柞紅葉 ははそもみじ(ははそもみぢ) Autumn tints of the miscellaneous trees

雑木林の黄葉 鎌倉市二階堂にて

(ははそ)は里山の雑木の類、すなわちクヌギやナラなどの総称。ドングリのなる木である(植物学上の分類ではブナ科の落葉高木ということになる)。晩秋、赤褐色や黄褐色、あるいは茶褐色と、濃淡さまざまに色づく。子供の頃から最も親しんだ樹々であるが、その紅葉をいにしえの歌人たちが「柞のもみぢ」と詠み親しんでいたことを知った時は、懐かしくも慕わしい気がしたものだ。

『古今集』 (秋の歌とてよめる) 坂上是則

佐保山のははその色はうすけれど秋はふかくもなりにけるかな

【通釈】佐保山の雑木林の葉がうっすらと色づいた――その色は薄いのだけれど、秋という季節はすっかり深まったことだなあ。

『後拾遺集』 (永承四年内裏歌合に) 藤原頼宗

いかなればおなじ時雨にもみぢする柞の森のうすくこからん

【通釈】紅葉はしぐれの雨によって美しく色を変えるというが、柞の森は、同じ時雨にあたっているのになぜ色が薄かったり濃かったりするのだろう。

楓や漆のような鮮やかさはない、むしろ粗い感じのする地味な紅葉である。が、それゆえにこそ、古人は柞の紅葉に秋の深まりをしみじみ味わったことが偲ばれる。

『続千載集』 (三十首歌よませ給うける中に) 伏見院御製

さそひゆく佐保山嵐まてしばし柞の紅葉秋ふかきころ

【通釈】木の葉を誘って散らしてゆく佐保山の嵐よ、しばし吹くのは待て。柞の紅葉も色を濃くした、秋深い今の時節に。

**************

  『古今集』 (題しらず) よみ人しらず
佐保山のははそのもみぢちりぬべみ夜さへ見よとてらす月影

  『新古今集』 (題しらず) 曾禰好忠
入日さす佐保の山辺のははそ原くもらぬ雨と木の葉ふりつつ

  『続古今集』 (秋歌中に) 能因法師
夏の日は陰にすずみし片岡のははそは秋ぞ色づきにける

  『千載集』 (落葉の心をよめる) 賀茂成保
吹きみだる柞が原をみわたせば色なき風も紅葉しにけり

  『続古今集』 (詞書略) 栄西
もろこしの梢もさびし日の本のははその紅葉ちりやしぬらん

  『新古今集』 (柞をよみ侍りける) 藤原定家
時わかぬ浪さへ色にいづみ川ははその森に嵐吹くらし

  『拾遺愚草員外』 (詞書略) 藤原定家
幾返りもみぢきぬらんははそ原ちりしく木の葉秋をかさねて

  『新古今集』 (詞書略) 藤原良経
ははそ原しづくも色やかはるらむ森の下草秋ふけにけり

  『続拾遺集』 (題しらず) 土御門院
ははそ原しぐるときけば我が袖のかひなき色ぞまづかはりける

  『新葉集』 (詞書略) 花山院師賢
かげよわる柞の紅葉いかならん木のした道のあれはてしより

  『六帖詠草』 (柞) 小沢蘆庵
時雨れてもうすき柞を白露の一しほぞめとおもひけるかな

  『朝の歌』 若山牧水
静心ひとめをいとひ秋山の楢葉もみぢの根を踏み登る

  『自流泉』 土屋文明
澄みとほる西日となりて此の谷のははそのもみぢはてしなく見ゆ


公開日:平成18年12月20日
最終更新日:平成18年12月21日