1998年07月

受精(帚木蓬生) ホワイト・ジャズ(ジェイムズ・エルロイ)
数奇にして模型(森博嗣) マーチ博士の四人の息子(ブリジット・オベール)
天使の囀り(貴志祐介) 賞の柩(帚木蓬生)
探偵の帰郷(スティーヴン・グリーンリーフ) キドリントンから消えた娘(コリン・デクスター)
黒い家(貴志祐介) パラダイス・ビーチ(鳴海章)
スズメバチの巣(パトリシア・コーンウェル) ぢん・ぢん・ぢん(花村萬月)
森の死神(ブリジット・オベール)
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受精

著者帚木蓬生
出版(判型)角川書店
出版年月1998.6
ISBN(価格)4-04-873110-6(\1900)【amazon】【bk1
評価★★★

交通事故で最愛の人を亡くした舞子。彼と行った蛾眉山の寺へ再び訪れたとき、一人の老僧に出会う。その僧の誘いにのって、たびたびその寺を訪ねていた舞子に、あるときその僧が、死んだ明生の子供を産みたくないか、ともちかける。
主人公たちの過去の話とか、あまりにかわいそうで泣いてしまいました。ただ、その後主人公達がこの怪しげな話にあまりに簡単に乗ってしまうところが納得いかないです。舞子さんはともかく、韓国人の寛順(カンスン)なんかはとっても聡明な感じに描かれているのに、その人がこんな話を信じてブラジルくんだりまで行くということに違和感を覚えます。
最後もだいたい予想はついていたのですが、ある1点だけ驚きました。面白かったのですが、
逃亡の後で、期待が大きかっただけに、ちょっと残念ですね。

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ホワイト・ジャズ

著者ジェイムズ・エルロイ
出版(判型)文藝春秋
出版年月1996.4
ISBN(価格)4-16-316150-3(\2524)【amazon】【bk1
評価★★★★

暗黒のLA4部作の完結編。ここまで読んできましたが、本当に、<暗黒の>がぴったりの4部作です。
犬の惨殺事件から始まるこの作品では、何人も人を殺している警部補が語り手となり、その狂ったような文章で顛末が綴られていきます。何がなんだか解らなくなるような文章なのですが、それでも最後まで読者を話さない迫力。狂気との境目を歩いているようなディヴィット・クライン=語り手の話に嵌まりました。
結構こういうクライム・ノベルって、正義感の強い主人公が多い感じがするのですが、この人の本は、所謂「いい人」は一人も出てきません。それがまた徹底していて良い。ここまで<暗黒>の世界だと、逆に「いい人」が、浮いてしまうような気がします。
ホワイト・ジャズでは、最後に4部作を締めくくる章があるのですが、この4部作に共通している諦観ムードの終わりで満足しました。でもラストは、「
ブラック・ダリア」が一番かな。

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数奇にして模型

著者森博嗣
出版(判型)講談社ノベルズ
出版年月1998.3
ISBN(価格)4-06-182031-1(\1100)【amazon】【bk1
評価★★★★

前作「今はもうない」では、完全に騙されてしまいましたが、今回はサプライズ・エンディングよりも、伏線で犯人あてをするような本格物。
M工大の実験室で発見された女性の絞殺死体。ほぼ同時刻に、模型展示交換会の控室で発見された女性の首なし死体。どちらも密室という状況で、しかも控え室のほうには、気絶した男性がいた、という事件に、たまたま模型展に居合わせた萌絵達が巻き込まれる。
今回は、萌絵ちゃんが、「異常と正常」の差異にこだわっています。登場人物それぞれの答えが結構面白いのですが、国枝助手の答えが、一番正論という気がします。犀川助教授の答えは、彼らしいですね。答えになってないってやつです。
今回大活躍するのは、喜多先生と、犀川、喜多の共通の友人で、萌絵ちゃんの従兄妹でもある、大御坊さん。喜多先生が一番まともではありますが、大御坊さんが私は結構お気に入り。大御坊に再会したときの、犀川の分析が一番笑えました。
この本長いです。といっても、結構さくさく読める作品。次作でとうとうこのシリーズも完結らしいですが、犀川と萌絵の行く末も含めてどんな終わりになるのでしょう。楽しみですね。

■入手情報: 講談社文庫(2001.7)

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マーチ博士の四人の息子

著者ブリジット・オベール
出版(判型)ハヤカワ文庫
出版年月1997.2
ISBN(価格)4-15-170801-4(\583)【amazon】【bk1
評価★★★★★

この作家、美容院でたまたま見た雑誌「FIGARO」で特集されていて、気になってもいたので読んだのですが、すごい面白かったです。
マーチ家で住み込みのお手伝いをしているジニーは、あるとき殺人者の日記を読んでしまう。その内容から、マーチ博士の4つ子のうちの誰かが、殺人犯らしいことを知ってしまうが、一体どの子が犯人なのか。
殺人者とジニーの日記という形で、キャッチボールのようなやりとりが始まるのですが、これが面白く、一気に読んでしまいました。訳も良いのでしょうが、著者のストーリーテリングの才能に敬服です。こういう文章の工夫で、謎を解き明かしていく本って、私はすきですね。
綾辻氏の本とか、そういう側面がありますが、これぞミステリーです。

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天使の囀り

著者貴志祐介
出版(判型)角川書店
出版年月1998.6
ISBN(価格)4-04-873122-X(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★★

どこかから、おいおいホラー嫌いじゃなかったの?という声が聞こえてきそうですね(笑)。悔しいですが、面白かったです。あえて負け惜しみを言わせていただくならば、これは私の考えるホラーの範疇に入らないのです。といっても、じゃああんたの考えるホラーって何?と言われると、とっても恣意的な基準に従っているので、反論できないのですが(T_T)。
アマゾンの探検隊にライターとして随行した高梨。ところが、道程半ばにして、突如原住民との折り合いが悪くなり、日本に帰国することに。どうも原住民のタブーとする場所へ行ってしまったのが原因らしい。日本に帰ってきた探検隊だが、何故か隊員が次々と不審な自殺を図る。その原因は、もしや、呪われたあの場所に・・・。
という話ですが、いや、やっぱりホラー作家さんだけあって最後のところの描写など、吐き気を催すほど怖かったですね。だた、単に怖がらせるだけの話ではなく、神話と医学的知識を結び付け、きちんとした理由付けがなされているところが、特に面白かったです。
この本を読んでいて、大学時代に行ったある資料館を思い出しました。この本を読んで、興味を持った方、一見の価値ありです。是非一度行ってみてください。
読んだ方のみ、

(ネタバレの可能性がありますので、念のため。)

■入手情報:角川ホラー文庫(2000.12)

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賞の柩

著者帚木蓬生
出版(判型)新潮文庫
出版年月1996.2
ISBN(価格)4-10-128805-4(\476)【amazon】【bk1
評価★★★★

帚木さんの本は大好きなのですが、網羅的に読もうと思ったことがないので、こうしてポロポロと読んでいくと、良い本に出会えた気がして、得な気分です。この本は、信兵衛さんのページでおすすめになっていたこともあり、手に取ってみました。
199X年度「ノーベル賞」の医学・生理学賞を受賞した、アーサー・ヒル。しかし、その受賞は同じ分野の世界的権威が次々に急逝したための受賞だった。その急逝した世界的権威のひとり、清原博士の弟子・津田は、博士が雑誌に載せたエッセイから、不審を抱き、学会のついでにヨーロッパで調査を始める。
最後はなんとなく想像がついてしまうのですが、それでも「ノーベル賞」を題材にしたところや、医学的知識をふんだんに取り込んだミステリーとなっているところなどは、さすが帚木氏といったところです。また、彼の本に出てくる人物が私は好きなのですが、今回も、津田だけでなく、津田のフランス時代の友人、ジョルディなど気がよくて、真面目な人間がたくさん出てきて、ほっとされられます。
最近、何かと事件の多い医学界ですが、こうした人間がたくさんいると、もっと違った見方がされると思うんですけどね。

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探偵の帰郷

著者スティーヴン・グリーンリーフ
出版(判型)ハヤカワ・ポケットミステリ
出版年月1985.8
ISBN(価格)4-15-001454-X(\1200)【amazon】【bk1
評価★★★

私立探偵タナーシリーズ第4弾。今回は、タナーが叔父の遺産相続の手続きのため、故郷に帰ることから物語がはじまります。ノスタルジイを誘う過去の話、30年ぶりの旧友との再会、兄弟たちの家庭の問題など、久方ぶりの故郷訪問はタナーにどんな事件をもたらすのでしょうか。
どことなく
ジェフ・アボットの本を思いださせる話で、個人的な意見としては、満足。なんだかんだ言って、一気読みをさせてしまうところは、この作者の力量なのでしょうか。

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キドリントンから消えた娘

著者コリン・デクスター
出版(判型)ハヤカワ文庫
出版年月1989.12
ISBN(価格)4-15-077552-4(\660)【amazon】【bk1
評価★★★★

モース警部シリーズ第2弾。
キドリントンから2年前に消えた娘から手紙が来たことで、捜査を命令されたモース。ところが端からモースは娘が死んでいると思っている。さっそく捜査を始めるモースだが、本当に娘は生きているのだろうか、あるいは死んでいるのだろうか。
前回よりモースの推理がパワーアップされた感じがします。モースの考えたどの結末でも衝撃的。最後まで目が離せません。モース警部という人物も、面白い人です。なんだが下品なのか、上品なのか、よくわからない人。警部という職務に縛られているようで、それを逸脱してしまうのを自分に厳しく言いつけているような、良い人物でもあります。
さて、娘は死んでいるのでしょうか、生きているのでしょうか。モース警部と共に、推理してみてください。

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黒い家

著者貴志祐介
出版(判型)角川書店
出版年月1997.6
ISBN(価格)4-04-873056-8(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★

またまたホラーを読んでしまいました。これではホラー嫌いは返上しないと(誰に?)だめですね(^_^)。こういう話は、結構好きだったりします。
保険会社で勤務の若槻は、客の苦情処理のためにある家を訪れた。ところがそこで見たのは、被保険者の少年の自殺死体。ところが、若槻を呼び出した少年の義父の態度がおかしい。保険金殺人を疑った若槻は、警察の捜査を待ちきれずに自分で行動をおこす。
天使の囀り」に続き、貴志さんの本を読んだのですが、怖さではこちらのほうが上ですね。個人的には「天使の囀り」のほうが好きですが。やっぱり一番怖いのは、未知の生物よりも人間です。同じ人間を人間としてみることのできない人がいるということ自体が、恐怖感を誘います。人間の怖さを思いっきり描いた作品です。

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パラダイス・ビーチ

著者鳴海章
出版(判型)双葉社
出版年月1998.6
ISBN(価格)4-575-23348-X(\1800)【amazon】【bk1
評価★★★★

私の嗜好をご存知の方は、何故この本を買ったかおわかりでしょう。そうです、カバーに惹かれて買いました。いつものごとく、出版社の思惑にひっかかってます(笑)。
「日常」に嫌気がさして、どうにかしてそこから脱したいと思っている人達。コピーライターであり、警察官であり、女子高生である彼らが偶然出会い、非日常へと転がり落ちていく、そんなお話です。
きっと、所謂「平和ボケ」といわれる日本では、こういう人達って結構いるような気がするんです。現状を受け入れつつも、どこかそこから逃げてみたいと思っている人達。そういう意味で、この本は現実味があると思いますし、書き方も私の趣味にあっていて、一気読みしてしまいました。
ただ、きっと疲れているときに読むと、もっと疲れるという話かもしれません。というわけで、カバーに惹かれて買ったのですが、中身は全然さわやかではなかった本でした。

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スズメバチの巣

著者パトリシア・コーンウェル
出版(判型)講談社
出版年月1998.7
ISBN(価格)4-06-263818-5(\933)【amazon】【bk1
評価★★

検屍官シリーズで有名なコーンウェルの、検屍官シリーズではない作品。
「スズメバチの巣」といわれるアメリカのシャーロット市。シャーロット市警察署の署長補佐ウエストと、記者でボランティア警察官のアンディ・ブラジルの活躍を描いた作品。
なのですが、超いまいちでした。署長補佐が女性でしかも42歳というところから、危惧はしていたのですが、ケイ・スカーペッタから脱しきれてない人物造型で、しかも恋愛小説なのか、警察小説なのかよくわからない話でした。よく「恋愛小説として読んでも面白い」といわれる小説がありますが、この本の場合、どちらも中途半端で、警察小説として読むと迫力が全然無いし、恋愛小説として読むとあまりに陳腐。検屍官シリーズの、こわーい犯人や、それを追いつめていくといった迫力が無く、期待はずれでした。そもそも期待したのが間違いだったのかも(^^)。

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ぢん・ぢん・ぢん

著者花村萬月
出版(判型)祥伝社
出版年月1998.7
ISBN(価格)4-396-63130-8(\2800)【amazon】【bk1
評価★★★★

この本に、副題「性と生に関する一考察」を進呈しましょう。(最近職場に学位論文がたくさん来ていたので(笑))。かなり鬱で、つらい話です。ひょんなことから「ヒモ」の生活を選んだイクオの成長物語とでもいうのでしょうか、内容を要約すると、まさに「性と生に関する一考察」なのです。
最後の章って、本当に必要なのでしょうか。ここまで破壊しつくさなくてはならないことに違和感を覚えます。また、イクオの考え方とか、最初はユーモラスでもあり、肯けることもあったのですが、なんとなく同じ事の繰り返しが多くなってきて、ここまで長くする必要があったのか、という気もします。そして最後は、うーん。「となりのトトロ」を見に行ったつもりで「ほたるの墓」を見てしまったときの気分、とでも言いましょうか、救いのない最後です。
ただ、この人の文章ってすごいですね。力があるというか。いろいろけちはつけましたが、面白かったというのは正直な感想。別にドラマがあるわけでも強力なオチがつくわけでもなく、単にセックスとイクオの内省だけの話なのですが、それでもこの長さを一気読みしてしまいましたから。というわけで、微妙なところで★★★★にしました。

■入手情報: 祥伝社文庫(2001.3)

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森の死神

著者ブリジット・オベール
出版(判型)ハヤカワ文庫
出版年月1997.6
ISBN(価格)4-15-170802-2(\720)【amazon】【bk1
評価★★★★★

エリーズは不幸な事故により、全身麻痺の上に、視覚を失っている。ところが実際は彼女自身の意識はちゃんと起きていて、いろいろと考えている。あるとき、介護人と共に散歩がてら買い物に出たエリーズに、ある女の子が自分は連続少年殺人の犯人を知っていると話かける。
主人公(=語り手)が、全身麻痺のせいで外との交信ができないことが、この物語の奥を深くしているというか、面白味を与えています。もちろん視覚もないので、人物の声や、周りの人の話だけで、状況などの描写がなされ、犯人はいったいどいつなんだ、という気にさせてくれます。かろうじて「YES」だけの返事が可能なのですが、それだけでは、危険が迫っているとか、こいつが怪しいという複雑な表現をすることはできません。周りの人間も、エリーズが他言ができないことが解っているので、いろいろと悩みを打ち明けるのですが、一方的で、エリーズが質問したくてもできない。そういうイライラ感というか、スリルというか、最高ですね。オベールの本はあと2冊買ってあるのですが、読むのが楽しみです。

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