百合 ゆり 山百合・笹百合(小百合)・姫百合 Lily

山百合 鎌倉市極楽寺にて
山百合 鎌倉市極楽寺にて

梅雨明け前の蒸し暑い日、極楽寺の辺りを歩いていたら、とある崖地に山百合を見つけた。一株に三つ、径二十センチはあろうかという大輪が、丈高く芳香を漂わせ、あたりを圧するような迫力を醸し出していた。
そんな山百合の存在感をよく捉えた歌と言えば、木下利玄(1886-1925)の大正十三年(1924)、「裏山」と題された連作の一首が思い浮かぶ。

裏山の青萱ぬけいで咲く百合の涼風のむた大きくゆらげり

ゆりの語源は「揺り」と言われるが、緑陰で白い大きな花びらが風に揺れ、揺れるたびに芳香をふりまく様は清爽感にあふれ、夏の暑さも忘れさせてくれるようだ。

涼風と百合と言えば、遠く時代を溯り、深窓の皇女の御詠に思いを馳せずにはいられない。

涼しやと風のたよりをたづぬれば繁みになびく野辺のさゆり葉

式子内親王集』より建久五年(1194)の夏歌。
涼しさを届けてくれた風の便り。その元を辿って行くと、野辺の繁みに靡いている小百合の花に出逢った、という歌。「さゆり葉」と言っているが、夏の歌だから当然花が咲いていたと考えられるし、「風の便り」は百合の芳香をも届けたはずだ。

もちろん内親王の歌の「さゆり」は豪奢な山百合ではあり得ない。おそらくは繊細可憐な笹百合か姫百合であろう。どちらも中部または近畿以西に生える百合で、残念なことに関東ではお目にかかれない。古来の和歌に詠まれた百合は、大概このいずれかであろうと言われている。
笹百合 京都市西京区善峯寺にて
笹百合 京都市西京区善峯寺にて

姫百合の「姫」は愛らしく小さい意であろうが、「秘め」と掛詞となるゆえ、夏草の陰に隠れるように咲く花として、また秘めやかな恋心を託して歌に詠まれることが多かった。さらに溯り、万葉の時代を訪ねてみよう。

『万葉集』  夏相聞  大伴坂上郎女歌一首

夏の野の繁みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ

『万葉集』 巻七  臨時  作者不詳

道の辺の草深百合の花笑みに笑まししからに妻と言ふべしや

「草深百合」も姫百合を指すのだろうか。この歌は詠み手が男か女かで、解釈が変わってくる。男と見た場合、「草深い中に咲く百合のようにあなたは微笑みかけてくれた、それだけであなたを私の妻と言ってもいいのだろうか」といった意味になる。その「花笑み」は、控え目ながらも深い思いを秘めていると見えたのだ。

鉄砲百合 鎌倉市二階堂にて
鉄砲百合 鎌倉市二階堂にて

さて再び近代に戻ると、明治時代、西洋の文学・美術、そして何よりキリスト教(白百合を聖母の象徴とする)の影響から、百合は重要な文学的モチーフとして浮上した。歌誌『明星』の歌友の間で「白百合の君」と呼ばれた山川登美子(1879-1909)の著名な一首に詠まれた「しろ百合」には、しかし伝統的和歌における「秘められた恋」のシンボルとしての百合の香もかすかに漂っている。

髪ながき少女とうまれしろ百合に額(ぬか)は伏せつつ君をこそ思へ

明治三十八年(1905)刊、合同歌集『恋衣』の登美子編「白百合」の冒頭を飾る一首である。この「しろ百合」には、丈高く清痩な、純白の鉄砲百合こそ似合わしいだろう。

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  『万葉集』 (巻十八 題詞略) 大伴家持
燈火(あぶらひ)の光に見ゆる我が縵(かづら)早百合の花の笑まはしきかも

  『万葉集』 (巻二十 防人歌) 大舎人部千文
筑波嶺の早百合(さゆる)の花の夜床(ゆとこ)にも愛(かな)しけ妹そ昼も愛しけ

  『千載集』 (夏草をよめる) 源俊頼
汐みてば野島が崎のさゆり葉に波こす風のふかぬ日ぞなき

  『拾遺愚草』 (夏) 藤原定家
さゆり葉のしられぬ恋もあるものを身よりあまりて行く蛍かな

  『続古今集』 (詞書略) 藤原定家
うちなびく繁みが下のさゆり葉のしられぬほどにかよふ秋風

  『秋篠月清集』 (夏) 九条良経
わぎもこが宿のさゆりの花かづらながき日ぐらしかけてすずまむ

  『草根集』 (夏草) 正徹
小百合葉のしられぬ清水くみたえて野中の草を結ぶ山風

  『柿園詠草』 (山家夏月) 加納諸平
山百合のおのづからなる花の香も松の戸もれて清き月夜か

  『野雁集』 (さみだれの晴れぬるによめる) 安藤野雁
さみだれの雨今こそは晴れぬなれあかりて匂ふ姫ゆりの花

  『光平歌集』 伴林光平
あばら家の籬(ませ)の姫百合一花はそむけて咲くもあはれなりけり

  『むらさき』 与謝野鉄幹
星かげにすみれの露よ百合の香よわがあけぼのの道うつくしき

  『みだれ髪』 与謝野晶子
さはいへどそのひと時よまばゆかりき夏の野しめし白百合の花

  『恋衣』 山川登美子
誰がために摘めりともなし百合の花聖書にのせて祷りてやまむ

  『鍼の如く』 長塚節
うつつなき眠り薬の利きごころ百合の薫りにつつまれにけり

  『鷺』 太田水穂
髪あげて人のすずしき瞳かな鉄砲百合のはなひらきたり

  『雲母集』 北原白秋
深々と人間笑ふ声すなり谷一面の白百合の花


公開日:平成18年1月10日
最終更新日:平成18年9月4日

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