百万弗の人魚 ★☆☆
(Million Dollar Mermaid)

1952 US
監督:マービン・ルロイ
出演:エスター・ウイリアムズ、ビクター・マチュア、ウォルター・ピジョン、デビッド・ブライアン
上:エスター・ウイリアムズ

正直言えば、エスター・ウイリアムズ主演の映画は、最近になるまで全く一本も見たことがありませんでした。見たことのない映画の内容を邪推しても仕方がないと言えばその通りなのですが、元水泳チャンピョンという実績を利用したエンターテイナー的パフォーマンス(現在であれば水着コスプレと呼ばれるかもしれませんね)というイメージは聴覚派を自認する私めの映画趣味とはおよそ次元が異なるものであるように思えたからです。要するにミュージカルがあまり好きではないのと同じように、そのようなパフォーマンスは映画の題材としては邪道であるように個人的には常に思っているからです。それでも、この前500円DVDシリーズが並んでいる棚の中でこのタイトルを見かけたので、ものは試しに買って見てみたというわけです。因みに1コインDVDとも呼ばれる廉価プロダクトに500円という破格な値段がついているのは、これらの作品の著作権(かな?)が失効しパブリックドメインに入っているからですが、権利を有するメジャーからリリースされているDVDが一般的にはきちんとリストレーションされているのに比べると、500円ものはさすがにそうではないので、殊に50年代以前の作品の画像クオリティはまさに500円並みであるのはまあ仕方がないことかもしれません(従って上記画像のクオリティもDVDとしてはぼけたような印象がありイマイチかもしれません)。さてそれはどうでも良いとして、作品自体の印象は思っていた程は悪くありませんでした。ド派手な水上水中ショーのシーンを見ていると、水泳というそれ自体はシンプル且つ地味な営み(?)を、豪華絢爛たるエンターテインメントに変換する一種のマジックを見ているようでなかなか興味深いものがあります。或る意味でこれは映画に関しても言えるのであって、基本的には1コマ1コマが単に静止画像であるに過ぎないものの連続が、個別画像の算術的総和には還元され得ない全く別のエンターテインメントに変えられていくプロセスには一種のマジックが存在するのであり、ここでは紹介しませんがこのような映画の持つイメージによるマジックという観点をアニミズム論的且つ宇宙論的に分析したエドガール・モランの映画論には実に興味深いものがあります(モランの映画論については「めまい」(1968)のレビューで少し詳しく紹介しましたのでそちらを参照して下さい)。いずれにせよ、このような豪華絢爛なエンターテインメント性は、この時代のいくつかの映画が持つ大きな特徴であったということができます。ここで気を付けなければならないことは、現代の超大作に対しても時にこの「豪華絢爛たるエンターテインメント」というフレーズが使用されることがあるかもしれませんが、50年代当時と現在ではその意味はかなり異なるということです。たとえばハリー・ポッターシリーズやスパイダーマンシリーズは確かに「豪華絢爛たるエンターテインメント」と言えないことはないかもしれません。しかしテクノロジーが発達した現代の作品における豪華絢爛さとは、映画が描く内容自体によって得られる特質であるというよりも、その内容の提供の仕方そのものから由来するというような類のものです。それとは対照的に1950年代の豪華絢爛な作品では、「百万弗の人魚」がそうであるようにまさに豪華絢爛なショーの世界が描かれることがしばしばありました。この「百万弗の人魚」を見ていて思い出したのが同年製作のセシル・B・デミルの「地上最大のショー」(1952)ですが、この作品で8分近い仮装行列シーンが挿入されているのはまさに描かれる内容自体によって絢爛豪華な雰囲気を伝える最も極端な方法が採用されていたと言えるように思われます。また40年代より引き続き数多く製作されていたミュージカルも、いわば絢爛豪華なショーをわざわざ映像化したものであると言い換えることが出来るのではないでしょうか。或いはやや趣向は異なりますが、50年代殊に流行っていたスペクタクル宗教史劇も、このように言うと殴られるかもしれませんがいわば旧約聖書や新訳聖書の内容を豪華ショーとして見せものにしたとも言えるような側面もあり(勿論マッカーシズムに代表される50年代の保守化傾向という要素もあったことは間違いないでしょうが)、「地上最大のショー」同様デミルが監督した「十戒」(1956)などはその最たるものと言えるでしょう。これらの作品に共通して言えることは、オーディエンスの心の中に一種の憧れに充ちた感興を喚起することにその狙いがあったのであり、現代の超大作がしばしばそうであるようなダークな題材が扱われることはほとんどありませんでした。何故ならばダークで陰湿な世界は、1950年代の絢爛豪華さの概念とは全く相容れなかったからであり、従って1950年代にはフィルムノワールのようなダークな世界を描くジャンルがそれとは別に確固として存在していたわけです。それに対して、現在ではたとえば前述したハリー・ポッターシリーズやスパイダーマンシリーズにダークな要素がスパイス的に加味されていたとしても何の不思議もないのであり、むしろそれが常套的になっていると言った方が良いでしょう。そのような「絢爛豪華さ」に対する見方の変化は1950年代が終わり1960年代に入る頃から急激に発生しており、1970年代になると50年代的な意味における絢爛豪華さが映画の中で表現されることはほぼ皆無になります。豪華絢爛なショーの映像化とも言えるミュージカルの衰退が如実にそのことを示しており、1970年代に入ると「ザッツ・エンターテインメント」(1974)のような、絢爛豪華なミュージカルショーが映像として提供されていた過去に対する一種のオマージュ作品が出現して話題を呼んでいたわけです。そのような1950年代のエンターテインメント作品に見られる憧れ喚起的な側面は、現在の目から見れば極めて安易としか言いようのないストーリー展開をもたらすこともあり、「百万弗の人魚」はその典型であるとも言えます。この映画の主演はエスター・ウイリアムズですが、サポート役として4人の男優が登場します。それはウォルター・ピジョン演ずる父親、ビクター・マチュア演ずる山師とその弟子、デビッド・ブライアン演ずる金持ちの興行主の4人ですが、驚くべきことに4人が4人とも正直且つ誠実で主人公を常に思いやるヒューマンな人物として描かれています。ビクター・マチュアとデビッド・ブライアンなどは言わば主人公を巡ってのライバルであるはずなのに、互いが互いを讃え合い中世の騎士道もかくやと思われるように振舞います。きっと、欲望論のルネ・ジネラールがこの映画を見たならば腰を抜かしてしまうでしょう。正直言えばこんな展開のストーリーは映画でも小説でも見たことがありませんが、しかし必ずしもこれはこの作品をけなしているわけではなく、むしろ憧れ喚起的な側面をマクシマイズするとこの作品のような結果になるのだろうなという気がします。恐らくオーディエンスが女性であれば主人公に感情移入して何やら王女様になったような気がするのかもしれませんが、残念ながら私めは♂なので確信はありません。まあいずれにしてもこの作品は、ルネ・ジラールが好みそうなスタンダールの「赤と黒」の世界のようなライバル的欲望関係が描かれた作品ではないということです(当たり前田のクラッカーか)。またこのような作品は、「七年目の浮気」(1955)のレビュー或いは「タイトル別に見る戦後30年間の米英映画の変遷」の「50年代のおおらかな都会生活のシンボル、マリリン・モンロー 《七年目の浮気》」で書いたのどかな都会生活に対する一種の賛歌に通じるものがあると言えるかもしれません。何故ならば都会の生活の華やかさの1つの側面としてこのような豪華絢爛なショーの描写を取り上げることもできるからです。このように言うと都会を否定的に捉え都会からの逃走を描いた作家、たとえばジャック・ケルアックなどは既に50年代から活躍していたぞと言われるかもしれませんが、これらの現代作家達はそもそも、自分の生きている時代には明確に現れていはいないけれども潜在している徴候を鋭敏な感覚で拾い上げ、それによって一歩先の時代を読むことが1つの使命であったはずであり、従って彼らは既に1960年代以後の価値観を体現していたとも言えるのではないでしょうか。いずれにせよ、私めは1950年代のアメリカに生きた経験があるわけではないので、むしろ映画という大衆により近いメディアで表現されていることの方が、より現実に近いのではないだろうかと勝手に考えているわけです。最後に「百万弗の人魚」の中で一人是非注目して欲しい俳優さんがいます。それは主演のエスター・ウイリアムズでもビクター・マチュア(今でもコーネル・ワイルドと混同するかとがしばしばあります)でもウォルター・ピジョンでもなく4番手のデビッド・ブライアンです。この作品ではヒューマンな興行主を演じていますが、フィルムノワール系の作品で時折見かけ、殊にこの前高齢で亡くなったビンセント・シャーマンが監督をしジョーン・クロフォードが主演していた日本劇場未公開の「The Damned Don't Cry」(1950)ではギャングのボスを演じて迫力がありました。あまり有名ではないと思いますが、なかなか興味深い俳優なので、安く手に入る「100万弗の人魚」を見るに際しても是非注目してみて下さい。


2007/06/12 by Hiroshi Iruma
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