Marine Blue Serenade
■4日目■
【 朝 / 昼 / 夕 / 夜 】
◆7月24日<朝>◆
『木漏れ日の中へ』
「おはよう。早いね。まだ待ち合わせまで20分もあるのに」
元気な声に振り向くと、そこにはシャツにジーンズ姿の小野寺さんがいた。
頭にはキャップをかぶり髪を後ろで束ねている。背中のは小さなリュックをからっていて、いつもと違うイメージの彼女にすこしどきどきした。
俺は、昨日の夜の約束どおり駅前で彼女を待っていたのだ。
「おはよう小野寺さん。そりゃあ、どこかの誰かさんとは違うさ…って、そのどこかの誰かさんは?」
「…え〜と、もしかして弘の事? 今日は来ていないけど?」
意外そうな顔で首をちょこんとかしげつつ言う彼女。
「あれ? じゃあ、小野寺さん一人?」
「うん。もしかして一緒に来るって思っていたの? …ごめんなさい。じゃぁ、今からちょっと誘ってみるね」
彼女は鞄の中から携帯を取りだし、弘に連絡をとろうとする。
それを俺は慌てて引き留める。
「待った! いいよ、いいよ。俺が勝手に思いこんでいただけだから。それじゃあ最初から一人だけで来るつもりだったんだ」
「う…うん。だってあいつ誘っても、すぐいなくなるし…それに、その…」
少しバツが悪そうに俺を見る小野寺さん。弘には悪いけど、俺は凄く嬉しかった。
「いや、いいんだって。俺は全然かまわないから」
その言葉にぱっと表情を明るくした彼女。
「それにね、たまには二人っきりでデートっていうのも、いいんじゃない」
そう言うと俺の腕に腕を絡めるとバス停の方へぐいぐい引っ張っていく。
いつもの事ながら積極的だなぁ、小野寺さん。
これがからかい半分の事じゃなくて正真正銘の意志表意だったらいいんだけどね。
俺は彼女に引っ張られるままバス停まで歩いた。
三本松の北部にある天寿山。
その周囲を取り囲むように森林が広がり、それは海岸線にまで達する。
この町の海岸沿い、最西端にある天狗乃鼻岩。
長年の波で削られ、様々な形になった岩が海から突き出ている有名な観光地である。遊歩道はその天狗乃鼻岩から天寿山までの約14Kmを歩けるようになっている。
その遊歩道の入り口は町から10分くらいバスで行った所にある。俺達はバスを降りると辺りを見渡した。
俺達の背丈ほどある草が風に揺れていた。そして小高い丘があって、その向こうに森が広がっている。南には海が見え、北には天寿山が見える。
「う〜ん! 風が気持ちいい〜」
「まだ朝だからね。でも日が高くなるにつれて、だんだん暑くなってくるよ」
俺は雲一つない空を見上げる。太陽の日差しはまだ柔らかいものの、あと小一時間もすれば夏特有の熱い日差しを容赦くたたきつけてくるに違いない。
「大丈夫じゃないかな? 森の中に入っちゃえば木の影で涼しいわよ、きっと」
小野寺さんはそう言って俺の手をとり遊歩道に入って行く。舗装こそしていないものの、地面はしっかりと固められていて非常に歩きやすい道だ。
長い距離歩くのはあまり得意じゃないけど、小野寺さんと一緒という事だけでそんな事はどうでもいい事になってしまっていた。
しばらく歩くと周りの景色は草原から森へと変わっていた。
蝉の大合唱の中を進む。彼女の言うとおり、外に比べれば森の中は全然涼しかった。ひんやりとした空気が流れているようだ。
木漏れ日を見上げて、彼女は目を細める。
「やっぱり来てよかった。なんかとってもいい気持ち」
そう言って背伸びをする小野寺さん。
「ねぇ、ここから何処に向かおうか」
歩きながら山歩きのガイドを片手に(駅の売店で買ったらしい)彼女が聞いてくる。俺もあらかじめ姉貴から聞いていた情報があるのでだいたいの事は分かる。
「大鶴の滝ってよさそうじゃない?」
「う〜ん、でもせっかくだから天狗乃鼻岩にも行ってみたいし…」
「とりあえず天寿山、山頂に上るほど時間ないから、この展望台で引き返してこのルートを通れば、どちらも回れるよ」
小野寺さんはガイドの地図を俺に見せて、道順を指でなぞってみせた。
「OK〜。そうしよう」
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