2003年07月

グロテスク(桐野夏生) タイムスリップ明治維新(鯨統一郎)
オクシタニア(佐藤賢一) 闇に問いかける男(トマス・H・クック)
迷宮百年の睡魔(森博嗣) 国銅(帚木蓬生)
支那そば館の謎(北森鴻) 天使の爪(大沢在昌)
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グロテスク

著者桐野夏生
出版(判型)文藝春秋
出版年月2003.6
ISBN(価格)4-16-321950-1(\1905)【amazon】【bk1
評価★★★☆

異常なまでの美貌をもつ妹。その呪縛から離れられない姉と、その同級生・和恵。ある時、その妹が殺された。娼婦をしていた彼女は、いつ殺されてもおかしくない、と思われていた。が、優等生で一流企業に勤めていたはずの和恵まで、殺されてしまった。しかも彼女も娼婦のようなことをしていたという。

すごいですよ、桐野夏生。本当にすごい。ここまで見事に女という性の嫌な部分を描ききるのは、女性作家ならでは、と思いましたが、それ以上ですね。いやーでもホント、女性ってこんな感じだと思いますよ。見栄の生き物というか、まあそんなのは男性もそうだと思いますけど。でもその見栄があるからこそ、高い化粧品もブランドモノも売れるんですよね。それをグロテスクなまでに強調したら、こんな感じになるんじゃないかと思いました。

ただ、ストーリーとしては最初のほうはよかったんですけど、途中からちょっと失速。ラストが中途半端な感じ。悪くはないのですが、精神衛生にはあまりよくないかもしれません。暗い桐野夏生が好きな方にはおすすめ。

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タイムスリップ明治維新

著者鯨統一郎
出版(判型)講談社ノベルス
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-06-182326-4(\780)【amazon】【bk1
評価★★★

タイムスリップした森鴎外に出会った麓麗。しばらくして、今度は彼女自身が幕末の江戸にタイムスリップしてしまった。しかもそこで出会ったタイムパトロールによると、飛ばされた幕末は、本流ではない支流であるという。オリジナルとの差異が大きくなってしまうと、オリジナルの時代、つまりは元の世界に戻れなくなってしまうのだ。なるべく変化をもたせないまま、明治維新を成し遂げさせようとする麗たちだったが・・・。

やっぱりこの作者はこういうトンデモ歴史物が一番面白いですね。面白かったです。が、点数が辛いのは、いまいち驚きがなかった点。もう少し短くして、中心となるエピソードを変えていく連作ものにするか、あるいはもっと長い形にすればよかったんでは、と思ったのでした。でも主人公うららの肝の据わり方はかっこよかったですし、幕末の志士たちも魅力的だし、前作が面白かった人は必読。オチも笑えました。

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オクシタニア

著者佐藤賢一
出版(判型)集英社
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-08-775307-7(\2400)【amazon】【bk1
評価★★★★

13世紀南フランス。肥沃な大地に栄えたのは、異端とされるカタリ派だった。何度も十字軍の攻略に遭うトロサの街の豪商の家に生まれたエドモンとジラルダは、そんな複雑な歴史に流されて、数奇な運命をたどる。

ラストには非常に満足したのですが、そこまでが長かった。。。13世紀の南フランスにタイムスリップするには、このくらいの長さは必要だったかもしれませんが、もう少し物語に波があってもよかった。視点もエドモンとジラルダだけにすると、ラストの感動ももっと活きてきたような気がします。本当ならばもっと面白かった!というところを★4つにしたのはその辺りです。というわけで、佐藤賢一と中世フランスが大好きな方にはおすすめ。

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闇に問いかける男

著者トマス・H・クック
出版(判型)文春文庫
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-16-766140-3(\619)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

8歳の少女が公園で殺された。容疑者として拘留されたのは、公園の下水管を根城にする男。容疑者を落とす名人であるニューヨーク市警の名コンビ、コーエンとピアースが彼を担当するが、容疑者は否認を続ける。決定的な証拠が無いまま、釈放までの時間はあと11時間になっていた。男は犯人なのか、そして釈放までに結論は出るのか?

あまり翻訳ものを読まない私でも、何人かの著者は完全に別で、このクックもその一人。いつも意外な作品を出してきて、読者を楽しませてくれます。今回は、なんとカウントダウンミステリー。タイムリミットまでに何らかの結論を出さないと、また事件が起きるかもしれない・・・そんな緊張感と、謎の男の過去、そして公園の秘密が交錯して、一体どういうラストになるのか、ハラハラしながら読める作品でした。おすすめ。

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迷宮百年の睡魔

著者森博嗣
出版(判型)新潮社
出版年月2003.6
ISBN(価格)4-10-461001-1(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★☆

一夜で森が消え、海になってしまった島イル・サン・ジャック。そこにいる人々は、外部からの干渉を嫌い、宮殿モン・ロゼにはマスコミが入ったことさえない。ところが突然の取材許可で、ロイディと共にイル・サン・ジャックに行くことになったが・・・。

森博嗣の小説は会話が面白いと思うのです。うまいというのではなく、奇妙というか新鮮というか。互いにかみ合ってないというか。森博嗣以後の人気若手小説家は、この「かみ合わない会話」(登場人物の脳内会話も含む)を見事会得しているように思うのですが、いかがでしょうか。それを面白いと思うか、いただけないと思うかが、この辺りの小説を受け入れられるかどうかの別れ目になるのではないかと、本文とは関係ないところで考えてしまいました。ミステリとしては、可もなく不可もなく。久々に読んだらそこそこ面白かったと思います。

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国銅

著者帚木蓬生
出版(判型)新潮社
出版年月2003.6
ISBN(価格)(上)4-10-331411-7(\1500)【amazon】【bk1
(下)4-10-331412-5(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★

長門の奈良登りで人足として働く国人。命がけで銅を掘り出して、へとへとになりながら働く彼らのもとに、盧舎那仏造立の詔が届けられる。銅で大仏を作るため、大量の銅が必要になるというのだ。国人と大仏の不思議な巡り合わせを描いた半生記。

奈良の大仏を初めてみたのは中学の修学旅行でした。大仏って行ったって1200年以上も前のもの。デカいと言っても限度があるだろう、と思っていた私の前に現れた大仏は、本当にデカかった。びっくりしました。こんなの一体どうやって作ったんだよ、奈良時代の人間はすごい、と思ったものです。そんな経験をしている方は、きっと楽しめる。そんな作品です。確か大仏の作り方というのは、小学校の副教本に載っていたと思うのですが、きっとそうやって作ったということがわかるまでにも、侃々諤々あったんでしょうね。

物語としては、ちょっとぬるい感じもするのです。厳しい環境に身を置きながらも、彼らを支えるのは仲間との連帯感。人足など道具と同じというような理不尽な上司に遭うわけでもなく、その困難な状況を知恵とその連帯感で克服していく様は、少々ドラマチックさに欠けるような気もしますが、それ以上に仏像フェチの私としては楽しめたのでした。最初にも言いましたが、奈良の大仏を見て感動した人には超おすすめ。

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支那そば館の謎

著者北森鴻
出版(判型)光文社
出版年月2003.7
ISBN(価格)4-334-92398-4(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★

嵐山の奥にある、訪れる人もあまりない寺・大悲閣。そこに寺男として住み着く元窃盗犯の有馬次郎は、今日もみやこ新聞の折原けいに振り回されて、ある事件の謎に巻き込まれていた。

なんだかいいですね、大悲閣。行ってみたくなりました。ミステリーとしてはうーん、という感じでしたが、元窃盗犯の特技?を活かした謎解きとドタバタはなかなか面白かったですし、大悲閣住職をはじめとする登場人物も良い味だしてました。この本でちょっとだけメジャーになるか?<大悲閣。実在のお寺だそうです。

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天使の爪

著者大沢在昌
出版(判型)小学館
出版年月2003.8
ISBN(価格)(上)4-09-379562-2(\1700)【amazon】【bk1
(下)4-09-379563-0(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★☆

事故により、神崎はつみの肉体に移植された「河野明日香」。「クライン」との死闘を終えた後、彼女は神崎アスカとして麻薬Gメンになっていた。様々な思惑から内勤に甘んじていた彼女の前に、突然起こった事件。彼女は再び死闘へと呼び戻される。

前作『天使の牙』は映画になるそうで。ド派手な雰囲気と、設定の面白さは確かに映画向き。今回はさらにそれを何倍にもして、ハリウッド級になったアスカシリーズ第2弾。ロシアにアメリカにと大国スパイを巻き込んだ大騒動と、日本国内とは思えないような銃撃戦。ストーリー的には大沢在昌らしいし、元々の設定を見事に活かした続編になっていて、小説としては面白かったと思うのです。が、雑誌連載の小説をこうして一気に読むといつも思うのですが、もう少し余計な部分を絞った方がいいと思うんですよね。ストーリーの流れはそのままでも、一から書き直すくらいのことをして欲しいと思うのは私だけかなあ。そういうひっかかりさえなければ、もう少し波に乗れて「とにかく面白かった!」と思えただろうに。微妙な感じの★3つ半。

でもこの作品で問うているテーマは小説とは全然違うところで面白いと思うのです。人の心は、単なる脳の電気信号なのか、それとももっと違うところに宿るものなのか。そして、人が人を愛するときは、その精神のみを愛せるのか、それともやはり外見なのか。幾度も繰り返されるこの問いは、ものすごく深いものを持っていると思います。人の肉体と精神(が宿ると考えられる脳)とを別々のものとして考えたとき、もしかしたら試験管ベビーなんかメじゃないような恐ろしい世界がやってくるかもしれません。

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