佐江衆一作品のページ No.1


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34年東京都、浅草生。コピーライターを経て60年短篇「背」にて第7回新潮社同人雑誌賞を受賞し作家デビュー。90年「北の夜明け」にて第9回新田次郎文学賞、95年「黄落」にて第5回ドゥ・マゴ文学賞、96年「江戸職人綺譚」にて第4回中山義秀文学賞を受賞。古武道杖術師範。2020年10月、肺腺がんにて死去。享年86歳。


1.北の海明け

2.捨剣−夢想権之助−

3.子づれ兵法者

4.黄落

5.江戸職人綺譚

6.江戸は廻灯籠

7.幸福の選択

8.女剣 (文庫改題:「からたちの記」)

9.クィーンズ海流

10.北海道人


自鳴琴からくり人形、わが屍は野に捨てよ、士魂商才、長きこの夜、動かぬが勝、兄よ蒼き海に眠れ、エンディング・パラダイス、野望の屍

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1.

●「北の海明け」● ★★

 

1988年
新潮社刊

1996年
新潮文庫



1998/01/10

江戸幕末期、蝦夷地に官寺建立が決定され、その三寺のひとつアッケシの国泰寺に赴任した 老若ふたりの僧の物語。
寺建立の目的は主としてアイヌ対策。アイヌに古来の神を捨てさせると共に、ロシア人・キリスト教侵入を排除するため、仏教に帰依させ一層の和人化推進を図ろうというものです。
前半の主人公・文翁師は、アイヌに公儀の力を見せつけ威圧しようとばかりに現地に乗り込みますが、現地の実状を知る事により、苦悩しつつ病死。後半の主人公である修行僧の智弁は、文翁死後、数奇な運命を生きることになります。
アイヌに乱暴狼藉の限りを尽くす和人の姿からは、明治以後、朝鮮等の国の人々に対して同様の振る舞いをして来ただろう日本人の姿が連想されます。さらに、日本のみならず、白人が黒人をアフリカ大陸から拉致し奴隷として売買したことまで思い起こされます。勝者と敗者に対する行動として歴史上繰り返されてきた事でしょうが、許し難いという思いはつのります。
クナシリ、エトロフ、ロシア領の島まで至り、仏教、アイヌの神(カムイ)、ロシア正教とも向かい合い、アイヌと和人の二つの民族の間で生きることの苦悩。善悪を超えたところで歴史は刻まれていくという事実。主人公とともに、人のあるべき生き方を考えずにはいられません。この作品は、それら多くの問題を含みつつ、日本国内の中で埋もれてきた歴史に着眼した歴史小説だと思います。
※なお、江戸時代にキリスト教対策として檀家制度が定着した事、それは戸籍・住民票管理と同様な仕組みであった事を知っておかないと、もうひとつわかりにくいかもしれません。

  

2.

●「捨 剣−夢想権之助−」● ★★

 

1992年
新潮社刊

新潮文庫化



1992/09/28

何度もの剣の勝負(宮本武蔵との2度を含む)に常に負けながら、剣の道を目指し、遂に夢想流杖術を創始した男の物語。
読み終わった後には清々しい気持ちが残りました。剣術ものとしては珍しいことかもしれません。それはおそらく権之助とその妻となった千佐の2人のキャラクターに負うものでしょう。

負けることに自ら面白味を感じるようにもなるのですが、敗北の都度に人柄が変わって行く姿が何とも魅力です。
“二流”の人生を自覚し自分に満足した故でしょうか、剣術使いにはめったに見られない、爽やかな人生の姿を見たような気がします
。武蔵がこの作品中の殆どを我欲の強い異能者として登場し、晩年に至って漸く人間としての落ち着き、深みを見せるようになるのとは、とても対照的です。

剣の道を描く物語としても、津本陽「柳生兵庫助と並び、魅力的な作品です。

    

3.

子づれ兵法者」● ★★

 

1992年12
新潮文庫化

1996年09
講談社文庫



2001/04/18

7篇の時代小説短篇集。
それぞれ全く趣きの異なるストーリィですけれど、いずれも佐江さんらしく、味わいのある作品です。

とくに秀逸だったのは、表題作である「子づれ兵法者」。10歳の息子進之助を連れて、乞食同然の格好で剣術道場の前に立った平川軍太夫。彼を迎え入れる道場主・森山七郎兵衛の娘で、小太刀の名手である志津は、初めて女らしく軍太夫に思いを寄せます。
登場人物のいずれも清々しく、その中に楚々とした愛情物語があって、心惹かれる一篇です。
最後の「装腰綺譚」自鳴琴からくり人形に再収録された作品。

子づれ兵法者/菖蒲の咲くとき/峠の伊之吉/鼻くじり庄兵衛/猪丸残花剣/女鳶初纏/装腰綺譚

 

4.

●「黄 落」● ★★★   ドゥマゴ文学賞受賞



1995年05月
新潮社刊
(1456円+税)

1999年10月
新潮文庫化


1995/06/25


amazon.co.jp

中年夫婦が年老いた親夫婦の介護をするというストーリィなのですが、その凄まじい内容には声も出ない、というのが実感。
まして作者の実体験に基づく迫真のドキュメンタリー。私も長男として他人事でないだけに、尚のこと深刻に考えざるを得ませんでした。

本書の渦中では、老父に対する妻の嫌悪感、作者夫婦の間にさえ互いへの憎悪という感情までが噴き出してくる。“ホンネ”を超絶した、極限の状態の中での感情の迸りというべきもの。そのため作者は思わず妻へ離婚を申し出ますが、妻に簡単に一蹴されてしまう。
これが自分に起きたら一体どうしたらいいのか。
ここに至って老人福祉の問題も考えざるを得なくなりました。老人福祉という問題が、子供世代の家族崩壊という危機まではらむとは、思いもよらないことでした。

結末における作者の妻の一言は、答えを与えられたようで、ホッとするものでした。

転倒/後光/黄楽/葬送/老骨

 

5.

●「江戸職人綺譚」●   中山義秀文学賞


1995年09月
新潮社刊

1998年09月
新潮文庫化


1995/09/30

江戸時代の職人を題材とした短篇集。職人の姿を知るというのには良いのかもしれませんが、市井ものを楽しもうとしていた私にとっては、もうひとつ不満足なものでした。

解錠綺譚(錠前師・三五郎)/笑い凧(凧師・定吉)/一会の雪(葛籠師・伊助)/雛の罪(人形師・舟月)/対の鉋(大工・常吉)/江戸の化粧師(化粧師・代の吉)/水明り(桶師・浅吉)/昇天の刺青(女刺青師・おたえ)/思案橋の二人(引札師・半兵衛)

「自鳴琴からくり人形−江戸職人綺譚−」を読んでから思うと、どうも本書の読み方を誤ったようです。

  

6.

●「江戸は廻灯籠」● ★★



1997年05月
講談社刊

2000年08月
講談社文庫化

1998/02/05

各ストーリィの中で、ちょいと登場した人物が次のストーリィの中では主役となり、 都合7篇がグルリと繋がるという(作者言うところの)円環小説。

主人公は、屋根職人 → 武士 → 料理茶屋の女中 → 密偵 → 目明かし → 町娘 → 隠居という風にめぐっていきます。
とにかく、冒頭の屋根職人の話が嬉しくなってしまうようなストーリィ。藤沢周平さんや北原亞以子さんの市井ものと比べると、カラッと明るく、男性的なところが特徴かもしれません。
充分に楽しめる時代小説、とお勧めできます。

あとがきにおいて、作者自ら「小説家は職人だと思っている」と言っていますが、まさに職人芸のなせる業、そんな印象の短篇集です。

 

7.

●「幸福の選択」● ★★

 


1997年08月
新潮社刊
(1900円+税)

2002年05月
新潮文庫化


1997/12/07

長年勤めた広告会社を定年退職した津村昭二がつきあたった問題は、“人生の選択”の是非ということでした。過去の人生の岐路でどう人生を選択し今に至ったのか、他の可能性を選択していたらどうなっていたのか、またこれからの人生をどう選択するのか。そして、ひいては“幸福”とは何であったのか、何であるのか。
彼の還暦の日は、家族が揃って祝ってくれ、その家族と戸建ての家を思うとまずまずの人生であったことが窺えます。戦災孤児だった昭二が苦学してコピーライターとして成功し、同じように貧しかった妻の佑子と知り合って、二人で幸福を手中にする為奮闘した日々。定年後の暇な日々を送る昭二は、同時期に花形コピーライターでありながら自殺した杉本俊介の動機を探り求めつつ、自らの半生を顧みることにもなります。
第二の人生を迎え始める頃にぶつかる、様々な人生途中の問題に主人公は直面していきます。いざ、自分がその時を迎えたら、どうなるのか。この本は、その時の覚悟を読者に突きつけている作品かもしれません。
そんな第二の人生において、昭二のように再び新しい生き方を手に入れることができるのなら、それは幸福なこと。でも、それは自ら選択することによって、初めて得られることなのでしょう。

  

8.

●「女 剣」● ★★★
 (文庫改題:「からたちの記−女剣士道場日記」)

 


1997年11月
PHP研究所刊
(1650円+税)

 2001年08月
講談社文庫化



1997/11/09

主人公は、江戸から北国の小藩家臣のもとに嫁いだばかりの女剣士・里絵。藩内に馴染んでいくのと共に剣の道を更に深めていく過程が、詩情と気品豊かに語られていきます。私だけの印象かもしれませんが、藤沢周平「蝉しぐれ牧文四郎と、男女の違いはあれどつい比べてしまいたくなる作品でした。ちなみに、構成としては6篇からなる連作短編です。

何より印象強いのは、全編に漂う気品。里絵の女武芸者としてのキリッとした印象にもよるのですが、ただそれだけではなく、里絵が自分の剣の業を謙虚に思い、更なる成長の必要なことをわきまえる分別を持っていることの緊張感によるものではないかと思います。里絵の剣に対する姿勢は極めて自然なものです。むしろ、雪国・志津野藩に馴染むこと、新しい(夫の)父母に孝養を尽くすことを第一義に考えているし、剣の道を目指すにしても、女らしい優しい剣を身に着けたいと望んでいます。そんな里絵の生き方そのものが、志津野の四季の中で新たな人間として、剣士としての成長を育んでいく、そんなストーリィです。

女剣士としては「剣客商売」の佐々木三冬もいますが、本書を読んで思い浮かべるのは、藤沢周平「隠し剣孤影抄」の中の一篇である「女人剣さざ波」邦江
これまで時代小説を読んできた中では、邦江と本書の里絵の印象がもっとも鮮やかです。

 

9.

●「クィーンズ海流」● ★★




1999年08月
新潮社刊
(1700円+税)



1999/09/12

アヘン戦争当時の中国を舞台にした歴史小説です。主人公は東シナ海を舞台に活躍する海賊、“東海の青龍”こと周時珍
カバー表紙には「冒険歴史小説」とありますが、歴史をつぶさに検証した小説という方がふさわしいように思います。
主人公に海賊らしい、めざましい活躍を期待すると裏切られます。むしろ、周時珍は歴史における実証者のひとりと見た方が良いでしょう。
当時の大英帝国はヴィクトリア女王が即位し、めざましい海外進出を果たして栄華を誇っていた時期。清との貿易が輸入超過になりかねないと見るや、自由貿易を言い分に鴉片(アヘン)を持ち込み、それによって莫大な利益をあげていたわけです。
暗躍するジャーデン・アセソン商会、そしてアヘン戦争、香港島の領有・ヴィクトリア市建設と、大きく歴史が展開する様を、本書は詳細に語っていきます。
そして英米が手を結び、次に目をつけたのは幕末の日本。
舞台は中国だけでなく、ロンドン、日本にまで及び、スケールの大きい国際的な視野をもった小説です。
アヘン貿易は歴史に残る恥ずべき汚点ですが、同じアジアでありながら、欧米同様の真似を朝鮮・中国に行った日本も、同様に恥じるべきと思わざるを得ません。
女海賊香姑、主人公に日本剣術を教えた龍雲道人、纏足の美少女瑶娥、香港総督の娘キャサリン高杉晋作、登場人物も印象的です。

 

10.

●「北海道人−松浦武四郎−」● ★★




1999年10月
新人物往来社
(1800円+税)

2002年12月
講談社文庫化



2000/03/18

幕末期の蝦夷地探検家・松浦武四郎を描いた歴史小説。蝦夷が舞台ということで、やはり北の海明けを思い出しながら読み進みました。
松浦武四郎は、伊勢郷士の四男に生まれ、若いときから旅・諸国放浪を続けた人物です。長崎に滞在中、蝦夷地および露西亜の接近を知り、蝦夷地の国防に興味を抱く。それが、武四郎と蝦夷地との深い繋がりのきっかけとなります。そして幾度か蝦夷地を自らの脚で歩き、アイヌに親しむ一方で、蝦夷地に関心を抱く水戸藩の碩学とも交流し、蝦夷地の国防・開拓運営を説いて活動します。その縁で、一時は勤王志士的な行動もするので、中盤では戸惑いも有りました。
幕末→安政の大獄→明治維新と激動の時代の中で、蝦夷地通として武四郎は名前を高めていきますが、幕吏、官吏として役職だけはもらいながら、実際に蝦夷地運営に携わることはなかなかできません。そんな状況下、蝦夷地まで手が回らなかったというのが日本の国情でしょうし、適材適所に人材を登用しかつ十分な権限を与えることをしないというのは現在まで変わらない問題でしょう。
ただ、その中で、蝦夷地とアイヌを愛し、温和で平和的なアイヌの苦衷を共に苦しみ、アイヌの窮状を世に訴えるため、市井にあって「近世蝦夷人物誌」等の著述に励んだ武四郎の生き方には、爽やかさを感じます。
「北海道人・松浦武四郎」と記するのを常としていた武四郎が献策した「北可伊道」(北のアイヌ(人間)の国の意)から、蝦夷地が「北海道」と名付けられ、結果的に彼の雅号と同一となったということは、莞爾とすべきことでしょう。
後半、とう女が登場する以降の部分には、爽やかな風を受けるような味わいがあり、気持ち良い読後感に浸れる作品です。

  

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