したんじゃない。プールの水が…」

 「『氷の微笑』もそうだったけれど、この監督は激烈なのが好きみたいだね。あと、女性が男性を蹴飛ばすシーンも。バークレーは最初の頃のシルビア・クリステルを連想させるところもあるけれど、あの強靭さが90年代的なんだろうな」  「バークレーに文字通り蹴落とされるクリスタル役のジーナ・ガーションも、知性と妖艶さを兼ね備えていて素敵だったわ」  「セクシーなダンスがふんだんにあって、これだけゴージャスに緻密につくられていれば、娯楽作としては合格点でしょう」  「ただ、子供連れで来るのだけはやめてほしいわね。ゴジラじゃなくて、いちおうR指定なんだから」

『スピーシーズ』(ロジャー・ドナルドソン監督)は、映画主演デビューのスーパーモデル・ナターシャ・ヘンストリッジの魅力に頼り切ったエロティックSF。肝心の新種の生命体はH・R・ギーカーがデザインしたんだけれど、人間臭すぎて迫力ない」「この生命体はただ殺されてしまって、かわいそうだったわ」

『愛の地獄』(クロード・シャブロウ監督)は、粘ついた感触が残る嫉妬劇。二人の嫉妬が相乗効果で高まり、自然に狂気が忍び込む。この日常感がたまらないわ」「名匠のしぶい演出が楽しめる、余韻に満ちた作品だね」

『不滅の愛 ベートーヴェン』(バーナード・ローズ監督)は、ゲイリー・オールドマンという意表をつく配役だわね。でも、表情によってはベートーヴェンに似ていなくもないかなと思えてくるわ」「この作品は堅物のイメージがあるベートーヴェン像を見事に打ち崩している。それにしても、悲恋ものにベートーヴェンの曲がぴったりマッチしていたね」「情感いっぱいの音楽だもの」

 「シャローン・ストーン主演のウエスタン『クイック・アンド・デッド』(サム・ライミ監督)は、気持ちいいくらいに形通りの復讐劇ね」「サム・ライミらしからぬおとなしい演出だったけれど、弾が貫通した身体の穴から太陽光が差し込むお遊びシーンで、何だかほっとした」

「さて、貴方がとても尊敬している大友克洋の7年ぶりのアニメ『MEMORIES』が、やっと公開されたわね」  「3つのオムニバス作品なんだけれど、第2話の『最臭兵器』がオウムのサリン事件を連想させるとかで、劇場公開が延期されていたんだ。むしろ、日本の現状を皮肉るブラック・ユーモアに満ちた作品なのに」

 「『AKIRA』の緻密な作風とは、ずいぶん違ったアニメなので、とまどったわ」  「あの延長線を期待してもだめだよ。『AKIRA』の美学はあれで完成され、すでに封印されている。当初は『AKIRA』の元ネタの『FIRE BALL』もアニメ化の候補に挙がっていたけれど、結局大友ワールドの多様な要素のアニメ化を若い監督たちと試したという感じ。『彼女の想いで』は、原作よりもずっと厚みがあって楽しめたんじゃない。アニメの良さを生かした出来栄えだった。ただ、あの作品の前に『FLOWER』という掌編を置いてほしかった」

 「『大砲の街』は、コンピューターを使ったワンシーン・ワンカットで、アニメとしては画期的な作品と言われているけれど、ストーリー自体は結構古臭いんじゃないの」  「オーウェルの『1984』みたいだからね。ただ、大友は声高に危機を訴えているのではないんだ。そこを突き抜けたところで、遊んでいるのさ。最後の一瞬の閃光は核爆発だろうけれど」

 「今回の大友作品は好きじゃないけれど、押井守監督の『攻殻機動隊』と比べると、そのオリジナリティは認めるわ」  「『天使のたまご』など初期の作品や前作『パトレイバー2』は評価できるけれど、今回の『攻殻機動隊』は『ブレードランナー』の枠を超えていない。自己のアイデンティティの問題も、記憶の固有性の問題も、寺山修司の方がよっぽど考えていたと思う」

 「最後に、岩井俊二の『Undo』『ifもしも「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の2作品。私は『花火…』のストーリーのうまさを買うわね」  「95年は岩井ワールドの年だった。僕は独自の美意識に満ちた『Undo』が好きだ」


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