佐藤正午作品のページ


1955年長崎県佐世保市生、北海道大学文学部中退。83年「永遠の1/2」にて第7回すばる文学賞、2015年「鳩の撃退法」にて第6回山田風太郎賞、17年「月の満ち欠け」にて 第157回直木賞を受賞。


1.
ジャンプ

2.象を洗う

3.アンダーリポート

4.身の上話

5.鳩の撃退法

6.月の満ち欠け 

7.冬に子供が生まれる 

  


   

1.

●「ジャンプ」● ★★


ジャンプ画像

2000年09月
光文社
(1700円+税)

2002年10月
光文社文庫



2001/09/06



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半年前から付き合っていた女性が突如失踪する。それも彼女のアパートまで2人で戻った後、コンビニへリンゴを買いに行ったまま。酔いつぶれた主人公・三谷が翌朝目を覚ましてみると、彼女=南雲みはるは戻っていなかった。
そして、そのまま彼女は行方知れずとなり、三谷は、みはるの跡を追い始めます。

まず初めに思ったのは、人は自分の相手のことをどれ程知らないことかということ。
三谷は、みはるのことを何も知らなかった事に気付く。半年程度の交際では当然かもしれませんが、恋人という関係ですらあっても、相手の辿ってきた軌跡を殆ど知らないものだ、という事実に改めて愕然とします。
次いで、何故人は消えるのか、という疑問。
みはるを追う内、彼女は自らの意思で姿を消したこと、特に三谷の前から姿を消そうとしたらしいことが判ってきます。それは何故? そして、南雲みはるは何を考えていたのか?
中盤以降、まるで三谷本人になったように、その疑問を解き明かさずにはいられない、という気持ちに駆られます。

最後に示されたその真相は、主人公の思いからすると不本意であろうものの、気持ち良く納得いくものでした。たとえ、一抹の陰がそこに残ろうとも。
本作品は、主人公・三谷より、失踪した南雲みはるの方がはるかに印象が鮮やかです。

※失踪した人間の跡を追うという小説は数多くあります。すぐ思い出すだけでも、松本清張「ゼロの焦点」、近時では宮部みゆき「火車」、片岡義男「道順は彼女に訊く」等。

     

2.

●「象を洗う」● ★☆


象を洗う画像

2001年12月
岩波書店
(1600円+税)

2008年04月
光文社文庫


2002/05/02


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ひと言で本書を語ると、妙な味わいある、エッセイ集。
俗っぽく言うなら...ナンナンダこのエッセイ集は!?、という具合。
というのは、冒頭から、とても小説家が書くエッセイとは思えない口調が、連綿と続くからです。
プロの小説家でありながら、なかなか集中して小説を書くことができない(集中力不足)、と言ってもエッセイを書くネタもない(情報不足)、しぶしぶ、仕方なく原稿のマス目を埋めている、というばかりの内容。
これで小説家? いやちゃんと小説家である筈。小説家といっても大変ナンダ、ちっとも楽じゃないんダ、となると、知らずのうち親しみが湧いてきます。それはもう、佐藤さんに篭絡された、ということかもしれません。
直前に読んだ、阿川弘之さんの自信たっぷりなエッセイとは好対象。でも本書の如きエッセイには、なかなか出会えないと思う。
「セカンド・ダウン」には、エッと思うような内容もあるし、終わりなく続くような「佐世保で考えたこと」も、それなりの味わいがあって、徐々に楽しくなってきます。
なお、「象を洗う」とは、出版業界における隠語で、作品を生み出すまでの悪戦苦闘を言い表しているのだとか。もっとも、使っているのは佐藤さんとその編集者・坂本氏の2人だけとのこと。
※ショート・ストーリィ3篇が途中挿入されています。

セカンド・ダウン/佐世保で考えたこと/自作の周辺/象を洗う

  

3.

●「アンダーリポート」● ★★


アンダーリポート画像

2007年12月
集英社
(1600円+税)

2011年01月
集英社文庫



2009/12/31



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15年前に起きた殺人事件。
被害者の娘だった村里ちあきが当時の事情を問いただすため、突然に主人公の元を訪ねて来たことをきっかけに、主人公は記憶を蘇らせ、未解決のままとなっていた事件の真相を解きほぐしていくというストーリィ。
主人公は、地方検察庁の検察事務官である古堀徹。彼が真犯人と推測をつけた女性の元を訪ねるところから、本ストーリィは幕を開けます。
被害者は当時、主人公とアパートの隣り同士であった村里母娘の夫。村里悦子はどうも夫から暴力を振る舞われていたらしい。いろいろな事情があったらしく、4歳の少女だったちあきを主人公は隣室の誼で時折預かることがあった。その所為で、当時同じ職場の恋人であった千野美由起との間がぎくしゃくし始めたことに鈍感なままに。

ストーリィ展開だけに目を留めるならば本作品はミステリなのですが、読んでいてそうした印象はありません。
むしろ、女たちが辿った人生のドラマを紐解き、検証するというストーリィ。
丹念に第一人称で語られていく展開が、主人公をしてドラマの生き証人という役割を与えているようです。
人物造形で際立つのは、主人公が現在も当時も、極めて血の巡りの悪い、鈍な男性であること。
気付けば、村里悦子とちあきの母娘も、千野美由起も、真犯人と主人公が目した人物も、そして主人公が現在関係を続けているサオリも、登場人物はみな女性ばかり。

主人公によって15年前の事件の真相は紐解かれますが、現在の主人公でさえ今なお気付いていないドラマが本書には幾つも隠されているに違いない、そんな気配が読み終わった後も続きます。
それは、最後の頁に辿り着いたところでまた最初の頁に戻りたくなるという、巧妙な構成と無縁ではありません。
語られていないストーリィがまだある筈、そうした余韻がいつまでも残るところが、本書の尽きない魅力です。

   

4.

●「身の上話」● ★★


身の上話画像

2009年07月
光文社
(1600円+税)

2011年11月
光文社文庫



2009/08/24



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地方都市で書店勤めの古川ミチル、23歳。
結婚も視野に入っている恋人がいるというのに、毎月1回出張でやってくる出版会社の販売員と関係を持ってしまう。
仕事中歯医者へ行くといって空港に男を見送りに来たミチルは、ふとした気持ちでそのまま飛行機に乗って男と一緒に東京まで行ってしまう。
東京に留まるか、郷里に戻るか、宙ぶらりん状態のミチル。そのミチルの運命を大きく変えたのは、空港で買った宝くじ。

魔がさす、という言葉があります。本ストーリィにおける古川ミチルの行動はそうとしか言えないものでしょう。
でも本人に、魔がさしたという自覚があれば、何らかのブレーキが働くのではないか。ところがこのミチル、元々ぼんやりした性格で放心癖もあるという女性。いくつもの岐路で滅多にしないような選択を重ねていき、ついには後戻りできない事態に。

本ストーリィは、後にミチルの夫となった男性が、妻となったミチルの出奔後の軌跡を語るという形式で描かれます。
その構成自体が不思議でしたが、その理由は最後になって判ります。しかし、まさかそんな幕切れが待っていようとは、冒頭ミチルがふと取った行動からはとても考えられないこと。

ちょっとした選択の誤りが重なることによって、ついには自分の人生が転がり落ちるように変わっていく。そのきっかけは、ほんのちょっとした岐路での選択如何に過ぎないというのに。
だからこそ他人事とは思えない、だからこそミチルの転落に我が身を重ね、恐れおののいてしまう。。
誰だって岐路における選択を誤ることがない、とは言い切れないのですから。 
一度足を踏み入れたら、もう目が離せなくなるストーリィ。

       

5.

「鳩の撃退法」 ★★        山田風太郎賞


鳩の撃退法画像

2014年11月
小学館
上下
(各1850円+税)

2018年01月
小学館文庫
(上下)


2015/01/13


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元直木賞作家で現在はデリヘル嬢送迎ドライバーという津田伸一が、2年前に起きた幸地一家3人神隠し事件、そして古書店主だった房州老人の死後に老人から送り付けられたキャリーバックの中に3千万円という大金が詰まっていたという出来事等々を小説に書こうとしているところから始まる長編ストーリィ。

時間は2年前と現在を随時に行き交い、様々な男女が脈略も定かならぬままに登場し、あたかも場当たり的にストーリィが進むかの様。
ストーリィの前後関係、整合性はまるで掴めないといった展開なのですが、所々に読み手をくすぐるようなやりとりが織り交ぜられ、訳が判らないものの読んでいて何故か楽しい、というのが本作品。

下巻に至れば、ようやく起きた出来事の関連性が明らかとなり、整理もついていくのですが、さて最終的にどうなるのか。
そもそも、小説の中に登場する作家が、小説の中で実際に起きた出来事を小説に書いているという設定自体が怪しいのです。
そして題名となっている
「鳩」とは何のことなのか。

最後の最後まで佐藤正午さんの術中に嵌められ、すっかり誑かされた気分なのですが、さてそれを面白いと感じるか、それとも面白くないと感じるかは読み手次第でしょう。
こうした小説もあって良いのか、と感じられたところが、私にとっては面白く、また楽しめた理由です。

※津田と関わる登場人物が、自分も津田の小説中に登場しているのかと驚く場面、私にとっては面白かったです。

※映画化 → 「鳩の撃退法

     

6.

「月の満ち欠け ★★☆        直木賞


月の満ち欠け

2017年04月
岩波書店

(1600円+税)

2019年10月
岩波文庫


2017/05/16


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生まれ変わりをテーマに据えた長編ストーリィ。

本作では「
瑠璃」あるいは「るり」という名前を持つ3人の女性と少女が登場します。月の満ち欠けのように生と死を繰り返す、つまり生まれ変わり前世の記憶も引き継ぐ、という次第。
時代設定はストーリィ毎に前後し、瑠璃という女性と夫・父親・恋人という関係にあった男性がそれぞれ登場し、30年という年月にわたる中で何度も似たような事跡が繰り返され、ストーリィと登場人物が複雑に絡み合い、その度を増していきます。

よく頭の中を整理しながら読み進まないと、何が何だか分からなくなりそうなストーリィ展開ですが、一人一人の瑠璃を描くドラマがしっかり構成されているので、多少の混乱はあってもそれを超える面白さがあります。

しかし、何故生まれ変わりが生じるのか、そこに果たして何の意味があったのか・・・そこが本作品の核心部分。
ストーリィの途中で何度もそれを匂わせる言葉はあるのですが、それらが繋ぎ合わされ、ようやく本ストーリィの意味が掴めたのはもう最後になってから。

生まれ変わりの意味に気づいた時、あぁそうか!という感動を覚えるのと同時に、胸の中を清涼な風が吹き抜けていくように感じられました。

※映画化 → 「月の満ち欠け

         

7.

「冬に子供が生まれる ★★   


冬に子供が生まれる

2024年01月
小学館

(1800円+税)



2024/02/28



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冒頭、丸田君の元に奇妙なメッセージが送られてきます。送信者は不明。
書かれていたのは、「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」という一文。けれど丸田君は独身で、何ら身に覚えもない。
しかし、そこに至る経緯が全くないと言えるのか・・・・。

ミステリ風に幕を開けた本ストーリィですが、何とも不可思議、というに尽きます。
実は丸田君、30年前に天神山でUFOに遭遇した子供たちの一人であり、かつ20年前に起きた自動車事故に遭った一人。

当時仲が良かったのは、丸田(優)君=「マルユウ」、丸田誠一郎=「マルセイ」、佐渡理という3人にもう一人、杉森真秀という女子。
その丸田誠一郎がショッピングセンターの駐車場から転落死するという事件が発生、そしてマルセイの妻で未亡人となった真秀は妊娠中という。
高校時代の彼らを知る同級生や教師たちも登場、その回想の中で彼らがマルユウとマルセイを取り違えているような場面が再三語られます。いったい何があったのか。

佐藤正午さんらしい、惑わされるストーリィ展開。
でも決して不快ではありません。そうしたことがあっても不思議ないのだと思えば、何か面白く感じられます。
本当のストーリィは、本作終了後に新しく始まるのかもしれません。
実際にあった過去、あったかもしれない過去、ある筈だった過去がどうであるにしろ、既にもう過去のことなのですから。


1.その年の七月、/2.八月、/3.八月中旬、/4.九月、/5.高校時代、/6.十月、/7.大学時代、/8.十一月、/9.十一月最後の週の土曜日、/10.十二月初旬、/11.その年の冬、/12.その夏、

      


  

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