嘉陽門院越前 かようもんいんのえちぜん 生没年未詳 別称:伊勢女房

伊勢神宮神官大中臣公親の娘。公親は『中臣氏系図』によれば三十六歌仙の一人頼基の猶子茂生の末裔。
はじめ七条院殖子(後鳥羽院の母)、のち嘉陽門院(後鳥羽院皇女、礼子内親王)に仕える。『源家長日記』によれば、後鳥羽院の意向を受けて女流歌人を探し求めていた源家長によって見出され、院にも歌才を認められて歌壇に迎えられたという。正治二年(1200)の院後度百首、建仁元年(1201)の千五百番歌合・老若五十番歌合・新宮撰歌合・八月十五夜撰歌合、元久元年(1204)の春日社歌合などに出詠。順徳天皇の建保四年(1216)内裏百番歌合、後嵯峨院の宝治二年(1248)歌合などにも参加した。新古今集初出(七首)。勅撰入集計二十六首。女房三十六歌仙

  2首  1首  4首  3首  1首  4首 計15首

早春霞といへる心を

さほ姫の衣はる風なほさえて霞の袖にあは雪ぞふる(続後撰20)

【通釈】佐保姫の衣をふくらませる春風はまだ冷たくて、霞のかかった袖――佐保の山裾には、淡雪が降っている。

【語釈】◇さほ姫 平城京の東側に位置した佐保山の女神。佐保姫または棹姫と書く。大和の西境にあたる龍田山の龍田姫が秋の女神とされたのに対し、春を司る女神とされた。◇衣はる風 「はる」は「張る」(広げる・ふくらます意)・「春」の掛詞。◇霞の袖 霞のかかった山裾を喩える。

【他出】和歌口伝、題林愚抄

〔欠題〕

散りぬれどかたみは久し梅の花とまる面かげ袖のうつり香(建保四年内裏歌合)

【通釈】もう散ってしまったけれど、ずっと忘れることはない、梅の花よ。瞼にとどまるおまえの面影、袖に残ったおまえの移り香。

【語釈】◇かたみ 形見。思い出のよすがとなるもの。

【補記】恋の情趣を漂わせる。この恋は終わってしまったが、思い出は長く続く…。建保四年(1216)、順徳天皇主催の内裏百番歌合、三番右負。判詞(定家執筆か)に「宮内卿藤原朝臣右方下句頗軽軽のよし難じ申す」とあり、下句の軽々しさを家隆が批判したことが知られる。

〔欠題〕

おもひ寝の枕になれてほととぎすうつつも夢もひとこゑの空(千五百番歌合)

【通釈】毎晩、その声に思い焦がれながら寝に付く習慣がついてしまって、時鳥が、現実でも、夢の中でも、たった一声鳴いて空を飛び去ってゆくのを、私は枕辺で聞く。

【語釈】◇おもひ寝 思いながら眠りに就くこと。

【補記】建仁元年(1201)詠進の千五百番歌合、三百三十二番右、無判。

【参考歌】九条良経「六百番歌合」
うたたねの夢より先に明けぬなり山ほととぎす一声の空

千五百番歌合に

秋はただ心よりおく夕露を袖のほかとも思ひけるかな(新古297)

【通釈】秋はもっぱら心のせいで夕露が置くのに、自分の袖以外に置くものとばかり思っていたよ。

【語釈】◇心よりおく 心が原因となって置く。◇夕露 夕方になると悲しくてこぼす涙を露に譬える。◇袖のほかと 袖以外に置くものと。下記本歌により「草葉」を暗示する。

【補記】「袖のほかとも思ひけるかな」とは、夕露は草葉に置くもので、自分の袖は無関係だと思っていたということ。もののあわれ(恋の情趣を含む、というよりそれを主たるものとする)を最も感じさせる秋という季節の深意を初めて思い知った時の感慨である。新古今集の詞書は誤りで、正治二年(1200)の院後度百首に初出。

【他出】正治後度百首、御裳濯和歌集、題林愚抄

【本歌】藤原忠国「後撰集」
我ならぬ草葉もものは思ひけり袖より外における白露

【主な派生歌】
草木には見えぬ色しも秋来ぬとおもひの露ぞ心よりおく(三条西実隆)
いつとなく心よりおく露をこそなべての秋も尋ねきぬらむ(〃)

〔欠題〕

もろ人の心は月にすみぬらし都の秋のふかき夜の空(建保四年内裏歌合)

【通釈】月を眺め、月に照らされるうち、諸人の心は澄みきり、月の住人になったらしい。都の秋の夜は更けて、深々と澄みわたる空…。

【語釈】◇もろ人 もろもろの人々。衆生。具体的には、都に住む人々。◇すみぬらし 澄み・住みの掛詞。◇ふかき夜の空 「ふかき」は奥行が深い意味に、秋という季節及び夜という時刻が更けた意を掛ける。

【補記】建保四年(1216)閏六月、順徳天皇主催の歌合。五十三番右持。

〔欠題〕

散りにけり山は苔路の錦にて紅葉をあらふ谷の岩水(老若歌合)

【通釈】木の葉は散ってしまった。山は苔の生えた道を錦が覆ったありさまで、谷の岩清水は紅葉を洗って流れる。

【語釈】◇苔路(こけぢ) 苔むした道。

【補記】建仁元年(1201)二月十六・十八両日に行われた老若歌合。作者は後鳥羽院・良経・宮内卿らと共に右方の「若」の一員。掲出歌は百六十二番右負。左は慈円「明けばまづ木の葉に袖をくらぶべし夜半の時雨よ夜半の涙よ」。

〔欠題〕

かよひこし枕に虫の声たえて嵐に秋の暮ぞ聞こゆる(千五百番歌合)

【通釈】いつも私の枕辺に通って来た虫の声も、この頃はやんでしまって、嵐の音に、秋の終りを聞く思いがする。

【補記】千五百番歌合、七百九十六番右持。定家の判、「くれぬる秋の嵐にかよひし虫のこゑたえぬ、心詞いづれもいと宜しく侍るべし」。『清唱千首』の塚本邦雄評に「これぞ新古今調の秋蟲、(中略)調べと心緒とが綴れ織のやうに經緯(たてぬき)をなす見事な一首」。

歌合に、寒夜炉火といへる心を

板まより袖にしらるる山おろしにあらはれわたる埋み火のかげ(新勅撰435)

【通釈】板壁の隙間から、袖の寒さによって知られる山颪――その風で、埋み火の炎が燃えさかり、庵の内をすっかり照らし出す。

【補記】詞書の「歌合」は不詳。

千五百番歌合に

木の葉さへ山めぐりする夕べかな時雨をおくる峰の嵐に(続古今552)

【通釈】木の葉さえもが山々を巡ってゆく夕べだことよ――時雨を送り届ける峯の嵐に吹かれて。

【語釈】◇山めぐり 山から山を経巡ること。時雨については、しぐれ雲が山から山へ移動しつつ雨を降らせることを言うが、また山寺の巡礼をも意味する。

【補記】建仁元年(1201)の千五百番歌合、八百五十三番右持。

【参考歌】藤原道雅「詞花集」
もろともに山めぐりする時雨かなふるにかひなき身とはしらずや

〔欠題〕

夜もすがらさえつる床のあやしさにいつしか見れば峰の初雪(千五百番歌合)

【通釈】夜じゅう寝床がひどく冷えたなあと思って、明け方、外を見てみたら、いつのまにか峯には初雪が……。

【補記】千五百番歌合、九百二十三番右負。

【参考歌】崇徳院「千載集」
夜をこめて谷の戸ぼそに風さむみかねてぞしるき峰の初雪

千五百番歌合に

おのづからまどろむ程に忘らるる恋を夢こそおどろかしつれ(新続古今1314)

【通釈】ふとまどろむ間に、忘れてしまった恋を、夢が思い出させ、昔に引き戻してしまった。

【補記】千五百番歌合、千百七十六番右勝。源師光の判詞は「右歌、心をかしく侍るめり、仍為勝」。

海浜重夜といへる心をよみ侍りし

幾夜かは月をあはれとながめきて波に折りしく伊勢の浜荻(新古943)

【通釈】いったい幾晩こんなふうに過しただろう。月をしみじみと眺めながら、波の打ち寄せる伊勢の浜辺で、波と涙に濡れ、蘆を折り敷いて……。

【語釈】◇折りしく 折り敷いて寝床にする。波が頻りと寄せ返す意にもなり、波の縁語になる。◇浜荻(はまをぎ) 葦。「伊勢国には、葦を浜荻と云ふなり」(仙覚抄)。『八雲御抄』等にも同様の記事があり、中世には葦の別称とされていた。

【補記】題意は「海浜で夜を重ねる」。万葉集に由来する古語「伊勢の浜荻」を用いて、海辺で明かす旅の夜の哀れを詠む。

【他出】御裳濯和歌集、歌枕名寄

【本歌】碁檀越の妻「万葉集」巻四
神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に
(「人丸集」「新古今集」などにも見える)

千五百番歌合に

思ふことなきだにやすくそむく世にあはれ捨てても惜しからぬ身を(続古今1822)

【通釈】悩みがなくてさえ、やすやすと出家する人もいる世間にあって、ああ、捨てても惜しくない我が身をどうして私は捨てきれずにいるのだろうか

【補記】千五百番歌合、千四百七十一番右持。

【他出】万代集、女房三十六人歌合、六華集

千五百番歌合に

すてやらぬ我が身のうらのうつせ貝むなしき世とは思ふものから(続拾遺1118)

【通釈】捨て切れない我が身という貝殻――虚しい世であるとは思うものの。

【語釈】◇我が身のうらのうつせ貝 我が身という浦の虚せ貝。「うら」に「裡」の意を掛ける。「うつせ貝」は身の抜けた貝殻。空虚な自身を表わす。また、次句「むなしき」へと繋げるはたらきをする。◇思ふものから 思うのに。思うものの。「から」は殻と掛詞になり、貝の縁語。

【補記】千五百番歌合、千四百五十七番右持。第二句「我が身をうらの」。

【他出】万代集、歌枕名寄

五十首歌たてまつりし時

神風や山田の原の榊葉に心のしめをかけぬ日ぞなき(新古1884)

【通釈】山田の原の榊葉に注連縄(しめなわ)をかけるように、我が心中にも占有の標しを付けて、伊勢神宮のことを心にかけない日とてない。

【語釈】◇神風や 「伊勢」の枕詞。◇山田の原 伊勢国の歌枕。伊勢神宮の外宮がある。◇心のしめをかけぬ 「しめ」は注連縄(しめなわ)。「心をかけ」「しめをかけ」という二つの言い方を重ね合わせた。

【補記】新古今集神祇歌。作者は伊勢神宮の神官の家の生まれ。建仁元年(1201)の老若五十番歌合、二百四番右持。

【参考歌】和泉式部「和泉式部集」
さを鹿の朝たちすだく萩原に心のしめはいふかひもなし

【主な派生歌】
いかにして神のうけつぐ程ばかり心のしめをかけてたのまむ(元可)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成21年01月29日