News >「仕事日記」2009年1月


はじめに
12月と1月は日記をサボった。12月は笹本怜奈のリサイタル。1月はドロウジー・シャペロン。いずれもミュージカル系の仕事。同じようなものだと思ったらこれが大間違い。以下体験談的に記しておこうと思う。
○昨今のミュージカルの隆盛
この2〜3年ミュージカルの公演がやたら多くなっている。もともとあった宝塚系、東宝系が主だった時代が第一期とすると劇団四季が新しいシステムである種の革命を起こしたのが第二期。そして近年フジテレビやホリプロが参入して競い合う状況になって今は第三期のブームというところ。おかげで僕のような門外漢でもアレンジ能力を買われて音楽監督の仕事が増えた。アレンジと言ってもこの場合は輸入ミュージカルの音源を、与えられたバンド編成に合わせてサウンドを再構築するという作業。トランスクライブ(耳コピですね)が主で、オーケストレイションの勉強にはとてもよいがクリエイティビティを刺激されることはあまりない。

○音楽監督のありよう。
僕はジャズおよびバンドマンが好きなので、各パートが腕を振るえるように書く。腕を振るうというのはその個人がその音楽をどう解釈し、自分を全体の中にどう役立てるかということを自主的自律的に表現する高度な音楽性と人間性を要求されている。そこに義務も誇りも生じる。メジャーな仕事の音楽監督としてはメンバー頼りな面があるのでそこが僕の譜面の欠点と言えば欠点かな。自分でピアノを弾くしね。とりあえず僕がピアノを弾いていればなんとかはなるし。プロの譜面書きとしては、とにかくも譜面を渡せばいいサウンドが表出される、というのがまぁ目指すべき最初のゴールかな、とは常々考えていた。

○笹本怜奈リサイタル「ジュエル」
敬愛するタップダンサー玉野和紀さんの依頼で、ピーターパンデビューから10周年の怜奈ちゃんのリサイタルを手伝う事になって集めたのは気心の知れた5人のミュージシャン。譜面にも強く舞台にも慣れている面々だが僕のアレンジは自由度が高い(ということはそれにともなう個人的責任能力も要求される)ので楽しんではくれる。リハーサルから本番、ほぼ毎日飲み歩く日々でオケピットの面白い話を聞くうちに、一度は兵隊体験も必要かな、と思っていたら1月に開くミュージカルがジャズもので公演時間も100分と手頃なのを聞きつけて、入ってみようということになった。

○ドロウジー・シャペロン日本公演への目論見
仕事というのは「対価の獲得」「自己の成長」など色んな意味・側面があるけれども僕にとっては「如何に次の仕事に繋がるか」が一番の関心事。パーティで知り合うのも、楽屋を訪ねて誰かに紹介してもらうのもいいけれど、何といっても一定期間一緒に働くということ以上に人を結びつけることはないだろう。で、このドロウジー。
〈1〉音楽監督:甲斐正人。日本のミュージカルを支えている重要人物の一人。この人に添う事でミュージカルの世界のしきたりや譜面の書き方、演出家やキャストに対するスタンスなど学べるだろう。
〈2〉指揮者:西野某。慣れてはきたがいまいちすっきりしない指揮法についての四方山話やスコアリーディングについてのヒントがいっぱい聞けるだろう。
〈3〉メンバーの中にサックの今尾君:この人は実にいい酒の飲み方をする人で、毎日というわけにはいかないだろうが頻度高く飲み歩いて楽しい夜を多く過ごせるだろう。
〈4〉スコア:ブロードウエイから直接届いているので、いわゆるミュージカル書式を一月かけてじっくり研究できるだろう。コンダクター譜も用意してもらった。
〈5〉 規則正しい生活:成城学園前駅から日比谷駅まで直通。11月のオーケストラ共演に向けてのオーケストレイション勉強とコンチェルト対策をするに絶好のタイムテーブルが組めるだろう。
〈6〉キャスト:木の実ナナ、藤原紀香、尾藤イサオ、川平慈英など気になる芸能人といっぺんに知り合える。なんといっても宮本亜門に直接いろんな話が聞けるのは楽しくもあり勉強になるだろう。
などなど胸を膨らませてリハーサル初日を迎えたのだが、ほぼ全面的に期待は裏切られることになる。

○登に計らん哉(あにはからんや>どうして前もって知ることなど出来たであろうか!)
〈1〉甲斐さんにはスコアの作り方を一度通りすがり程度に聞けたくらいで話す時間なし。飲みにも行かないし本番が始まったら二度と顔を出さず。ゲネプロの時に「頑張って下さいね。とにかく指揮者の通りに弾くのですよ」と言い残した。「佐山さんクラスの人が入ってくれれば飛躍的によくなるんだが」と甲斐さんが仰っていた、という伝言がそもそも僕の気持が動いたきっかけなのだが、そんなそぶりはなかった。インぺク屋の口説き文句だったか、甲斐先生の話の流れの中でのリップサービスだったのだろう。
〈2〉西野さんとは毎日会うのでオーケストラスコアに関する質問をしたり、指揮についての話も聞けてよかった。とにかくまじめな人なので、緩みがちな自分の態度を修正するのに役立った。特筆すべきはオックスフォードの教科書「スコアリーディング」を紹介してもらったこと。飛躍的にハ音記号が読めるようになりつつある。
〈3〉木管4人金管3人という大きめの編成なのでセクション飲みはちょくちょく行ってる様子だが中々混じれないうちに日が経ってしまった。僕の方も終わり時間が早いというので別口からの及びも多かった。とにかくピットミュージシャンに交じっていろんな話を聞いたり教えてもらう機会はないまま。
〈4〉コンダクター譜面に書き込まれている英語の歌詞や科白は流石に楽しめたがボイシングや転調、構成や楽曲のバラエティなどは2日ほどで把握でき、ということは飽きて来て、良くない状態。日本語の歌やタップにどうしても物足りなさを感じるのも飽きを助長する。
〈5〉オーケストレイション勉強は順調に捗っている。国音図書館に二度ほど通って音源とスコアを付き合わせて聞くのは毎日できているし、ピアノを使ったスコアリーディング(オックスフォード)も進んでいる。へ調のコンチェルトはそろそろ覚えた(3楽章抜粋のみだからね。パリのアメリカ人でオスカー・レバントが弾いているバージョン)
〈6〉楽しみのうちのかなり上位を占めていたキャストとの交流はまったくなし。初演後の通り一遍の舞台乾杯後は顔もあわさない。本当に二等兵なのだとつくづく思う。
では初回から順を追ってひとことメモ。
1月5日(月) 初回
無事 シンセ音色変え忘れ寸前に江草の助け。
1月6日(火) 2回目
シンセ音色変え忘れ フォルテシモピアノ一人飛び出し。つい間違えちゃうぐらいのモチベーションは歓迎される、、、のは別の現場の話。
1月7日(水) 3回目
フルートとのユニゾン大きすぎ注意を受ける。やる気ない気味に弾くと間違えない。
4回目
オケピアノのつもりで弾けばよいと合点。普通に弾いてたらコンチェルト弾きになっているのだとしたら個人的には良いことでもある。
1月9日(金) 5回目
小堺さんには好感を持っているのだがどうも芝居がつまらなく思えていた。今日発見したのは「役作り」をしていたのだ、ということ。
1月10日(土) 6回目
サックスのトラで白石君来る。新作CDをいただく。長科白とタップを待ってる時間がつらい。オーケストラ楽器の音域を覚える語呂合わせ発見。
木管:千葉では馬場でドミソ指導
Ti Fa(ホルンH-F)D Fa(バスクラD-F)BB(ファゴットBb-Bb) D Do(クラ D-C)Mi So(コーラングレイ E-G)Si Do(オーボエ Bb-C)
金管:母です。ゾンビです。ビシッ。
FaFa(チューバF-F)DesSol(バストロンボーンDes-G)美(Bではなくミ)Des(テナートロンボーンE-Des)美Si(トランペットE-B)
ティンパニィ:皺はどう?剃れ!
SiFa(1stB-F)FaDo(2ndF-C)Sol Re(3rd G-D)
鍵盤:ど、ど、どうぞシード、シード(駅伝を連想しながら)
Do Do(チェレスタ)Do Sol(ハープCb-G#)Si Do(グロッケンB-C) Si Do(ザイロフォンB-C)
7回目
今日はこの後ジロ吉に行くので多少お洒落をしたらやはり気持ちの張りがでますね。裏方で毎日だからと言ってぞろっぺいな身なりで出歩くと心もドブネズミ化するのだろうことがよくわかります。夜型生活と同じで堕落するのにはほんの少しの時間ですんでしまうのだ。
1月11日(日) 8回目
ドラムにトラが来た。通常ドラムが代わるとバンドサウンドはがらりと変わるものだが、今日は寸分違わず驚き。ワルツの跳ね、ブラシのスウィングはレギュラーの見砂さんに流石の一日の長があるものの、音色フレーズ完璧にこなしていた。シンバルの口径まで譜面に指定があるというのだからミュージカル恐るべし。だからつまらないのだ、ともいえる。
1月12日(月) 9回目
飛び出しとシンセ音色間違い各一回。
ピアニシモで管楽器アンサンブルの裏打ちにトライ。ブラインドタッチにも挑戦。譜面をにらんで横目に入る指揮棒にあわせるので便利。2オクターブの跳躍はさすがに1/2の確率。
1月14日(水) 10回目
出損ね一回。考え事してたら寝ていたみたい。
11回目
1度くらいはノーミスで通したいね、と頑張った。でも達成感はない。
1月15日(木) 12回目
明日のトラ、江草君が来て隣で見学。かれはロボットのように正確に弾くので安心して任せられる。ブラインドタッチ不首尾。
13回目
二度目のノーミス。
1月16日(金)
休んでコンサートに行く。小川範子さんと神奈川フィルによる「へ調のコンチェルト」指揮は現田というひと。素晴らしかった。とても参考になった。小川さん二の腕が逞しくて素敵。
1月17日(土)・18日(日) 京都「ラグ」にてバカボンセッション
本田雅人はやはりすごいが今回松本圭司の耳の良さに驚いた。ツーキーボードがこれほど楽な相手も他にはいないだろう。
天野清継の話からヤヒロトモヒロが運転免許の国際化(外国取得を日本でも使うため)筆記試験を20回ほども落ちた話に爆笑。まだ日本語の書き文字がよくわからなかったらしい。セッションは楽しかったが調理とPAに難アリ。
1月20日(火) 14回目
ノーミス。その事自体は嬉しくもなんともないが始まる前に指揮者とじっくり話せたのが良かった。アンサンブルの基本的なスタンス。彼の仕事にかける思いなどがよく伝わった。これなんですよ。欲しいのは。コミュニケイション。舞台を愛する気持ちを分かち合う実感。愛されてると思わせてくれないと愛せない、というのは未熟極まりないのだがね。
1月21日(水) 15回目
ドラムにぴったり合わせようとすると、あった時に喜びめいたものがある。ミュージカルスコアの特徴のひとつ。まるっきり一人だけが動くパートはほぼない。必ず誰かほかの人と一緒に動いている。音の充実のほかに保険の意味もあるだろう。これは応用の利くテクニック。
16回目
ベースとドラムに意識を集中してその上に管楽器群がまぶされている状態に耳が働く。これはオーケストラ聞き込みによる効果も出ているのだろう。以後はメモが残っていない。へ調のコンチェルトの暗記に入ったのである。面白いから日程と回数を。
1月22日(木) 17回目
1月23日(金) 18回目
1月24日(土) 19回目・20回目
1月25日(日) 21回目
1月26日(月)
大阪に入りフィフィバンドの面々と久闊を叙す。
1月27日(火)
午前中にリハーサルを終え、18時からの本番を待つ間にこの原稿を。
明日戻って二回公演を果たしたらミュージカル月間終了。旅が二度ほどあるがそちらは楽しめるだろう。日記の次回は2月1日ジャズ・ピアノ6連弾から。

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