ハワーズ・エンド  ★★★☆

【1992年 :イギリス・日本】
 監督:ジェームズ・アイヴォリー/音楽:リチャード・ロビンズ
 出演:エマ・トンプソン(マーガレット)、
    ヘレナ・ボナム・カーター(ヘレン)、
    ヘンリー(アンソニー・ホプキンス)、
    ヴァネッサ・レッドグレイヴ(ルース夫人)、
    エイドリアン・ロス・マジェンティ(ティビー)、
    ジェームズ・ウィルビィ(チャールズ)、
    サミュエル・ウェスト(レナード・バスト)  他

別荘“ハワーズ・エンド”を巡り、知的で情緒豊かな中産階級の姉妹と現実的な資産家の家族が繰り広げる人間模様を描くドラマ。

ジェームズ・アイヴォリー監督によるE・M・フォースター作品の映画化三作目。
「眺めのいい部屋」「モーリス」 が若者の青春をテーマにしていたのに比べ、今回はエマ・トンプソンとヘレナ・ボナム・カーター演じる姉妹を主軸にしたところへ名優アンソニー・ホプキンスが絡んでくるという大人の気品漂う作品となっております。エマ・トンプソンはまたしても嫁き後れのカタブツであり、ヘレナ・ボナム・カーターもこれまた情熱的な気の強い娘。もはやパターンですな。「モーリス」のジェームズ・ウィルビィも、今回は金に汚い長男役でちょっとやなヤツやってます。
物語は、資産家のウィルコックス家が所有する“ハワーズ・エンド”という別荘をとても愛していたルース夫人が、友人のマーガレットに別荘を譲ると遺言して亡くなったことからややこしく展開します。赤の他人に別荘を譲りたくないウィルコックス家の一族。しかし当主のヘンリーはやがてマーガレットに惹かれていき結婚しますが、その息子や嫁たちはどうしてもマーガレットにハワーズ・エンドを委ねる気にはなれません。
資産家の見栄と意地に振り回されるごく常識的な姉妹たちは、怒り、悩み、反発します。
相変わらずアイヴォリー色たっぷりの情緒的な人間ドラマ。でも個人的にはやっぱり前の二作が好きかな。



 パンチドランク・ラブ  ★★★☆

【2002年 : アメリカ】
 監督:ポール・トーマス・アンダーソン
 音楽:ジョン・ブライオン
 出演:アダム・サンドラー(バリー・イーガン)、
    エミリー・ワトソン(リナ)、
    フィリップ・シーモア・ホフマン(ディーン)  他

かんしゃく持ちの内気な青年と離婚歴のある女性の恋愛騒動を描いたラブコメディ。
トイレの詰まりを取るための吸盤棒をホテル向けに販売しているバリー・イーガン(アダム・サンドラー)は普段は真面目で小心者だが、一旦キレると手が付けられない破壊魔と化す悪癖がある。しかし姉の同僚であるバツイチの女性リナ(エミリー・ワトソン)は、イーガン家のファミリー写真を見てバリーに一目惚れ。
彼女からの積極的なアプローチに、バリーは戸惑いつつも心惹かれる。ところが軽い気持ちで掛けたテレフォンセックスサービスが元で、ゆすり屋のディーン(フィリップ・シーモア・ホフマン)に脅されるはめになったバリー。最初は逃げ回っていた彼だったが、ついに脅しの手が愛するリナにまで及んだ時、小心者のバリー・イーガンはとうとうブッちぎれちゃうのだった・・・。

ジャケット写真、なんか暗くてもったいないですねえ。ほんとはきれいな虹色のとってもかわいいジャケットなんですよ。
中身の方はアメリカ流コテコテコメディが得意のアダム・サンドラーが、ミニシアター向けの何やら小洒落たラブコメをやっております。 狙い定めた絶妙な間と、これまたちょっとヒネリを効かせた画面作り。
バリー・イーガンは真面目な無表情でいきなりキレだすというあからさま奇妙な男で、その静かな無茶苦茶ぶりがおかしいです。女ばっかり(それもおそろしく口が立つ)彼の家族ってのもかなり珍妙。
それ比べたらリナはまだ常識的なキャラクターに見えますが、よくよく考えるとそんなバリーに恋する彼女だってかなり変わってると思うんですよね。
けちくさいほどマメマメしい性格のバリーがとうとうキレた時の身のこなし、なんだか格好良く見えて困ってしまいました。カッコイイとかいう形容の範疇外だと思うんだけどなあ、アレ・・・サンドラーだし・・・。でも無口な男の静かな反撃ぶりがね。なんとなく。
そんなこんなで、大笑いというよりは気付いたらニマと口角が上がっているような、ちょっと不思議な雰囲気漂うラブコメディです。



 ピアニスト  ★★★☆

【2001年 : フランス・オーストリア】
 監督:ミヒャエル・ハネケ
 音楽監修:マルティン・アッシェンバッハ
 出演:イザベル・ユペール(エリカ・コユット)、
    ブノワ・マジメル(ワルター・クレメール)、
    アニー・ジラルド(エリカの母)  他

特殊な性的嗜好をもつ中年女性が、そうとは知らずに近づいてきたハンサムな青年の一途な恋に戸惑い、苦悩する心の闇を描いた異色のラブストーリー。2001年のカンヌ映画祭でグランプリの他、最優秀主演女優賞、最優秀主演男優賞の三冠に輝いた。
ウィーン。ピアノ教師のエリカ(イザベル・ユペール)は厳格な母(アニー・ジラルド)に育てられ、40歳を過ぎてウィーン国立音楽院のピアノ教授となった今でもその支配から逃れられずにいた。人との関わりを最低限にしか持たず、病的なのぞき趣味とマゾヒズムの世界に生きる彼女は、ある日工学部の学生ワルター(ブノワ・マジメル)と出会う。一目惚れから執拗なまでにつきまとい、ついには音楽院の試験に合格して彼女の生徒となったワルターを、冷たく突き放しながらも実は心惹かれていくエリカ。だがワルターの気持ちが通じたかと思われた瞬間、エリカがひた隠しにしていた秘密があらわになるのだった・・・。

いやコレちょっと、スゲーな。スゲーよ。
フランスってほんと、人間の不愉快な部分を逆撫でする映画作らせると天下一品ですな。見てる間もびっくりしたけど、見終わったらなんか笑えてきた。あんまり意地悪すぎて。
ブノワ・マジメルはそりゃもう格好いいです。芝居だってうまい。カンヌ映画祭で最年少主演男優賞を頂戴しただけはある。しかしすでに俳優カッコイイとかそういう呑気なこと言ってられんのですよコレ。
主人公は、家庭環境やおそらくは生来の資質もあって、精神的にかなりアンバランスな女性です。社会生活においては、一部の隙もないほど張りつめた顔で振る舞うピアノ教師。けれどその裏側には、自分の容姿や生活に対する激しいコンプレックスがあります。彼女の場合、その精神的鬱屈は性的鬱屈と共にいささか異様な方法で処理されているのです。その生々しさは、確実に作り手の意図するところなのでしょう。特に女の身としては、「よくもそこまで踏み込みやがって・・・」と薄ら寒い笑みが浮かんだことでした。

彼女に恋した青年ワルターは、やがて彼女の性的嗜好の異常さを思い知らされます。そもそもなぜあんなに才能あふれる若者が、遙かに年の離れた彼女をそこまで乞い求めたのかはよくわかりません。ある種の一目惚れでもあり、彼女のピアノの音色が語る何かに惹かれたのかもしれませんが、まああれだけつれない女にアタックし続ける根性は立派なもの。
しかし彼女を愛するがゆえ、彼はその異様な性癖に引きずられそうな自分に半ば混乱してきます。そんな彼の、前半の好青年ぶりから終盤での狼藉にいたる変貌は大変ヤな感じ。そのヤな感じが徹底してるのがこれまたこの作品の憎たらしいところだし、ある意味感心する部分とも言えます。なぜなら、第三者の目からすればどっちも異常だからね。同情の余地を挟ませないあの緊迫感は凄い。
あくまで私見ですが、この映画には答えはなんにもありません。救いはないし教訓もないし、観客は突き放された孤独な女をこっち側でただ眺めるだけ。
横っ面張り飛ばされたような不可解な余韻とともに、なんかスゲー・・・と呟くだけなのであります。



 ピアノ・レッスン  ★★★☆+☆

【1993年 : オーストラリア】
 監督:ジェーン・カンピオン /音楽:マイケル・ナイマン
 出演:ホリー・ハンター(エイダ)、
    ハーヴェイ・カイテル(ベインズ)、
    サム・ニール(スチュワート)、
    アンナ・パキン(フローラ)  他

19世紀半ばのニュージーランドを舞台に、ひとりの女と2人の男がピアノを媒介にして展開する愛のドラマ。
入植者のスチュワート(サム・ニール)に嫁ぐため、エイダ(ホリー・ハンター)は娘フローラ(アンナ・パキン)と一台のピアノとともにスコットランドからニュージーランドへやってきた。
口がきけない彼女にとって、ピアノは心の全てを表現するための言葉でもある。夫スチュアートはピアノの価値など解さない男で、舟で運んできた重たいピアノをそのまま浜辺に置き去りにするが、スチュワートの友人で原住民のマオリ族に同化しているベインズ(ハーヴェイ・カイテル)はエイダに惹かれ、彼に提案して自分の土地とピアノを交換してしまう。そして、自分にレッスンをつけてくれればピアノを返そうとエイダに申し入れるのだった。
寡黙で粗野なベインズを初めは嫌うエイダだが、レッスンを重ねるうちその静かな情熱に彼女の心は傾いていく。しかしそれに気付いたフローラ、そしてスチュワートは・・・。

非常に情感溢れる作品です。確かR指定もついていたような気もしますが、官能度は実質さほどでもなかったような・・・まあ私的エロメーターで言えばですけど。(笑)
女性監督の作品ということで、そのへんの繊細さもかなり活かされたようです。ニュージーランドの熱帯雨林の湿った暗さ、土の匂い、閉鎖的な人々。主人公エイダは口がきけない(というより喋らずにいたら話せなくなった)女性なので、閉鎖性でいえば彼女こそ最も心を閉ざした人物といえるかもしれません。
そんなエイダが唯一情熱を傾けるピアノ、そしてそのピアノを媒介に情熱を移していく相手がベインズです。どっからどうみても土着の、洗練されない(ついでに腹の出た)中年のおっさんであるベインズなのに、ハーヴェイ・カイテルの妙な色気がそこはかとなく漂っております。不思議だなあ。
静謐な中にも激しさが潜み、暗く、重たく、残酷な筋書きでありながら、観る人によって印象を変える抽象画みたいな美しさもあります。特に、小さな幸せを得たエイダと、そんな彼女が語る海に沈むドレスを対比させた最後のシーンはとても綺麗でした。無論、マイケル・ナイマンの楽曲効果は言わずもがなです。ピアノソロは主演のホリー・ハンター自身によるもの。登場人物の感情は半分ピアノが語ってくれてるようなもんですね。あの何ともいえない印象的なメロディに☆ひとつ追加。



 HERO(英雄)  ★★★☆

【2002年 : 香港・中国】
 監督:チャン・イーモウ/音楽:タン・ドゥン
 出演:ジェット・リー(無名)、トニー・レオン(残剣)、
    マギー・チャン(飛雪)、チャン・ツィー(如月)、
    ドニー・イェン(長空)、チェン・ダオミン(秦王)  他

紀元前200年、戦乱の世の中国。ある日、のちに天下を統一して始皇帝を名乗る秦王のもとに、無名と名乗る一人の男が拝謁する。男は、王の命を狙い最強と恐れられた趙国3人の刺客をすべて殺したという。その証拠にそれぞれの名が刻まれた一本の槍と二本の剣を携えていた。
暗殺者たちから身を守るため百歩以内に誰も近づけようとしない秦王だったが、無名の功績を認め特別に十歩の距離まで近づくことを許す。だが無名から事の次第を語り聞いた秦王は、その話の真意を疑った。無名の口から再び語り直される真相。だがそれさえも実は・・・?

「紅いコーリャン」や「初恋のきた道」でおなじみのチャン・イーモウが初挑戦した武侠映画。公開当時は「西のマトリックス、東の英雄」と言われたダイナミックなアクションが話題になりました。
これはちゃんと映画館まで見に行った。別の映画を見たときにかかっていた、これの予告編がすごい迫力だったのですよ。あの、矢がいっせいに降ってくるシーンとか。
ストーリーはですね、何度も同じ話が違う展開で繰り返されるので「???」となりがちなのですが、それを混乱させずに見せる工夫のひとつに色彩の統一感があります。白、青、緑、赤と徹底的に塗り分けられた舞台の鮮やかさ。ワダエミの衣裳、布遣いの美しさは絶品です。
アクションの方はいかにもワイヤー的なものも含まれますが、それでもやはり本場中国の武闘はさすがですよ。ジェット・リーもすごかったですが、トニー・レオンがかっこよかったな。当時は俳優の名前なんてサッパリ知らなかったのですけど、トニー・レオンを最近覚えたこともあり(遅)、あのカッコヨイ人は彼だったのかーと一人でニヤついております。マギー・チャンもチャン・ツィーも美しかったしね。
テーマとしては、己の正義と信条を掲げたもののふの生き様を重厚に描いた作品。でも個人的にはなんといっても映像美を楽しむ映画ではないのかなあと思ってます。



 ビッグ・ダディ  ★★★★

【1999年 : アメリカ】
 監督:デニス・デューガン /音楽:テディ・キャステルッチ
 出演:アダム・サンドラー(ソニー)、
    コール&ディラン・スプラウス(ジュリアン)、
    ジョン・スチュワート(ケヴィン)、
    ジョーイ・ローレン・アダムズ(レイラ)  他

ニューヨーク住まいの自堕落な男が、彼女とヨリを戻すべく子育てを繰り広げるヒューマンコメディ。
無職男ソニー(アダム・サンドラー)はバイトとテレビ鑑賞に明け暮れるぐうたらな毎日。ある日彼のルームメイトで学生時代からの親友のケヴィン(ジョン・スチュワート)が中国へ出張、入れ替わりに彼の息子だという幼い男の子ジュリアン(コール&ディラン・スプラウス)がやってきた。しかしケヴィンに連絡をとってみるとまったく身に覚えがないという。仕方なくその場は預かることにしたソニーだったが、自分のことを半人前だと言って振った彼女を見返すため、ジュリアンの父親になることを思い立つ。彼はまんまとケヴィンになりすまし、我流の子育て法を実践するのだが・・・・。

興行的にはまずまずだった割に、映画ファンにはナゼか評判芳しくないらしい一品。
アダム・サンドラーお得意の突き抜けコメディでもなく、かといってヒューマンドラマにもなりきれない色合いがダメって人が多いんですけどね。でもそれはそれで、ほっこり笑えて良かったですよ。私は好きです。
なんといってもジュリアンを演じるおチビちゃんの可愛いこと!もうそこでかなり高得点。
アダム・サンドラー演じるソニーは何もかもに気合いの足りない怠け者なんですが、頭が悪いわけではありません。法律関係に至っては、勤め人である友人にもアドバイスできるほど知識を備えている様子。ただ社会的な責任を果たすのが面倒なのでブラブラしているのです。
そんな彼が、おチビちゃんの面倒を見てるうちになんとなく情を覚えるんですね。最初は面白いペットを見つけたくらいに思っているのが、だんだん本当に父親になりたいという気持ちに変わってくる。それはもちろんいい加減なまま大人になった彼らしい、かなり無責任な発想なわけですが、ソニーの子育て論はかなり無茶苦茶な反面、ある意味では子どもの人格と自主性を尊重したユニークさも兼ね備えています。とんでもねえなァこんな親、と思いつつも、でもこんなふうに接してもらうと子どもは楽しいだろうなあとも思えてくる。
それだけに、ラストの方は少々詰め込んだというか、予定調和的な方向に流れていったかなという感じもないではないです。が、楽しかったからいいや。
そういえばスティーヴ・ブシェーミが今回もチョイ役で笑わせてくれて満足です。お約束お約束。



 羊たちの沈黙  ★★★★

【1991年 : アメリカ】
 監督:ジョナサン・デミ /音楽:ハワード・ショア
 出演:ジョディ・フォスター(クラリス)、
    アンソニー・ホプキンス(ハンニバル・レクター)、
    スコット・グレン(ジャック)、
    ブルック・スミス(キャサリン)  他

FBIアカデミーの若き女性訓練生が、精神病院に監禁中の天才精神科医の遠隔操作を受けながら連続誘拐殺人事件の解明に挑むサイコ・スリラー。
FBIアカデミーの訓練生クラリス(ジョディ・フォスター)は、FBI上司ジャック(スコット・グレン)の密命を帯び、若い女性の皮を剥いで死体を川に流す連続殺人死バッファロー・ビルの捜査のため州立の精神病院を訪れる。それは、患者を9人も殺してそこに隔離されている食人嗜好の天才精神科医ハンニバル・レクター博士(アンソニー・ホプキンス)に、バッファロー・ビルの心理を読み解いてもらうためだった。
初めはレクターの明晰さとその佇まいの薄気味悪さにたじろいだクラリスも、自分の過去を語るのとひきかえに、事件捜査の手掛かりを少しずつ博士から得ることに成功。そんな中、上院議員の愛娘キャサリン(ブルック・スミス)がバッファロー・ビルと思われる者に誘拐され、事態は急転する・・・。

これは某友人から、さんざん見ろ見ろ絶対見ろと薦められまくっていた作品です。
そして半ば押しつけられるようにしてDVDを受け取り、怖いの嫌いなのにィとベソかきながら鑑賞して、ようやく友人の言っていた意味がわかりました。曰く、『これはサスペンスと見せかけたレクターとクラリスのラブストーリーである』。・・・ははあ、そりゃそうだ。まったくそうに違ェねえ。
二人の会話の緊迫感、レクター博士の存在感、危機迫る場面での恐怖感。どれをとってもさすがです。サイコ・スリラーの金字塔と言われるだけはありますな。
あの雰囲気はどうにも説明しづらいのですが、あらゆる部分に含みを持たせることに長けた作品だと思います。ジョディ・フォスターの戸惑いと葛藤、恐怖、それに立ち向かおうという決意の表情がよかった。謎めいたレクターの言葉の数々が暗示するものや、二人のやり取りの中に潜んでいる感情の正体など、見てる方が試されてるなあと思う部分が多いですよね。そうかと思うとものすごくハデな演出で度肝を抜かれたりするんだ。なんだよあの脱出シーンはよー!(笑)
これのおかげで、アンソニー・ホプキンスといえばハンニバル・レクターという印象が焼き付いてしまいました。本作を見る前に彼の出演作は見ていたし、本作の後にもいくつか見たはずなのですが、どうしても拭いきれないあの存在感。きっとご本人もさんざんそんなことを言われ続けたことでしょう。
続編二作「ハンニバル」「レッド・ドラゴン」の方は評判がまちまちなんで、まだ見てません。ていうか多分見ない。だってやっぱりレクター博士は怖いんだよ・・・。



 ヒート  ★★★☆

【1995年 : アメリカ】
 監督:マイケル・マン /音楽:エリオット・ゴールデンサール
 出演:アル・パチーノ(ヴィンセント・ハナ)、
    ロバート・デ・ニーロ(ニール・マッコーリー)、
    ヴァル・キルマー(クリス)、
    ジョン・ヴォイト(ネイト)、
    トム・サイズモア(チェリト)、
    エイミー・ブレネマン(イーディ)、
    アシュレイ・ジャッド(シャリーン)  他

冷徹な犯罪者グループのボスと、孤高で腕利きの刑事との運命的な対決を描いたサスペンス・アクション。
LA。大胆で緻密な手口で大きなヤマばかりを狙うプロの犯罪者、ニール・マッコーリー(ロバート・デ・ニーロ)とその仲間たちは、ある日現金輸送車を襲い有価証券を奪う。捜査にあたったのはロス市警のヴィンセント・ハナ(アル・パチーノ)。強盗・殺人課の切れ者として名高い彼は、少ない手掛かりから次第にマッコーリー達へと近づいていく。そして執拗な追跡と逃亡を繰り返すハナとマッコーリーの間には、お互いを特別な敵と認め合うがゆえの奇妙な共感さえ沸き始めていた。
だがグラフィック・デザイナーのイーディ(エイミー・ブレネマン)と出逢ったマッコーリーは、残りの人生を彼女と過ごすため、次の銀行強盗を最後に堅気の暮らしに入ろうと決意する。そしてついに決行の日、タレ込みを受け現場に駆けつけたハナ達と、マッコーリー一味の壮絶な銃撃戦が繰り広げられる・・・。

かの名優アル・パチーノとロバート・デニーロが「ゴッド・ファーザー PART2」(の回想シーン)以来、とうとう同じ画面に並ぶ! という映画ファンにはたまらん企画。よくぞ成し遂げた。
この二人が演じる刑事と強盗犯は、立場こそ違えど生き方はうり二つなのです。家族や恋人からの愛情は欲しながらも、いざとなればそれを捨て去る用意をしなくちゃならず、血塗れの仕事に中毒状態の孤独な生き方。
そしてそんな自分と共鳴する唯一の相手を、お互いが敵の中に見つけてしまったというわけ。
こういう出会い方をしていなければ無二の友にもなれたかもしれないけど、こういう生き方だったからこそわかりあえたし負けられない。男くさいですなあ。ハードボイルド満載ですなあ!
しかしそれだけにまず俳優ありきという作品なのはミエミエです。二人の名演を活かしきろうと、恋人や家族への想いに苦悩するエピソードが随所に散りばめられているものの、でもこれ、ほんとにこの二人でないと作れなかった映画なのか?という感想は否めません。それもそのはず、原型はマイケル・マンが以前に作ったTVムービー「メイド・イン・L.A.」という作品で、本作はそれをまんまリメイクした筋書きなんだそうです。
これだけのキャスト揃えて書き下ろしじゃねえのかい・・・。
たしかにこの二人だからこその緊迫感であり、迫真の演技ではあります。が、それは結局俳優頼みというか、まず彼らを見てくれ的な印象になってしまったのがちと残念。だって最後の、パチーノがデニーロの手を握るシーン。あれって完全にファンサービスじゃありません?純粋にこの作品のキャラクターとしての動かし方を考えたら、なんだかちょっと違和感あるなあと思いました。
映画界の大御所二人がとうとう手を取り合った場面だ!って考えるならそれなりに価値はあるかもしれないけど。そりゃちょっと作り手に甘すぎる見方だよね。



 ヒドゥン  ★★★☆

【1988年 : アメリカ】
 監督:ジャック・ショルダー
 音楽:マイケル・コンヴェルティーノ
 出演:マイケル・ヌーリー(トム・ベック)
    カイル・マクラクラン(ロイド・ギャラガー)、
    エド・オロス(ウィリス)
    クルー・ギャラガー(エド)  他    

凶悪なエイリアンを追うロサンゼルス市警の刑事と、彼の前に現れた謎のFBl捜査官を描くSFアクション。
ロサンゼルス。ある日、ごく平凡な市民であったはずのデヴリーズという男が突然凶悪犯に変貌し、数々の惨殺を引き起こし始める。ロサンゼルス市警の刑事トム・ベック(マイケル・ヌーリー)は激しいカー・チェイスの末にデヴリーズを撃ち倒し、ひとまずこの事件は解決したかに思われた。だがそんな彼の前に、FBI捜査官のロイド・ギャラガー(カイル・マクラクラン)と名乗る若い男が姿を現わす。
その頃、病院に収容されたデヴリーズの口から謎の生き物が吐き出され、同室のミラーの体に乗り移った。
そして今度は身動き1つできない重態患者であった彼が犯罪を繰り返してゆく。一連の凶悪事件は、人間の口から口へと乗り移り、その体を乗っ取るこのエイリアンの仕業だったのだ・・・。

人間の身体にとりつくエイリアンというのはよく知られたネタで、このレビューの中にも「パラサイト」などがありますが、これは意外にも落ち着き払った雰囲気で進んでいくのでびっくりしました。笑えとばかりのこのネタに、笑う要素がない。どころか、結構まじめに見てしまったぞ。これはどういうことだろう。
思うに、エイリアンがエイリアンらしい姿を見せるのは乗り移る一瞬だけで、あとは「人間vsとても丈夫な人間(銃で何発撃たれてもホイホイ歩き回るくらいの)」という構図だったので、笑うヒマもなかったとか。
あとは、謎のFBl捜査官が若くてハンサムだったからとか?(そこは疑問系。)
まあなんのかんのでちょっと面白かったってことです。ヘヴィメタロック好きのエイリアンてのもイカスよ。カーチェイスなんかも使い方上手かったよ。地球人になったばっかりっていうロイドのトボけた感じもよかったんだよ。なんだ、けっこういけてる映画じゃーん!・・・と、私は思いますの。個人的に。
最後はハッピーなんだかアンハッピーなんだかよくわからない上手いシメだったのですが、その余韻を無理矢理引っ張りまして、その五年後に続編ができました。主人公はトムの娘。本作でのあの子です。
こっちの方はまだ見てません。なぜならトムとロイドのコンビが好きだったからさ〜。



 ヒマラヤ杉に降る雪  ★★★★

【1999年 : アメリカ】
 監督:スコット・ヒックス
 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
 出演:イーサン・ホーク(イシュマエル)、工藤夕貴(ハツエ)、     リック・ユーン(カズオ)  他    

戦争で引き裂かれた日系人女性と米国人男性の恋を描いた大河ロマン。
1954年。ワシントン州のサン・ピエドロ島で第一級殺人の裁判が開かれる。容疑者は日系人のカズオ(リック・ユーン)。漁師のカール(エリック・サル)を殺した罪に問われているのだ。前日にカールに会っていたカズオは不利な立場だった。日系人に対する差別が渦巻く法廷では彼に勝機はほとんどない。
その様子を傍聴席から見つめる新聞記者のイシュマエル(イーサン・ホーク)は、カズオの妻・ハツエ(工藤夕貴)と十数年前、お互いに愛し合う仲だった。太平洋戦争が二人を引き裂き、ハツエはカズオと結婚。
今でもハツエを忘れられないイシュマエルは、事件の真相を追いながらも、ハツエの夫を救うべきか心が揺れ動く・・・。

監督は「シャイン」のスコット・ヒックス。運命に翻弄される人々のドラマをしっかりと印象的に描く監督さんです。主人公イシュマエルには「リアリティ・バイツ」などの青春群像的なラブストーリーで人気を得た若手実力派(まあ今ではそう若くもないですが)イーサン・ホーク。珍しい社会派作品で好演しています。
彼の演じるイシュマエルはごく普通の若者で、特別正義感があるわけでも崇高な信条を持っているわけでもありません。ただ、常に公正であろうとした新聞記者の父を見つめて育ったために、人よりほんの少し「人間らしさ」の意味をよく知っているのです。アメリカの農園で生計を立てる日本人は、戦争が始まって以来人々の嫌悪の対象となりますが、ハツエに心を寄せるイシュマエルはそんな自分の愛情を信じているから本当は差別を否定したい。けれど、それはアメリカ人には反逆分子と映ります。戦争という特殊な状況の中で、一体何を守ればいいのか迷う彼は、ごくありふれた人間らしい若者なのです。
一方、家族とイシュマエルという選択肢の中で涙ながらに家族を選んだハツエは、一見薄情なようですが、後に残される人々への責任をも深く考えたのでしょう。本作でハリウッド映画に本格的な出演を果たした工藤夕貴の熱演はなかなか見応えがありました。ただ、その夫役を演じるリック・ユーンはどう見ても日本人には見えない・・・。欧米の目からするとアジア人はやっぱ似たようなもんなんでしょうねえ。
最後にほんの少し交わされる、ハツエとイシュマエルの心の交流が泣けます。いいやつだなあオマエ!ちゃんと幸せになるんだぞ!とイシュマルの肩をバンバン叩いてやりたくなる。
せつなくてじんわりと心に沁みてくる、硬派な秀作だと思います。



 ビューティフル・マインド  ★★★★

【2001年 : アメリカ】
 監督:ロン・ハワード/音楽:ジェームズ・ホーナー
 出演:ラッセル・クロウ(ジョン・ナッシュ)、
    ジェニファー・コネリー(アリシア・ナッシュ)、
    エド・ハリス(パーチャー)、
    ポール・ベタニー(チャールズ) 他

実在の天才数学者、ジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニアをモデルにした主人公の数奇な人生を描くヒューマンストーリー。
天才的な頭脳を持ちながらも、その才能ゆえに人々との社会的な関係をうまく築けないジョン・ナッシュ(ラッセル・クロウ)はいつも数学の世界に埋没している。名門プリンストン大学大学院の数学科に在籍している彼の唯一の友人は、屈託のないルームメイト、チャールズ(ポール・ベタニー)だけだった。
そんな彼もやがて優秀な成績でウィーラー研究所に進むが、ある日諜報員のパーチャーと名乗る男(エド・ハリス)にソ連の暗号解読を依頼される。美しく優しい妻アリシア(ジェニファー・コネリー)との幸せな生活を送る一方で、密かにスパイ活動を続けるジョン。 だがそんな日々の真の姿とは、まったく意外なものだった・・・・。

実はこの作品の後に「ビューティ・マインド」というドキュメンタリー作品が制作されまして、ジョン・ナッシュの実像としてはそちらの方が近い様子。本作はいささか美談として描かれすぎている、という話もあるようですが、とりあえずそれはそれとしてラッセル・クロウ版の感想を書きます。
なんというか、非常に考えさせられる作品でした。そんなことってあり得るのか、という衝撃と、人間の計り知れない可能性や、そこに同時に潜むのだろう怖さを垣間見るような。
ジョン・ナッシュはあまりにも頭脳に恵まれたために、思わぬ弊害をも与えられてしまった不運の人です。
もちろん映画用にわかりやすく脚色されているとはいえ、これが実話であることに驚きを禁じ得ません。
サスペンス風に仕上げられてはいますが、作品の軸はすべて主人公の心の動き。一度見たら必ずもう一度その伏線を確かめたくなるような細かい演出もたくさんあります。
物語が進むにつれて明かされる真実は予想外のものでしたが、そうと知って最初から本編を見返すとちゃんとそのための描写があちこちに散らばっていました。ジョンが『彼』と話しているとき、後ろを通り過ぎていく人々がしきりに彼らを見ているのです。そして『彼女』の周りでは、飛ぶはずのものも飛ばずにいる。こう書くとまるでナゾかけのようですが、最後まで見た人にならきっとわかりますね。
ジョン・ナッシュを演じるラッセル・クロウは素晴らしかったです。あの風貌での院生時代はさすがにちょっと無理があるとはいえ(笑)、老齢の彼に至るまでのそれぞれ年代の表情がしみじみと良かった。妻役のジェニファー・コネリーも上手いし美しいし文句ナシです。・・・・イヤ、強いて言うなら美人すぎか・・・。
個人的にはやはり主人公の大学時代の友人役 、ポール・ベタニー。 あらゆる意味でこの作品のエッセンスだったと思います。まあ、彼の髪が軽くパーマくさくなっていたことに、常から彼の毛髪具合が気にかかる私としてはいらん心配をしたくなりましたが・・・。
ちなみに彼の実生活の奥様こそがジェニファー・コネリー。美人のヨメでうらやましいこってす。



 ピンポン  ★★★★

【2002年 : 日本】
 監督:曽利文彦/音楽:真魚
 出演:窪塚洋介(星野裕/ペコ)、 ARATA(月本誠/スマイル)、     サム・リー(孔文革/チャイナ)、
    中村獅童(風間竜一/ドラゴン)、
    大倉孝二(佐久間学/アクマ) 他

卓球に打ち込む高校生たちの日々を、独特のユーモアを交えて描いた青春ドラマ。
卓球をこよなく愛し、勝つことへの絶対的な自信を持ちながら天真爛漫で気分屋のペコと、常に彼より一歩退き「卓球は死ぬまでの暇潰し」と公言するクールで笑わないスマイルは幼なじみ。片瀬高校の卓球部員でもあるふたりは夏のインターハイ地区予選大会に出場するも、ペコは中国から辻堂学院高校に留学して来たチャイナに、スマイルは名門・海王学園のドラゴンにそれぞれ惨敗。その後、顧問の小泉に天賦の才能を見出されたスマイルは彼の指導の下でめきめきとその頭角を現わすが、自信を失ったペコはすっかり腐ってしまう…。

これはですね、全然興味もなかったのに友人に映画館へ連れていかれて、成り行きで見たらたいそうおもしろかったのでびっくりした映画です。窪塚氏も別に好きじゃなかったし、 ARATAなんて名前も知らなかった。
でもクドカン脚本のユニークさと、音楽の巧みさ、リアルなCGをうまく使った印象的な画面づくりにすっかり満足してしまいました。
あのダラダラ〜っとした人を小馬鹿にするペコ喋り。そこにボソボソとつっこむスマイル喋り。一見すると真逆である二人が実は対の存在で、微妙な距離感で噛み合っている雰囲気がよく出てました。部長やライバルたちのキャラもすごくよかった。彼らはまさしくコミックから飛び出してきたようなインパクトです。
特にドラゴンは凄い(笑)。アクマの台詞はいろいろ泣かせます。一番気持ちがわかるのは彼かもしれない。竹中直人は相変わらずとんでもなく濃ゆいし、夏木マリのオババも好き。キャラクター全体のバランスがよくとれてますね。
青春物とはいってもわざとらしくなく、とはいえ適度に熱く、笑わせながらもちょっとホロッとさせる巧みな展開。邦画の中ではかなりお気に入りの作品です。



 ファイト・クラブ  ★★★☆

【1999年 : アメリカ】
 監督:デイヴィッド・フィンチャー/音楽:ダスト・ブラザーズ
 出演:エドワード・ノートン(ジャック)、
    ブラッド・ピット(タイラー)、
    ヘレナ・ボナム・カーター(マーラ) 他

空虚な生活から一転、暴力と狂気に魅入られていく男の姿を描いたバイオレンスドラマ。
保険会社に勤めるヤング・エグゼクティブのジャック(エドワード・ノートン)は、ブランドと美しい家具を揃えた生活にもどこか虚しさを覚え、ここ数カ月は不眠症に悩んでいた。
そんなある日、出張先の飛行機でジャックはタイラー(ブラッド・ピット)という若い男と知り合う。フライトから帰ってくるとなぜかアパートの部屋は爆破されており、ジャックは仕方なくタイラーの家に泊めてもらうことに。以来、彼らの奇妙な共同生活が始まった。
タイラーはエステサロンのゴミ箱から人間の脂肪を盗み出し、石鹸を作って売るような変わった男で、突然自分を力いっぱい殴れなどと言い出す始末だ。わけもなく殴り合う二人と、それを見物するために集まってくる男たち。だがジャックもやがてその奇妙な高揚感に興奮を覚え始める。ついにタイラーは酒場の地下室を借りて互いに殴り合う「ファイトクラブ」の設立を宣言した。会員もうなぎ登りに増え、その数は支部を作らねば追いつかないほどだ。 しかし膨れ上がった「ファイトクラブ」は、思いも掛けない方向へとジャックを巻き込んでいくのだった…。

相も変わらずエドワード・ノートンの達者な演技が光っております。こういう二面性のある役がほんとにうまいな。ブラッド・ピットもまた、このわけのわからないブッちぎれた男を好演しています。そのくせ、部屋の中をチャリで漕ぎ回ったあげくズデンとこけたりするさまが変にかわいい。あと、「眺めのいい部屋」等のクラシック映画でよくお見かけするヘレナ・ボナム・カーターがこんなところに出ているとは、ずいぶん長い間さっぱり気付きませんでした。まあちょっと化粧が濃すぎたからな・・・。
タイラーの正体については物語なかばから「もしかして?」と思わせる描き方だったので、まあ予想範囲内のオチだったわけですが、それはそれとしても世界観といいますか、ナレーターやタイラーがぶつぶつとくりかえす理屈などもなかなか面白いです。世間的には許されなくても、彼らにはそういう理屈があるんだぜというチカラワザをしつこく見せつける感じ。
ふと気が付けば異常な世界に巻き込まれているジャック、しかし自分からあんなセラピーに逃げ込んでる時点ですでにヤバイ人なのです彼は。立ち戻ってみれば、物語は最初の最初からスタートを掛け違えた男を描いているのだと気付きます。その間違え方が非常にユニークなので、この映画に魅力があるとすればやはりジャックという男の存在そのもの、彼の始まりと終わりに尽きるのではないかなあと思いました。