■美和編■
4日目【7月24日】


 
 
 20分位歩いただろうか?
 景色は林の中から一変してまた草原に戻る。
 潮の香り。海はすぐ近くだ。小高い場所に上ると草原の向こうに青い海が見えた。
 もうすぐ天狗乃鼻岩だ。

「うわぁ! 凄い」

 彼女は身を乗り出してその景色に見入る。一面に広がる海。それはビーチで見るものより雄大に見えた。

「小野寺さん、あんまり乗り出すと危ないって」
「あ…うん。ごめんなさい」

 そう言って乗り出すのを止める彼女。
 目の前は断崖絶壁である。下には波で浸食された様々な形の岩が海から顔を覗かせ、波がそれに砕かれてしぶきをあげている。

「あ! ほら洞窟もあるよ」

 小野寺さんの指さす方向に目をやると大きな洞窟(というより穴)が口をあけている。奥行きはそれほど深くない。その奥には小さな祠が見えた。
 確かに観光名所だけはあるな。起伏に富んだその地形はなかなかの見物ではある。俺達以外にもけっこう人は来ているし…。

「あの祠、何が祭られているのかしら」
「さぁ。たぶん海が荒れないように、海神でも祭られてるんじゃないかな? それとも、死人を慰める為だとか…」
「え? 死人?」
「ほら、こういう場所って自殺の名所とかにもなるじゃん。この辺り、そういう人間の霊がうようよと…」
「いやだ、宇佐美君。変なこと言わないでよ」

 そう言って眉をひそめる小野寺さん。俺から逃れるように急に歩き出す。

「わ、ごめん。悪かったよ」

 俺は慌てて追いかけた。しばらく行くと彼女は、はたと立ち止まり海の方を見つめる。

「? …小野寺さん?」
「ねぇ、どうして人は自ら命を絶とうなんて考えてしまうのかしら…。生きたくても生きられない人だっているのにね…」
「え?」

 俺はまじまじと彼女の顔を見る。
 真剣な表情だった。
 これが弘のヤツや、せめていつもの小野寺さんなら「なに馬鹿なこと言ってるんだよ」と突っ込みをいれて終わりなんだけど、どうやら今はそんな雰囲気ではないらしい。

「どんなに辛いことがあっても、死んじゃったらなんにもならないのにね。嫌な事とか辛いこともたくさんあるかもしれないけど、いいことや楽しい事だってきっとあるのにどうしてそれを自ら捨てようとしちゃうんだろう」
「小野寺さん…」

 俺はなんて答えていいのか戸惑った。

 確かに自殺までするって言うことは他人には計れないような深刻な問題を抱えてる場合が多いんだろうけど…でも、彼女はそんな事を言っている訳じゃないよな気がした。

「小野寺さんも…自殺しようとか考えた事、あった?」
「…うん。昔ね」

 俺はなんとなく聞いてみたんだが、答えに少しギョっとなってしまった。

「昔って子供の時?」
「そう。わたし、周りの人に迷惑かけてばっかりだったから……。自分がいなくなっちゃえばみんなを煩わせないですむなんて思っちゃて。わたしさえいなくなればそれでみんなを解放できるなんて考えちゃってさ」

 俺は驚いて彼女の顔を見る。
 子供にそんな気持ちを抱かせる周りの人間って…もしかして、小野寺さんってひどい家庭に育ったとか…。

「でも、分かったの。それこそ周りの人たちに…一生懸命にわたしのためにやってくれてる人たちを裏切る事になるって。だから…あ、ごめん。変なこと話しちゃったね。気にしないで」

 そう言って照れくさそうに笑う小野寺さん。俺はもう少しこの事について詳しく聞こうとした。しかし、彼女は逃げるように再び歩き出す。

 これ以上、聞かれたくないのかな?
 まあ、また機会があれば話してくれるさ。
 それにしても、なんだかヘビィな話だよなぁ。いつもの彼女らしくないっていうか…。
 でも、よく考えてみると、弘の幼なじみでクラスメイトって事以外は、全然知らないんだよな、彼女のこと。