2026.08.05

BS231:放送大学BSキャンパスex特集「日本人にとってジャズとは何か」という番組を去年撮っていて今頃観ている。

Youtube に概要がある。前編後編

山下洋輔、森山威男坂田明が演奏して、松原隆一郎という人が解説した。永武幹子というピアニストが小泉文夫のテトラコルドを解説した。山下洋輔の先人としてはセシル・テイラーが居て、森山威男の先人としてはエルヴィン・ジョーンズが居たのだが、真似をしたのではなくて、それぞれが独自の技法を開発した。坂田明はコルトレーンを聴いて生き方を決めた。

    山下洋輔については、病気療養中に「ブルーノート研究」を著している。小泉文夫の分析では日本の音階は3種のテトラコルドが支配的であり、明治になって、そこにカデンツ構造を内包する西洋の長短の7音が入ってきて大変な混乱が起きて、妥協として生まれたのがヨナ抜き5音階とニロ抜き5音階だった。それに対して、ジャズにおけるブルーノートは、従来のように西洋音楽の和声を基本に考えてそこからのズレ(音程の下降)と捉えるのではなくて、アフリカ民族音楽独特のテトラコルドの作り方として考えるべきである。つまり、アフリカから持ち込まれ奴隷生活の中で培われた民族音楽は西洋の7音階とカデンツに馴染むことなく、旋律における独自の音程間隔(ブルーノート)を保持しながら、最終的には(胡麻化して)終止形を迎えているだけなのである。当時渡辺貞夫によって日本に持ち込まれたジャズの和声理論に基づくモダンジャズが隆盛を極める中で、山下洋輔は、このブルーノートの在り方に導かれて、別の道つまり全くの制約無しの演奏と約束通りの終結を強引に結びつけるスタイルを発見した。実演として、山下洋輔は左手で西洋風の和声進行を演奏しながら、右手でそれとは殆ど無関係な旋律(勿論ピアノでは演奏不可能なブルーノートではなく、左手とは不協和であるという意味で同じ)を弾いて見せた。

    当時から感じてはいたが、彼らの演奏は舶来のジャズの感じではなくて、日本の伝統であるお祭りの乗りを感じさせた。そういう意味では新規性があった。当時のフリージャズはあくまで個人の自発性に任せていたのだが、山下洋輔トリオの場合は、時々きちんと合わせてテーマを演奏する処が違う。その間は自由とは言え、お互いの演奏を聴き合いながら丁々発止のやりとりをする。西洋のジャズとのリズムの採り方の違いについては、前者が外在するリズムに合わせることが主であるのに対して、後者では相見合って相撲の立ち合いのような呼吸の合わせ方をするところ。ただ、一度合わせた後は自分のリズムを刻む。その辺の塩梅が独特の曲のうねりを作り出す。

    なお、モントルージャズフェスティバルで、アルバート・アイラーの「幽霊」を演奏したとき、坂田明が即興の中で自然に「赤とんぼ」を演奏したらしい。

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