byやませみ

4 非火山性温泉の地球科学

4-1 深層地下水と単純温泉

温泉に含まれる水(H2O)の大部分が天水(地表の降水)を起源としていることは、これまでに何回もおはなししてきました。では、天水が地中に浸透して温泉となるまでの経過をたどってみることにしましょう。

川水の大部分は地下水である?

雨が降ると川が増水する、というのはあたりまえです。でもその増えた分の水はいったいどこから来るのでしょうか? これについては古典的な「ホートン地表流」という考え方があって、「土には降った雨を吸収する能力(浸透能)があって、降水が浸透能を上回ったときに地表に流れが生じる。この地表流が集まって川に流れ込み増水を引き起こす」というものでした。感覚的にもっともらしい説で、一般には今なおそう信じられています。

ところが実際に観測してみると、自然地盤の森林では豪雨のときにも地表流は発生しません、自然地盤の浸透能はとても大きいのです。同位体を使った水循環の研究の結果では、河川水の大部分は洪水のピーク時でも、大部分が地下水から供給された水からなっていることがわかりました。降雨時に川が増水するのは、地盤にすでに含まれていた地下水が、降水により新たに付け加わった浸透水で押し出されてくるからなのです。

ホートン地表流説が人々になんとなく受け入れられているのは、自然地盤の少ない都市部での生活体験からきているのです。都市部の地表は造成で表土がはがされたり、コンクリートで覆われたりしていて、降水の浸透能はたいへん小さくなっています。ちょっとした大雨で地表流が発生し、水浸しになったり、用水路が溢れたりします。森林の開発で表土が消失した場合にも同様のことがおこります。

地下水の年齢

雨雪をひっくるめて地上に降った水を、天水(MeteoricWater)といいます。天水の大部分が地下水となって地盤に浸透していることがわかりました。では地下水はどれくらい深くまで浸透しているのか?それには何年くらいかかるのでしょうか?

私たちがふだん地下水を目にするのは湧水や井戸からで、これらはおおむね地表下50mより浅いところにある地下水です。地表部分の地質は、段丘礫層や沖積層など年代の新しい地層からなっていることが多く、砂や礫などの隙間の多い粒子からなる層が挟まれていて地下水を含みやすい「透水層」になっています。地下水は透水層のなかをゆっくり流れて(数m/日)、やがて大部分は海中に消えていきます。こういった浅い部分の地下水を「浅層地下水」とよんでいます。

日本の浅層地下水は、天水が地中に浸透してから数十年たったものが多いようです。有名な富士山の湧水群は年齢50年だそうです。熊本市の湧水群はかなり年代物で、100年ものだそうです。このような年齢はどうやって測ったのか? 方法は主に二つあります。

1)実測法 地層中で地下水が流れる速度を実測して、降水地と遊水池の距離を割って求めるもので、これはなかなか手間のかかる方法です。ボーリング井戸で地下水の流速を測定するのは結構むずかしいですし、地下の地質をよく調べて地下水の流動経路(水みち)もはっきりさせなくてはなりません。

2)年代測定法 地下水の絶対年代を、三重水素(トリチウム)や炭素同位体(14C)などの不安定な放射性元素の壊変率をつかって直接はかるものです。トリチウムは約50年以下の年代に、14Cは数万年以下の年代の測定につかわれます。最近では塩素同位体やウラン同位体を使って数百万年から数千万年の年代も測定できるようになってきました。そんな古い地下水があるかですって? なんとそれがあるんです。オーストラリアの中南部に広がる大さん井盆地(Great Artesian Basin)では、850kmも離れた東部山地に降った天水が100万年以上もかかって盆地の地下500mくらいに流動してきていることが確かめられています。オーストラリアの牧場風景に欠かせない風車は、この地下水を井戸で汲み上げる動力に使用されています。

深層地下水へ

浅層地下水は未だ軟らかい地層中の、粒子間隙をぬうようにして流動していくので、比較的速い流速をもっています。しかし深いところの地層には大きな圧力がかかっているので、こうした粒子間隙はおしつぶされて、透水層の含水率は小さくなり、地下水の流速は極端に遅くなっていきます(数cm/日)。さらに、粒子間隙はだんだんと地下水からの沈殿物で塞がれるようになるので、水の通路が閉ざされて流れなくなってしまいます。もうこうなると粒子間隙による地下水流(間隙流かんげきりゅう)は不可能になります。もちろん、間隙流がなくなる深度は、表層の堆積物の厚さにも関係しています、山地などの表層堆積物が薄くて硬い岩盤が露出するようなところでは、間隙流は地下数十mで終わってしまいますし、関東平野や新潟平野などの表層堆積物が厚いところでは、地下1000m以上でもまだ間隙流が支配的です。

地下深部では間隙流よりも岩盤の割れ目による浸透流のほうが重要になってきます。硬い岩盤には常に地殻変動によるストレスがかかっているので、しょっちゅう割れ目破壊でストレスを解放しています。このときの振動は微小地震として日常的に多数観測されています。割れ目ができる度に、地下水はその隙間にそって浸透していき、割れ目が再び密着するのを防ぎます。割れ目が地下深部まで出来ていると、地下水はかなり深いところまで浸透していくことが出来るようになりますが、浸透の速度は非常に遅くて、最高でも1mm/日に達しません。単純に計算しても地下1000mに浸透するには2500年もかかってしまいます。

岐阜県の東濃ウラン鉱山の坑内地下水の14C年代は、12,000〜15,000年という値が測定されています。日本の地下水としてはかなりの年代物ですが、それでも採取された深度は地表下約125mにすぎません。地下1000m以下にある深層地下水はいったいどんな年代なのでしょうか? いまのところ年代測定によるデータはありませんが、10万年物以上であることはまちがいないでしょう。

地下1000〜2000mの深部には、こうやって浸透してきた地下水が、もう行き場がなくなって停滞しています。これを「深層地下水」とよんでおり、日本などの多雨地域ばかりでなく、サハラ砂漠の地下にも豊富に存在しています。サハラ砂漠の深層地下水は、氷河期にまだサハラ一帯が草原や森林地帯だった頃の水だといわれています。

深層地下水の温度

地球の地殻を形成している岩石には、ウラン、トリウムなどの放射性の元素(4-6参照)が微量ながら常に含まれており、それらの多くは放射性壊変による熱エネルギーをきわめて微量ながら常に生産しています。熱は温度の高いところから低いほうへむけて流れていきますので、地殻深部からは地表に向かって絶えず熱が放出されてきています。この熱は火山のない地域でも平均的に発生しているので、平均地殻熱流量ともよばれています。これによる地温の上昇率(地温勾配ちおんこうばい)は、その地域の地下岩石の構成によっても変化しますが、日本付近では約2〜3度(C)/100mであることが観測されています。

ごくごく単純に考えると、恒温層(1-1章参照)を15度(C)として地下1000mの深層地下水はおよそ35〜45度(C)、地下2000mの深層地下水はおよそ55〜75度(C)に加温されていることが予想できます。実際には水の比熱の大きさや、新しい地下水の供給などの理由から、深層地下水の温度はこれよりも10度(C)くらい低くなっていますが、もはや十分に温泉といえる温度(25度(C)以上でした)に達しています。下の表-1をみると、単純温泉の泉源数は泉温25〜30度(C)で多くなっています。ここまできてやっと温泉という言葉がでてきましたね、おつかれさまでした。

よく温泉屋の営業が、「深くボーリングすれば温泉はどこにでも出る」というのは、こういうことを根拠にしているわけです。ほんとうは温度よりも、深層地下水が採取可能な貯留層に存在しているかどうかという問題のほうが重要なのですが、そのへんの説明は営業屋にも顧客にも難しいらしくて、けっこうおざなりにされる傾向があります。その結果、大枚はたいてボーリングしたけど、「温度はあったが水が出ない」というトラブルが頻発するようになっているのは極めて遺憾なことです(遺憾:自分の責任を回避する意図のある謝罪の言葉)。

深層地下水の温泉は、なにも深いボーリングでなければ出てこないわけではなく、自然湧出していることも結構あります。温められて比重の軽くなった温泉水は、周囲の冷たい地下水に対しての浮力を獲得するので上昇に転じます。このときに、断層や割れ目の多い岩石が地表付近までつながっていると、それを通路にしてかなり速やかに上がってくることが出来ます。多くの場合、透水性の悪い岩盤に行き会ってもたついて温度が下がったり、表層の冷たい地下水に混合したりして、深層地下水の温泉がそのまま湧出することはあまり多くはありません。しかし、堅い岩盤中の断層が地表に直接露出していたりすると、かなり高温の温泉として湧出していることがあります。


表-1 単純温泉の泉温、pHごとの泉源数(全国)

泉温 度(C) 泉源数
〜5 3
5〜10 26
10〜15 166
15〜20 239
20〜25 113
25〜30 399
30〜35 128
35〜40 92
40〜45 135
45〜50 66
50〜55 43
55〜60 31
60〜65 24
65〜70 19
70〜75 18
75〜80 7
80〜85 6
85〜90 4
90〜95 13
95〜100 8
pH 泉源数
1.0〜1.5 3
1.5〜2.0 6
2.0〜2.5 5
2.5〜3.0 14
3.0〜3.5 4
3.5〜4.0 6
4.0〜4.5 4
4.5〜5.0 4
5.0〜5.5 7
5.5〜6.0 35
6.0〜6.5 71
6.5〜7.0 97
7.0〜7.5 113
7.5〜8.0 132
8.0〜8.5 169
8.5〜9.0 134
9.0〜9.5 105
9.5〜10.0 47
10.0〜10.5 12
10.5〜11.0 2


地下水の化学

雨や雪などの降水は、蒸留水に近いような純粋のH2Oだと思われがちですが、実際にはエアロゾル起源の元素、大気中のSOx、NOxなどの化学成分や、O2、N2、CO2などのガス成分も溶存しているので、弱い酸性を示します。この降水が土壌に浸透して土壌水になると、以下のようなことがおこります。
1) 土壌中の有機物が分解して生じた炭酸ガス(CO2)が加わって、土壌水に溶解する炭酸水素イオン(HCO3-)が増加し、土壌水のpHはより酸性に傾きます(pH4くらいまで)。
2) 酸性の土壌水は岩石の鉱物(おもに長石などの珪酸塩)と反応して分解させ、Na、Ca、K、 H4SiO4などを地下水中に増加させます(化学的風化)。この過程で酸性に傾いていたpHはほぼ中性に戻ります。
こうしてできる浅層地下水の水質は、Na・Ca−HCO3型またはCa-HCO3型になります。

さらに地下水が深く浸透して長期間にわたって岩石に触れると、造岩鉱物の変質によってつぎのようになります。
3) 造岩鉱物の変質で生成される粘土鉱物に、地下水中の陽イオンK+とMg2+が固定されて消費されます。
4) 粘土鉱物中のNa+と地下水中のCa2+の交換反応で、地下水中のNa+が増加します。
深層地下水ではこうした反応が時間をかけて充分に進んだ結果、地下水中のCa2+、K+、Mg2+、SO42-といったイオンはほとんど消失してしまい、基本的にNa-HCO3型の水質になります。地中の岩石にはたいてい微量の塩化物が含まれているので、食塩分が溶出してNa-HCO3・Cl型になることもありますが、NaCl成分の総量は50mg/Lを越えることはまれです。

こういった過程を「地下水の進化」とよんでいます。前述のように深層地下水の温度は温泉といえるほどに上昇していますが、溶存成分の総量はこの時点でも1g/L以下であることが多く、ほとんどが単純温泉(重曹泉型)に分類されます。pHは中性〜弱アルカリ性の範囲に入ります(上表-1右)。

深層地下水のバリエーション

Na-HCO3(重曹)型の単純温泉は深層地下水の基本型ですが、以下のようなバリエーションがあります。
1) 海水の混合
海岸地域の地下水には相当量の海水が混入していることが多く、水質(泉質)はNa-Cl・HCO3型になる。多くの場合、水温(泉温)は比較的低く(40度(C)以下)、陽イオン組成は海水の組成とは異なる。(4-2参照)
2) グリーンタフ成分の溶出
岩石中の硫酸塩鉱物(鉱石膏CaSO4など)の溶出によって、Ca-硫酸塩型になる。
さらに、地層中に有機物が多い場合にはSO42-が硫酸還元バクテリアによって消費還元され、微量のH2Sをともなうイオウ泉になることがある。(4-3参照)
3) 花崗岩との反応
花崗岩質の岩石から湧出する場合、変質鉱物と地下水の相互作用によって、pH9程度の強アルカリ泉になる。この場合には100度(C)近い高温温泉になることもある。(5-1参照)
4) 深部断層のガス
断層に沿って湧出する場合、深部起源のCO2ガスが溶解して、炭酸泉になることがある。ラドンガスの上昇によって放射能泉になることもある。(4-4参照)

[4-1章 参考図書・参考文献]


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