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 その日も僕はゴーサラの広場で集まってきた10数人のストリートチルドレンのケガの手当てをしていた。相変わらず子どもたちの身体はあちこち傷だらけだ。
 最近は手当てだけでかなりの時間がかかり、子どもたちとゆっくり話す時間も減ってしまった。
 ある少年の足のケガを手当てしているとき、後ろで見ていた子が少年のポケットから何かを取り出した。少年は手当てもそのままに急いで取り返しに行く。子どもたちがワッと集まって、そのなかで少年は何かを取り返すと、また足のケガの手当てに戻ってきた。
 何があったのか、少年は答えない。
 しばらくすると、今度は急にほとんどの子どもがワッと走って広場から出て行った。一体何が起こったのだ?残った数人の子どもに聞いても、彼らにもさっぱり分からない。
イメージカット 10分ほどすると、3人の少年が戻ってきた。彼らによると、先ほどの少年が広場で女性から財布を盗んだらしい。確かに僕が手当てをしている間、通訳のビシュヌとひとりの女性が子どもたちに取り囲まれながら話し込んでいた。その女性が近くの警察署へ行ったのを見て、少年は慌てて逃げたのだ。一緒に逃げたストリートチルドレンの多くはそのお金でバスに乗り映画を見に行ったが、彼らは行かずに残ったという。財布には2000〜3000ルピー入っていたそうだ。これはネパールでは相当なお金だ。
 ビシュヌの話では、その女性は9日前にいなくなった11歳の息子を探してここまでやってきた。決して裕福には見えない彼女が何故大金を持ち歩いていたのかは分からないが、ともかく彼女は息子を必死で探していたのだ。ビシュヌと別れたあと、彼女は息子のことを話しに警察へ行ったのだが、子どもたちはスリに気付かれたと思って逃げたようだ。ビシュヌもいつの間に少年が女性の財布をとったのか、まったく気付かなかったという。
 少年はここゴーサラで暮らすストリートチルドレンのなかではズバ抜けたスリの才能があるらしく、盗みをしない子どもたちにもときどき服や靴を買ってくれるという。
 その日、僕は遅くまで少年を待ったが、ついに彼は戻ってこなかった。

 翌日、ゴーサラには大勢の子どもがいた。あの少年もいる。
 いつものように手当てをしながら少年と話してみるが、彼は今まで一度もスリで失敗したことはないという。もし警察に捕まるようなことがあっても、警官にお金を渡せば大丈夫、問題はないという。悪ぶれることもなく答える少年は、すでに社会の歪みをよく知っている。
 1990年の民主化後もネパールにはカースト制が色濃く残り、警官も特定のカーストが独占している。警官になるには多額のお金が必要で、警官になった後はそのお金を取り戻そうとするように賄賂を要求する警官も多いと聞く。
 しばらくすると、それまでくつろいでいた子どもたちがザワついてきた。
 この近くに仲間と小屋を作って住んでいる少年が、
 「警官がやってきた、今、俺は警察に追われているから、さようなら。」
 そういって走り去った。昨日、スリのお金で遊んだ子どもたちも一緒に走り去る。
 残った数人の子どもの手当てをしていると、仕事を終えて私服に戻った中年の警官がやってきた。鼻の下にヒゲを生やした彼は、誇らしげに警察官の身分証明を見せ、「もし困ったことがあればいつでも言ってくれ。力になる。」と好意的な口調で言った。警官はしばらく僕の手当ての様子を眺めていたが、そのうちひとりの少年に早口のネパール語で何かを話しはじめた。少年は困ったような笑顔でうなずいていたが、警官が帰ったあとで言った。
「二日後に500ルピー持って来いってさ。」
 彼が何かしたわけではない。警官はストリートで暮らす少年にこづかいを要求したのだ。彼がその要求に従うなら、明日どこかでスリをするしかない。
 しかしスリをしない彼はどうすることもできず、ただ困ったような笑いを浮かべていた。

たき火の前で物想いに沈む少年