ホット・ロック ★★☆
(The Hot Rock)

1972 US
監督:ピーター・イエーツ
出演:ロバート・レッドフォード、ジョージ・シーガル、ゼロ・モステル、ロン・リーブマン

左:ジョージ・シーガル、右:ロバート・レッドフォード、奥:モーゼス・ガン

 たとえば「オーシャンズ11」(2001)のような映画を見ていると分かるように、昨今の映画の中では泥棒は100パーセント成功すると言っても過言ではない。昨今の映画の中で泥棒が100パーセント成功するのは、それがスタイリッシュであると考えられているからだろうが、実はそれとは全く逆に1960年代中頃までに製作された映画の中では、泥棒は仲間割れなどを含めて何らかの理由により100パーセント失敗すると言い切ることが出来る。つまり泥棒などしてもペイしないというモラル的な観点が必ずどこかに存在していた。たとえば、「オーシャンズ11」のオリジナルバージョンであり、フランク・シナトラのショーケース映画でもあった「オーシャンと11人の仲間」(1960)では、カジノからカネを盗むまでは良いが、結局ラストシーンで盗んだカネが棺桶の中で全て燃え尽きてしまう。フランク・シナトラのような献身的な道徳家にはとても見えないタイプの俳優が主演していてもそうであるから、後は推して知るべしであろう。当時は、たとえそれが映画の中とはいえ、泥棒が成功することはモラル的見地から許されていなかったかのようでもある。小生が好きなイギリス産の「紳士同盟」(1960)でも、泥棒実行シーンに関しては今日の映画にも負けないほどスタイリッシュな「トプカピ」(1964)でも、或いは本来強烈なシニシズムを売りとするイーリングスタジオ産の泥棒映画でも、泥棒が最終的に成功した例は見たことがない。

 ところがこのような傾向が変わり始めるのが1960年代の後半からであり、その頃になると泥棒が成功したとは言えないまでも、少なくとも失敗したか否かが明瞭ではないケースが現れ始める。「トプカピ」にも負けない程スリリングな泥棒実行シーンを持つ「盗みのプロ部隊」(1967)では、ラストのどんでん返しでは泥棒が完璧に成功したかに見えるが、どんでん返しの直後に、単なる通りすがりのひったくりに盗んだダイヤがあっけなくひったくられてジエンドになる。要するにストーリーとしては既に終わっているにも関わらず、現在の目から見ればなくても全く構わない余分なシーンがわざわざ追加されていることになる。つまり、モラル的な観点が完全には振り切られていなかったということである。3台のミニクーパーの逃走が実にチャーミングな「ミニミニ大作戦」(1969)では、盗んだ金塊を乗せたバスが崖淵に宙吊りになった状態でジエンドになる。すなわち、泥棒が本当に成功したか否かが分からない曖昧な状況のままに映画が終了する。これはあたかも製作スタッフが映画の中で泥棒を成功させることを躊躇したかのようでもある。しかし少なくとも、この映画の中では泥棒は失敗したとは言えないことも確かである。

 さていよいよ1960年代後半のカウンターカルチャーの時代を経て1970年代に入ると、モラル観も変遷し泥棒が映画の中でも難産の末に成功し始める。「バンクジャック」(1971)ではゴールディ・ホーン演ずる主人公達が最後にまんまと大金をせしめるが、盗んだのは悪党の金であり、それ故もともとモラル的観点が問題になることはないので名誉ある泥棒成功映画第一号からは除外すべきだろう。よって栄えある第一号は、「ホット・ロック」ということになる。実は「ホット・ロック」は、泥棒映画であるとは言いながらも泥棒シーンそのものにはあまり力点がなく、盗んだダイヤをいかにして回収するかというその後のトラブル続きのゴタゴタに焦点があるというユニークな特徴がある。泥棒の準備から実行までは全体の5分の2である最初の40分間で終わり、しかも肝心な泥棒実行シーンも、陽動作戦で警備員の注意を他所に向けておき、その間にガラスケースを手で苦労して持ち上げその中に陳列されているダイヤを盗むという極めて単純なものである。このシーンは「トプカピ」や「盗みのプロ部隊」の凝った泥棒実行シーケンスに比べれば恐ろしく芸がないように見える。また、オードリー・ヘップバーン主演の「おしゃれ泥棒」(1966)などに比べても面白味に欠ける。とはいえ、この映画の焦点は、盗みそのものにあるわけではなくその後の展開にあり、泥棒実行シーンはいわば序曲に過ぎない。その点が実に新奇であり、また盗んだダイヤを回収するのに次から次へとトラブルが発生し、刑務所に忍び込んだり警察署を襲撃したりせざるを得なくなるのが実に可笑しい。しかしながら、ロバート・レッドフォード演ずる主人公達はいずれにせよ最終的にダイヤをせしめることに成功する。盗んだダイヤを手に軽快なステップを踏んでニューヨークのダウンタウンを闊歩するラストシーンでのロバート・レッドフォードの姿は、単にこの映画の中で苦労の末ダイヤ強盗に成功したことを喜んでいるだけではなく、映画史の中で盗みが成功した最初の場面に立ち会えたことを喜んでいるようにも見えると言えば、それは大袈裟であろうか。

※当レビューは、「ITエンジニアの目で見た映画文化史」として一旦書籍化された内容により再更新した為、他の多くのレビューとは異なり「だ、である」調で書かれています。


2004/01/24 by 雷小僧
(2008/10/18 revised by Hiroshi Iruma)
ホーム:http://www.asahi-net.or.jp/~hj7h-tkhs/jap_actress.htm
メール::hj7h-tkhs@asahi-net.or.jp