帚木蓬生作品のページ No.2



11.空夜

12.逃亡

13.受精

14.安楽病棟

15.空山

16.薔薇窓(集英社文庫改題:薔薇窓の闇)

17.エンブリオ

18.国銅

19.アフリカの瞳

20.千日紅の恋人


【作家歴】、白い夏の墓標、十二年目の映像、カシスの舞い、空の色紙、賞の柩、三たびの海峡、アフリカの蹄、臓器農場、閉鎖病棟、総統の防具

帚木蓬生作品のページ bP


受命、聖灰の暗号
、インターセックス、風花病棟、水神(上下)、やめられない、蠅の帝国、蛍の航跡、ひかるさくら、日御子

帚木蓬生作品のページ bR


移された顔、天に星地に花、悲素、受難、守教、襲来、沙林、花散る里の病棟

帚木蓬生作品のページ No.4

  


   

11.

●「空 夜」● ★★★




1995年04月
講談社刊

1998年04月
講談社文庫化
(695円+税)



1996/11/03

帯には「九州の四季の移ろいの中に揺れ動く、ふた組の、不倫を越えた純愛を描く」とあります。何故帚木さんが不倫の愛を描くのか? 何故こうしたストーリイを書こうとしたのか? それを解き明かそうと思いながら読みました。
サスペンス的な緊張をはらんだ従来の作品とは全く異質なストーリイですが、読了後は、他の作品以上に思い出深く、懐かしみを感じる作品となりました。

舞台は、九州の過疎とも言える村。その村でワイン造りをしている旧家の跡取り娘の真紀(31才)、娘の伽奈、同級生で医師として赴任してきた山岡慎一
一方は、真紀が町でよく立ち寄るブテイックの主人俊子(40才位)、彼女の恋人の岩崎達士(30才位)。この二人による温泉めぐり等は、この作品に季節の美しさという彩りを添えています。それもこの作品の魅力のひとつ。
慎一が村に帰って来て以来、真紀の生活に活気がでてきます。家付き娘としてただ自分の運命を受け容れて来た真紀に、自分から路を選ぼうとする意志が生まれてくる。
この作品は、はめられた生活の中から抜け出し、自分らしく生きようとする人々へのエール、という気がしました。
一方で、帚木さんらしい、医療の現場における問題提起という部分もあります。それは賞の柩におけるスペイン人親友の父親である医師の姿、臓器農場の的場医師が遺書のなかで規子に打ち明けた夢、それと共通するものだと思います。
従来の作品のように直線的な主張はないものの、帚木さん自身の主張を抑制的かつ断片的に散りばめ、読者がそれを組み合わせて初めて良さを感じ取る、そんな構成を試みた作品であるという気がします。

  

12.

●「逃 亡」● ★★★   柴田錬三郎賞




1997年05月
新潮社刊

2000年08月
新潮文庫化
(上下)



1997/06/07

これまでの帚木作品と多少異なり、一文一文をかみ締めながら読み終えた、という気がします。
その所為か、当初感じた本書の厚さ・重さも、途中からは全く気にならず、それより通勤途上の読書で中断される のが何より苦痛でした。おそらく帚木さんも、父上の足跡を辿りつつ、同じような思いで書き下ろされたのでは ないでしょうか。

最後の段階の頃には、涙をこらえつつ読む羽目になりました。
これは、単に主人公だけの運命ではなく、妻子、同僚をも大きく巻き込んでいる運命的な事実であり、直視しなくてはならないストーリイなのだと思いました。
ご本人も苦労されたことでしょうが、瑞江、善一らの苦労も並大抵のものではないでしょうし、同僚らの励まし等すべてについて、頭を下げざるを得ません。
この執筆にあたり、帚木さんは息子さんをロンドンの“パブリック・レコード・オフィス”に行かせたところ、父上に対する手書きの手配書を発見することができたそうです。その息子さんが、「祖父がひたすら逃げてくれたお蔭で、自分がこの世に存在するのだ」と涙に暮れたそうですが、身内ならずとも、本書を読んで同様の思いを抱かざるを得ませんでした。

主人公は、当初自分は何の罪もないとして逃亡しますが、後日繰り返し回想するにつれ、認識を変えていきます。
けっして感情的にならず、事実は事実として認める視点があること、これは帚木作品の貴重な要素だと思います。
本作品で、帚木さんは、一人称的に書きながら、「私」という言葉を1箇所しか使っていません。その結果、読み手が意識しないまま臨場感を味わいつつ、一人称でありながら冷静かつ緊迫感をもった筆はこびになっているという点で、成功されていると思います。
戦争を振り返った作品は数多くありますが、憲兵については悪印象が強すぎ、あまり書かれていないのではないでしょうか。戦場で人を殺すのが嫌さに憲兵になったというのは、全く思いもよらない事でした。
準備段階で、父上の同僚だった多くの方が、森山(帚木さんの本名)軍曹の遺児ということで協力してくれたそうです。それだけに、貴重な記録にもなっているのではないでしょうか。
先の戦争については、繰り返し繰り返し書かれていく必要があると思います。“戦争”があって初めて“平和”があるわけで、平和を思う為には繰り返し戦争のことを考えていく必要があると思います。

   

13.

●「受 精 Conception 」● 




1998年06月
角川書店刊
(1900円+税)

2001年09月
角川文庫化



1998/07/29

率直に言って、帚木作品にしては納得し難い作品。
まず、冒頭から厭だなあという思いを強く抱いてしまいました。
主人公が、交通事故死した恋人の面影を執拗に追い求めていること、宗教が魔術のように取り扱われていることの2点です。
帚木作品の魅力は、事実を着実に積み上げていくことからの緊迫感にあるのですが、上記はまるでそれに反するかのようで、終始違和感がぬぐえませんでした。
主人公・舞子が死んだ恋人の子供を宿すために飛んだ舞台は、ブラジル。何故ブラジルなのかという疑問も生じ、その結果ストーリィがいかにも嘘っぽいという印象が強まります。
中盤に至っても、ストーリィ展開は臓器農場アフリカの蹄の既作品を貼り合わせて作り上げたような筋立て。また、総統の防具との関連などは全く余計なこととしか思えません。
謎への興味は次第につのっていくものの、ストーリィとしての盛り上がりは今一歩。そのまま充分な盛り上がりのないうちに、謎は一気に(短絡的に)事件解決に向かってしまいます。
真相解明により、冒頭の疑問も一応の理由づけがなされるのですが、かなりこじつけがましいなと感じ、当初の印象を正すまでには至りません。
人工受精の現代的問題に、ブラジルの社会問題とかいろいろな要素をからめてストーリィを作り上げた点は帚木さんらしいのですが、全体的なまとまりに欠けている、というのが私の評価です。帚木ファンだからこそ、厳しめの評価になりました。

  

14.

●「安楽病棟」● ★★




1999年04月
新潮社刊
(2200円+税)

2001年10月
新潮文庫化
(819円+税)

2017年08月
集英社文庫化


1999/05/03


amazon.co.jp

ストーリィの舞台は、総合病院の中の痴呆病棟です。そこに暮らす様々な老人たち。痴呆病棟にいるといっても、入院の事情、痴呆の様子は人それぞれです。
今回、この作品は一人称で語られます。まず最初はこの病棟に入院している老人10人のそれぞれの経緯から。一口に「老人」といっても、そこに至るまでには様々な人生や苦労を乗り越えてきた人々なのです。10人の人生ドラマを聞くことによって、もう痴呆老人とひとまとめに考えることはできません。
その後は、新任看護婦・城野の手記あるいは報告の形で痴呆老人たちの日常の様子、看護側の努力が描かれていきます。
一人称という形式は、読むにまどろっこしいところがあります。また、帚木さんの緊迫感のあるこれまでの作品からすると、戸惑いすら感じます。でも、三人称で語ろうとすると、痴呆老人問題は得てして議論を展開する風になってしまうかもしれません。その意味で、患者の傍に寄り添って介護を実践している看護婦による一人称の語りは、ゆるやかで温かく、本題材に極めてふさわしいものではないでしょうか。
主人公である城野看護婦は、きちんとした目的意識をもち、患者への対応にも節度あるユーモアがあって、好感がもてます。彼女の人物設定が、本作品を毅然とした、気品あるものにしているようです。
本書の最後には、医師の立場からの意見の体現者として香月医師が登場し、また付け足しのようなミステリ部分もあります。
しかし、本書は、痴呆老人介護問題の集大成とでも言いたい程様々な生活上の問題が具体的に描かれており、多くのことを考えさせられます。本書は、小説というより帚木さんのレポート、と言う方が実態に近いようです。

※老人介護問題の壮絶さを描いた作品に佐江衆一「黄落」があります。

  

15.

●「空 山」● ★★




2000年06月
講談社刊
(2000円+税)

2003年06月
講談社文庫化



2000/07/06

ちょうど豊島という時事問題があったからでしょうか、本書は大型ゴミ処理場建設の問題をテーマとした作品です。
舞台は空夜五条村。中心となる人物は、前作に引き続き、俊子、真紀、慎一たち。そして更に、茂木村長、俊子の同志である女性市議たちが加わります。
前作でブティックの店主だった俊子は、今回市会議員として中心的な役割を担っています。本作品が「空夜」の続編となる必然性は何も有りません。ただ、このテーマを扱うのに格好な舞台となる自然環境を「空夜」の五条村が備えていることから、続編となったのでしょう。
そもそも、こうしたテーマを何も帚木さんが、と思うのですが、他に小説に書いた人もいないようですから、まあこれは仕方ないかな、と思いつつ読み進みました。こうしたテーマは小説にしにくいと思います。ゴミ処理問題というと、極めて俗物的ですし、醜悪なイメージをもっています。小説が作り出す物語性を、現実(醜悪)感が圧倒してしまうからでしょう。アーサー・ヘイリーであれば、うまく企業・社会小説として書き上げるのかもしれませんが、ココは日本。帚木さんは、こうしたこのテーマを、五条村の自然の美しさ、慎一が尽力して活性化した五条村とその人々とを巧みに対比して描くことにより、バランスもまとまりも良い、時事的な小説としてうまく纏め上げています。帚木さんらしい鮮やかなお手並み、と感じました。
単にゴミ処理施設誘致を批判するのではなく、ゴミ問題を当事者である住民ひとりひとりがどういう意識から取り組むべきかという根源的なところから、帚木さんは医師・慎一を通して問題提起しています。その一方で、俊子、真紀と娘・伽奈、藍染めに携わっている松永夫婦の生活模様も軽く描かれており、ゴミ問題とは別となるストーリィの流れがあります。
本書の魅力は、自然と人との繋がりが生き生きと多様に描かれているところにあり、それ故に快い読後感が残る作品となっています。

            

16.

●「薔薇窓」● 
 (集英社文庫改題:薔薇窓の闇)




2001年06月
新潮社刊
(2400円+税)

2004年01月
新潮文庫化
(上下)

2014年08月
集英社文庫化
(上下)


2000/07/04


amazon.co.jp

舞台は、1900年、万国博覧会開催中のパリ。主人公は、警察の特別医務室に勤める精神科医ラセーグ
その特別医務室で彼が診るのは、いずれも警察に関わり、精神病癖があるかどうか疑念をもたれた人物たち。

ある夜、日本人らしい若き娘が、傷だらけかつ呆然自失の状態で連れられてきます。果たしてどんな事件が彼女を襲ったのか。
そして、現代のストーカーの如くラセーグにつきまとう貴婦人を乗せた馬車、パリの巷で若い娘が連続して誘拐されるという猟奇的事件。本書は、それらを軸としたサスペンスです。

帚木さんが主人公を日本人以外に設定したのは初めてのこと。とは言え、この主人公は、鍔の蒐集趣味をもつ等極めて親日的な人物。なおかつ、博覧会には日本も参加していて、日本の芸人による曲芸、美術品の展示も見られ、パリでは日本ブームが高まっているというのが、本ストーリィの背景。

近代国家の仲間入りしたばかりの日本、日本人の姿を、外国の地にて外国人の目から眺めるという興味が本作品にはあります。登場する重要な日本人は、ラセーグに保護される娘・音奴と、パリで日本の美術品を商うの2人。とくに、音奴がパリの下町の下宿屋で人々に親しんでいく様子は、微笑ましさを感じます。

しかし、ミステリとしては、連続誘拐事件、貴婦人のストーカー事件のいずれとも迫力不足。とくに後者はもう少し深いストーリーがあるかと思いきや、期待はずれ。
パリにおける日本の異国情緒は楽しめるものの、サスペンスとしては物足りなさが残ります。

   

17.

●「エンブリオ」● ★☆




2002年07月
集英社刊
(1900円+税)

2005年10月
集英社文庫化

(上下)



2002/08/02

“エンブリオ”とは、受精2週以後の受精卵(受精後9週からは胎児という呼び方もする)のこと。
本書は、不妊治療に実績をあげる産婦人科医・岸川卓也を主人公に、生殖医療における無法地帯に踏み込んだその医療行為を描いた作品です。

岸川の経営するサンビーチ病院は、海岸沿いに立つ贅沢な施設と高度医療で知られる病院。他の病院で不妊治療の成果を得られなかった夫婦は、ここでやっと救われ、喜びと感謝に涙を流す。
しかし、日本では胎児に関する法規制が欠落していることから、サンビーチ病院では、他所では考えられない医療および実験を実践していた。即ち、胎児を利用しての臓器移植、中絶した胎児から取り出した臓器の培養、胎盤を素にした化粧品の試作、男性の妊娠、等々。
罪悪感がまるでないかの如く受精卵につき“飼育”、実験室につき“ファーム(農場)”という言葉がこの病院では平然と使われています。その点、本作品は臓器農場」の延長線上にあるストーリィと言えます。
ただし、本書の主人公はあくまで岸川卓也であり、ミステリ・サスペンスではない点が、「臓器農場」と異なるところ。
岸川が行っている医療の是非については、我々一人一人が判断すべきでしょう。帚木さんは、近未来的な課題を、小説の形をとって我々に提示しているのだと考えます。
いくら医療が進んだからといって、人間は生命の尊厳を越えるべきではない、というのが私の考えです。
また、岸川が自らの医療を正しいと確信しているのであれば、犯罪に手を染める必要もなかった筈。

        

18.

●「国 銅(こくどう)」● ★★




2003年06月
新潮社刊

上下
(各1500円+税)

2006年03月
新潮文庫化
(上下)



2003/07/19



amazon.co.jp

奈良・東大寺の本尊、毘盧遮那仏如来像(いわゆる大仏)の建立に携わった人足たちを描いた物語。
帚木さんが本作品を書く契機となったのは、山口県の長登という鉱山跡を見た時。そこの銅が大仏建立に使われたこと、大仏建立に徴用された20万人位の人々が使い捨てのように放り出されたという話を聞いて、工事に携わった名もない人々のことを書こう、と思ったのだそうです。

古代と言うべき奈良時代。人々がどのように生活していたのか想像もつかない時代だけに、帚木さんがどう物語を書いていくのか、多少心配しつつも興味もあり、というのが正直なところでした。
しかし、それは全くの杞憂。ストーリィは、むしろ現代的な感覚で語られていますし、知らない時代の知らない話を読むという楽しさから、物語の中にすぐ没頭してしまいます。
またそれは、登場人物たちへの愛おしさに負うところも大。その中でも、主人公である国人という若者の造形がお見事。
国人は、長門の銅鉱山で働く貧しい若者。大仏建立工事の為、長門からも人足が徴用されることとなり、14人の仲間と共に都へ登ります。そして工事の始まりから開眼供養会まで、5年という長きにわたり工事に携わることになります。

本作品は、大きなドラマがある訳でもなく、大きな感動を呼び起すストーリィでもありません。むしろ、淡々と大仏建立に携わった人足たちの一部始終を描いた、という風。それに加えて、様々な人々と出会い成長していく、国人のビルドゥング・ロマンスともなっています。
主人公像にでき過ぎの観があるものの、登場人物たちへの愛おしさ、静かな感動が残るという点で、気持ちの良い歴史小説です。

       

19.

●「アフリカの瞳」● ★★




2004年07月
講談社刊
(1900円+税)

2007年07月
講談社文庫化



2005/02/01

アフリカの蹄の続編というべき、南アフリカ共和国を舞台にした、日本人医師・作田信を主人公とする医療サスペンス。

主人公の作田信(シン)のほか、妻のパメラ、診療所の医師サミュエルら、前作で馴染んだ人物たち再び登場し、馴染みの世界に戻ったような懐かしさ、居心地の良さがあります。
前作「蹄」で天然痘ウィルス撲滅に作田らが奮闘した時から12年が経ち、シンとパメラ夫婦の息子タケシも登場しています。

今回は、南アフリカに蔓延するエイズ禍を問題として取り上げた作品。
HIV感染の広がりという点において、南アフリカの現実は惨状にあると言わざるを得ない。高価な外国製の抗HIV薬が貧しい国民の間に行き渡る訳もなく、対策として政府は自国生産の安価な抗HIV薬ヴィロディンの利用を勧奨しています。それとともに、妊婦と新生児に対してはヴィロディンを無料配布。
しかし、ヴィロディンは本当に効果があるのか。サミュエルの診療所を手伝うシン、保健センターに非常勤のソシャル・ワーカーとして勤務するパメラは疑惑を抱くようになり、独自の調査を開始します。
医療サスペンスといっても、本書は穏やかなものです。むしろ、南アフリカの貧しい医療事情、深刻なエイズ禍を問題提起したレポート的な小説と捉えるべきでしょう。
そしてもうひとつ印象に残るのは、パメラが語る、政府をあてにしていてはいけない、自分たちの力でこの国を変えていかなければならないという強いメッセージ。それを反映するかのように、シンやパメラの活動を応援する普通の黒人女性たち、自分たちの努力で農地を豊かにしようと奮闘しているイスマイル一家たちの姿が描かれています。
ハード・サスペンス、ドラマチックなストーリィを期待する方には物足りないかもしれませんが、日本にとって遠い南アフリカという国の実情、エイズ禍という大きな問題を知るには、格好の作品です。

    

20.

●「千日紅の恋人」● ★★☆




2005年08月
新潮社刊
(1600円+税)

2008年04月
新潮文庫化



2005/09/10



amazon.co.jp

主人公はバツ2で、老人介護のパートの傍ら母親が所有するアパートの管理をしている38歳の女性、宗像時子
自分にはもう恋など無縁だと、半ば諦める年齢に至った彼女に漸く訪れた恋愛模様。
華やぎとはまるで遠い、地味なラブ・ストーリィですが、かえって胸に伝わってくる優しさ、温かさがあってとても愛おしい。
真面目に生きる、大人のためのラブ・ストーリィです。

初婚は死別、再婚は2年で破綻。その時子は、父親が遺した古アパートの「扇荘」を母親に代わって管理して15年になりますが、その管理ぶりは並々ならぬものがあります。
アパート故に住人にはいろいろな人がいます。家賃の滞納を繰り返す困り者も、痴呆化している老女も、大家族も、年中夫婦喧嘩している住人もいます。
そんな住民のプライベートに立ち入ることは決してないけれど、管理人としてすべきことは全て着実に責任を果たしているという時子には、敬意を覚えます。
夫が老衰死して途方にくれる老妻を支え、通夜や葬式も時子がすべて仕切って執り行う。通夜にアパートの住人たちが次々と訪れる場面が実に良い、見事な場面です。それも時子の日頃の努力あってのこと。
様々な人たちを描いているという点で本書は閉鎖病棟の系列に属する作品といえますし、自分なりに着実な生活を営んでいる女性像という点で、時子は帚木作品で私の好きな女性たち(紀子、規子、真紀)の年を重ねた姿といえます。
ただ、時子という主人公は忘れ難い魅力をもった女性に違いないのですが、その彼女の相手となる有馬という年下の男性像はちと出来過ぎという感じ。

本書は一応“ラブ・ストーリィ”ですが、主眼は時子という女性の生き方にあります。彼女に訪れた思いも寄らぬ恋は、そんな風に真面目に生きてきた彼女へのご褒美と受け止めた方が良い気がします。
淡々としたストーリィですが、人生の味わい深く、そして2人の恋愛の余韻がとても快い作品です。
若さをちょっと過ぎた大人のラブ・ストーリィを読みたい方、是非お薦めです。

※千日紅(千日草)・・・花言葉は「不滅の愛」

       

帚木蓬生作品のページ bPへ     帚木蓬生作品のページ bR

帚木蓬生作品のページ No.4

   


 

to Top Page     to 国内作家 Index