炎と剣 ★☆☆
(Prince Valiant)

1954 US
監督:ヘンリー・ハサウェイ
出演:ロバート・ワグナー、ジャネット・リー、ジェームズ・メイスン、スターリング・ヘイドン

左:ロバート・ワグナー、中:ジャネット・リー、右:スターリング・ヘイドン

「炎と剣」はバイキングが登場する映画であり、実を言えばバイキング映画としては、リチャード・フライシャーが監督しカーク・ダグラスが主演した「ヴァイキング」(1958)の方が優れているのは確かでしょう。けれども、バイキングが登場する映画は、他の時代が舞台となる歴史映画に比べると遥かに少ないこともあり、その意味では「炎と剣」も貴重な作品であると評せるかもしれません。「ヴァイキング」では、バイキング側の視点から見たストーリーが展開されていたのに対し、「炎と剣」では、バイキングよりもバイキングに簒奪されるイギリス側に視点があり、ストーリーがアーサー王と円卓の騎士の物語に若干ダブらされています。ヒットエンドラン式に簒奪されるイギリス側からすれば、バイキングという存在は厄介な海賊以外の何ものでもなかったのでしょうが、歴史経済学者などの中にはバイキングの存在はローマ帝国の崩壊以後の西欧経済の沈滞を再び復興させることに寄与したと考えている人も多いらしいですね。というのもローマ帝国の崩壊後教会などのパワーによって凍結されていた資産がバイキングに簒奪されることによって再び健全なる(?)資本の循環過程にフィードバックされたからとのことです。バイキングに関するストーリーが興味深い理由の1つとして、北欧神話との絡みからシンボリックな側面が色濃く反映される点が指摘できますが、この点に関しても「ヴァイキング」の方が遥かに優れていました。しかしながら、「炎と剣」がアーサー王と円卓の騎士の物語に言及しているのも、やはり有名な中世騎士物語に豊饒に盛り込まれているシンボリックパワーの恩恵に預かりたかったが故ではないかと考えられます。「ヴァイキング」のようにたとえ時代考証的にリアルであることを追求しようとした作品であったとしても、中世を舞台とした映画には、あたかもファンタジーを見ているような印象をオーディエンスに与える向きがあります。裏を返すと、たとえば「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのようなファンタジー映画が、中世的な背景をその舞台として利用する理由の1つも、まさに中世世界に見出されるシンボリックパワーを効果的に利用するという点に帰着するのでしょう。要するに、バイキング映画を含む中世を舞台とする映画のエッセンスの1つとして、中世に特有なシンボル表象の効果的利用があり、その為に「ヴァイキング」では北欧神話が、また「炎と剣」ではアーサー王と円卓の騎士の物語が有効に取り入れられているわけです。たとえば北欧神話が、それの有するシンボリックパワーでどれ程人を惹きつけるかというと、リヒャルト・ヴァーグナーの「ニーベンルングの指輪」を見れば、或いは聴けば一目瞭然でしょう。「ヴァイキング」では、カーク・ダグラスやアーネスト・ボーグナイン演ずるバイキング達が、死ぬ時に剣を持っていないとバイキング戦士の天国とも言えるヴァルハラに迎えられないと考えていて、死ぬ間際に剣を持って「オーディン!(北欧神話の最高神の名前)」と叫ぶシーンや、バイキングの英雄が戦闘で死んだ時、死体を舟に乗せ一斉に火矢を放って弔うバイキングの葬式(これと同じテーマは「ジブラルタル号の出帆」(1988)でも扱われていました)のシーンなどで、北欧神話のシンボリックな慣習や儀式がうまく取り入れられていました。余談になりますが、「ヴァイキング」DVDの映像特典で、監督のリチャード・フライシャーは、バイキングが乗る船も正確に当時の船と同じものを撮影用に建造しようとしたけれども1つだけ不可能であった点として、オールを支える穴の前後の間隔が現代人にはあまりにも狭すぎるので、1つおきに穴を塞がねばならなかったと語っていますが、これは少し意外でした。というのは、バイキングといえば屈強な大男達であったはずだという一種の偏見が一般にありますが、この映像特典を見ているとどうやらそうではなさそうだということが分ったからです。最後に付け加えておくと、「炎と剣」、「ヴァイキング」双方に、お姫様役としてジャネット・リーが出演しています。彼女は50年代はこのような役が多く、いかにもお姫様という印象がありました。60年代に入ると、「サイコ」(1960)での会社の金をネコババして哀れノーマン・ベイツの餌食になってしまうお姉さん、「影なき狙撃者」(1962)での素性がいまいちよく分からないおネーチャン、そして挙げ句の果ては「盗みのプロ部隊」(1967)で「そんなに美人じゃねーな」とダメ出しされることに鑑みると、「ヴァイキング」は清純なお姫様のイメージを持ったジャネット・リーを拝むことが出来る最後の映画の1つであったと見なせるかもしれません。


2003/05/24 by 雷小僧
(2008/10/07 revised by Hiroshi Iruma)
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