byやませみ

4 非火山性温泉の地球科学

4-4 活断層にともなう温泉

活断層と温泉と、どこが関係あるんだ? と不思議に思われるかもしれませんが。まあ、じっくり読んでみてください。最後にはきっと「なるほど」と納得されるでしょう。

活断層ってなに?

「活断層」という用語は今ではみんな知っています。阪神大地震以来、日本で起きた大地震のほとんどが活断層の運動によって生じた「直下型地震」であることが、メディアでくわしく報道されているからです。大地震には、ほかに関東大地震や東海地震のようなプレート間運動でおこる「海溝型地震」がありますが、これはこの項とは直接関係ないのでおいておきます。

現在、日本列島には大地震を引き起こす可能性のある約60の活断層があるといわれ、かなりの予算を使ってその活動履歴や運動メカニズムの調査が急ピッチで行われつつあります。下図4-4-1には、科学技術庁が中心となって調査が進められている活断層の分布を示しています。しかし、岩盤中を無数にはしる大小の断層のうち、それが活断層であるか、そうでないかを見極めるのは非常に難しいのが現状です。活断層としてリストアップされていない断層でも、地震を引き起こす可能性があることは、最近の鳥取県西部地震の例でもあきらかです。

では「活断層」とそうでない「断層」はどこが違うんだ? というと、それは、「断層のうちで、近い将来に運動し、大きな被害地震を引き起こす可能性のあるものを活断層という」という定義につきます。「大きな被害地震」いうところがミソで、「小さな被害」や「被害をおこさない」地震をともなう断層はいくらでもあるのです。こういう断層をこの項では仮に「ミニ活断層」といっておきましょう。温泉に関係するのはこのミニ活断層です。

図4-4-1 調査中の活断層の分布図(科学技術庁HPより)

阪神大地震以降、全国の要注意活断層について、総合的な調査が行われています。図はかなり縮小したので見にくいですが、おおよその分布はつかめると思います。もっと詳しく知りたい方は、報告書が公開されているので、科学技術庁HPにアクセスしてみて下さい。
 
http://www.jishin.go.jp/main/koufu/00/koufu00.htm

断層について知ろう

岩盤中にはたくさんの「割れ目」が入っていることは、道路の崖などを見れば一目瞭然です。たまたま割れ目のない岩盤が「一枚岩」などといって観光名所にもなるくらい、割れ目の少ない岩盤を見つけることのほうが難しいくらいです。一見同じように見える割れ目でも、地質屋がみると「亀裂」「節理」「断層」に分けられます。「亀裂」と「節理」はおもに岩盤が膨張したり収縮したりして出来る割れ目で、方向が不規則か規則的かの違いです。

たとえば、福井の観光名所「東尋坊」では、岩石が六角形の柱の集まりのように規則的に割れている「柱状節理」がみごとですが、これは、玄武岩の溶岩が冷却するときに、水平方向に一様な収縮がおこってできたものです。また、天竜川の名勝「寝覚ノ床」は、地下深部にあった花崗岩が地表に上昇してきたときに、上下方向に均一な膨張がおこって座布団を重ねたように割れたもので、「板状節理」と呼ばれています。これらはだいたい地表付近でつくられるので、温泉とはあまり関係していません。

「亀裂・節理」と「断層」の一番の違いは、割れ目の面を境に岩盤がズレているかどうかです。断層(fault)の語源は、産業革命時代のイギリスで石炭が盛んに採掘された頃、石炭層がある面をさかいに突然に欠けて(fault=欠損)しまうことをさした鉱夫の符丁からきています。一旦faultした石炭層がその先どこに掘っていけばまた現れるかは死活問題なので、ここに地層の構造を調べる学問「構造地質学」が生まれ、断層の研究が一気に進んだのでした。

このように、「断層」は岩盤がある面(断層面)を境にしてズレ動く現象です。ズレのことを「変位」、断層面の水平方向の伸びを「走向」、断層面の角度を「傾斜」という用語がつかわれます。断層の変位が上下方向か水平方向かによって、「正断層」「逆断層」「横ずれ断層」などという形態的な分類がされていて、ご存じの方も多いと思いますが、これは実はあんまり意味がありません。というのは、断層はそのとき加えられた力(応力)によっては、どんな方向にも動きうるからです。とくに日本列島のような多数のプレートが複雑にぶつかっている所では、いろんな方向からの力(ストレス)が常にせめぎあっている状態になっています。ちょうど「おしくらまんじゅう」のように、どこで力のバランスが崩れるか、それぞれの人が右に倒れるか左に倒れるかを予測するのは大変に困難なのです。

断層のズレ(変位)の大きさは、数ミリといったミクロなものから、数百m、はては数千kmといった巨大なものまであります。一般に、変位が数十mまでで、崖の地層の観察などで認識できるサイズの断層を「小断層」、地質図や断面図で変位を表現できるようなサイズの断層を「大断層」といっています。しかし、変位が数kmといっても、一度にそれだけ動くわけではありません。例えば、阪神大地震のときに動いた野島断層のような、M7クラスの地震を起こす大断層でも、断層の総延長20kmにたいして変位した量はたかだか数mで、断層全体の長さの1万分の1にすぎません。この小さな変位の運動が繰り返し何度もおこって加算された結果、大断層の大きな変位がみられるようになったのです。

小断層は大断層のまわりに分布していることが多く、小断層の詳しい変位の観察から、大断層の全体の動きを知ることができます。逆にいえば、小断層は大断層が動いたときにかかった応力の一部が、周辺に伝わって出来るのです。おせんべいを割ろうとして力をかけると、上手くまっぷたつに割れることもありますが、大抵は細かい破片もできてしまい、パソコンのキーボードの隙間なんかに入って焦ることがありますが。そんなようなもんです。

断層と温泉の切っても切れない関係

さてここからが温泉のはなしです。
岩盤にかかる応力には、圧縮と引っ張りがあります。建築の分野で材料の岩石やコンクリートの強度を測定するときに、圧縮試験というのを必ずやります。整形した岩石試料を、プレスにかけて圧縮し、割れ方や割れやすさを測定するものです。見た目は硬い岩石でも、プレスにかかると豆腐のようにぐしゃりと潰れます。このとき潰れた方向は、もちろん圧縮をかけた方向で、「最大圧縮応力軸」とよばれます。一方で、岩石全体の体積はほとんど変化しませんから、膨らむ方向もあります、これを「最小圧縮応力軸または最大引っ張り応力軸」といいます。用語は難しいですか、なんのことはない、どこかが縮めばどこかが膨らむというだけのことです。要するに、岩石が急激に変形するときにできる割れ目(=断層)には、圧縮でできるものと、引っ張りで出来るものとが共存して同時にできるということです。

引っ張りで断層ができるということは、とりもなおさず、断層面に隙間ができやすいということで、ここに地下水や温泉がたまるのです。以前、深層地下水(4-1)でもおはなししたように、地中の岩盤はひじょうに透水性が悪いので、表層の地下水はほとんど深部へは浸透することができません。ここに断層ができると、断層面の隙間をとおって地下水が浸透していき、深層地下水型の温泉になります。逆に、火山性温泉(3章)では、地下深部から熱水や火山ガスが上昇してきますが、やはり断層がないと地表付近まで達することができません。ほかの化石海水型やグリーンタフ型の温泉の多くも、温泉がたまっているのはほとんどの場合、この引っ張りで出来た断層の隙間です。温泉(脈状泉)の在るところを俗に「温泉脈」というのは、こういうことを指しています。

断層に温泉や熱水がたまると、長い時間のあいだに成分が少しづつ沈殿して断層面に付着し、やがて堆積した沈殿物で隙間を完全にふさいでしまいます。こうなると温泉はもう流れなくなり、「温泉脈」は死んでしまいます。温泉が枯渇する(出なくなる)という現象は、もちろん地下の貯留量を汲み上げきった場合もありますが、多くはこの「温泉脈の沈殿物による閉鎖」が原因のことがほとんどです。温泉脈の寿命がどれくらいかはほとんどわかっていませんが、自然状態でも数百年からせいぜい数千年といったところだと推測されています。私たちが温泉の恩恵をうけるには、最近の断層の活動で、温泉脈となる新しい隙間ができている必要があるのです。

大断層には温泉が出る?

活断層の運動には一定の周期があることはよく知られるようになってきました。そして、変位量の大きい大断層ほど活動周期は短く、小断層ほど周期が長いことがわかりつつあります。長い時間スケールで見た場合、大断層は常に動いていて、小断層(ミニ活断層)はそれにつられるように、どこかが時々たまに動く、というような感じです。日本の活断層で最も活動周期が短い(頻繁に動く)のは、伊豆半島を縦断する丹那断層で、周期は700年といわれています。最近では1930年東海道線の丹那トンネルの工事の際、たまたま断層付近を掘削中に断層が動き(北伊豆地震)、トンネルがずれてしまうという事件がありました。(注:以前は「断層の向こう側にいた作業員がトンネルに閉じ込められた」と書きましたが、これは筆者の間違いでした。)

このへんの様子は作家、吉村 昭氏の力作「闇を裂く道(文春文庫)」に迫真の文章で描かれており、当時の断層や地下水についての考え方、ボーリング技術の発達、学者の態度などの興味深いエピソード満載で非常に面白いので、ぜひ一読されることを勧めます。読み出したらやめられないことうけあいです。吉村氏にはほかに「高熱隧道{新潮文庫)」「関東大震災(文春文庫)」などの著作があり、どちらも甲乙付けがたい傑作です。新田次郎氏とともに私の最も尊敬する作家さんです。

話がずれちゃいましたが、では、温泉が貯まるにはこういう活動的な大断層が最適かというと、そうでもないのです。というのは、大断層の多くは水平圧縮応力が最大に効いた「横ずれ断層」であり、また、頻繁に動くために断層面に挟まれた岩石片がこすり合わされ粉砕されてできる「断層粘土」が発達し、温泉のたまる隙間があまり無いことが要因です。温泉周辺の地質図などを見ても、源泉は大断層よりもその周辺の小断層(ミニ活断層)から湧出していることが多いのです。これは、大断層の周辺に部分的にできる「引っ張り応力場」の効いた断層であることと、活動度が低くてあまり動かないので、断層粘土が発達しないといった温泉の貯留に好適な条件ができているためです。

このあたりは温泉探査屋にも誤解されていることがあって、大断層をねらって大深度ボーリングをうって「スカ」す事例が跡をたちません。とはいえ、たくさんある小断層から温泉が出そうな候補を絞り込んでいく作業は膨大な時間と予算が必要で、どちらも十分に得られないときは、しかたなく大断層を掘削対称に選んで、えいやと賭に出てしまうこともあるのは事実です(いいわけ)。

かならず温泉が出るとはかぎらない!

さーてと、ここまでで、温泉と断層の関係がわかっていただけたとおもいます。が、待てしばし・・・、賢明な読者はもうお気づきのように、これは単に温泉が貯まる隙間ができる、つまり、容器が準備できたというだけのことで、その容器に熱いの(温泉)がそそがれるか、冷たいの(地下水)が注がれるかは、まったくどちらともいえません。ひらたくいうと、断層の隙間に地表から冷たい地下水が浸透してくるか、地下深部から熱い温泉がわき上がってくるかは、どっちの可能性も五分五分なのです。

以前にもおはなししましたが、地下水は循環しています。温泉や湧泉で水が地下から出てきているということは、どこかで地上の水が吸い込まれていなくては収支が合いません。地下水学の用語では、地下水が上昇(排出)するところをディスチャージ(discharge)域、下降(吸入)するところをチャージ(charge)域とよんでいて、それぞれが連動している単位を地下水流動系とよんでいます。

同じことはひとつの大断層とそれに連結した小断層群のあいだでも起こっていて、断層の地表のある部分からは地上の水がチャージされ、同時にどこかからは長期間かけて断層内を巡り歩いた水(温泉)がディスチャージされているのです。ところが、断層内のどこにディスチャージ域が形成されているかを知るのは非常に難しく、現在の探査手法では全く手に余る問題です。いろいろな方法が考案され、探査屋独自のノウハウがありますが、これといった決め手が無いのが実状です。

このへんの研究は、最近ようやく本格的な取り組みがはじまったばかりです。その背景には、原子力発電の核廃棄物を地下に埋めて閉じ込めちゃおうという「地層処分」の開発が国際的に急がれていることにあります。万が一、廃棄物から放射能がもれて、断層から地下水と一緒に地上に出てきたら非常にまずいことになるからです。

断層の熱

まえに「温泉は地球のスープだ」といったことがありますが、そうすると、お鍋(容器)となる断層と水はそろいました。熱源も4-1章で書いた「平均地殻熱流量」でなんとかなりそうです。でも、こうやってできた温泉は、低温のアルカリ性単純温泉ていうのが多く、温度も成分も何かもの足りません。なぜアルカリ性になるか?ってことは、もうすこし先の章でおはなししますので、ここではおいて下さい。できれば、もちっと熱くて濃い温泉が出るのを期待したいものです。じつは、活断層からこういう温泉が出る可能性もいくつか予想されています。

一つは、活断層の摩擦熱で高温の温泉ができるのではないか、という説です。これは単純かつ分かりやすい理論で、断層面が地震でこすれ合うときに、岩盤どうしの摩擦熱で温泉が加熱される、というものです。先にいったように、地震の時に断層が動く量はせいぜい数m、最大でも100mで、単位当たりに発生する熱量はけっして大きいとは言えませんが、なにしろ動く面積が巨大なので、全体としてのエネルギー量は莫大なものになります。ある学者の計算では、摩擦する断層面の広さが10×10km
2の断層が100m変位する巨大地震で生じる熱量は、地下水温より80度(C)高い温泉が毎分60Lの湧出を1000年続けられるだけの量に達するという結果を得ています。

温泉が高温であれば、周囲の岩石と反応して成分を溶解させる量も多くなりますから、念願の熱くて濃い温泉ができる可能性があるわけです。もちろん、そんな超巨大な地震はそう滅多におきるものではありませんから(しょっちゅう起こられてはまことに不都合)、そのような成因の温泉は非常に数少ないでしょう。しかし、日本でもそれらしい温泉はいくつか候補にあがっています。まだ確証はつかめていませんが、、、。

二つ目は、活断層の深部から高温の流体が上昇してきているという説です。ある種の大規模な活断層のなかには、地殻下部やはてはマントルにまで達しているものがあるらしいことがわかってきて、それでは地球の内部からなんらかの流体が断層沿いに上昇してきているのではないか、という理論です。なんらかの流体、というのはきわめて漠然とした物言いですが、まだ完全に理論上だけの存在で実態がつかめてないので、そういうしかないです。

地殻下部とかマントルというのは、地表下数10kmから100kmあたりの部分で、非常に高温かつ岩石の組成も地殻上部のものとはたいへん異なっています、火山のマグマもそのあたりでつくられています。深部岩石の一部が溶融してマグマが出来るときに、一緒に周辺の流体を取り込んできて地上にもたらしているのが「マグマ水」です。もし、そんな流体がマグマを経ないで断層から直接上昇してきているとすると、火山性温泉のすべての種類の温泉成分が、一緒くたに混じったような奇妙な化学組成の温泉ができあがる可能性があります。じつは、次の項でおはなしする「有馬型温泉」がそうであると主張する学者もいます。これは次回ですので、お楽しみに。

(おまけ)地震を起こすのは地下水?

地震がなぜ周期的にくりかえすのか?という問題はまだ十分に解明されていません。逆に言うと、断層はなぜいつも動いていないのか?ということにもなります。地殻の応力(おもにプレートの押し)は常にはたらいていて、断層面は非常に滑りやすいのにもかかわらず、普段はまったくおとなしく、ある時いきなり動いて、それまで蓄積した歪みを解放するのです。断層がいつも少しづつ動いていて、歪みをためなければ、つまりストレス発散がうまくできていれば、いきなりキレて大地震を起こすこともないのです。

地震学者の多くは、断層面にある僅かな凹凸が引っかかりになっていて、ある程度の歪みがたまるとその掛かりがはずれて地震を起こすのではないかとみていて、これを「トリガー(引き金)」といっています。一方で、地下水学者のなかには、断層にたまった地下水が原因だと主張している人もいます。その説によると、断層の隙間にたまっている地下水の水圧は、通常は断層面の密着を妨げるほど大きくはならなくて、かえって地下水から沈殿した物質が接着剤のように断層面を固定する役をしているのだと言っています。ところが、歪みが徐々に蓄積していって水圧が高まり、ついには岩盤の圧力を越えるようになると、一転して断層面の密着を引き剥がしにかかり、ついには地震のトリガーになるというものです。

この理論を変な方向に発展させたのがオウム真理教で悪名高い「地震兵器」です。地震を起こしそうな断層にボーリングで地下水を注入してやって、圧力が高まったところで原爆をしかけて、断層が動き出すきっかけを与えてやろうというものです。非常に突飛な発想ですが、全く荒唐無稽でもないというところがオウムの恐ろしいところです。

じつはこの方法は、オウム独自の発想ではなくて、地震の発生を予知できないなら、断層の動きを人工的に制御してやろうという「地震コントロール計画」として1950-60年代のアメリカで真剣に検討されたものです。核爆発の平和利用の名の下に、実験が行われたこともあります。現実には、水を急激に注入すると岩盤の膨張を引き起こしてかえって地震がおきにくくなるとか、歪みが地震を起こすまで蓄積されているかどうかを把握するのが困難だとかがわかって、この計画は放棄されました。

オウムの「天才」たちは現場の経験がまるでないので、理論が即実行可能だと早とちりしちゃったんでしょう。A.C.クラークのSF小説「マグニチュード10(新潮文庫)」は、これが主題に展開されていているので興味あるかたはどうぞ。あまりいい出来ではありませんが。

[4-4章 参考図書・参考文献]


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