byやませみ

4 非火山性温泉の地球科学

4-3 グリーンタフ型温泉

新潟・福島の山間部や群馬県北部には、食塩泉(塩化物泉)や硫酸塩泉が点々と湧出しています。越後山地や奥只見などの、海から遠く離れた隠れ里のような温泉地で、しんしんと降る雪の中、しょっぱい温泉であったまるのはなかなか趣があります。また、硫酸塩泉は滑らかな優しい湯触りで、四万や水上、鬼怒川など名湯と評されるものが多く、昔から温泉ファンに愛されています。さて、こういった温泉は、どうやって出来たのでしょう?

以前は食塩泉は化石海水、硫酸塩泉は火山性温泉として別個に成因が説明されていましたが、現在の海や火山からはあまりに離れているために疑問がもたれていました。やがて同位体による研究で、こういった温泉の水は、化石海水や火山性温泉水とは明らかに起源が異なることが判明し、「グリーンタフ型温泉」として独立に区分されるようになりました。

グリーンタフってなに?

こういった温泉の出るところの岩盤は、グリーンタフとよばれる地質からなっていることが多いようです。「グリーンタフ Green tuff」の日本語は「緑色凝灰岩りょくしょくぎょうかいがん」で、おもに日本海側に分布する、火山灰や火山岩で出来た緑っぽい色をした地層を総称してこういっています。この地層は今からおよそ2300万年前から500万年前の、地質時代区分でいう新第三紀中新世につくられたことがわかっています。恐竜のいた中生代が6500万年前まで、人類の祖先が誕生したのが500万年前ですから、けっこう古い地層です。

このころの日本列島は、大陸から分裂して日本海が開きはじめています。日本列島の内陸側の地殻はその余波をまともに被ってずたずたに引き裂かれで陥没し、どんどん沈降していきました。沈降したところには海が侵入して-2000mもの深海になり、海底では大規模な火山が活発に噴火していました。火山活動の最盛期は1400万年前ころです。そのとき海底に厚く堆積した火山灰や水中溶岩などの火山噴出物がグリーンタフの元の姿(原岩)です。

火山活動が終わると、海底には大量の泥砂が堆積し、グリーンタフはやがて地下深く埋没していきます、この際に大きな岩圧と海底火山のマグマ残留熱で、岩石の「変質」がおこりました。水中での火山活動の噴出物は、溶融したマグマが水で急に冷やされるためにガラス状の物質が多く、そのままでは熱力学的に不安定なので、温度圧力にみあった状態に結晶化しようとする性質があります。これを変質(Alteration)とよんでいます。

グリーンタフ変質がおこった原因は、おもに下の2つです。
1) 埋没変質:地層が厚く堆積したために地下深く押し込められて温度・圧力が上昇した。
2) 熱水変質:海底火山活動で熱水対流系がつくられ、熱水が地層に浸透した。
グリーンタフの源岩は安山岩やデイサイト、流紋岩といった珪酸分の多い火山噴出物が主体なので、本来は白っぽい色の岩石だったはずですが、変質によって緑色の鉱物がたくさんできるのでグリーンにみえるわけです。

閉じ込められた海水成分

関東の人は、お屋敷の石塀によく見る「大谷石おおやいし」を思い出してみて下さい。大谷石もグリーンタフの仲間の岩石です。なんだが妙にすかすかした軽石のような、水が滲み込みやすい感じの石です。できたばかりのグリーンタフの地層は隙間が多く、相当な量の海水が浸透していたと考えられています。試算では海水と岩石の体積比は、最大で40%にも達したといわれています。グリーンタフの地層に含まれていた海水のほとんどは、埋没の圧力で空隙率(隙間の量)が小さくなるときに絞り出されて再び海底に放出されてしまいます。お豆腐の水切りみたいなもんです。でも実は、海水の溶存成分の一部が岩石中に閉じ込められるのです。

前章の海岸温泉のできかたのところでは、マグマ熱で岩石中を循環する海水(温泉水)は、岩石の交換反応でNaイオンやCaイオンの量が変わったり、Mgや硫酸イオンが岩石に固定されるということがわかりました。これと同じようなことがグリーンタフの変質の際にもおこっています。というよりも、グリーンタフの場合には海水と岩石が接触する量が多いことや、温度・圧力が高いことでこの反応はもっと激しくかつ広範囲におこりました。海岸温泉の海水−岩石反応で生じる変質が、岩石の亀裂の周りのごく狭い範囲に限られるのにくらべて、海水が浸透しやすいグリーンタフの変質は地層全体におよんでいます。変質が高度に進んで、岩石全体に粘土鉱物や沸石などの変質鉱物が多量に生じると、もとの岩石がなんであったか全く判らないほどになってしまいます。

さて、グリーンタフの変質がおきたときの海水と岩石の間の成分のやりとりはなかなか複雑なので、ここで詳しく説明することはできませんが。最も重要なCaSO
4の沈殿をみてみましょう。

表4-3-1 水溶液中のCaSO4の溶解度(mg/L)

  CaSO4 Ca2+ SO42-
0度(C) 1759 518 1241
40度(C) 2097 617 1480
100度(C) 1619 477 1142
海洋水平均   410 2690


上表でみると水溶液中のCaSO4の溶解度は40度(C)あたりが最大で、それよりも高温でも低温でも小さくなります。海洋水の濃度では100度(C)になると飽和濃度にかなり接近しています。海洋水がグリーンタフ中に浸透すると、さらに高温になってCaSO4の溶解度が下がるとともに、変質岩との交換反応でCa2+の濃度が増加しますから、CaSO4は過飽和になり岩石の隙間に石膏(CaSO4.nH2O)や硬石膏(CaSO4)の結晶が成長をはじめます。こうした結晶の成長速度はたいへん速いので、結晶の中に沈殿したときの海水を取り込んでいて、これを流体包有物とよんでいます。そのサイズは顕微鏡でなければ見えないほど小さいのですが、数が多いのでまとまると結構な量になります。

ほかにもグリーンタフ中には、カルサイトなどのCa-炭酸塩鉱物、それとオパールなどのシリカ鉱物が沈殿鉱物にみられます。グリーンタフ沈殿鉱物の流体包有物の中身の水をしらべた結果、それはほとんど飽和濃度のNaClで、しかも取り込まれたときの温度は200度(C)近いことがわかりました。このようにして、グリーンタフには海洋水の溶存成分が閉じ込められているのです。

グリーンタフ型温泉

現在のグリーンタフは大部分が陸化して山地を形成しています。陸化しなかった平野部でも地下深部には広く分布しています。ここに地熱の高いところができて、地下水の循環が活発化すると、岩石中の沈殿鉱物が溶解してグリーンタフ型の温泉ができます。つまり、温泉の水の大部分はその地域のあたらしい地下水というわけで、その点が化石海水型と違うわけです。このことは、温泉水の同位体比の研究でわかりました。こうしてできた温泉は、ほぼ中性で、塩素イオン濃度が海水の数分の1から1/10程度とあまり濃くなくて、硬石膏から溶けだした硫酸イオン(SO
42-)をたくさん含んでいます。こうしてグリーンタフ型温泉の基本的な泉質はCa−Na塩化物・硫酸塩泉になります。Ca炭酸塩(方解石)が溶解して炭酸ガスを含むようになることもあります。溶出したCa2+イオンは再び変質岩石との交換反応で取り去られることがあり、この場合にはNa−塩化物・硫酸塩泉になります。

グリーンタフ型の温泉には、冒頭に言ったような硫酸イオンをほとんど含まないNa-Ca塩化物泉もあります。これは天然ガスを伴ったりしていることが多く、地中生物が関与しているものと考えられています。地中に棲息するバクテリアのなかには、硫酸還元バクテリアというのがいて、硫酸イオンを還元するときに出る僅かなエネルギーでほそぼそと生きています。温泉中に有機物があると餌にして繁殖するので、長い時間をかけて硫酸イオンを消費し尽くしてしまうらしいです。秋田県の森岳温泉の研究例が有名です。硫酸還元バクテリアは地球上に最も早く出現した生物の一種だといわれています。さらに、地熱が高温の場合には、温泉の沸騰によって塩素イオン濃度が高くなり、海水並の食塩濃度に達することもあります。こんなところでは「山塩やまじお」といって、海が遠い地域での貴重な塩資源として大事にされていたこともありました。

[4-3章 参考図書・参考文献]


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