古礼山、水晶山( 水晶山:2,158m ) 2001.12.29 登山

(※:縦走路中の最高峰は 雁坂嶺 2,289m)

  白い世界の古礼山山頂 ( 2001.12.29 )

【古礼山、水晶山登山記録】

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古礼山、水晶山登山記録

2001年最後の登山をどこにしようと考えたのだがなかなか良い行き先が見つからない。
今年は夏の
後方羊蹄山 を除いて、 皆 2,000m以上の山に登っていることから、最後も 2,000m以上の山で締めたいという願望が山の選択肢を狭くしていたからなのだが、 散々考えたあげく、秩父の雁峠から雁坂峠までの縦走路を歩くことに決めたのであった。
この 2つの峠の間を結ぶ縦走路には燕山 (2,004m)、古礼山 (2,112m)、水晶山 (2,158m)という 3つの 2,000m級の山があって一応希望が満たされるし、 以前から奥秩父主脈縦走路を断続的ではあるが全部歩き通したいと思っていたことから、丁度良いと考えたからである。
そして、今回 雁峠から雁坂嶺まで歩けば、将監峠から 甲武信岳まで繋がったことになり、 コースの向きの違いはあれど、鴨沢−雲取山−三峰雲取山−飛竜山国師ヶ岳−金峰山金峰山−瑞牆山は既に歩いているので、 残りは 飛竜山−将監峠、甲武信岳−国師ヶ岳 だけになるという状況なのである。
ただ、今回のコースにある 3つの山は、残念ながら華がないというか、その頂を目指して登る山ではないのがちょっと物足りない。
そこで、2つの峠を結ぶコースの横に目を向けて、笠取山雁坂嶺という 山梨百名山にも選ばれている山を付け加えて登ることにしたのであった。

12月29日、家を出ようとして空を見上げると、空は雲に覆われていて星が全く見えない状態であった。
これでは今日の天気は厳しいかなと思ったものの、前日の天気予報では晴れということだったので、回復を期待しながら登山基地である新地平へと向かったのであった。
西沢渓谷手前、広瀬湖畔にある新地平に着いたのが 7時10分。車をどこに止めるべきかで周辺を何度も行ったり来たりしてしまい、 民宿横の空き地に車を止めて出発したのは 7時22分であった。
少し車道を西沢渓谷方面に歩くと、右に折れる道があり、その角口に雁峠と書かれた古びた標識が見つかったので、その道に入る。
道はすぐに右に大きく曲がりながら高度を上げていくようになっており、右手に寒々とした広瀬湖の姿を眺めることになった。
道の端には何日か前に積もったと思われる雪が残っている。どうやら今日の山はかなりの雪を覚悟しなくてはならないようである。
空にはまだ雲が多いものの青空も広がりだしており、天候の方はどうやら安心できそうである。

道は舗装されていて一般道のように見えるが実際は林道らしく、この先 1km 車通行止めの標識も見える。
道を緩やかに登っていくと、やがて林業会社の作業場で、これ以上先へは車が進めないようにゲートが作られている。
ゲートを越えてから道は砂利道に変わり、さらに進むにつれて道は雪に覆われだし、途中からは完全に雪道に変わったのであった。
ただ雪の量は多いところでも 5センチ程度で大したことはない。寒さに雪が締まっているのか、歩くたびにメリメリと音がして足の裏に響き、 くすぐったい。
雪の上に途中まで見られた車の轍もいつしかなくなり、数日前につけられたと思われる登山靴の跡と小動物の足跡しか残っていない。
自分が降雪後最初の足跡をつけていると思うと嬉しい。

沢沿いの林道歩きが 1時間半ほど続き、このまま峠に至ってしまうのではと思えるようになった頃、 ようやく林道右手の沢に下りるようにとの標識が現れた (8時49分)
右に下りて小さな沢を横切るとそこからが本格的な登山道の始まりで、すぐに目立つのが 「熊に注意」 の黄色い標識である。
周囲に誰もおらず静かなだけに気味が悪い。
やや荒れ気味ではあるが道は明瞭で迷うことはない。ただ沢沿いの道が続いており、加えて雪が溶けてはまた固まったためであろうか、 道が完全にアイスバーン状になった所が 3箇所ほどあり、歩くのに慎重さを要したのであった。
下方がササとなった雑木の中を進んでいくのだが、先程の熊注意の標識が気になって自然に早足となる。

この頃になると、一旦は大きく広がった青空も徐々に灰色に覆われだし、 峠が近づいた頃には完全に曇り空であった。
風も強く吹き始めたようで、樹林帯を歩いている時には気づかなかったのだが、カヤトの原に出るとその風の強さと冷たさに身が縮む思いであった。 しかも雪混じりである。
また、今まで緩やかだった道のために自覚がなかったものの、谷を詰めて急坂を登るようになってから身体が重いことに気がついた。
登山は 1ヶ月前に 瑞牆山御座山に登ったきりであるし、この間、かなり飲み食いしたためにそれがもろに利いてきているようである。

息を切らしながらも樹林を抜け出すとカヤトの斜面を横切るようになり、 峠も近いかなと思っていると雁坂峠と同じような感じの雁峠にヒョイと飛び出した (9時18分)
ここはササ原が続き、晴れた日には気持ちが良いのであろうが、この日は曇り空の上に風が強くてしかも冷たく、 さらに雪まで混じっていてとてもノンビリなどできない。
右奥には笠取山の円錐形が見えるが、頂上の方はガスがかかっているし、振り返れば 乾徳山方面が見えるものの、それを押しつぶすような雲が上に乗っかっている。
左手の燕山方面を見やれば、ササの斜面に登山道が走っているのが見えるが、身体が重いこととあまりの寒さに登ろうという気力が湧いてこない。
本当に行くのか ? という弱気な思いが頭を過ぎり始める。

まあとにかく峠の吹きさらしに身を置いていたのではたまらんと、雲取山方面への縦走路を進み、 樹林帯の中に逃げ込んだ。
樹林帯の中は今までの風が嘘のように穏やかであったが、逆に足下の雪が多く、これから進む縦走路のことが思いやられる。
雁峠小屋を左に見て暫く進むとすぐに樹林帯を抜け、草原が目の前に広がった。左手には笠取山がガスに囲まれたり晴れたりと変化を見せている。
草原には沢山の踏み跡がつけられていたが、ここは一応縦走路通り進み、標識のところでヘアピンのように曲がって 「小さな分水嶺」 と呼ばれる小さな高みに登り着いた。
ここは富士川、荒川、多摩川の 3つの川の分水嶺になっているようで、なかなか面白い。

笠取山へは防火帯として草が刈り取られた上を進み、雪で滑りやすい斜面を一旦下ってから登り返すことになる。
ここは前回 笠取山に登った時に下り着いた所であり、笠取山にバリカン当てたようになっているお馴染みの光景 (防火帯) が目の前に広がる。
ここの登りはキツイ。しかも横風が強く、冷たく、今日はもうこの笠取山を最後に帰ろうという気にさせられる。
周辺の木々にはあれよあれよという間に氷の花が咲き、その変貌ぶりに驚かされる。

頂上に着いたのが 10時1分
寒さはものすごく、握り飯を食べるために手袋を脱いだ手はアッと言う間にかじかむし、握り飯を噛むあごも思うように動かない。
頂上手前の岩場から、これから進もうとしていた燕山方面を見れば、頂上付近にはガスがかかっており、 縦走をしても何一つ展望を得られないことが良く分かる。
これで心は決まった。もうこのまま下山しよう、そう決めたのであった (10時21分発)

先程の 「小さな分水嶺」 まで戻り、律儀に正規のルートを辿って雁峠まで戻ると、 この悪コンディションの中、笠取山に向かう 2人組が認められたのであった。
彼らは草原をショートカットして 「小さな分水嶺」 に向かっている。
自分のことは棚に上げて、こんな日にご苦労さんなことだと思いつつ雁峠に戻ると、そこには先程の 2人のものと思われるザックが置いてあったのだった。
あの 2人は私と同じく縦走路を辿ろう (あるいは辿ってきた) としていることが分かった訳で、 こうなるとここで下山しては男が廃る ? という気持ちが強く湧いてきたのであった。

幸い風も少し弱まったような気がしたことから、先程の決心はどこへやら、 あのイヤだと思ったササ原の中を登り始めてしまったのである (10時51分)
ジグザグに登り始めると思ったより苦しくない。先程笠取山山頂で栄養を補給したのが良かったのかもしれない。
ササの斜面を登り切るとすぐに樹林帯となり、風も強く当たらない状態で、これなら何とか縦走できそうである。
やがて縦走路上にフイに標識が現れたのだが、これが燕山らしい。実際は縦走路から少し右にはずれたところに小さな高みがあり、 そこに登ってみると手書きの小さな標識が寂しそうに木にぶら下がっていた。
やはり縦走路上にあるこういう山は扱いが軽いという運命にあるのであろう (11時22分)

雪道を快調に飛ばす。先程までの不調が嘘のように足が進む。身体が感覚を思い出したのかもしれない。
道はほぼ平と言っても良く、途中何回かの登下降があったものの、さほど大きなアップダウンではない。
ガスで周囲は見えず、ただ黙々と足を進めるだけである。
それでも時々樹林帯を抜けてササ原となり南面が開けることがあり、広瀬湖方面がかすかに見えたりしたが、それ以上の景色は望むべくもない。
本来なら 富士山の姿を見ることができるに違いないが今日は全くダメである。
こういう日なのでもう誰にも会わないかと思ったら、前方から下ってくる 3人組に出会った。
恐らくずっと 甲武信岳の方から縦走してきたに違いないが、 こういう状況の時に人に会うのは嬉しいものである。
3人組と擦れ違ってからすぐに古礼山との分岐に着いた。右は古礼山山頂を巻いており、左は古礼山山頂を通る道のようである。
無論、左を進み山頂に向かう。雪の上につけられた足跡は古く、先の 3人組は古礼山をパスしたらしい。勿体ないことである。

古礼山山頂に着いたのが 12時8分
山頂はササと樹林に囲まれた静かな場所であり、環境庁と埼玉県とで立てた山頂を示す標柱の立派さだけがやけに目立つのであった。
2分ほどで山頂を後にして脱兎の如く斜面を下る。すぐに先程の巻き道と合流し、再び道を淡々と進むことになった。
やがて少し登りがきつくなってきたかと思うと、登り着いた所が水晶山頂上で、道が左に 90度折れるその角に、 またまた環境庁・埼玉県の立派な標識が立てられており、ベンチも置かれている。
山頂は細長く、道そのものが山頂といった形で、恐らくここも樹林に囲まれていたから晴天であっても展望は利かないことであろう (12時36分着、45分発)

水晶山を過ぎれば後は雁坂峠に下るだけということで、自然と足が速まる。
雪に覆われた登山道周辺は背の低いササに覆われ、周囲の枯れ木には氷の花が咲いていて、なかなか幻想的な世界である。
冬山の雰囲気があって結構楽しめたが、これがもっと厳しい風雪状況だったら大変なことになってしまう可能性もある訳で、 あまり浮かれてばかりはいられない。
そろそろくたびれ始めた頃、右に雁坂小屋への分岐が現れた。雁坂峠も近い証左で、少し元気が出る。
しかし、なかなか着かないことから少しイラつき出した頃、前方の樹林の間からササの尾根が見えてきた。恐らくあれが雁坂峠に違いない。 もう少しである。
樹林を抜けてササの道を登ると見覚えのある石碑が見え、その先は懐かしい ? 雁坂峠であった。
峠のササ原も今は寒そうで、ササ原に立つ木々も白くなっている。
当然 雁坂嶺方面は白いガスの中で見える状態ではなく、この時は広瀬湖方面も全く見えず仕舞いであった (13時6分)

さて、ここで思案である。
このまま下山するのも良いのだが、当初の計画では雁坂嶺往復も考えていたからである。
先程の笠取山頂上での気分であれば当然下山であるが、ここまで来てしまうと最後まで計画を全うしたいという気持ちの方が強い。
結局、自分をバカと罵りつつも強風が吹く中、雁坂嶺へのササ原を登り始めてしまったのであった (13時8分発)
前回の記憶では、雁坂嶺にはすぐに着いた気がしたのだが、今回は身体も疲れていたからであろう、雪の斜面の登りが大変キツく、 なかなか頂上は現れない。
この斜面が最後だろうと思って登り着くと、さらに先に斜面があるという状態が 5回ほど続き、一瞬ではあるが道を間違えたのではという錯覚まで覚えてしまった程である。
実際には雁坂峠から雁坂嶺までの所要時間は前回とほぼ同じであったのだが、人間はその時の体調や気持ちの持ちよう、 「だろう、はず」 という思い込みなどで相当感覚にズレを生じるようである。
再度の訪問となった雁坂嶺は、ツガだかシラビソだかの常緑樹も真っ白な状態で、まさしく氷の世界であった (13時38分着、13時45分発)。 山梨百名山の標識も寒そうである。

さあ、目的を果たしたからには後は一気に下るだけである。
アッと言う間に雁坂峠に戻ると、先程は見えなかった広瀬湖方面が見えるようになっており、さらにその上空を覆う雲の切れ間から日の光がカーテンのように差していて、 まさに神々しく、不思議な光景であった (14時丁度)
氷ついた沢筋を下り、林道に出たのが 14時58分
右手に前回 雁坂峠を登った際に車を止めた雁坂トンネル駐車場を見て、そのまま林道を最後まで下りきると新地平であった。
丁度 1周してきたことになり、所要時間は 8時間20分ほどである (15時46分着)

気持ちの変化が大きくて反省させられることが多い登山であったが、 いかにも今年 1年を象徴しているような感じもして 2001年の最後に相応しい山行であったと言えよう。
途中で引き返さないで本当に良かった。


古礼山、水晶山登山データ

上記登山のデータ登山日:2001.12.29 天候:曇り時々雪単独行日帰り
登山路:新地平−雁峠登山口(林道分岐)−雁峠−小さな分水嶺−笠取山−小さな分水嶺−雁峠− 燕山−古礼山−水晶山−雁坂峠−雁坂嶺−雁坂峠−ナメラ沢入口−雁坂トンネル南側駐車場−新地平
交通往路:瀬谷−八王子IC−勝沼IC−新地平 (車にて)
交通復路:新地平−塩山−(国道20号線)−相模湖駅前−半原−厚木 −瀬谷 (車にて)
その他の
古礼山・水晶山登山
雁坂トンネル南口駐車場−沓切沢橋−雁坂峠−水晶山−古礼山−燕山−雁峠−新地平−雁坂トンネル南口駐車場
 (2002年07月21日 : 晴れ時々曇り)    こ こをクリック
道の駅みとみ−沓切沢橋−雁坂峠−水晶山−古礼山−燕山−雁峠−新地平−道の駅みとみ
 (2017年03月08日 : 快晴後曇り)    こ こをクリック


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