集外三十六歌仙 続々群書類従本による

室町時代から江戸初期に至る三十六人の歌人の短歌一首ずつを選び、左右に配した、歌仙形式の秀歌撰である。一般に後水尾院(1596-1680)撰とされているが、後西院(1637-1685)撰とする写本もある由。
総じて地下(じげ)歌人より成り、公家方からは一人も選出されていない。連歌師と武将歌人が殊に多いのは時代の然らしめるところであろう。女性はただ一人、足利将軍義晴の母、浄通尼が選ばれている。
底本には『続々群書類従 第十四』(明治四十年五月二十五日発行)所載のテキストを用いた。底本の底本は安田貞雄編の寛政九年(1797)刊本である。『新編国歌大観』所載のテキストを参照して明らかな誤りと思われる箇所は訂正した。仮名遣は歴史的仮名遣に、漢字は新字体に統一した。漢字の同の字点「々」以外の踊り字は用いなかった。濁音には濁点を補い、読みづらいと思える箇所には送り仮名とルビを補った。「覧」「哉」などの助辞は仮名に改めた。序文・跋文は省略した。歌の頭に通し番号を付した。

左方
平常縁 津守国豊 浄通尼 柴屋宗長 月村斎宗碩 永閑 釈正徹 釈正広 耕閑斎兼載 太田持資 三好長慶 宗羪 伊達政宗 兼与 里見玄陳 佐川田昌俊 尚証 木下長嘯子
 
右方
種玉庵宗祇 心敬 基佐 牡丹花肖柏 蜷川親当 安達冬康 紹巴 宗牧 細川玄旨 心前 毛利元就 北条氏康 武田信玄 北条氏政 今川氏真 昌叱 小堀政一 松永貞徳


集外三十六歌仙

  嶺炭竈              平常縁

01 たちのぼる(けぶり)ならずは炭がまをそこともいさやみねのしら雪

  残花              津守国豊

02 よし野山ところせきまでみしひとの散々(ちりぢり)になるはなのふる郷

  山月入簾             浄通尼

03 秋の夜のつゆの玉だれひまをあらみもりくるものは山の端の月

  春祝言             柴屋宗長

04 青柳のなびくを人のこころにてみちある御代のはるぞのどけき

  寄舟恋            月村斎宗碩

05 こがれ行くふねながしたるおもひしてよらむ方なき君ぞつれなき

  月前雁               永閑

06 ききそむる雲井の雁の声よりもおどろかれぬる月のかげかな

  曙雪              沙門正徹

07 しらさぎの雲井遥かに飛びきえておのが羽こぼす雪のあけぼの

  初逢恋             沙門正広

08 鉤簾(こす)()にひとりや月のふけぬらむ夜ごろの袖の涙たづねて

  浦擣衣            耕閑斎兼載

09 秋ふかくなるをのうらの蜑人(あまびと)はしほたれ衣いまやうつらむ

  冬野              太田持資

10 かり衣すそのの原の花すすきほの見しかげもしもがれにけり

  寒蘆風             三好長慶

11 なにはがた入江にわたる風さえてあしの枯葉のおとぞさむけき

  旅宿霰               宗羪

12 風まぜにあられたばしるささ枕ゆめもむすばぬ旅寝わびしき

  関雪              伊達政宗

13 ささずとて誰かは越えむあふ坂の関の戸うづむ夜半のしら雪

  梅花留袖              兼与

14 誰が袖に匂ひをふれて散り残る色香すくなきにはの梅がえ

  遠里鶏             里見玄陳

15 (をち)かたにゆふつけ鳥の声すなりいざそのさとに宿りとらまし

  待花             佐川田昌俊

16 よし野山はなまつ頃の朝な朝な心にかかるみねのしら雲

  山家初冬              尚証

17 やま(がつ)の朝けの煙うちしめりしぐれしそらにふゆはきにけり

  月思往事            木下長嘯

18 世々の人の月はながめしかたみぞとおもへばおもへばぬるる袖かな

  関月             種玉庵宗祇

19 清見がたまだ明けやらぬ関の戸を誰がゆるせばか月のこゆらん

  月前述懐            沙門心敬

20 こしかたも帰るところもしらぬ身をおもへばそらにみする月かな

  荻声驚夢            桜井基佐

21 さびしさの種をぞうゑし宵々にゆめおどろかす庭の荻原

  月前述懐           牡丹花肖柏

22 おもふらし桜かざししみや人のかつらををらぬ月のうらみは

  山家燈             蜷川親当

23 くれてこそ人すむ庵もしられけれかた山かげのまどのともし火

  暁神楽             安達冬康

24 うたふ夜のあか月ふかく声さえて神代ながらのすずの音かな*1

  仏名夕            修江斎紹巴

25 夕々(ゆふべゆふべ)ほとけのみなをとなへつつつみもきえ行く衣手のつゆ

  初冬時雨              宗牧

26 けふつひに秋の時雨のあらましをそらごとにせぬ冬は来にけり

  田鹿              細川玄旨

27 さすがまた小田もる(しづ)も鹿の音の遠ざかるをばしたひてや聞く

  行路時雨            沙門心前

28 かへりみるあとの山風ふきしよりやがて時雨のみちいそぐらし

  柳               毛利元就

29 あをやぎのいとくり返すそのかみはたが小手巻のはじめ成るらむ

  閑居              北条氏康

30 中々にきよめぬ庭はちりもなしかぜにまかする山の下庵

  松間花             武田信玄

31 立ちならぶかひこそなけれやまざくら松に千とせの色はならはで

  寄松祝             北条氏政

32 守れ猶君にひかれてすみよしのまつのちとせもよろづ代の春

  河五月雨            今川氏真

33 よし野川瀬々のしら浪岩越えてこずゑにかかる五月雨の雲

  寄枕恋             里村昌叱

34 あはれともうしとも今はなれをしもしる人にせむ小夜の手枕

  河辺寒月            小堀政一

35 かぜさえてよせ来るなみのあともなし氷る入江のふゆの夜の月

  月               松永貞徳

36 雲と見えばこよひの月にうからましよしや吉のの桜なりとも

*1 底本は第四句「声ふけて」とするが、新編国歌大観(底本は大東急記念文庫蔵本)より「声さえて」に改めた。

更新日:平成17年03月04日
最終更新日:平成21年08月25日