byやませみ

3 火山性温泉の地球科学

3-3 温泉成分の起源

まず全体の要旨をお話ししておきます。
「温泉は地球のスープである」と例えますと、これまでにマグマ熱源でコンロの用意ができ、熱水対流系で鍋と水の準備が整いました。次にすることは、スープの素になる材料をぶちこむことです。前もってネタをばらしてしまうと、スープの材料は地中の岩石そのものです。地下水がマグマの熱で温められて岩盤中を循環していく途中で、通路の周囲の岩石の成分を溶かし込んでくるのです。鍋が干し貝柱やタマネギで出来ていて、鍋自体からダシがでてくるようなところを想像して下さい。(実際にそんな鍋があったらいいなと思います、ふかふれスープ鍋とか、しじみ汁鍋とか)。火山性温泉では、この岩石ダシにマグマ自身から分離してきた成分がかなりの量付け加わっていて、独特のフレーバー(イオウの香り、酸っぱい味など)を醸し出しています。

火山性温泉の泉質はヴァラエティーに富んでいます。スープのメニューがとっても多いのです。このことは火山性温泉の最大の特徴でもあります。この原因はなんでしょう、ダシの材料の種類が多いのでしょうか?。地下の岩盤にはいろんな種類の岩石が複雑に分布しているので、温泉水の通路の道順によっては、溶かし込んでくる成分が違ってくることが予想できます。確かにそれも原因の一つです。ところが、いろんな実験的研究によると、岩石の種類による泉質の差はそれほど大きくなくて、むしろ、温泉が湧出してくる途中での成分変化のほうが重要らしいのです。これを泉質の「進化」とか「分化」とかいっています。同じ町内で育った幼なじみが学校を卒業していろいろな人生に分かれていくのと似ています。子どもの頃と全く変わらないやつとか、偉くなって人格まで変わっちゃうやつとか。でも結局、温泉はみんな海に流れ込んで一緒になっちゃうんですけどね。

食塩泉問題

19世紀中盤に温泉の化学成分の研究がはじまった当初、「マグマ水説」の学者たちは火山噴気に含まれるガス成分で温泉成分を説明しようとしました。ところが、食塩泉の起源をどうしても説明することができませんでした。「循環水説」の学者たちはこの点を攻撃し、火山周辺の食塩泉は地下に浸透した海水がマグマの熱で湧き出してきたもので、火山ガスの成分の多くは海水からの蒸発で説明できると主張しました。でも、すべての火山の地下に海水が浸透しているという証拠はありません。

火山ガス

「マグマ水説」の学者がいうように、火山の噴気(火山ガス)には、水蒸気に加えて、火山性温泉の代表的成分である硫化水素(H
2S)や亜硫酸ガス(SO2)、炭酸ガス(CO2)などが多量に含まれています。これらはいずれも温泉の主成分になっているものです。下に代表として那須火山の噴気ガスの組成を示しておきます。(濃度はモル%)

H2O CO2 SO2 H2S HCl H2 N2
99.7% 0.11% 0.03% 0.12% 0.03% 0.02% 0.02%

火山噴気が火口から出ないで地下で凝縮したり、表層の水に混合したりすると、酸性泉、硫黄泉、硫酸塩泉、炭酸水素塩泉などの濃厚な温泉を形成するのに充分な量の成分を含んでいます。ところが、食塩(NaCl)は火山噴気にはまったく含まれていないのです。ここで賢明な読者は、塩化水素(HCl)があるじゃないかと気がつかれたでしょう。HClが水に溶けて塩酸になれば、岩石中のナトリウム(Na)と反応して食塩(NaCl)ができるじゃないか。なるほどそうです、でも実は、火山周辺の食塩泉は弱アルカリ性なんです、おかしいですね。

高温・高圧実験の成果

20世紀になって高温・高圧状態を制御する装置ができるようになり、たくさんの研究者が危険な実験に取り組みました。このときの主題は、1)マグマが固まって岩石と水が分離するときに、水はどんな性質になるか、2)水が高温・高圧で岩石と反応するとどんな成分になるか、の2点でした。

その結果は、1)マグマから分離した水はつねにアルカリ性であって、NaCl、SiO
2(珪酸)に富む、2)岩石と水が反応すると、Na+とHCO3-イオンに富むようになる、ことがわかりました。もちろんほかにも重要な発見がたくさんありましたが、この項に関係する所だけを抜き出したのです。つまるところ、海水の関与を考えなくても普通の地下水とマグマさえあれば、食塩泉ができることが予想されたのです。あとは実際に火山の地下深部にアルカリ性の高温食塩泉が存在しているかどうか、理論の実証が待たれました。

地熱開発の成果

1970年代におきた2度の石油危機によって、先進各国は新エネルギーの開発を早急に進める必要を自覚しました。火山国の日本政府は火山の熱エネルギーを利用した地熱発電に目を付け、官民あげての開発研究の大プロジェクトが組まれました。(地熱開発についてはいずれまたとりあげるつもりです)。日本中の火山地域で多数の大深度ボーリングが掘られ、深部の熱水(ねっすい)と蒸気の採取試験が行われました。熱水というのは地熱関係の用語で、通常よりはるかに高温の温泉のことです。現場の調査担当者の大部分は地質学専攻だったので、一部の人以外は上記のような実験成果をあまり知らず、温泉噴気のような酸性の熱水がとれるものと予想していました。ところが実際に採取された熱水はすべて弱アルカリ性の食塩泉によく似た化学組成だったのです。さらにこの熱水には微量の硫化水素や炭酸ガスも含まれていて、火山性温泉の成分のほとんどの起源を熱水で説明できることがわかりました。実験理論が証明されたわけです。

超臨界水について

まえに、同位体による温泉水の起源のおはなしをしました。そのとき、「火山地域の温泉水は天水を主な起源とする循環水にマグマ水が様々な割合で混合してできたもの」と書きました。ではその割合は?、というと、最新の研究でこのへんは同位体配分やら熱力理論やらで私にはかなり苦手な領域にはいるのですが、どうやら想像以上にマグマ水の量は少ないようなのです。極少量のマグマ水の成分が温泉の溶解成分をまかなっている、言い換えると、マグマ水は通常の水よりも多量の成分を溶かし込める特別な水と考えなくてはならないようなのです。ここで最近注目されているのが、「超臨界状態」というものです。

我々がふつうに暮らす温度・圧力範囲では、H
2Oは液体か気体のどちらかです。温度が高いと水は沸騰して気体(水蒸気)になります。圧力鍋で圧力を高くすると高温でも沸騰しにくくなります、これは常識です。さてここで、温度と圧力の両方をどんどん上げていくとどうなるか? この実験をNHKの「サイエンス・アイ」で初めて見たときはたまげました、はじめ液体と気体にわかれていたのが、途中でいきなり一様に混じったようになったのです。霧のような氷のような、なんとも奇妙なみかけで、じつはこれが「超臨界水」といわれるものです。超臨界状態のH2Oは、液体と気体の両方の性質を同時に示すようになります。物質をよく溶かす液体の性質と、拡散性に優れる気体の性質の両方を合わせもった不思議な水のできあがりです。

超臨界水がいま脚光をあびているのは、普通の水に溶けないような物質を溶解・分解することが可能なためです。身近なところでは以前から、コーヒー豆からのカフェインの抽出とか、ポテトチップスの油ぬきなんかに使われています。超臨界水を使うと、普通の水の何十倍もの濃度の溶液をつくることが出来るので、人工水晶の合成にも使われています。さらに、将来は超臨界水の特性を生かした新しい材料の創造や、無機材料のリサイクル分野への応用が期待されています。

H
2Oの臨界定数は温度374度(C)、圧力218気圧で、マグマ溜まりの付近ではかるくクリアしています。マグマ溜まりの近くにあるH2Oは、それがマグマ水であれ浸透してきたものであれ、超臨界水になっているという可能性が高く、マグマ由来のガス成分とともに、岩石の成分を高濃度に溶かし込みながら周囲へ拡散していると考えられます。火山性温泉の熱と成分を運んできていたのはこの超臨界水だったのです。この後は、どういう過程で多様な泉質に分かれていくかです。


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