このサイトに来られた方から治療等のご質問をいただきました。
振り返れば私自身、何にも苦しまず、辛くもなく、笑って楽しく暮らしていたら、いつのまにかストレスの原因となるものから解放された、がんも治ってしまったという訳ではなく、その間非常な苦しみがありました。この経緯を皆さんに打ち明けることも大事だと思いました。
私は、専門家ではありませんので、「私の場合はこうであった」というくらいのお返事しかできませんことを、前もってご承知置き下さい。
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ホスピスには入院しておりません。自宅療養でした。
始めよりホルモン療法の薬3.75ミリグラムを一ヶ月一回30回致しました。
仙骨始め数箇所転移しました。
特に夜、疼痛が強く、疼痛緩和剤や座薬を使用しました。ムカムカや吐き気で苦しみました。
肝臓も悪いため腹水が溜まりまして、あまり苦しい時は先生に取ってもらいました。しかし状態の悪い時はすぐに溜まり薬でも中々効果がありませんでした。苦しくて食欲もありませんでした。
常に医師の監督の下、検査などで経過観察しておりました。
生検はじめ、画像、血液、マーカーなど入院総合検査を行いました。
疼痛が無くなってからですから発病から一年半ぐらいです。
告知されたことで諦めはありませんでした。むしろ自分しか治せない、自分が治すんだという強い信念で諦めませんでしたし、治る自分をイメージして前向きに闘病してきました。
それは、告知をそのまま受け入れたこと。死は誰でも100%訪れるものとすっかり観念したことで死に対する恐れが無くなりました。
私は職業柄、生活習慣も相当乱れていたし、沢山のストレスを抱えていたことなどが原因だということが、自分を振り返ってわかりましたので、直ちに一つ一つその原因を取り除きこのサイトにもあるように身辺整理をすることで大変気持ちが楽になりました。
余命告知を越えた後は、もうオマケに人生であると割り切り、大いに楽しむことに専念し、その日が来るまで、と思いっ切り笑顔で明るく生きて来たことが結果的には脳内モルヒネも働き自己免疫も高まってよい結果につながったものと思っております。
しかし、ガンは今は退縮しておりますが油断大敵です。ガン体質を認識し定期検診はこれからも守って受けていこうと思っています。
私の場合、C型肝炎から肝臓癌になり、貧血になりましたので、輸血もしましたし、黄疸も出ました。黄疸、痛み、熱、下痢と胆道が閉鎖するために起こる色々な症状に悩まされました。
痛いのも我慢できませんが、かゆいのも我慢できません。辛いです。
かゆみを取る方法はないので、かゆみを和らげる対症療法で、少しでも一時的にせよ気持ちが良くなればそれで良しとして、その都度以下のような処置をして気持を治めていました。
メントール液を洗面器に薄めてタオルを浸し、それで、身体を拭いていました。スーッとして、気持が良くなりました。夏は、汗をかきますので、汗でもかゆくなります。熱いタオルで拭いたりするのも良いです。しかし、肝臓の機能が治らない限り、かゆみだけを止めるのは無理だと思います。
私の場合は、10mgを一日3回として処方されておりましたが、痛みのない時は使いませんでした。その時の自分の感じる痛みによって種類を使い分けておりましたが、モルヒネ系の薬は麻薬です。
少し痛いくらいで飲んでいると、だんだん量も多くなり、副作用も出て来ますので、疼痛度4または5以上でないと使わないようにしました。我慢して、我慢して少しでも薬を飲む時間を長引かせました。
私の体験では疼痛度『5』と言いますと、痛くて、痛くて、ご飯はもとより、ものも言えない、とにかくイタイ、イタイ状態を5と判断しました。『4』は、ご飯は食べられないし、眠れない・・こうなると身体が衰弱して来るので、止むを得ず服用する、などと色々苦労しました。
絶えず自分の状態を観察して、気を他に反らしたり、面白い物に挑戦したり、人と会って楽しく笑ったり気分の転換に心がけ、我慢できる所はできるだけ我慢して、もう我慢の限界だという時に、疼痛緩和剤などその時に応じて飲み、タクシーで病院へ入りました。
やはり薬を飲むと一時的にせよ痛みは軽減しますから、その時に「効いて来たな」と気づきます。
訪問看護は受けておらず、在宅で療養生活をしており、定期的に検査を受けに病院へ行っております。私は、長い闘病生活の中で、何回も入退院を繰り返しています。今は、癌は退縮しましたが、心臓の手術を、その後に受けましたのでその後遺症、合併症で入退院をしました。病院内には、様々な相談に応じる窓口がありますので、相談されたら、何か良い方法もあると思います。
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