byやませみ

3 火山性温泉の地球科学

3-4 温泉の分化 さまざまな泉質のできるわけ

温泉成分を多量に含んだ超臨界状態の熱水が地表付近まで上昇してくると、温度の低下によって臨界状態が解けます。このときの温度はおよそ370度(C)です。火山の近傍では地下2kmから3kmでこれくらいの温度になっていて、熱水は液体(水)と気体(水蒸気)との2相に分離するようになります。このとき、液体に溶けやすい成分(水溶性成分)と、溶けにくい成分(ガス成分)とに温泉成分の分化がおこります。超臨界状態では仲良く共存できていた成分が、2相に分離したたためにそれぞれ居心地のいいほうへ移っていくわけです。

 水溶性成分:おもに食塩(NaCl)、炭酸水素イオン(HCO
3-)、金属イオン
 ガス成分:おもに硫化水素(H
2S)、炭酸ガス(CO2)、塩化水素(HCl)、希ガス

水溶性成分に富んだほうは、弱アリカリ性の高温の薄い食塩泉で、火山体の底のあたりに広範囲に滞留しています。ここでも100度(C)以上ありますので、ときには沸騰を繰り返して、濃い食塩泉になることもあります。高温の食塩泉が表層付近の地下水と混合すると、熱交換で大量の温泉を作り出して湧出します。このばあい、地下水にふくまれる炭酸水素イオンが付加されて、食塩−重曹泉(ナトリウム塩化物−炭酸水素塩泉)になることが多いようです。

一方のガス成分に富んだほうは、われわれが温泉噴気としてよく見かけます。噴気は火口や岩盤の隙間をとおって上昇し、火山体の中腹や頂上付近で地表に達します。このとき、高温を保ったまま空気中の酸素と反応し、硫化水素(H2S)が亜硫酸ガス(SO2)に酸化されます。亜硫酸ガスは高温では水にあまり溶けないのですが、噴気が地下水に突入して混合すると温度が下がり、水に溶けて硫酸(H2SO4)となり、酸性泉がつくられます。おなじく火山ガス中の塩化水素(HCl)も水に加わると、塩酸となり、強い酸性を示します。

火山ガスが地上に出ないで、地下水に直接混合すると、硫化水素に弱い酸化がおこってイオウが析出するようになり、イオウ泉となります。同時に、温泉水中に銅などの金属イオンがあると、酸化反応の触媒となって水に溶けた硫化水素から直接に硫酸が生じる場合もあります。このときには空気の関与がいらないので、地下で酸性泉ができます。いずれのばあいにも、こうした反応は複合しておこるので、火山性のイオウ系温泉はだいたい酸性を示します。

酸性泉に含まれる硫酸や塩酸は強い腐食作用があるので、岩石を侵して溶かし込んだAlやFeなどの金属イオンや珪酸イオンが温泉水中に急激に増えていきます。さらに、NaやCaなどのアルカリ・アルカリ土類金属イオンは酸を中和する方向に作用するので、温泉水のpHはしだいに大きくなっていきます。こうなると、酸性泉ではなく硫酸塩泉とよばれるようになります。pHが4.8程度までになると、炭酸ガスが水中に溶解して炭酸水素イオンが加わってきます。

モデル的に並べますと、噴気地帯の中心から離れるに従って、 酸性泉ないし酸性イオウ泉 > 強酸性硫酸塩泉 > 酸性硫酸塩泉 > 弱酸性〜中性硫酸塩・炭酸水素塩泉 といった泉質が現れます。

また、火山ガス中の硫化水素ガスや炭酸ガスは地中の割れ目を通ってすばやく移動できるので、噴気地帯から遠く離れたところの冷たい地下水に溶け込むことがあります。そして、単純イオウ泉や炭酸水素塩泉のもとになります。マグマが非常に地下深部に存在するとか、冷却が進んでいるとかの理由で火山噴気が地表に達しない場合でも、硫化水素や炭酸ガスだけが地表付近まで移動してきてイオウ泉や炭酸水素塩泉(重曹泉ないし重炭酸土類泉)をつくることがあります。

ひとつの火山の山頂部に酸性泉が湧出し、山麓では食塩泉・重曹泉が湧出することが一般的であることがわかりました。ここで重要なのは、火山体内に大量の地下水が貯えられている必要があることです。地下水が少ないと、噴気はただ空中に拡散していくだけです。高温食塩泉は深いところにあるので、いつまでも留まったままでしょう。富士山や浅間山に温泉が少ないのは、山体内に地下水を貯えずにどんどん山麓に流しだしてしまうような構造をしているからだとも考えられます。一方、箱根山は大きなカルデラをもち、芦ノ湖のような大量の水を貯えています。こんなところが両者の違いになって現れてきているのです。もしかすると、富士山や浅間山の分厚い火山噴出物の下にも豊富な温泉が眠っているかもしれません。遠い将来、山体の浸食が進んで削られた深い谷の底から、温泉がこんこんと湧き出してくる日がきたら、それはきっと食塩・重曹泉に違いないでしょう。

火山性温泉にたくさんの泉質ができる理由がだいたいわかっていただけましたか?酸性のイオウ系温泉とアルカリ性の食塩・重曹泉が、ごく接近して湧出するのは、理屈を知っていても不思議に思ってしまいます。やっぱり地球はたいしたもんだ。

[3章 参考図書・参考文献]


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