リベンジバンコク

 ネットでこういう駄文をだらだらと垂れ流しているおかげで、知り合うことができた人間が数人います。
 その人間たちに話を聞いてみると、だいたい私よりも旅行経験が豊富です。日記が一ヶ月ほど更新されないので聞いてみたら、
「うん、ちょっとセイシェルに」
 などと気のない顔で答える人とか。そのあとタヒチに行くと言ったきり、また半年以上日記が滞って、ひょっとしたら今度はタヒチに行ったきりなんじゃないか、タヒチの土になったんじゃないかと周囲を心配させる人とか。
 若いころオーストラリアを半年ほど徘徊して、素潜りで真珠を獲るバイトをしたり、謎のノルウェー人に真珠ジュエリー製作の手ほどきを受けたり、やたらにおっぱいを放り出す癖のある香港女性とアパートを共有していけない関係を取り結んだりしていた人とか。
 酒を飲んでいるときぼそっと、
「こないだウィーンからリンツに行ってヒトラーが生まれた家ってのを見てきましたが、けっこう立派な家でしたな」
 などと呟く人とか。

 そういう人から見たら、ごくたまに旅行した話を嬉々として書き散らす私など、笑止なものだと思います。
(あーあ、パックツアーでたかが三日間の上海旅行に行っただけで、自慢げに旅行記なんて書いたりして。おまけに文化論なんか展開しちゃったりして。恥ずかしくないのかねー)
 などと思われているかもしれません。
(年寄りはねー、海外旅行なんてめったにできなかったから嬉しいのよねー。1ドル360円の世代だもんねー。洋行なんて言い出すもんねー。おうち貧しかったのよねー)
 などとも思われているに違いありません。

 そして今回も旅行記を書いちゃいました。
 しかも旅行の期間に反比例して、文章が長くなっております。
(しかたないのよねー。年寄りは話が長いのよねー。同じ話を何回も繰り返すのよねー。ボケちゃうのよねー)
 などと思われるに違いありません。
 そしてまた、食い物の話が過半数を占めております。
(年寄りには食うことしか残らないのよねー。意地汚くなるのよねー。そのうち、「アキ子さん(息子の嫁の名前)や、ワシはまだ朝ご飯を食べさせてもらってないのじゃがのう。ハラが減って目が回りそうじゃ」なんて、日に十四回は繰り返すようになるのよねー。ボケちゃうのよねー)
 とも思われるに違いありません。

出発まで(2002/12/20)

寒い寒い寒い朝と暑い暑い暑い夜(2002/12/29)

ビールの洗礼(2002/12/30)

クリスマス鍋(2002/12/31)

鬼畜の集う街(2003/1/3)

わからんちん映画(2003/1/4)

旅の終わりに(2003/1/5)


 参考資料:しゃあさんのバンコク旅行記
 これはしゃあさんを偲ぶために、旧サイトから若干改変して掲載しました。文章自体にはいっさい手を加えていませんが、もし遺族の方などで異存があればすぐさま削除します。


戻る