辻 邦生作品のページ


1925年東京都生、東京大学文学部仏文科卒。立教大学助教授、学習院大学教授等を歴任。62年「回廊にて」にて近代文学賞、68年「安土往還記」にて芸術選奨、72年「背教者ユリアヌス」にて毎日芸術賞、95年「西行花伝」にて谷崎潤一郎賞を受賞。99年7月逝去。


1.
江戸切絵図貼交屏風

2.手紙、栞を添えて

  


 

1.

●「江戸切絵図貼交屏風」● ★★




1992年2月

文芸春秋刊
(1153円+税)

 
1995年9月
文春文庫化

 

1992/09/14

初めて読んだ辻邦生作品。
江戸情緒の下、旗本を廃業した歌川貞芳という絵師を主人公にした連作短篇集。美人画のためのモデル探しという設定のもとに、モデルとなる女の陰ある美しさ、その背後にある事件、そして事件の謎解きという面白さを描いた作品です。

物語性充分ですが、逆にその隙の無い構成が堅苦しく、余韻に欠けるという印象があります。
登場人物たちの殆どが武士階級であり、ストーリィが常に藩内部の抗争等という所為でしょう。主人公である貞芳は元旗本、事件の謎を追う協力者となる赤木半蔵も旗本、そして八丁堀寄力の秋山治右衛門。さらに絵のモデルとなる女たちは、いずれも武家出身です。
池波正太郎作品のように、市井の人物を扱っていない分、江戸の描き方も風景のみで生活描写に欠ける分、静態的かつ堅苦しい印象を拭いきれないのです。
とは言いつつ、女たちのけなげさ、ひたむきさ、愛しさ。そんな女たちの姿を描こうとした歌芳との心の触れ合いに心打たれることも事実。

なお、あとがきで、辻さんが「小説に物語の面白味を取り戻したい」と語っている点に注目したい。小林信彦さんも同様のことを言っていますが、物語性の復活こそ現在の小説に必要な大命題なのではないか、そんな気がします。
本書における時代を超えた女性の愛しい姿、辻さんの“物語性”の鍵はその部分にあったのではないかと感じられます。

山王花下美人図/美南見高楼図前後/湯島妻恋坂心中異聞/無量寺門前双蝶図縁起/根津権現弦月図由来/向島百花譜転生縁起/濹堤幻花夫婦屏風/神仙三園初午扇/武州浮城美人図下絵

 

2.

●「手紙、栞を添えて」水村美苗共著) ★★★

    


1998年3月
朝日新聞社

2001年6月
朝日文庫

(640円+税)

 

2003/11/22

なんと贅沢な一冊でしょうか。それもまあ、お手軽な文庫本であるというのに。オフ会で戴いた本なのですが、そうした経緯から魅力あふれる本に出会えるというのは、嬉しい限りです。

本書は、辻邦生さん、水村美苗さんという文学に精通したお2人による、文学を語った往復書簡集。1996.1.7〜97.7.27
お2人の語る文学論を読むことも楽しいのですが、それ以上に“文通”という楽しさに魅せられます。
現代のように、電話、電子メール等が普及していなかった時代、見知らぬ相手との文通は、どんなに心躍るものであったことでしょう。それを全うするため、お2人は会うことのないまま、手紙のやりとりを始めたとのこと。お2人にそれだけの心意気があるからこそ、読み手もその楽しさに心奪われる、と言えるのです。

2人の間で取り上げられるのは、国内外の今や古典的とも言うべき名作の数々。学生時代に、よく理解もできないまま盲目的に読みふけった作品が幾つもあります。
水村さんは大胆に論じ、辻さんは鷹揚に受け止める。そんな名調子に、新たな興奮を感じることも度々。そして、こうした作品を貪るように読んでいた学生時代の、何と輝かしかったことかと、今更ながらに思うのです(おかげで恋愛ごとには全く無縁でしたが)。

※本書でとりあげられた作品を下記のとおり。それらを見ればこれ以上本書について語る必要はないでしょう。

     

「手紙、栞に添えて」に取上げられた作品は次のとおり。青字は読んだことのある作品です。

水村美苗「続明暗」・「私小説」、辻邦生「西行花伝」、ディケンズ「ディヴィッド・コパフィールド」・「大いなる遺産」、吉川英治「宮本武蔵」、スピリ「アルプスの少女ハイジ」、オルコット「若草物語」、夏目漱石「坊っちゃん」、グリーン「失われた幼年時代」、J・ブロンテ「ジェーン・エア」、E・ブロンテ「嵐が丘」、二葉亭四迷「浮雲」、国木田独歩「忘れえぬ人々」、スピノザ「エチカ」、スタンダール「赤と黒」・「パルムの僧院」、樋口一葉「にごりえ・たけくらべ」、フローペール「ボヴァリー夫人」、中勘助「銀の匙」、バルザック「書簡集」、谷崎潤一郎「細雪」・「春琴抄」、「芥川龍之介全集」、永井荷風「摘録断腸亭日乗」、「ヘンリー・ミラー全集」、サンド「愛の妖精」、トルストイ「アンナ・カレーニナ」・「イワンのばか」、ドストエフスキー「貧しき人々」・「罪と罰」・「死の家の記録」・「地下室の手記」・「悪霊」・「カラマーゾフの兄弟」、ゴーゴリ「外套・鼻」、マン「ブッデンブローク家の人びと」、プルースト「失われた時を求めて」、リルケ「マルテの手記」、チェーホフ「中二階のある家」、幸田文「父・こんなこと」・「幸田文対話」、ラディゲ「ドルジェル伯の舞踏会」、太宰治「津軽」、ギッシング「ヘンリ・ライクロフトの私記」、ゲーテ「南イタリア周遊記」・「イタリア紀行」、ルソー「孤独な散歩者の夢想」、ソポクレス「オイディプス王」、アリストテレス「詩学」、ダンテ「神曲」、ブルクハルト「イタリア・ルネサンスの文化」、森鴎外「渋江抽斎」、ショーロホフ「静かなドン」、紫式部「源氏物語」、ボルヘス「伝奇集」、菅原孝標女「更級日記」、魯迅「阿Q正伝・狂人日記」・「魯迅選集」、カルペンティエル「バロック協奏曲」・「失われた足跡」、オースティン「高慢と偏見」

  


  

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