2003年03月

1984年(ジョージ・オーウェル) リアルワールド(桐野夏生)
あなた(乃南アサ) 君の夢はもう見ない(五條瑛)
ブレイブ・ストーリー(宮部みゆき) リドル・ロマンス-迷宮浪漫-(西澤保彦)
橋をわたる(伊島りすと) アリス(中井拓志)
手紙(東野圭吾) ミステリアス学園(鯨統一郎)
野球の国(奥田英朗) なかよし小鳩組(荻原浩)
FINE DAYS(本多孝好)
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1984年

著者ジョージ・オーウェル
出版(判型)早川文庫
出版年月1972.2
ISBN(価格)4-15-040008-3(\760)【amazon】【bk1
評価★★★★

1984年。世界は3つの国に分かれていた。その一国であるオセアニア国の真理省に勤めるウィンストン・スミスは、毎日過去の記録を改ざんする作業をしている。生活の隅々まで監視され、思想統制される国にあって、スミスの心は徐々に分裂を始め、国に対して淡い疑問を持ち始める。しかしそれを表層化したとたん、その人間は消えてしまうことも彼はよくわかっていた。そんなとき、彼は同士と思える人々に出会った。

歴史は繰り返すと言いますが、何故為政者はすべての人間の「考え」まで縛ろうとするのでしょうか。もしかすると人間の一番の力というのはその十人十色である思想のなかにあるからなのか。日本でも太古の昔から思想統制という考え方はありましたし、実際にその犠牲者はたくさんいます。ヒトラーの例をあげるまでもなく、世界中でも同じような歴史は無数に存在します。しかし、それが今まで完璧に成功したことがあるんでしょうか。なのにある程度の力を手にいれると、すぐに言いたいことを言えなくする、諫言に耳を傾けなくなる、というのは人間の弱いところなのかどうなのか。

この小説が書かれたのは1949年。おそらく世界はヒトラーとユダヤ人弾圧の記憶がまだ生々しかった頃のことでしょう。オーウェルは一体何を思って"1984"という題名をこの小説につけたのでしょうか。ちょうど40年後ですが、やはり人間は歴史の悲劇を忘れ、同じ過ちを犯すことを示唆したのか。それとも・・・。現実の世界は既にそこから20年が経過しようとしていますが、この小説は全く古さを感じさせません。どこぞの国でも起こっているような話。オーウェルについては、さまざまな研究がされているそうなので、いまさら私が何か書くこともないでしょうけれども、そういう知識のない私には、この著者の気持ちが非常に興味深いのでした。

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リアルワールド

著者桐野夏生
出版(判型)集英社
出版年月2003.2
ISBN(価格)4-08-774619-4(\1400)【amazon】【bk1
評価★★★☆

高校3年の夏休み。隣の「ミミズ」が母親を殺し、あたしの自転車と携帯を盗んで逃げた。突然起こった事件に、現実感の無いあたしとその仲間たち。そして事件は思わぬ方向に転げ始める。

何もかも現実な気がしない。まるでゲームの中で起きているような感覚。よくマスコミが言うセリフですけれども、そういう感覚を皮肉って「リアルワールド」っていう題名をつけたんじゃないかと思ったこの小説。こういう小説って最近増えた気がするんですけど、私の勝手な印象でしょうか。私には理解できないような感覚を持つ若い女性が出てきて、ものすごく表面的な生活を描いた純文学って、何度か読んだような気がします。それを桐野夏生が書いたというから結構意外だったような。私の中で彼女の小説は、現実という重みに足をとられてもがいているような重苦しさがあったような気がするんですけれども、この小説の現実は、あくまでカタカナの「リアル」な気がするんですよね。なんだか現実なのにそこに重みが伴わないというか。あっけなく人が死に、あっけなく終わる。そんな小説。といってもラストは徐々に「リアル」が「現実」になる。そこに☆を1つつけました。

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あなた

著者乃南アサ
出版(判型)新潮社
出版年月2003.2
ISBN(価格)4-10-371004-7(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★

あなたは、今受験勉強の最中。でもちょっと集中できていない・・・。いつも見つめ続ける「存在」。それに全く気づかない男。その「存在」の思いが臨界点を超えたとき、何かが起ころうとしていた。

この小説、非常に不思議な小説なんです。読んでいるときはものすごく惹きこまれて、気づくと小説の中の世界にいるのです。実際私はこの本を読んでいて、なんと出勤中に5駅も乗り過ごしました。というか、あっと思って顔をあげたとき、自分がどこにいて何をしようとしているのかということさえ忘れてました。なのに、設定的にはあまりに陳腐。読み終わった後、ふと我に返って「なんじゃこりゃ」と思いましたよ。ミステリとしてもホラーとしても中途半端で、最後はギャグですよギャグ。どう評価したらいいんだろう。たぶんこの著者のストーリーテリングの才能は、天才的だということでしょう。また、元々が「ケータイ文庫」という携帯に配信する小説だったということで、座ってじっくり読むようなものではないのでしょう。次の配信を楽しみにするという意味では、かなり成功の部類に入るのではないかと思ったのでした。そういう「読んでて面白い」という部分にだけ与えた★3つです。乃南アサが小説家としてプロフェッショナルであることだけは確信した1冊でした。

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君の夢はもう見ない

著者五條瑛
出版(判型)集英社
出版年月2002.10
ISBN(価格)4-08-774614-3(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★★

かつて「会社」「の一組織だった中華文化思想研究所。その所長である仲上は、今はもう会社の仕事から離れ、研究所も単なる出版社になっている。しかし、「会社」に属していた頃のしがらみはなかなか消えず、いろいろな面倒ごとが彼のもとにもたらされる。

五條瑛ワールドは一体とこまで広がるのか、ここでもまた「会社」を中心とする様々なつながりから、葉山が出てきたり、大陸とのつながりが出てきたり。この辺りもメインシリーズに関わってくるのでしょうか。今回のメインキャラは中国のスパイの仲介をしていた男。その男は、過去を切ろうとして、でも過去に追いかけられて、結局お人好しな性格からその過去を自分で始末しようとする・・・という連作短編集。五條ワールドが好きな方にはおすすめ。

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ブレイブ・ストーリー

著者宮部みゆき
出版(判型)角川書店
出版年月2003.3
ISBN(価格)(上)4-04-873443-1(\1800)【amazon】【bk1
(下)4-04-873444-X(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

ワタルは下町の団地に住むどこにでもいる少年。ところがある日を境に彼の環境は一変した。父が愛人と共に家を出て行ってしまったのだ。運命を呪い、自分を責めるワタル。この状況を元に戻したい、運命を変えたい、そう強く願ったとき、彼の元に現れたのは幻界への扉だった。

「ファイナルファンタジー」が宮部の手によって見事変身したような作品。この著者本当にゲーマーなんだなあと強く思いました。意見が分かれそうなのは、そのゲーム的部分を受け入れられるかどうかだと思いますが、私としては少年の成長物語としても良くできてるし、ファンタジーとしても冒険物語としても面白いと思ったし、やっぱり宮部万歳の気分。ひとつ文句を言うなら、長いよぉ。確かにラストを読むと、どの要素も考えられて作ってあることはわかるし、元が新聞連載だから仕方ない部分もあるんでしょうけれども、各600ページ超の上下巻は少々だれる。多分この本のキモは、ファンタジー世界での冒険部分だと思うのに、そこに入るまで350ページですからねえ。この導入部分をもう少し削れなかったのかしらん。

ファンタジー、冒険ものが嫌いではない方には強くおすすめ。

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リドル・ロマンス-迷宮浪漫-

著者西澤保彦
出版(判型)集英社
出版年月2003.3
ISBN(価格)4-08-774633-X(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★☆

目の前には"ハーレクイン"と名乗る男。彼は願い事を何でも叶えてくれるらしい。あのとき別の選択をしていれば、そう思う人々が、彼のもとを次々と訪れる。あったかもしれない過去。依頼人たちはそれを見て何を思うのか

「リドルストーリー」とは、ラストをあえて開示せずに読者に考えさせるお話ですが、"riddle"という言葉には、不可解な人という意味もあるそうです。この本の最大の謎は、このハーレクイン。彼は実在なのか、そして彼の「術」とは本物なのか。その部分は読者の心の判断。そしてあり得たかもしれない過去を見て、依頼人たちが何を考え、どう行動するかは、依頼人たちの判断。私も今まで生きてきた27年間、わずかそんな時間の中でもいろいろな判断をしているわけですが、ほとんど過去を振り返らない人間だからなのか、それとも判断することに対して、あまり悩まない体質だからなのか、判断した「こと」を後から考えて悔やむっていうことってないですね。そうそう、昔言われたことがあるんですけど、「あんたの場合、壁にぶつかったら、それを乗り越えようとするっていうより、ぶつかって壊すことを考えるタイプ。いや、というより、壁に当たったことにさえ気づいてないかも」。だからこの小説に対しては、あまり感情移入というか、心に響くという印象はなかったのですが、判断をいろいろシミュレーションしたり、過去をじっくり反省する人には違う印象になるのかもしれません。そういう方におすすめなのか、どうなのか。

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橋をわたる

著者伊島りすと
出版(判型)角川ホラー文庫
出版年月2003.3
ISBN(価格)4-04-370001-6(\476)【amazon】【bk1
評価★★★☆

ぼくは大学が夏休みの期間、塾で講師のアルバイトをしていた。担当するのは小学校5年生の算数。どちらかというと落ちこぼれ気味の彼らに、試行錯誤の彼だったが、あるとき突然事件が起きた。目の前の女の子が、自分の顔にシャーペンを突き立てはじめたのだ・・・

子供に基本的なことを教えるのって難しいですよね。前に幼い従妹に時計の読み方を教えようとして、非常に苦労した覚えがあります。自分がどうやって覚えたのか思い出せないし、今となっては何が難しいのかも理解できない。子供は何で?ということは、徹底的に追求しようとするので、「そう言うものだ」という諦めができない。ただ、理解させるにも一人一人で理解の仕方が異なるので、教えるほうも大変でしょう。その部分は面白かったのですが、ホラー部分はどうなんだろう。ちょっと気味悪かったのですが、それだけかなあ。スプラッタ系が好きな方には良いかも。

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アリス

著者中井拓志
出版(判型)角川ホラー文庫
出版年月2003.3
ISBN(価格)4-04-346403-7(\629)【amazon】【bk1
評価★★★★

1995年9月。東晃大学医学部の研究棟「瞭命館」で60人を超す人間が同時に意識障害を起こし、4人が死亡、2人を除く全員がそのまま意識を戻さない状態に陥るという奇怪な事件が起きた。それから7年。千葉のある施設では、その時の「震源」が密閉された空間で保護されていた。そして再び、その「震源」が稼働を始めた。

このホラー、その恐怖の根元が理解できないんです。だから怖くない。ホラーとしてはどうなんだろうと思うのですが、その「理解できないということ」を文章上に表したという点に★4つ。内容としては悪くないと思います。高次元の話というと、私は大学の頃に学んだ経済学を思い出します。最初の頃はよかったのですが、経済の要素は低次元では言い表せない。それを計算式に表すために、超高次元の計算式を持ち出すのですが、それがどうしても「理解」できず、私は理解できないことにショックを受けたのでした。そう言えば、私は3次元の空間理解も苦手でした。だから、この小説に出てくる槌神氏が「純粋に学術的興味から」行動しようとするのも、ものすごく頷けました。要は「百聞は一見にしかず」で、高次元の世界を見たくて仕方がなかったのでしょう。私のツボにはそこそこハマった1作。

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手紙

著者東野圭吾
出版(判型)毎日新聞社
出版年月2003.3
ISBN(価格)4-620-10667-4(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

兄貴が強盗殺人で逮捕された。弟である自分の進学費用の工面に困った挙句の犯行だった。しかし彼が逮捕され、刑務所に収監されたことで自分の環境も一変する。「強盗殺人犯の弟」というレッテルを貼られて生きていくのは、まだ高校生の彼には厳しいものだった。

この話、結局回答は出ていないのです。殺人犯の血族はみんな殺人犯になるなどということをみんなが思っているわけじゃないけど、やっぱりそんな人たちと関わりあいになるのはイヤ。人間の正直な気持ちだと思います。そんなことに関心が無いというのは、自分に守るものや無くすものが無い人だと思うのです。総論賛成各論反対っていうのはどこでもあるもので、資源が皆無に近い日本で、こうしてばかばか電気を使っている以上、原発が必要なのはわかってはいるけど、自分の街に作られるのはイヤ。戦争や軍隊には反対だけど、ミサイルが飛んできたときには、やっぱり米軍や自衛隊に守って貰わないと・・・なんていう矛盾をあらゆるところに内包しているのが社会であって、そこには白黒はっきり付けられる答えとか、理論的な何かとかがあるわけじゃないってことなんだとこの本は言いたかったんじゃないかと思った次第です。面白いなあ。これ。いろんなことを考えて読むにしても、やはり行き着くところは小説として面白いということ。東野圭吾万歳。おすすめ。

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ミステリアス学園

著者鯨統一郎
出版(判型)カッパノベルス
出版年月2003.3
ISBN(価格)4-334-07509-6(\781)【amazon】【bk1
評価★★★★

E=MC2を小説にしたい湾田乱人。松本清張『砂の器』を読んだことで、ミステリという手法がその夢を実現するのに一番近いのではないかと考えて、ミステリアス学園入学と同時にミステリ研へと入部する。超初心者の湾田君だったが、強者揃いの諸先輩からの講義と、「実践」で、次第にミステリ者へと変貌を遂げる。

これは人によると思いますけど、私はツボだったな。私はよく父とミステリの変遷を語りましたが、そうそうその通りと思うところは多かったですね。父の影響もあって、ここに出てくるような代表作はほぼすべて読んでいたのもツボにはまった理由かもしれません。それでもいくつか面白そうな本を読んでないんです。例えば西村京太郎は結構読んだのですが、『殺しの双曲線』は読んでない。これは次に探して読む本に決定。私としては『発信人は死者』が面白かったです<西村京太郎。これからミステリを読もうとする人が、本を探すのにもいいかもしれません。

最近、また再び本格から社会派的な作品に移ってますよね。そのターニングポイントになる作家は東野圭吾、桐野夏生、宮部みゆき、そして高野和明、横山秀夫辺りかな。高村薫とかを挙げる人も多いでしょうか。確かにそういう社会に即した作品って、時代を象徴していて面白いと思うんですよね。もしかしたら、景気の善し悪しも影響しているのかも。実際綾辻行人に始まる新本格って、バブル真っ最中でしたよね。景気がよくなれば、またパズラー的な作品が増えるかな。

いずれにせよ、ミステリを中心とするエンターテイメントって面白いです。私は結構社会はなのから、本格まで何でも読むほうですが、その信条としてはいつも言うように「面白ければなんでもいい」なのです。面白いの範囲は人によって全然違うでしょうけれども、面白さのツボが似通っている方にこれからも情報を提供できるといいですね。

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野球の国

著者奥田英朗
出版(判型)光文社
出版年月2003.3
ISBN(価格)4-334-97386-8(\1400)【amazon】【bk1
評価★★☆

最初に断っておきますが、この低い評価は、私がこの本を小説だと思って買ったというそれだけの話です。すみません。ただ、エッセイとして面白いかというとちょっとなあというレベルではあります。「小説宝石」でコラムとして連載されてたものなのでしょうけれども、1冊の本にするのはどうなんだろ。野球にあまり興味が無い私には少々つらかったというのが正直なところです。ただ、この作者の小説に対する姿勢や、いろいろな苦悩や、神経質なところとが垣間見られるところは面白いと思います。小説家ってなんでこんなに細かいところに気づくんだろうと思うんですよね。そんなこと「気にしなければ気になんないのに」(というのは、私の高校時代の担任が言ってた座右の銘なのですが)って思うことがいくつも出てきて、典型的なB型ずぼら人間の私には不思議で仕方ありません。奥田英朗の文章や考え方が好きな人にはいいのかも。いや、私も彼の小説は好きですけど。

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なかよし小鳩組

著者荻原浩
出版(判型)集英社文庫
出版年月2003.3
ISBN(価格)4-08-747557-3(\667)【amazon】【bk1
評価★★★☆

倒産寸前のユニバーサル広告社。そこへちょうど飛び込んできたCI(企業イメージ統合戦略)の依頼。半信半疑のまま引き受けたが、依頼主はなんと指定暴力団小鳩組だった・・・。

オロロ村のイメージアップに続き、今度はヤクザのCIを依頼されたユニバーサル広告社。ヤクザをいくらひねくってもイメージアップにつながるわけもなく、悪戦苦闘するわけですが・・・。今回は、主人公・杉山の別れた妻と娘も絡んできて、公私ともに大わらわのドタバタが見られます。が、いまいちインパクトに欠けるというか、ラストもちょっと不満。ので、0.5マイナスして、★は3つ半にしてみました。もちろんほどよい笑いと、ちょっとセンチメンタルなところはこの著者ならでは、と思うんですけどね。期待した分、評価も辛くなってしまったという印象です。もう少し「ヤクザと広告」の部分を笑える形にしたほうがよかったのでは。というのは私見ですが。

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FINE DAYS

著者本多孝好
出版(判型)祥伝社
出版年月2003.3
ISBN(価格)4-396-63222-3(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★☆

帯にはラヴ・ストーリーとは書いてありますが、いわゆる恋愛小説とは微妙に路線の違う、人間のもつ不思議な力をテーマにしたロマンチック・ストーリー4編。私は唯一書き下ろしの『シェード』がお気に入り。骨董屋で目を付けていて、クリスマスに買おうとしたシェードと、それにまつわるお話です。これには★4つだなあ。ラストがとってもよかったので、全体の印象としては良いですね。他のは、淡々と流れる中にある微かな悪意みたいなものが少々気になって全体評価は★3つ半です。多分この悪意があったほうが良い短編集もあるのでしょうけれども、私はこの著者に最後の作品みたいなものを求めていたんじゃないかと思います。本多孝好ファンにはおすすめ。

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