片岡義男作品のページ


1940年東京生、早稲田大学法学部卒。74年「白い波の荒野」にて作家デビュー、75年「スローなブギにしてくれ」にて野性時代新人文学賞を受賞。


1.頬よせてホノルル

2.さっきまで優しかった人

3.8フィートの週末

4.海を呼びもどす

5.道順は彼女に訊く

6.私の風がそこに吹く−恋愛短篇セレクション 花−

7.白い指先の小説

8.恋愛は小説か

9.ミッキーは谷中で六時三十分

       


 

1.

●「頬よせてホノルル」● ★★★


頬よせてホノルル画像

1987年12月
新潮社刊

1990年08月
新潮文庫化

 

1990/09/16
1991/07/23

 

amazon.co.jp

読む前から、この題名に魅せられていました。
そして実際に、何度読んでも快い気分に誘われるところが本書の魅力です。
題名から感じられるのは、ハワイへの片岡さんの愛情。観光地としてのハワイではなく、日常生活を送る場所としてのハワイへの愛情です。
本書には短篇5作が収録されています。各々独立したストーリィですけれど、主人公の「ぼく」には共通の繋がりがあり、連作短篇集と言えます。
全体に感じられるのは、前述したようにハワイへの愛情ですが、そこに描かれるハワイの街並みには、忙しい時間が一瞬止まっているような、静けさと明るさが感じられます。
5作とも、人生のほんのありふれた一時の出来事を描いたもので、東京のような大都会ではすぐ忘れられてしまうようなことでしょう。しかし、このホノルルでは、そんな一時も温かく包み込む、豊かな包容力が感じられます。そんな優しさをもった、ホノルル、ハワイへの賛歌とも言うべき小説です。
惹き込まれるのは、そんな時間の豊かさ、ささやかな時間を忘れ難いものにしてくれる本書の雰囲気です。
ハワイへの片岡さんの愛情を抜きにしては語れない一冊。

ラハイナの赤い薔薇:恋人との朝食、 ドライブ。マウイ島へ行こうとする自由さ、快さ
冬の貿易風:10年前日本で「お姉さん」と呼んでいた女性との再会
アロハ・シャツは嘆いた:アロハ・シャツの資料集めをしてくれたドロシーとの会話。アロハ・シャツをめぐる小説の中に2人の共感が窺える
双眼鏡の彼方に:結婚を申込むためにこの島にきた「ぼく」の元に、彼女が日本からやって来る
ヒロ発11時58分:クリスマスの為ヒロに2日間やってきた「ぼく」と父、義母、妹ヘレンとの交歓。気持ちを通じ合う姿がさわやか

 

2.

●「さっきまで優しかった人」● ★★☆

 

1985年06月
新潮社刊

1988年09月
新潮文庫

 

1990/11/03
1991/07/21

洒落たラブ・ストーリィ、ハード・ボイルド風な文章。日本が舞台とはとても思えない、 ハワイこそが似合うようなエキゾチックなストーリィ6篇を収録した短篇集です。
人生のワン・ショットを撮った、とでも言いたい幾つものストーリィ。そのワン・ショットは、いずれも、これ以上輝くことがないというような場面ばかり。あまりに日本離れし過ぎていて、陶然となってしまう雰囲気があります。

とくに魅せられたのは、次の3作。
「恋物語のたどる道」:ドライブウェイ脇の公衆電話ボックス。雨のボックスの中で抱き合う男女。そして2人は別れ、一方の車は左へ。そして、もう一方は右へ。ただそれだけ。

「一等星の見える窓」裕子に電話をかけ続けるが、彼女はなかなか出ない。その時間を潰す為に矢沢は次々と女友達を電話に呼び出す。美也子、佐知子、彩子。そして、スナック・ユウコに入り、小百合と話す。漸く、裕子にアパートで辿り着き安堵する。そこまでの雰囲気がなんとも素敵。

「ムーンライト・セレナーデ」佐藤は都会から逃れ、付き合っている女友達との別れをドライブ旅の途中で行っていく。真紀子31歳、幸子26歳、再び真紀子。そして、弘子21歳、彼女は怒って泣いていただけ。そして、逃れ出た先で知り合う女性は由梨江。洋画の洒落たワンシーンを集めたという感じです。

また、表題作の「さっきまで優しかった人」の印象も鮮やかで、いつまでも忘れられず、胸のうちに残っています。

恋物語のたどる道/さっきまで優しかった人 /一等星の見える窓/きみはただ淋しいだけ/右の頬に触れる指さき/ムーンライト・セレナーデ

 

3.

●「8フィートの週末」● ★★

 

1983年06月
新潮文庫刊

 

1990/11/04
1991/07/25

夏子はトライスターで沖縄と思われる島を訪ねる。博昭というサーファーの青年に会う為。3年前、彼は夏子の前から姿を消し、サーフィンの為ハワイ、カリフォルニアを転々としていた。3日間の休み。それは夏子が博昭を追い、博昭の生活を共有する時間です。
サーフィンの克明な描写、写真が何枚も挿入された一冊。ハワイ育ちの片岡さんならではの小説です。
3日目に、夏子は携えてきたビデオを博昭に見せる。そこには、彼女の子供、つまり博昭の子供の成長過程が映されていました。
翌日、夏子は再びトライスターで島を去ります。それを見送る博昭。今度は、彼が夏子を追い求める番なのかもしれません。
3日間という短い2人の交流。豊かなのは彼と最初思ったのですが、夏子の方がより以上に豊かなものを3年間所有していたのかもしれません。
冒頭のトライスター機内の夏子、最後のトラスターが青くまぶしい空に吸い込まれていく光景。その2つのシーンが強く印象に残ります。
夏に読むのに相応しい一冊。

 

4.

●「海を呼びもどす」● ★★

 

1989年02月
光文社刊

1993年01月
光文社文庫化

1999年09月
同文書院刊
(一部修正)

 

1991/08/01

最初、面喰うものがありました。南の島、日本離れした生活感、 そんなイメージが片岡さんには強かったのですが、本ストーリィは日本の普通の大学生活。
とはいうものの、やはりうまく行き過ぎという印象。学生生活における、主人公と3人の女性の関わりを描いたストーリィです。
高校時代のクラスメートである川端彩子、バーの女性である霧子、そして大学での同級生・野崎敬子。その内でも、中心となるのは野崎敬子との関係。2人の出会い、2人の関係の進展がなかなか興味をそそられるのです。
野崎敬子は法学部のクラスで唯一の女子学生。何故かクラスで彼女を無視するという決議が行われます。僕は唯一人、彼女を無視しないと宣言しますが、彼女は僕を無視しつづける。
そんな2人の関係は、徐々にしか進展しませんが、そこに微妙な彩りが感じられて、新しい雰囲気のラブ・ストーリィを感じます。
何時の間にか心の内に浸透している、そんな魅力をもったストーリィでした。

 

5.

●「道順は彼女に訊く」● 

道順は彼女に訊く画像

1997年05月
潮出版社刊
(1524円+税)

2001年11月
角川文庫化

1998/02/11

5年前に突然失踪した美人OL。
フリーライター・日比谷昭彦はその失踪後に興味を持ち、2人の魅力的な女性と共に彼女がどういう人だったのか、何故失踪したのかを探り始めます。

登場する女性の誰もが素敵な女性である、というのは不自然このうえないことなのですが、そこから醸し出される雰囲気はきわめて快いもの。
それこそ片岡作品の世界であり、そのシャレた雰囲気に浸りたくて私は片岡作品を時々手に取ります。
宮部みゆき「火車」のような筋立てですが、ミステリー風味はグッと押さえ気味で軽やかにストーリィは進みます。
むしろ、同じようでいて違う3人の女性と、関わりが深まっていく過程・気分を楽しむ、といった作品のように思います。
読後の気分は爽やかです。

   

6.

●「私の風がそこに吹く−片岡義男 恋愛短篇セレクション 」● 

 
私の風がそこに吹く画像

2001年11月
角川文庫刊
(476円+税)

 
2001/12/08

いずれの短篇も女性が主人公。
美人でスタイルもよく、服のセンスも良い。そして、フリーライター、カメラマン等と、それぞれ自分に合った仕事をもっている自立した女性たち。
惚れ惚れするような主人公ばかりですが、それだけ現実感からは程遠い。しかし、それが片岡作品らしいところであり、同時にその魅力あるところです。
“恋愛短篇セレクション”と名付けられているものの、ラブ・ストーリィという雰囲気はありません。恋愛的な展開があっても、それは彼女たちの生活の一部の出来事に過ぎません。それより、後の短篇ほど、主人公となる女性の魅力が増していくことに、読む楽しさがありました。
気持ち良い印象が残ったのは、「私の風がそこに吹く」「彼がいる場合、いない場合」「彼女、三十五歳、独身」の3篇。

一日の仕事が終わる/熟睡する女性の一例/私の風がそこに吹く/ある種の素敵なことがら/プールに活ける花/彼がいる場合、いない場合/彼女、三十五歳、独身

    

7.

●「白い指先の小説」● ★☆


白い指先の小説画像

2008年06月
毎日新聞社刊
(1900円+税)

 

2008/07/30

 

amazon.co.jp

片岡作品独特の雰囲気が好きで以前はよく読んだものですが、最近はすっかりご無沙汰していました。
ふと見たら片岡さんの新刊が。久しぶりに読んでみたくなり、手に取りました。

収録されている4篇とも、小説家を目指す4人の女性を描いたストーリィ。
そこにはいつも通りの片岡作品らしい雰囲気が満ちています。
彼女たちが小説家を目指すといっても、成功したいとか、大作家になりたいという動機からではない。自分らしい道を選ぼうとした結果として、小説家を志すことに至ったというのが4人の女性に共通すること。
小説を書くというのは孤独な行為ですし、場合によっては世間から引きこもってしまうかもしれないことですけれど、自然に選びとった道という設定ですから、そんな彼女たちの姿はとても自分に素直で、素敵に感じられます。

元々片岡作品に登場する女性は、いつも美人で素敵な女性ばかりなのですが、それは本書においても変わりません。
どこか日常離れした雰囲気があるのもまた、片岡作品の特徴。
それがどうしたと言われてしまうと、それ以上何も言えなのですが、片岡作品ならではの“素敵な”雰囲気は、私にとって清涼剤です。
そんな素敵な女性たちの息遣い、彼女たちが醸し出す雰囲気を久しぶりに堪能できただけで、私としては充分満足。
なお、4篇の中では「白い指先の小説」「投手の姉、捕手の妻」が恋愛要素も絡むところがあって、より好きです。

本を買いにいった/白い指先の小説/冷えた皿のアンディーヴ/投手の姉、捕手の妻

       

8.

●「恋愛は小説か」● ★★


恋愛は小説か画像

2012年06月
文芸春秋刊
(1700円+税)

  

2012/07/12

   

amazon.co.jp

相変わらず洒落ていてスタイリッシュな、片岡義男さんならではの短篇集。
かつて片岡作品のそんなところ魅せられたのですが、片岡作品を読むのは4年ぶりです。
久しぶりに読んだところ、これまでにも増してスタイリッシュに感じられ、ファンとしては嬉しい限りです。

どこにその秘密があるのか、今回初めて考えてみました。
ひとつには、常に肯定があるからではないか。
本短篇集に登場するどの主人公も極めて自然体。人におもねることなく、人間関係にあくせくせず、常にマイペース。そしてそんな自分の生き方に何の疑問も抱くことなく肯定している。だからカッコよく見えるのではないか、と思います。
(まぁ美人であったり才能に恵まれたりと、順調な境遇にあることも事実ですが)
「あとがき」にて片岡が、自分の作品に登場する男女は常に対等と言っていますが、それも上記雰囲気を醸し出している、見逃せない理由でしょう。

本短篇集、恋愛小説ではありませんけれど、人と人との出会い、再会がいろいろなパターンで描かれています。
その中でも、恋愛風味がふっと香る後半3篇が印象的。
「すこし歩こう」は恋愛関係の兆しを、「そうだ、それから、マヨネーズ」は一旦終った恋愛関係復活の兆しを、「割り勘で夏至の日」は恋愛関係の始まりの兆しを感じさせられて快い。
本短篇集、大人向けのカクテルのような、陶酔感のある味わいです。

卵がふたつある/恋愛は小説か/午後のコーヒーと会話/すこし歩こう/大根で仕上げる/そうだ、それから、マヨネーズ/割り勘で夏至の日

       

    

9.

「ミッキーは谷中で六時三十分」 ★★☆


ミッキーは谷中で六時三十分画像

2014年05月
講談社刊
(1700円+税)

  

2014/06/20

  

amazon.co.jp

片岡義男作品の魅力を知ったのは、頬よせてホノルル」「さっきまで優しかった人等の、洒落て日本離れした感覚をもたらす短篇集。でもそれらは同時に、私とは違う世界の出来事という思いも感じさせるものでした。
それから20年余も経ての本短篇集では、洒落た感覚は変わらないものの、抑えられてずっと身近なものになった、すぐ近くでこんな展開があったもそう不思議ではない、と思えるまろやかさ、円熟さが印象的です。
場所がバーだったり、喫茶店やカフェだったりするのも、そう感じる一因でしょう。

東京のあちこちの街を舞台にした短篇集。特徴的なのは、そこに至る経緯、そしてその後の展開への予想が完全にシャットアウトされていること。即ち描かれているのは、今、このひと時だけです。
そんなひと時における、男と女の新たな出会い、思いがけない再会があり、またそれらには予定されたものもあれば、偶然のものもあります。
出会う女性が年齢を問わず皆美人で素敵な魅力を持っている、という処は片岡作品ではもう当たり前のことですが(羨ましい限り)、だから・・・という思惑は排除されていて、ただ出会いを楽しむ、という風。
日常の中で切り放たれた、どこからも独立した時間。それ故に真っ新で曇りのないストーリィであるところが、とても心地良く、すっきりと澄みきった味わいです。

これまで片岡義男作品を読んできて良かった、という思いを本書から引き起こされます。ファンとしてはとても嬉しい一冊。
なお、収録7篇の内では、
「ミッキーは谷中で六時三十分」「吉祥寺ではコーヒーを飲まない」が特に私のお気に入り。

ミッキーは谷中で六時三十分/三人ゆかり高円寺/酔いざめの三軒茶屋/お隣のかたからです/タリーズで座っていよう/吉祥寺ではコーヒーを飲まない/例外のほうが好き

      


 

to Top Page     to 国内作家 Index