雨夜の時鳥(ほととぎす) Little cuckoo in rainy night

ホトトギスのイラスト

雨中の外出は億劫なもの。しかし、室内にいて雨の降る戸外を眺めているのはなかなか愉快だ。防音性の高い近頃のガラス窓では、雨音がほとんど聞こえないのが味気ないのだが。
山に囲まれた鎌倉では、五月雨の季節、夜になってもしばしば時鳥が鳴いている。木陰でじっと息を潜めている他の鳥たちをよそに、時鳥だけは休むことなく夜空を翔け、鳴き続ける。鋭いその鳴き声は、アルミサッシの窓をも越えて耳に届く。時々カーテンを脇に寄せ、雨降る夜空に目を凝らしてみるのだが、もとより鳥影を捉えることはできない。

寛平御時后宮歌合の歌  紀友則

さみだれに物思ひをれば時鳥夜ぶかくなきていづちゆくらむ

郭公のなくをききてよめる  紀貫之

さみだれの空もとどろに時鳥なにをうしとか()ただなくらむ

いずれも古今集より。
ガラス窓もなかった往時、戸を閉めきった薄暗い室内で過ごす長雨の季節の鬱陶しさは、現代の我々の想像を超えるものだろう。そんな心うらぶれ、息も詰まるような夜、ふと時鳥の声がする。まるで冥界から届くように忍びやかに、まるで心の内側を引っ掻くように激しく。あの鳥は自分などより何かもっと深い愁いを抱えているのだろうか。姿の見えない鳥の運命を遥かに思い遣る時、鬱々と澱んでいた心はすでに浄められているかのようだ。

**************

雨と時鳥を詠んだ歌

  『万葉集』 (*高橋虫麻呂歌集歌) 
かき霧らし雨の降る夜を霍公鳥鳴きてゆくなりあはれその鳥

  『万葉集』 (十六年四月五日独居平城故宅作歌) *大伴家持
橘のにほへる香かも霍公鳥鳴く夜の雨にうつろひぬらむ

  『中務集』 (郭公) 中務
ほととぎす一声にこそ五月雨のよはあはれとも思ひそめしか

  『千載集』 (詞書略) 上東門院
一こゑも君につげなんほととぎすこの五月雨は闇にまどふと

  『新古今集』 (詞書略) 藤原俊成
昔思ふ草の庵の夜の雨に涙なそへそ山ほととぎす
雨そそく花たちばなに風すぎて山時鳥雲になくなり

  『千載集』 (郭公をよめる) 藤原長方
心をぞつくし果てつるほととぎすほのめく宵のむら雨の空

  『新古今集』 (雨後郭公といへる心を) 二条院讃岐
五月雨の雲まの月のはれゆくをしばし待ちける時鳥かな

  『新古今集』 (百首歌たてまつりしに) 式子内親王
こゑはして雲ぢにむせぶ時鳥涙やそそく宵のむらさめ

  『新古今集』 (題しらず) 藤原家隆
いかにせん来ぬ夜あまたのほととぎす待たじと思へばむら雨の空

  『新古今集』 (五十首歌たてまつりし時) 藤原定家
五月雨の月はつれなき深山よりひとりもいづる時鳥かな

  『新古今集』 (詞書略) 藤原良経
うちしめりあやめぞかをる時鳥鳴くやさ月の雨のゆふぐれ

  『新古今集』 (太神宮にたてまつりし夏の歌の中に) 後鳥羽院
ほととぎす雲ゐのよそにすぎぬなりはれぬ思ひの五月雨の比

  『続拾遺集』 (題しらず) 如願法師
暮れかかるしのやの軒の雨のうちにぬれてこととふ時鳥かな

  『新後撰集』 (題しらず) 鎌倉右大臣
ほととぎす聞けどもあかず橘の花ちる里の五月雨のころ

  『後大通院殿御詠』 (雨中郭公) 貞常親王
ほととぎす鳴く一声のなみだにはあまりおほかる村雨の空

  『藤簍冊子』 (時鳥) *上田秋成
さみだれは夜中に晴れて月に鳴くあはれその鳥あはれその鳥


公開日:平成17年12月12日
最終更新日:平成18年2月25日

thanks!