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12.さわらびの譜 13.緋の天空 14.鬼神の如く 15.嵯峨野花譜 16.玄鳥さりて 17.影ぞ恋しき |
【作家歴】、いのちなりけり、秋月記、花や散るらん、柚子の花咲く、橘花抄、蜩ノ記、冬姫、散り椿、千鳥舞う、蛍草 |
11. | |
「春風伝」 ★☆ |
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2015年10月
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激動の幕末に27歳の若さで逝った長州藩の英傑=高杉晋作を描いた力作時代長篇。 何故「春風伝」という題名なのかというと、高杉の本名は「春風(はるかぜ)」であって「晋作」は通称なのだそうです。 高杉晋作もまた幕末史に名前を残した人物の一人ですが、生憎私はあまり詳しくなく、また葉室作品で初めて読む歴史小説という点もあって、興味半分期待半分にして読み始めました。 しかし残念ながらもう一つ面白い!という処までは至らず。 ひとつには、坂本竜馬のように藩を飛び出して日本国の中で自在に動いた人物とことなり、(上海視察という経験はあっても)現実的には狭い長州藩の中での活躍に終わったという印象が強い所為でしょう。 もうひとつはその人物像。"論"より"行動"の人と説明されますが、その行動ぶりは相当に直感的。それ故行動が尊皇攘夷派なのかそうでないのか、ころころ変わっている印象を受けます。本人の中では全ては長州藩のためと一貫しているのかもしれませんが、余りに転換が早過ぎて周囲の人間もまた読者も付いていけず、という観あり。 その人間がどういう人物であったかは、それを映す人間の存在があってこそと思うのですが、本書においてはその高杉晋作という人間を映し出す人物が力不足、これはという人物がいなかった、という気がします。 唯一この人であれば、という人物は一人登場しますが、すぐ舞台から退場してしまうため成り得ず。 全ては一瞬の風のように吹き荒れて逝ってしまった、高杉晋作の短い人生に原因を求めるべきなのかもしれません。 |
12. | |
「さわらびの譜」 ★☆ |
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主人公の有川伊也は、弓矢小町という異名を取るほどの弓術の名手。日置流雪荷派という弓術の流派を受け継ぐ父親に幼い頃から手ほどきを受け、天分を伸ばしてきた娘。その伊也が敬意をもって眺めるのが、大和流弓術の名手である樋口清四郎。 その清四郎との縁談話が有川家に寄せられますが、父親が相手として指名したのは姉娘の伊也ではなく、妹娘の初音。 そこから2人の姉妹が各々の胸の底に秘めた淡い想いと、伊也と清四郎の弓術に対する真摯な想いが交錯するように描かれていきます。ところが、御前試合をきっかけに伊也と清四郎は各々窮地へと追い込まれていく。その背後には扇野藩内における政争があり、2人はそれに巻き込まれたという次第。 弓術をめぐる勝負に藩内政争とくれば、武家もの時代小説の定番と言えるようなストーリィ。それにしては伊也の父親である有川将左衛門といい、扇野藩弓術師範の磯貝八十郎といい、ヘンに頑なで間が抜けたところがあり、緊張感をやや欠く原因になっています。 そしてストーリィの中心には、仲の良い姉妹の淡い恋心と弓術に対する真摯な想いが居座っていて、時代物小説というよりスポーツ部活系青春ストーリィのノリ、と言う方が相応しい。 青春ストーリィに藩内政争を絡めて時代小説の枠内に収めた、という風です。時代小説としてはあちこちご都合主義が過ぎるように感じました。 題名の「さわらび」とは早蕨で、姉妹の有り様を象徴するものとして用いられています。その字体から感じられるように、本書は爽やかな時代小説というに尽きる作品です。 |
13. | |
「緋の天空」 ★☆ |
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2017年05月
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葉室さんに珍しい、大和朝廷時代に舞台をとった歴史長編。 主人公となるのは藤原不比等の娘で、後に聖武天皇の皇后となり帝を支えた光明子。 藤原不比等の娘・安宿媛として生まれ、後に聖武天皇となる首皇子とは同じ邸内で育つ。弱々しいところのある聖武天皇を支え、場合によっては実質女帝として国のために尽くすことを父親から運命づけられ、また先帝である元明・元正天皇の両女帝からは国を託された女性トップとして描かれます。 天武系王朝で持統〜元明〜元正と続いた女帝の路線、女帝だからこそ慈悲の心を持って国と民を導くことができる、というのが本ストーリィのコンセプト。 女性の活躍がこれまで以上に謳われている現在の日本に如何にもマッチしたストーリィです。 ただ、女性を主人公としながら、どこか角ばりぎくしゃくしているような印象を拭えないのは、安宿媛・膳夫・弓削清人といった若い頃を生かせず、結局は政争主体のストーリィにしてしまったからか。 テーマ、伝えたいメッセージも理解はできるのですが、小説としての出来上がりは今一つ、と感じざるを得ません。 澤田瞳子さんが歴史小説の舞台としてこの時代を広げてきましたが、この時代を題材とする作品が今後も膨らんでいくことを祈りる思いです。何しろ天皇が政治を主導してきた、日本国家の原点となる時代なのですから(それにしては皇位争い等、かなり血なまぐさい時代でもあるのですが)。 ※なお、東大寺の大仏建立に関わった工夫たちを描いた作品に、帚木蓬生「国銅」があります。よかったら同書もどうぞ。 緑陰の章/若草の章/瑠璃の章/月輪の章/白虹の章/玉座の章/炎舞の章/悲愁の章/天門の章/星辰の章 |
14. | |
「鬼神の如く−黒田叛臣伝−」 ★★ 司馬遼太郎賞 |
2018年10月
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実際に福岡藩黒田家で起きた“黒田騒動”に題材をとった歴史時代物長編小説。 時代は、家光が三代将軍に就き、老中・土井利勝、大目付・柳生宗矩という布陣で有力大名の取り潰しを画策していた頃。黒田騒動の直前には、藩内の仕切り不行き届きを理由に熊本藩加藤家が取り潰しの憂き目を受けたばかり。 そうした状況下にあって、藩祖以来の筆頭家老家であった栗山大膳が二代目藩主の忠之を、幕府に謀叛の企てありと訴えたという事件。現代から見ても驚くような内輪もめですが、不思議なのは福岡藩が取り潰されることなく、またお預け・召し放ちといった処分は下されたものの、福岡藩は取り潰しも・減封もなくそのまま存続したこと。 真相はどうだったのか、栗山大膳は何を企んでいたのか、そこはもう葉室さんのフィクションですが、ミステリアスにしてサスペンスフルな時代小説に仕上がっていて、葉室作品の中でもかなりの異色作と感じます。 大膳と藩主・忠之の関係が面白い。表面的には反目し合いながらも心の奥底では相通じているのではないかと思えます。 それに対し、最後の最後まで油断できないのは、黒田如水と並んで秀吉の軍師だった竹中半兵衛一族の流れをくむ、豊後府内藩藩主で長崎奉行の職にある竹中采女正とのせめぎ合い。まさに互いに本心を隠しての謀り合いといった風で、本ストーリィの中心軸になっていると言って間違いありません。 上記に加えての魅力は、実在の人物がふんだんに登場していること。栗山大膳・黒田忠之を始め、忠之の寵臣=倉八十太夫、家光・土井利勝・柳生宗矩・〃十兵衛に、宮本武蔵、夢想権之助、天草四郎等々と。 個人的に嬉しかったのは、夢想権之助の登場。なにしろ、佐江衆一「捨剣−夢想権之助−」以来の出会いですから。 |
15. | |
「嵯峨野花譜」 ★☆ |
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2020年04月
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江戸期の文政年間、京の大覚寺の少年僧=胤舜を主人公とし、活花を通じて少年の成長を連作風に描いた時代小説。 大覚寺の花務職を務める不濁斎広甫は華道未生流の2代目。その広甫が2年前大覚寺に連れてきて得度させたのが胤舜。 既にその才能を師ならびに年上の門人である3名も認める程ですが、実は胤舜、実父を知らず、しかも母親に置き捨てにされたというのが大覚寺で得度した理由。 しかし、胤舜自身は知らずにいたが、その身の上には大きな秘密があった。 病を得た実母との再会、実父との関わりから巻き込まれた騒動といった幾多の試練を経ながら、活花を通して胤舜が人間的に成長していく過程を連作風に描いた長編作品。 各章で胤舜は、昔を忘れる花、殺された弟のための花、闇の中での活花、年老いた女主人をなぐさめる花等々、求められた難しい課題に応じながら、それを通じて自らも成長を遂げる、というのがストーリィ構成の主軸。 活花といっても判り易く説明されていますし、胤舜の活花自体が素朴なものなので、活けられた花の意味を全く感じ取れないということはありません。 和歌や華道に興味があったり親しんでいる方はさぞ面白いと思うのかもしれませんが、門外漢としては、やや綺麗ごと過ぎるなぁと感じるところもあります。 ともあれ、多少の争いごと、揉め事はあるにしろ、花や活花がモチーフとなっていますから、(作中の言葉を借りれば)極めて清雅な印象の残るストーリィになっています。 忘れ花/利休の椿/花くらべ/闇の花/花筺(はながたみ)/西行桜/祇王の舞/朝顔草紙/芙蓉の夕/花のいのち |
16. | |
「玄鳥さりて」 ★☆ |
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2021年10月
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藤沢周平「玄鳥」「風の果て」のオマージュ作品とのこと。 上士の息子である三浦圭吾、城下の剣術道場で8歳年上の先輩である下士の樋口六兵衛からいつも稽古相手に指名される。そこに理由は判らないながら、ろく兵衛の自分に対する好意を感じ取っています。 そしてある事件が起きた時、六兵衛は自分が罪を背負うことで圭吾をかばい、自身は遠島の刑に処されます。 六兵衛が遠島になっている間、圭吾は富裕な商人の娘を嫁取り、藩内の実力者である首席家老の派閥に入って立身を遂げていた。 そして六兵衛が遠島から帰藩し、寺男に身を落として暮らしているという話を耳にした時、六兵衛にどう対すれば良いのか、戸惑う気持ちを抑えられません。 他人に利用される一方で、自分自身は運命に恵まれない六兵衛。それと対照的に六兵衛に守られることによって立身出世の糸口を掴み、藩内で成功者となる圭吾。 そんな2人の信頼関係を、藩内で勢力争いを繰り広げる首席家老と次席家老、さらに自分の欲しか頭にない藩主は放っておこうとせず、利用しようとして止まない。 そんな状況下、2人はどう対処していくのか。命令に甘んじるのか、それとも切り抜けていくのか、というストーリィ。 圭吾が、保身のために無理やり自分を納得させようとするのは、凡人としては当然の選択でしょう。 それに対して六兵衛の行動は、余りに聖人君子過ぎるというか、人間離れしているというか、現実感を欠く故にむしろ納得できないところがあります。 その点、藤沢周平作品はむしろ、人間の愚かしさに対して肯定的あるいは容認していたのではなかったか。愚かしさと懸命さが紙一重、同居しているところに人間らしさがある、という風。だからこそそこに可笑しみも悲哀も感じられるのでしょう。 それに対して葉室作品は綺麗すぎる、理想に過ぎて現実感、納得感が持てないというのは、初期作品から通じて感じてきたところです。 本作の読後感も、まさにその延長上にあります。 |
17. | |
「影ぞ恋しき」 ★★ |
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2021年04月
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「いのちなりけり」「花や散るらん」に続く、雨宮蔵人と咲弥の長きにわたる物語の完結巻。 いやー、この2人の物語をついに読み切った、というのが読了後にまず感じたこと。 前2作を読み終えた後、何か物足りないような思いがしていたのですが、そうか、最後で咲弥が語ったこと、それが足りなかったのだとようやく気づかされました。 それにしてもこの三部作、前2作も本作も、読み応えがあるようでいてどこか得心できないところあり、という思いが常に残ります。 それは主人公である雨宮蔵人の人物造形に尽きる、といって間違いありません。 剛勇・豪胆である一方、愛を貫かんとする武士・・・何かなぁ。これまで数多く読んできた武家もの時代小説の中でこうした人物は他にいない、故に私の中で一人の武士として焦点を結ばない、雨宮蔵人とは私にとってそんな主人公です。 本ストーリィは今回、蔵人が冬木清四郎という若者のことを引き受けたばかりに、綱吉側近の柳沢吉保と<正徳の治>を開かんとする新将軍=家宣の側近一味との争いに、咲弥や娘=香也と共に巻き込まれる、というもの。 ストーリィ上でも少々引っ掛かるのは、蔵人がつっこまなくてもいい問題に首を突っ込み、挙げ句に大事な家族共々危険な状況に入り込んでしまう、という展開であること。 それでも最後、蔵人の想いに応える咲弥の行動が、本物語を見事に一貫したところに収めた、と感じます。 読み終えた充足感あり、この三部作を堪能した思いです。 なお、「影ぞ恋しき」は、亡くなった人への想いを語る言葉。 |