クリスマス鍋

12月24日(火)
 さすがに昨晩飲み過ぎたか、朝十時ごろ起床。きのうあんなにあったビールが、あとかたもなくなっているのはなぜなのだろう。
 十時半までなので、あわてて朝食へ。しゃあさん、「どっちを選ぶか迷ったもんだから……」と、今朝はお粥を二椀持って、もふもふもふもふと食べていました(素敵な笑顔パート3)。
 そして部屋に戻り、また昼過ぎまで寝てしまう。どうも年寄りの旅行は寝てばかりいる。

 午後になってから、ふらふらと立ち上がり、スカイトレインでスクンビット通りへ。エカマイ駅で降り、細い一方通行の路を十分ほど歩く。そこからさらに細い路地に折れ、スラム街じゃないかと心配するような通りの真ん中に、きょうの目的地、徐富弘診療所があったのだ。いわゆる足ツボマッサージの店。
 狭い店内に籐の寝椅子が四脚ほど並んでおり、そこにしゃあさんと並んで寝かされる。しゃあさんはいきなりマッサージに入る。私は初診だったため、まず触診のような感じで足の裏全般をとんとんと軽く叩かれる。いきなり日本語で「胃腸が悪いですね」と図星をさされてびっくり。確かに私、すぐ下痢をするんだよね。足でわかるものなのか。
 まず足の裏にニベアのような潤滑剤を塗られ、マッサージ開始。マッサージ師はみな親指の第一関節のところが節くれ立ってものすごいタコになっており、それで足の筋や筋肉をしごくようにマッサージする。これがけっこう痛い。最初は痛くないが、何回も何回も執拗にしごかれているうちにだんだん痛くなってくる。しまいには堪えられないほど痛くなってくる。吉本の芸人はウケるまで同じギャグを繰り返すが、ここのマッサージ師も吉本体質なのかもしれん。
 いやほんと、かなり痛い。隣のしゃあさんは終始「ぐぎゃあ」などと、故手塚先生の名作「ルードヴィッヒ・B」の登場人物のような叫び声をあげ、「痛い、そこやめて、いやん、もうやめて、お願い!」などと誤解を招きそうな声をあげる。そして初体験の女性が腰を引くように、足を引きずって逃げようとする。しかしマッサージ師は、「ダイジョブ、ダイジョブ」「痛いけどすぐ気持ちよくなるね」などと言いながら、レイプ魔のように無慈悲に足を引き戻し、マッサージを続ける。
 私は男としての矜持があるので低くうめいたり、「ううむ……これは」と唸るくらいで我慢していたが、ときどき痛みのツボを徹底的に刺激されて、ぎゃあ、などと叫ぶ。しかし私の担当は無口というか無愛想というか、客が苦しんで叫んでも、涙を流しても、手をばたばたさせても、無表情に反応を見るだけで、もくもくと拷問、いやマッサージを続ける。まるで瀕死の獲物の動きをうかがう猟師のようなというか、一撃必殺の関節技を狙って相手のスキをうかがうブラジリアン柔術家というか、ガス室のユダヤ人が死に絶えるのを冷酷に見守るナチス将校というか。
 狂乱の一時間が過ぎ、腕と肩のマッサージを受けて終了。足ツボとはいいながら、膝から下、腕、肩から腰と、全身のマッサージを受けた。
 最後にカルテを持ってきてくれる。私の場合、目、肩、胃腸、脾臓が悪いのだそうだ。肝臓と言われなくてちょっと安心。

エンポリアム

 スカイトレインで二駅ほど戻り、フジスーパーで買い出し。しかし、どこもかしこもクリスマスだわ。
 このへんは日本人街となっており、日本料理屋、ラーメン屋、日本書籍屋、日本のビデオレンタル、などが並んでいる。このスーパーも日本人向けに日本の食品が多い。ここで目的の、タイ産日本酒「忍」をゲット。二合瓶一本四十バーツと、ビールとちょぼちょぼの値段だ。
 ついでに肉や魚を見ていると、むらむらと料理を作りたくなってきてしまった。エビも豚肉も安いんだよ。野菜も安いし、牛肉だって日本よりはるかに安い。しゃあさんと交渉して、ついに今晩はホテルで手料理ということに。豚肉、牛肉、キノコ、エビ、すり身団子、米麺、モヤシ、香菜、小松菜みたいな青菜、それにしゃぶしゃぶのタレと唐辛子を買い込む。もちろんビールも。
 なにしろわれわれには、百円ショップで買いそろえたコンロ、固形燃料、鍋、まないたシート、スイス製とてもよく切れる十徳ナイフがあるのだ。準備は万全。
 さっそくホテルに戻り、肉や野菜を切って下ごしらえする。鍋にミネラルウォーターと買ったばかりの日本酒を注いでコンロで熱し、煮立ったら肉やエビを投入。あとは野菜を適宜に投入し、しゃぶしゃぶのタレでいただく。和風タイスキ。タイの日本酒を飲んでみたが、ちゃんと日本酒の味がした。というか、しない、というか。上善如水のようなすっきり系の日本酒をさらにすっきりさせて、本当に味がなくなるまで徹底させたような。ま、悪い味がするよりずっとマシだが。
 鍋はとてもうまいんですけど、ホテルの床に座り込み、ゴミバコを逆さにしてコンロ台とし、高級ホテルでこの狼藉、しかも世間はクリスマス、はたして世間はこれを許すものか。

ホテル鍋
本人の名誉のため顔面は変形しています


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