2003年08月

美亜へ贈る真珠-短編傑作選ロマンチック編-(梶尾真治) 七度狐(大倉崇裕)
スリーウェイ・ワルツ(五條瑛) くらのかみ(小野不由美)
子どもの王様(殊能将之) 黄泉びと知らず(梶尾真治)
透明人間の納屋(島田荘司) 陰摩羅鬼の瑕(京極夏彦)
ヒミコの夏(鯨統一郎) 黒い悪魔(佐藤賢一)
コッペリア(加納朋子) ふたつの太陽と満月と(川上健一)
蛇行する川のほとり 3(恩田陸) クライマーズ・ハイ(横山秀夫)
愛国少年漂流記(宮脇修) 殺人の門(東野圭吾)
もう一人のチャーリィ・ゴードン(梶尾真治) ア・ハッピー・ラッキー・マン(福田栄一)
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美亜へ贈る真珠-短編傑作選ロマンチック編-

著者梶尾真治
出版(判型)ハヤカワ文庫
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-15-030731-8(\580)【amazon】【bk1
評価★★★☆

時間をからめた恋愛小説っていうのは意外と多いようで、私が読んだいくつかのSF小説も、この手の本だったりします。しかもロマンチックな本が得意な梶尾真治ということで、期待して読みましたが、まあまあ+αくらいだったかな。こういう短編集ってどう編集するか、どの短編を入れるかによってものすごく印象が変わると思うのですが、あまりに同じような短編を並べられると、少々食傷気味になるのは仕方ないかと思います。この中では「時尼に関する覚え書」は私のツボ。感動したというのではなく、「面白かった」です。梶尾真治というと、なんでこんなところで泣けるんだよ、と思いつつも最後までボロボロ泣けるというイメージがあったのですが、今はそういう気分ではなかったようで、あまり泣けるような短編はなかったのでした。他にノスタルジー編、ドタバタ編とあるようなので、ノスタルジーのほうを読んでみようかと思います。

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七度狐

著者大倉崇裕
出版(判型)東京創元社
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-488-01292-2(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

編集長・牧の一言で、春華亭古秋一門会に静岡の山奥の村に行くことになってしまった間宮緑。名人と言われ、様々な因縁をもつ古秋の名を継ぐ者を決めるというその一門会が、すんなり行くわけもなく、不穏な空気の流れる村。そして最初の死体が現れた。

落語シリーズの第2弾。この人はきっと落語大好きなんだろうなと思うのです。落語というと、笑点のイメージしかない私ですが、毎週のように見ているだけに、彼らを題材にした記事や番組にも目がいき、彼らが芸を磨くためにものすごく努力していることは折に触れて聞いたり見たりしてはいます。なので、一度は生の落語を聞いてみたい気持ちはとってもあるのですが、このシリーズは北村薫のシリーズと共に落語をさらに魅力的に見せてくれる作品ですね。

というわけで、七度狐。狐に騙されるというオチを延々と繰り返す落語だそうですが、先代古秋が考えたという「七度狐」新バージョンの謎、そして、跡目問題の謎、一門と村との因縁という謎が複雑にからみあうミステリ。ミステリとしても、落語の楽しみを教えてくれる本としてもお見事でした。

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スリーウェイ・ワルツ

著者五條瑛
出版(判型)祥伝社 
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-396-63231-2(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★☆

あの墜落から16年。闇に葬り去られたはずの事故の裏側が、再び表に出ようとしていた。事故で母親を亡くした恭祐と母親の遺品をめぐって、様々な機関が暗躍する。

北朝鮮が話題になることが多い今日この頃。五條瑛はすごくいいときに現れた作家でしたね。今回も北朝鮮と日本の官僚が登場する作品で、しかも焦点は日航機墜落事故(とは言われていないけれども、明らかにあの事故を指しているものと思われる)。なんだか自分の住んでいる日本が、この人の手にかかると、まるで映画の中の世界のように思われるのですが、皆さんどうでしょう。どこにでもいそうな普通の少年が、ある日突然スパイやら、官僚やらに狙われるというのも、何故か彼女の手にかかるとそれほど陳腐に思えないのが、この作家さんのすごいところだと思います。っていうか、彼女の経歴を考えると、「もしかして本当にあった話?」と疑いたくなるような気分にも・・・。得体の知れない日本を楽しみたい方にはおすすめ。

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くらのかみ

著者小野不由美
出版(判型)講談社
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-06-270564-8(\2000)【amazon】【bk1
評価★★★★

本家の主人が倒れ、相続の話し合いのために本家に呼び戻された親類たち。一緒に来た子供たちは、若い叔父に聞いた「四人ゲーム」を試してみることにした。ところが四人だったはずの彼らが、いつのまにか五人に!増えたのは一体誰なのか?そして相続の行方は。

講談社から3ヶ月おきにでるジュブナイルシリーズ第1弾。字は大きいし、全部ふりがなふってあるし、体裁はどこからどうみても立派な児童書なんですが、内容はちゃんとミステリで安心です。ちょっと微妙だと思ったのは、この本普通の文芸の棚に並んでたんですよ。かつこの豪華(と思うのは、ミステリ好きだけかもしれませんが)執筆群を考えると、児童書なのは体裁だけで、実際は大人をターゲットにしてるのかなと思ったところです。ただ、普通のミステリと考えると、ちょっと2000円は高いかなという印象。第1回配本の3冊をまとめて1冊にして3000円ならもっと売れるかなと思うのは私だけでしょうか。

ちょっと残念だったのは、「誰がいないはずの5人目なのか」という謎だけで最後までいくのかと思ったら、実際はそうではなかったところ。いないはずの5人目の謎は非常に魅力的でしたが、それに付随する相続の謎は、ありがちすぎてまあまあでしたね。

せっかく児童書として出しているので、小学生くらいの意見を聞きたいところです。こういうのを読んで、ミステリ好き(というか、読書好き)が増えてくれると嬉しいです。

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子どもの王様

著者殊能将之
出版(判型)講談社
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-06-270563-X(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★

登校拒否で、引きこもり気味のトモヤ。彼のうちによく遊びに行くショウタは、トモヤに恐ろしい「子どもの王様」の話を聞く。ある日ショウタが登校しようとすると、トモヤが言っていた子どもの王様とそっくりの男が団地の近くに立っていた。ショウタはトモヤを守れるか?

オチは最初のトモヤの話のところでわかってしまいましたが、まあそれは子ども向けというところで納得しました。が、最近の児童書はこういう話もあるものなのでしょうか。子ども向けの小説って、日常の中の冒険とか、マドンナの話とか、ほのかな恋愛とか、そんなのばっかりだと思ってたのですが(実際、司書課程の児童文学論でそんなことを聞かされた覚えが)、なんだか不思議な感じなんですよね。児童書として読むとちょっと衝撃かもしれないし、かといって普通の小説として読むと微妙。この著者だけに読みやすく、面白かった、という印象は残すものの、これを司書の立場から子どもに勧めるというのはどうかな、ちょっと怖いんじゃないかな(しかも嫌な怖さだ)という雰囲気でした。読みながら、この「ミステリーランド」シリーズの趣旨を考えてしまうのは、私だけではないはず。どう言って著者に注文を出したのか、興味深いところです。

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黄泉びと知らず

著者梶尾真治
出版(判型)新潮文庫 
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-10-149006-6(\476)【amazon】【bk1
評価★★★★

死者が黄泉がえっている。熊本でそんな噂があることを聞いた。もしかしたら自分の子どもも・・・。書き下ろし『黄泉がえり』の番外編ほか、ホラーあり、ギャグあり、の8編。

先週この人の古い短編集を読んだばかりですが、こうして続けて読むと確実にうまくなってるように思うのです。泣かせどころ、笑わせどころのツボをちゃんと押さえているというか。最初「もう一つの黄泉がえりの物語」という帯を見たとき、眉唾だなーと思ったのです。すごく話題になった作品の番外編って、「なんだ、金稼ぎの産物か」とがっかりすることが多いので。ところが、この「黄泉びと知らず」は本編よりも泣けたかも。非常に良い作品でした。他では、乗っていたバスが崖崩れに巻き込まれ、かろうじて助かった乗客たちが、それぞれの持ち味を生かして見事に助け合う(けれども、どこまでも爆笑小説)の「奇跡の乗客たち」もおすすめ。文庫だけに買って損はないかな、という一冊です。

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透明人間の納屋

著者島田荘司
出版(判型)講談社
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-06-270561-3(\2000)【amazon】【bk1
評価★★★

同世代の友人がいないヨウイチが、唯一心を許していたのが隣に住む印刷工場のお兄さんだった。彼はいろんなことを知っており、ヨウイチに様々なことを教えてくれる。そんなある日、そのお兄さんが透明人間は本当にいるんだ、と言い出す。すると透明人間がやったとしか思えない誘拐事件が起きた。

たとえ児童文学でも、たとえ子どもを主人公にしなくてはならなくても、島田荘司の新本格に対する姿勢は全く変わりありません。そういう意味では、この本は普通に大人が読んでも中編として成り立っている作品だと思います。でもこの微妙に社会派な島田荘司って、やっぱりちょっと苦手です。どこまでもパズルとあほらしいとも言える壮大なトリックだけで書いてた頃のほうが面白かったな。実際あのころはそういう小説で驚けたし。

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陰摩羅鬼の瑕

著者京極夏彦
出版(判型)講談社
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-06-182293-4(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

婚礼の日に4度花嫁を亡くしている伯爵。5度目の今回こそ花嫁を守りたいと、探偵・榎木津に依頼をした。ところが旅先の榎木津は失明状態になり、関口が介助兼助手として一緒に行くことになる。花嫁は無事に婚礼の次の日を迎えることができるのか、そして事件の謎は解明されるのか。

注意: 先入観を持たずに読みたい方は、以下を読まないでください。京極の本ってどれもそうですね。。。感想書きにくいです。私としてはシリーズを読んでる方にも、そうでない方にもおすすめ。別にキャラが好きとかじゃなくても問題ありません。どちらかというと読後に読んでいただけるように、以下を書いておきます。一応ネタバレではないと思いますが・・・

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私の中で、死っていうのは言い方が悪いのですが興味深い事柄です。誰も経験したこと無いけど、その「状態」は知識として知っている。そしてその死を取り巻く環境や習俗も興味深い。実は私、生まれてから今まで近親を亡くしたことがないので、葬式という儀式に対する免疫があまりありません。このところ立て続けに行った結婚式のほうがバリエーションも含めてよく知っている気がします。最初に行ったお葬式は、友人のキリスト教式でした。多分日本で一番メジャーなのは仏式だと思うのですが、キリスト教式の葬式は私が思っていた「普通の葬式」とは全く異なるものでした。死者が若かったのもそれに拍車をかけていたかもしれません。焼き場まで行ったのは、先日の相方の祖父のが初めて。こちらはいわゆる仏式の葬式でしたが(つまり私の知識の中では「普通」に分類されるものだった)、それでも義母が「私が知っているのとはちょっと違う」と言っていたので、同じ仏式でもいろいろあるに違いありません。そう言えば、職場の非常勤のおばさんが「お焼香が1回のと3回のとあるのよ」と言っていました。儀式とはほぼ決まった形式があるものだと思いこんでいましたが、実はそうでもないようです。

随分前ですが、『死の儀礼 第2版』(ピーター・メトカーフ, リチャード・ハンティントン著. 未来社, 1996.11刊)という本を椰子の実の立ち読みで取り上げました(2000年8月29日の日記参照)。地球を1日で1周できる日がやってきても、世界中で同じテレビが見られても、そしてどんなに社会がグローバル化されても、人間の生活の根っこにある「狭い集団が持つ常識的感覚」というのは、それが葬式のような忌み事や秘事に分類されるようなものであればあるほど、外と交換されないために意外と混じり合わないものなんだろうなと思ったという趣旨の感想を書いたと思います。

そういう意味で死やそれにまつわる儀式に興味を持つ私にとって、この結末は『姑獲鳥の夏』以来の衝撃だったのです。その手があったか、と膝を打つとはまさにこのこと。お見事京極。途中の蘊蓄にはややうんざりさせられましたが、最後に「!」となるには、やはりこの蘊蓄も必要(知ってる人にはうんざりのまま終わってしまうでしょうけれども、土台を作るという点ではやはり必要)ですね。すみません、疑って。私まで憑物落としされた気分でした。京極シリーズをずっと読んでる方なら、恐らく最初から事件の筋書き自体は読めてしまうでしょう。しかし、そんなところで「わかった」と思うのは早計。単なるハウダニット、フーダニットなんかでは終わらないこの小説は、他では味わえない面白さがあります。次も楽しみです。おすすめ。

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ヒミコの夏

著者鯨統一郎
出版(判型)PHP研究所
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-569-62990-3(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★☆

取材で千葉県の田んぼを訪れていた永田。そこで不思議な少女に出会った。両親を警官に殺されたという少女。両親のことを捜し、そして成り行きで世話することになった永田だったが、しばらく一緒に暮らすうち、彼女に不思議な能力があることを知る。

鯨統一郎って普通の本も書くんだ、という印象。驚きはその部分でした。全体的には可もなく不可もなく。雰囲気としては初期の頃の永井するみのようでしたが、展開が早すぎるのがちょっと難点で、そういう意味では行き帰りの電車でちょっと読むような本と言えると思います。ハードカバーにせずに、文庫とかだったらもう少しおすすめできたかな。

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黒い悪魔

著者佐藤賢一
出版(判型)文藝春秋
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-16-322050-X(\2000)【amazon】【bk1
評価★★★★

カリブ海のコーヒー農園で、奴隷と農園主の混血児として生まれたトマ・アレクサンドル。数奇な運命を経て、フランスの将軍へと駆け上がる。

さすが、佐藤賢一だけあって、エピソードの書き方は面白いのです。文豪デュマの父親がこういう人だというのは意外でしたし、底辺とも言える奴隷から、ナポレオンの直下の将軍となるまでの破天荒な人生は、小説にするにぴったりの題材です。ただ、ちょっと長かったかなあ。まあ人生山有り谷ありで、年代記として書くとどうしても平坦になってしまう部分があるのは仕方ないと思いますが、少し飽きてしまった感じはありました。佐藤賢一を初めてに読む方にはおすすめかも。

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コッペリア

著者加納朋子
出版(判型)講談社
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-06-211920-X(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★☆

人形に恋する青年、人形にとりつかれた天才人形作家、そして人形そっくりの女優。それらが何かの偶然に接点を持ったとき、事件は起きた。

懲りすぎという嫌いもなくはないですが、全体としては雰囲気含めてよかったです。この著者の作品は、私の中で当たりはずれが激しいのです。どっちつかずの平坦なものよりも、こういう奇妙な(ある意味悪意的な)雰囲気のほうが好きですね。人形って、確かに妙な力を持ってると思います。なんとなく(かわいい、とかその時の気分はあまり思い出せない)買ってしまって、そのまま捨てることができない。我が家には人の形をした人形はないのですが(なんか矛盾してる)、それでもそう思うくらいですから、まして人の形をしている人形だとなおさらでしょう。私はあまりにも人間らしい人形は好きではありません。そうそう、捨てられないから人形を供養するお寺とかあるらしいですよね。積み上げられた人形の写真を見たことがあるのですが、あれはホラーですね。本当に。なぜ人は結局は捨てようと思う人形を買ってしまうのでしょう。この本に出てきたみたいに、人形に魅入られてしまうからなのでしょうか。やはり人形には、不思議な力があると思います。

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ふたつの太陽と満月と

著者川上健一
出版(判型)集英社
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-08-747609-X(\600)【amazon】【bk1
評価★★★★

ニューヨークのサウスブロンクス。柳生謙二はそこで雑誌に記事を書きながら、ゴルフ三昧の日々を送っている。ゴルフをするのはニューヨークでも最も治安の悪いバンコー。そのゴルフ場で見られるのはゴルフだけではない。バーベキューをしているやつがいたり、麻薬の取引が行われていたり、それを警官が追いかけ回したりすることもある。そして今日もまたゴルフと共に何かが起こる。

最初のほうはちょっとだらけた雰囲気だったのですが、このゴルフ場を舞台にした連作短編集は、父と息子を描いた「メリー・クリスマス」と男と女を描いた「長い脚の女」を書くために、ハチャメチャなゴルフ場を舞台にした前半があったと思ったのでした。ラストの2編はすばらしい出来。こういうの弱いです。それもこれも、前半の土台があったからだなと思ったのは読み終わった後でした。連作短編集はこうでなくちゃ。おすすめ。

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蛇行する川のほとり 3

著者恩田陸
出版(判型)中央公論社
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-12-003426-7(\476)【amazon】【bk1
評価★★★☆

→『蛇行する川のほとり2』から続く。

いよいよ完結編。「古い記憶」の真相がすべて解き明かされる。

1でも2でも見事気を持たせるラストを用意されて、思いっきり著者の術中にはまってしまった人は多いはず。恩田陸は「えーここで終わり?!次が出るまで待てないよー」という分冊小説を書かせたら右に出るものはいないですね。まずはそのことに拍手。

残念ながら今までは読んでなくてその楽しみが味わえない人にも、今回はおーなかなか、と納得できるラストを用意してくれています。私から見ると、2のラストで味わった渇望感を癒してもらえたかというと微妙なところですが、一遍に読めばそれもありかな、というレベルでした。またこの3冊を1冊にしたハードカバーバージョンが出るんでしょうね。

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クライマーズ・ハイ

著者横山秀夫
出版(判型)文藝春秋
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-16-322090-9(\1571)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

同僚・安西と衝立岩挑戦を約束していた、その日、それはやってきた。北関東新聞の記者・悠木和雄が社を出ようとしたときに飛び込んできた、世界最大の航空機墜落事故。飛行ルートのない群馬県に降ってわいた大事故だった。全権を任され、出るに出られなくなった悠木だったが、一人で出発したはずの安西もまた、倒れたことを知る。一生出会わないであろう大事故、社内の確執、そして安西と家族。様々な思惑が交錯しながら、人生の大転機となる1985年の夏が始まろうとしていた。

「興奮状態が極限まで達し、恐怖心を感じなくなる」というクライマーズ・ハイ。山登りではありませんが、すんごい面白い本を読んでいるとき、そんな気分を味わうことがあります。名付けてリーディング・ハイ(笑)。すっかり物語の中に入り込んでしまって、外界の感覚をシャットアウト。自分が今どこにいるかとか、何をしているかとか、全く頭から失せて、犯罪組織相手に拳銃を撃ちまくったり、一人一人仲間が殺される恐怖を味わったり、はたまた大恋愛をしている気分になったり。その時はもう「自分は活字を眼で追っている」という感覚もなくて、ふーっと気づくと大幅に乗り過ごしてたり、ボロボロに涙を流していたり。そういう感覚が極限に達すると、眠気も空腹感も無くなって、一日本ばかり読んでいたなんて経験をした方は読書好きには多いと思うのです。

そんな気分を味わいたい方にはうってつけ。また、その気分がわかる方には、ここで描かれる「クライマーズ・ハイ」を存分に理解できるのでは。「世界最大」の大事故を目の前にした記者たちの興奮。北関東新聞という地元紙だからこそのジレンマ。そして主人公悠木をとりまく環境。そんな悠木と共に一喜一憂。久々に物語の中に入り込んでしまえる小説に出会いました。おすすめです。

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愛国少年漂流記

著者宮脇修
出版(判型)新潮社
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-10-461801-2(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★

太平洋戦争末期。仏印の「南洋学院」にたまたま合格してしまったぼくは、同期生となる学友たちと共に、戦況をよく知らないまま南アジアへと向かった。何度も足止めをくらいながら、ようやっとサイゴンへと着いたが・・・。

思っていたよりも淡々とした語り口で、確かにすごーい体験なのにそれほど大変そうと思えないのが良くもあり、悪くもあり。評価としては微妙なところです。うちの祖父も比較的若い頃に南アジアのほうへ向かっているので、当時の話は良く聞くのですが、戦争中にあっても、ひたすら悲惨な状況ばかりではなく、普通に生活もしているんですよね。戦争を全く知らない人間ですから、そういうのが最初不思議な感じがしたものです。恐らく自伝的小説なので、波があるような無いような語り口になってしまったのだと思いますが、当時を知っている人たちには別の感慨があるようで、帯の梅原猛と井上ひさしの推薦文には、読み終わった後に見ると少々違和感を覚えました。

ただ、サイゴンの描写はすばらしいですね。当時のサイゴンに行ってみたいと思ったのは私だけではないはず。サイゴンというのはとても美しい街だったというのは話に聞きますが、今のホーチミン市はどうなのでしょう。ベトナムというとベトナム戦争の悲惨な印象しかない私にとって、あまり旅行先として選択肢に入っていなかったのですが、一度行ってみたくなりました。

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殺人の門

著者東野圭吾
出版(判型)角川書店
出版年月2003.9
ISBN(価格)4-04-873487-3(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★☆

裕福な家に生まれた田島和幸。しかし祖母の死を端緒として、徐々に歯車が狂い始める。祖母の死で「殺人」に取り憑かれた和幸は、いつも「あいつ」を殺したいと願って過ごした。そして、その日がとうとう訪れた。

東野圭吾の本はどれもそうですが、吸引力は並大抵のものではありません。この本を読んでいて、夕食の支度をするのを忘れそうになるし、電車は乗り過ごしそうになるしで、そういう意味では「面白い!」の一言に尽きる小説だったと思います。が、この本、あまりにも暗い。しかも主人公にも肩入れできないし、かといって主人公が憎む人々は人間とは思えないような悪意に満ちた人々。「本当の悪人はいない」というスタンスの小説が多い中、「他人を思いやることのできない人間」ばかり(主人公を含めて)を登場させたのは、著者の実験みたいなものだったのでしょうか。確かに「アナタの中の殺人衝動を見つめるための小説」という意味では大成功ですが、そんなものを見たい人がどれほどいるかというと微妙なところでは。読後に残るのは、イヤーな気持ちばかりというのが、点を辛くした一番の原因です。そう言えば前作『手紙』も、世間の悪意に翻弄される主人公の話でしたが、著者に何かあったのかなあ、と勘ぐってしまいたくなる今日この頃です。

主人公が結婚する女性とのエピソード、知り合いの状況とあまりに似ていて、なんだか他人事ではない雰囲気です。細かいエピソードまで同じものがあって、この手の女にひっかかる哀れな男って多いのかな、と思った次第。こういう人って本当にいるわけ?と思う方、本当にいますよ。びっくりですよ。とにかく、心が健康なときに読んだ方が良いと思います。ダメージは相当です。「殺人衝動」が気になる方、一気読みしたい本を探している方にはおすすめ。

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もう一人のチャーリィ・ゴードン

著者梶尾真治
出版(判型)ハヤカワ文庫
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-15-030734-2(\580)【amazon】【bk1
評価★★★★

「死んだ気になって、人生をやりなおすつもりのあなたを、求めます」という広告に惹かれ、ある人体実験に参加する表題作ほか、ノスタルジーを切り口にした傑作短編集。

彼の場合、「ロマンチック」よりも「ノスタルジー」が良いんですね。ロマンチック編、ノスタルジー編と続けて読んで、そう思いました。こちらのほうがおすすめ。「家族」や「友達」、「過去」を振り返るまさに「傑作短編集」です。梶尾真治の感動作が好きな方におすすめ。

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ア・ハッピー・ラッキー・マン

著者福田栄一
出版(判型)光文社
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-334-92403-4(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

「留年したら送金をすべて止める」という父と約束し上京した柳瀬幸也は、今正に危機に直面していた。超楽と言われて取った授業の教授が倒れ、非常に厳しい先生が担当になってしまったのだ。挽回のためのレポート提出期限は1週間。ところが、自分が寮長をしている県人寮・東雲寮の管理人が事故で入院。すべての面倒事が幸也にふりかかってきた。一体どうする?

大学生って面白い存在だと思うのです。実際学生の身分のまま起業して成功する人もいますから、社会の中でも自立してやっていける年齢でもあり、若いから体力もあり、かつ暇もある。半分以上は成人なので、未成年時にあった制限もすべて無くなり、社会の中では一人前に扱われる人々。だからそこで語られる武勇伝や失敗談は、子どもの語る冒険なんかとは全然次元の違うものだったりするのです。大学に入ったばかりの頃、そういう先輩の馬鹿話を聞くのが私は結構好きでした。というわけで、この小説。非常に面白いのです。モラトリアムと批判されながらも、こんな学生なら社会で生きていく知恵をつけられるんじゃないかと思うのですが、どうでしょう。最近就職難で入学早々就職のための勉強みたいなせせこましいことを言われるようになってきてしまって、徐々にそういうバカをやる学生も少なくなってきたというか、スケールが小さくなってきてしまったという気がします。まあ、難しいことは抜きにして、次々に難題がふりかかる柳瀬君の孤軍奮闘小説、すかっとしたいときにおすすめです。

ラストが気になるのですが、これって続編が出るのかなあ。期待してます。

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