法政大学社会学部メディア社会学科 津田研究室




アイデンティティの社会学

『アイデンティティ・ゲーム』 『自己と「語り」の社会学』 『自己への物語論的接近』
『社会的構築主義への招待』 『精神・自我・社会』 『他者といる技法』

浅野智彦(2001)『自己への物語論的接近』 勁草書房
 物語論という観点から、社会学的な自己論にどのような貢献をなしうるのかを扱った著作です。社会学の自己論では、ミードの『精神・自我・社会』に代表されるように、自己とは他者との関係で生み出されてくる、と論じられてきました。著者はその見解に基本的には同意しながらも、そのような「関係」という観点からのみでは自己を語り尽くせないのではないか、という問題提起を行います。つまり、自己が関係によってのみ規定されるのであれば、人間関係がうまくいかない人は身の回りの環境を変えるだけでよい、ということになります。ところが、実際にはいくら人間関係を変えても、同じようなパターンを繰り返してしまう・・・ということがしばしば生じるわけです。著者はそうしたパターンの繰り返しの背景に自己物語(自分自身の生い立ちや性格等に関する説明)を見るわけです。自己物語もまた、他者との関係のなかで生み出されてくるわけですが、それは簡単には書き換えられないので、同じ人間関係のパターンの継続につながり易くなるわけです。物語論の系譜や、社会的構築主義や物語論との関係など、学問的な位置づけもきちんとなされており、この分野に興味ある人であれば、読んで損のない著作でしょう。(2003年7月)


石川准(1993)『アイデンティティ・ゲーム』 新評論
 人間とはどのようにして自己の存在証明を行おうとするのか。本書はそのメカニズムを人種問題や障害者への差別を通じて明らかにしています。非常に明快で理解しやすく、また斬新な内容を持つ本です。「忙しい人の半分は忙しく見せるのに忙しい」などという言葉にはドキッとさせられる人も多いのでは?また、アイデンティティを保持するために最も効率のよい方法として「差別」がある、という指摘は「いじめ」や「偏見」、ひいては「民族」といった現代社会の諸問題を見るうえで、非常に有効な指摘をしているように思えます。身近な問題から大きな社会問題にまで応用の効く好著だと言えるでしょう。(1997年)


奥村隆(1998)『他者といる技法』 日本評論社
 これまで私が読んだ社会科学の本の中でも、最も面白かった本の中の一冊。勉強になるうんぬんということよりも、ともかく面白い著作です。日常生活の何気ない側面を社会学的に分析し、そもそも他者と一緒にいるということがどういうことなのかを明らかにしてゆきます。アイデンティティやコミュニケーションなどの問題に興味のある方には是非とも読んでもらいたい一冊です。文体も柔らか目で非常に読みやすい本です。社会科学の宿命か大きな本屋でしか見かけないのですが、こういう本こそもっと売れてしかるべきだと思うのですが…。(1999年)

片桐雅隆(2000)『自己と「語り」の社会学』 世界思想社
 近年において注目を集めている社会的構築主義の観点から、自己という社会学における重要な概念をどのように論じることができるのかというテーマに挑んだ著作です。一気に社会的構築主義の立場から話を始めるのではなく、シンボリック作用論などの流れをきちんと押さえたうえで、構築主義のパースペクティブの有効性を丁寧に論じているところに好感が持てます。また、感情の社会学など比較的新しい分野にも視座を広げる一方で、日本やアメリカにおいて自己の「語り」がどのように変化してきたのかなどより具体的なテーマも扱っています。論述も明快なので、難解になりがちなこの手の文献のなかでは、かなり読みやすい著作なのではないでしょうか。(2002年1月)


バー・ヴィヴィアン、田中一彦訳(1995=1997)『社会的構築主義への招待』 川島書店
 
近年、さかんに論じられる社会的構築主義とは何か?本書は社会心理学における社会的構築主義の導入について、きわめて明快な整理を行っています。もちろん、社会心理学に興味がある人だけではなく、現代思想やアイデンティティの社会学に興味がある人にとてもオススメできる本です。ポスト構築主義や脱構築などの難解なテーマも分かりやすく論じられており、この手の話に興味がある人にはうってつけでしょう。もっとも、僕がこの本を注文したときには、在庫があとわずかという話だったので、普通の書店で手に入れるのは難しいかもしれません。でも、とにかくいい本です。(2000年10月)

ミード・ジョージ、稲葉三千男ほか訳(1934=1973)『精神・自我・社会』 青木書店
 精神や自我が社会の中でいかに形成されていくのかを説いた、自我論の古典中の古典。有名な「I」と「me」という概念や「一般化された他者」といった概念を理解するためには必読の文献だと言えるでしょう。が、正直に言って、全部読むためにはかなりのパワーが必要とされる本だと思います。ただ、勉強になることは間違いないです。僕としては後半の民主主義やナショナリズムに対するミードの見解が結構興味深かったです。楽天的と言ってしまえばそれまでなのですが、「対話」による社会統制という民主主義の理念がきれいに抽出されていて、それを肯定するにしろ、否定するにしろ、知っておいて損はないのではないでしょうか。あと、翻訳ですが、川村望氏による新訳が1995年に人間の科学社から出版されており、そちらの方が値段がずっと安いし、誤訳が少ない(らしい)ので、買うのであればそちらを求めた方がいいかもしれません。ただし、後の解説はこの青木書店版の方が詳しいです。(1999年)