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名監督マンキーウイッツが監督し、名優ケーリー・グラントが主演する作品であるにもかかわらず、テレビ放映以外では日本に紹介されたことがないようです(※)。この2つのビッグネームの取り合わせを考えただけでも見たくなるのは、小生だけでしょうか。マンキーウイッツという監督さんには、たとえば、「三人の妻への手紙」(1949)、「イヴの総て」(1950)、「去年の夏突然に」(1959)、「探偵スルース」(1972)などの会話のダイナミズムで見せる作品がメインの軸として揺るぎ無く存在する一方で、他方にはそれとは少々毛色の異なる作品、たとえば寓話性の高い「幽霊と未亡人」(1947)やスパイ物サスペンスの「五本の指」(1952)などもあります。ここに取り上げる「People Will Talk」は後者に属し、コメディ的な色彩が極めて濃い作品です。勿論、「三人の妻への手紙」などにもコメディ的傾向は見て取れるとはいえ、「People
Will Talk」はそれとは少し違います。というのも主演がケーリー・グラントなのです。正直に云えば、「監督ジョセフ・L・マンキーウイッツ+主演ケーリー・グラントという取り合わせがうまくフィットすると思うか」と問われれば、個人的には絶対的に「No!」と答えるでしょう。なぜならば、他の出演(監督)作品から判断すれば、この二人のテンポ或いは波長は、明らかに大きく異なるであろうと予想されるからであり、どちらか一方が他方に食われるしかなかろうと思われるからです。では「People
Will Talk」では、どちらがどちらを食ったのでしょうか。個人的なアンサーは、「ケーリー・グラントがマンキーウイッツを食った」になります。というのも、明らかにペースは、ケーリー・グラントのものだからです。ソフィスティケートされた会話のやり取りを好むという点では、マンキーウイッツとケーリー・グラントは波長を一にするとはいえ、ケーリー・グラントはストーリー展開がシャープに推移するのをあまり好まず、全体的にゆったりとした余裕のあるテンポを常に維持しようとする傾向を持つように見えるのに対し、マンキーウイッツはむしろシャープで意外性のある展開を好むように見えます。そのような比較からすれば、「People
Will Talk」は明らかにケーリー・グラントの映画なのです。プレトリウスという大時代的な名前を持つ大学の先生(ケーリー・グラント)と女生徒(ジーン・クレイン)のロマンスと、いつも彼と一緒にいる謎の老人(フィンレー・カリー)がかつて殺人事件に関与していたことを発見した料簡の狭い嫉妬深い輩(ヒューム・クローニン)がプレトリウスを告発し追放しようとするストーリーから構成されますが、全体的にはいかにもケーリー・グラント的なコメディ調の味付けが加えられています。個人的に最も好きなシーンは、プレトリウスと彼の同僚(ウォルター・スレザク)とプレトリウスの義理のオヤジ(シドニー・ブラックマー)の3人が、いい年をして鉄道模型で遊んでいる最中に機関車同士が衝突し、大人げなく罵り合いを始めるシーンです。鉄道模型を家中に張り巡らせ一日中遊んでいたいなどという密かなる願望を小生も昔から抱き続けていつつも、金と場所が必要な為にまだ実行に移したことがないこともあり、このシーンを見ていると、「うーーーーん、小生も仲間に入れて欲しい」と思わずにはいられません。付け加えておくと、ウォルター・スレザクというメタボ体質の俳優さんは、このようなコメディには実によく合います。また、ジーン・クレインの半分眠ったような神秘的なお目々が相変わらず魅力的です。難を言えば、ケーリー・グラントがブラームスの「大学祝典序曲」を指揮しているシーンは、指揮しているようには見えないほどのぎこちなさが際立っています。もう少し練習した方がよかったのでは。
※2005年に国内でも「ピープル・ウィル・トーク」としてDVDバージョンが発売されています。(2008/10/30追記)