M57.湖面や海面の蒸発(気団変質、ボーエン比)

著者:近藤純正
地表面の蒸発量を知る方法として空気力学的方法、熱収支法、水収支法、大気水収支法、渦相関法など がある。水が蒸発する際には蒸発の潜熱が必要であり、液体水が水蒸気となって大気中を運ばれる ときは熱エネルギーが運ばれていることでもある。ここでは十和田湖にはじまる蒸発の研究から、 東シナ海で行われた国際協同研究「気団変質実験」までの経過を取り上げ、水面蒸発を学ぶ。 (完成:2011年1月20日予定)

●本章は、日本気象学会誌「天気」、第59巻(2012年)、6月号に掲載される内容である (印刷仕上げで2段組4ページ)。

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。


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更新記録
2010年1月15日:細部を残しほぼ完成
2011年1月19日:Qと57.1節に「注」を加筆して完成
2011年1月28日:パン蒸発系に「注」を加筆



     目次

            Q クイズ:湖面蒸発量の緯度分布は何で決まるか?
            57.1 1950年代までの蒸発の研究史
            57.2 湖面蒸発の研究
            57.3 東シナ海における気団変質の研究
            57.4 水面蒸発の熱収支的な特徴
            参考文献


Q 湖面蒸発量の緯度分布は何で決まるか?

図57.1は湖の年蒸発量の緯度分布である。北海道の緯度では約500mmであるのに対し、西南日本 の緯度では約2倍の1000mm前後である。各地の研究集会において、この緯度分布を尋ねると、 多くの人々は低緯度ほど日射量が多いことによると答える。しかし、年間の平均日射量は北海道 で約130 Wm-2、西南日本で約150 Wm-2で大きな違いはなく、図の緯度 分布を決めるおもな要因はこれとは別にある


:日本の地上における日射量について、冬は緯度による違いが大きいが、夏は高緯度ほど日照時間が 長くなることもあって、緯度による違いはほとんどない。そのため、年平均日射量は上記の違いしか なくなる。


蒸発量の緯度分布
図57.1 湖面の年蒸発量の緯度分布。 (近藤純正編著、1994:水環境の気象学、図14.5:表14.5)

57.1 1950年代までの蒸発の研究史

蒸発計という皿(パン蒸発計)に水を入れて、1日間に減る水の量から蒸発量を知る方法が世界中 で用いられてきた。多くの国では現在でも観測が続けられている。以前には、海洋研究船の船上に 設置したパン蒸発計から海洋の蒸発量が、湖面近くに設置したパン蒸発計から湖面蒸発量が推定され ていた。

1930~1940年代の欧米において、地表面近くの大気層(接地境界層)内の風の鉛直分布は、気温の 鉛直勾配が小さい時、高さを対数目盛で表すと直線分布となる「対数則」であることが観測から 知られていた。

対数則に基づき、蒸発量は2高度の風速と比湿から得られるという、ソーンスウエイト・ホルツマン の式(Thornthwait & Holzman, 1939)があった。この式で必要なカルマン定数(k=0.4)は、 すでに風洞内の研究から知られており、1940年代には、大気中でも同じ値が実測から得られ、 なじみの定数となっていた。安定度が中立でない場合も含めて、乱流輸送理論に基づく方法は 一般に「空気力学的方法」という。


注:パン蒸発計による蒸発量
パン蒸発計として通常用いられている小型蒸発計は口径20cm、深さ10cmの円筒形の皿に水深2cm (外国の乾燥地域では2cm以上)の水を入れて毎日の蒸発量を観測する。大型蒸発計は 口径120cm、深さ25cmの円筒容器に水深20cmの水を入れて観測する。小型蒸発計による観測は 日本の気象官署では中止したが、外国では続けているところが多い。
蒸発計は一種の熱収支計であり、特に小型蒸発計は皿の側壁が日射を吸収し、無風時でも大きな蒸発量 を観測する。風速の増加とともに蒸発量は多くなるが、風速ゼロの日の蒸発量=5mmに対して、 日平均風速=5m/sの日の蒸発量=7~9mm程度となる。ただし、この関係は蒸発計の設置方法など によって変化する。

注:パン蒸発計蒸発量の減少傾向
1990年代に「世界の多くの観測所で蒸発計蒸発量が減少傾向にある」ということが世界の水文気象学 分野で大きな話題になったことがある。これは広域の気候変化を表すものだと主張するのである。 この論文・話題が出たとき、私はこの問題は気象観測所の露場の環境悪化による 単なる局所的問題に過ぎないと考えた。つまり観測所の周辺には建築物が増えたり、樹木の成長 によって露場の風速が弱まっている観測所が多い。同様に近年、測風塔で測る風速の減少傾向も 同様に生じており、大気大循環場の変化によると主張する論文・研究発表があった。 しかし私はデータ解析から、多くの気象観測所の周辺環境の変化によって平均風速が年々 減少していることを知っていた。
露場の風速が弱まると、パン蒸発計蒸発量が減少することは「地表面に近い大気の科学」の 図5.3に示してある。

注:ソーンスウエイト・ホルツマンの式
ρを空気密度、2つの高度 z1と z2における風速と比湿を それぞれ U1, q1 および U2, q2 としたとき、 蒸発速度 E は次式で与えられる、ただし風速と比湿の高度分布が対数則に従うときである (導出は「水環境の気象学」の5.3節を参照)。

E /ρ=k2×(U2-U1)×( q2-q1)/ ln[z2/z1]

この式は、風速・気温・湿度の鉛直分布がいわゆる「対数則」である場合に適用できる。 通常、2高度の風速と比湿は通常小さいので、それらの差を正確に測る必要がある。


長時間の平均蒸発量を求めるのに「熱収支法」がある。これは地表面(水面、陸面)に出入り する熱の収支を測り、熱収支式の残差量を蒸発に要した潜熱として蒸発量を知る方法である。 地表面の熱収支式において、地表面下に出入りする熱エネルギーは地中温度または水温の時間変化 から知ることができる。海流がある場合には普通には利用できない。

空気力学的方法と熱収支法の両方の「組み合わせ法」もある。あらかじめ求められた実験式を用いれ ば、地表面温度は正確に測らなくてもよく、例えばペンマンの方法がある(Penman, 1948)。

広い流域で用いられる「水収支法」は、降水量と河川による流出量を観測し、水収支式の残差 とし流域の蒸発散量を求めるものである。ただし地中水分の貯留量の変化を知ることは難しいので、 貯留量が小さい期間、例えば冬から翌年の冬までの1年間の流域平均の蒸発散量を知る場合に利用 できる。

地表面上の大気中において、数100kmの空間スケール内に出入りする水蒸気量をラジオゾンデ観測 から求め、水分収支の残差量から蒸発量を知る「大気水収支法」がある。北米大陸の年間蒸発散量を 求めた例(Benton and Estoque, 1954, J.Met.)や冬の日本海の蒸発量を求めた例 (Manabe, 1957; 1958, JMSJ)がある。

57.2 湖面蒸発の研究

1945年以降の戦後復興期には、電力需要の増加に伴い水力発電用の電源開発が行われ、日本の主要 大学では人工降雨の実験と雲物理学の研究が盛んになった。大学は研究費に乏しく電力会社との 協同研究であった。

さらに数年経ち、東北電力会社では、人工降雨の実験だけでは不十分で、水の損失も知る必要があり、 発電用貯水池として利用していた十和田湖からの蒸発の研究を東北大学に委託してきた。

私が先輩の研究を引き継いで湖面蒸発の研究を始めたのは1957年のことである。パン蒸発計 (直径20cmと120cm)による観測と、中立安定時に利用できるソーンスウエイト・ホルツマン式 に基づき、水面上の2高度で風速と比湿および気温の観測を行った。

パン蒸発計の水温は、熱容量が小さく、湖水温度と大きく違った。蒸発計の周囲に湖水をポンプ で循環し水温を湖水温に近づけようとしたが無理であった。さらに強風日には湖面は波立つが 蒸発計内は波立たず水面の粗度的性質が異なること、さらに波しぶきが蒸発計に入り、蒸発計では 蒸発量の観測は無理であった。

一方、ソーンスウエイト・ホルツマン式では気温と湿球温度の連続観測が必要で、当時利用され 始めたサーミスタを用いた。その出力用の直流増幅器は東北大学の電気通信研究所で作ってもらい、 高さ1m大の装置になった。当時の増幅器は不安定であり、2つの標準抵抗器と気温・湿球センサー の出力を自動的に切り替えて記録する方式とした。当時のサーミスタ抵抗値は数十キロ・オーム であり、本体の精度そのものは良く、室内計測には適していたが、波しぶきや雨滴が舞う野外では 高抵抗サーミスタであるために漏電し、絶縁に注意が必要となった。

「M57.境界層の風」の章でも述べたことだが、中立安定度を仮定したソーンスウエイト・ホルツマン式 は冬季の蒸発量を過小評価することに気付く。そして安定度を考慮した方式に変更した。この方式 では3高度でよいのだが、観測誤差を考慮すると4高度で風速・気温・比湿を測ることになる。

十和田湖のほほ中央にある小さな岩礁「御門石」に高さ5.5mの観測塔を建てて年間にわたる連続観測 を始めた。当時は適当な自記記録装置がなく、8ミリカメラを用いて1時間ごとにコマドリする記録 装置を手製した。温度計、湿度計、風速計カウンターとサ―ミスタ水温計出力目盛盤を撮影記録し、 回収後にルーペで数値を読み取った。1~2カ月ごとに8ミリフィルムを回収した。

冬の御門石へフィルムの交換に行くと、強風日の波しぶきで観測塔の高さ2~3m以下が大きな 氷塊で覆われており、4高度の観測に基づく空気力学的方法は実用にならない。そこで開発したのが 1高度の気象要素と水温から蒸発量や顕熱輸送量を求める「バルク法」である。1950年から1960年 までに世界中で得られていた水面粗度に関する論文では、粗度は10-5~10-2 mの範囲にばらついている。十和田湖ではこれらの平均的な粗度を用いて蒸発量の季節変化を求めた。

蒸発量は夏に少なく、秋から冬にかけて多いという当時の常識に反する結果を得た。この季節変化は、 十和田湖が深く(最深334m、平均深度80m)、水の熱的慣性が大きく水温は気温に比べて夏に低く、 冬に高いこらだと結論付けた。

この結論を確かめるために、こんどは浅い長野県野尻湖(最深41m、平均水深21m)でも蒸発量 を求めることになる。

十和田湖では、別に大きな問題点があった。最終目標は湖の全面からの蒸発量を知ることである ので、観光船をチャーターして湖面上を縦横に走り、船の速度を考慮して風速の空間分布を観測 すると、湖岸の風速は湖の中央部の風速の約50%である。空気力学的方法では、蒸発量は風速に 比例するので、風速の代表性の誤差がそのまま蒸発量の誤差となる。そこで野尻湖では、 熱収支法でも蒸発量を求めることとし、各熱収支項の大きさを求めた。水中の貯熱量は水温 鉛直分布の1か月ごとの変化から求めた。

貯熱量の絶対値の平均値は十和田湖で111 Wm-2、野尻湖では61Wm-2 となった。それぞれは十和田湖では蒸発の潜熱の年平均値の約2倍に対し、野尻湖ではほぼ 同等である。そのため、野尻湖では蒸発量は8~9月に最大、2~3月に最小となる。

その頃から私は熱収支式の特徴を理論的に調べ、熱収支法では、蒸発量は風速に対してそれほど 敏感でなく、蒸発量は周辺観測所の気象データから推定できることがわかった。水中へ入る日射量 の透過率と深さとの関係が必要だが、各地で観測されていた資料を調べると、湖の透明度と水深は よく対応しており、湖の広さと深さが分かれば数値計算で水温鉛直分布と蒸発量・顕熱輸送量の 季節変化を解くことが可能となった。

各地の湖では、断片的ながら観測された水温データがあり、計算水温との比較から数値計算結果を チェックできて、日本各地の湖面蒸発量を推定した。

57.3 東シナ海における気団変質の研究

  数値天気予報の精度向上のために、1960年代には世界中で海面熱収支量の正確な評価が必要と なった。日本では、台湾付近で発生した低気圧が急速に発達し、本州南岸沖を通過する際に首都圏 に大雪・交通マヒ、銚子沖で大型船の大破事件などがあった。災害防止の観点から、天気予報の精度向上と いう社会的要請があった。

日本が中心となり国際協力研究「AMTEX」(気団変質実験)が東シナ海で1974年と75年 の2月に行うことになり、約10年間の準備期間があった。

私はそれまで湖面蒸発の研究をしてきたので、「わが出番だ!」と考えた。海洋では海洋運動に よる熱移流が大きく、その評価は困難なので「熱収支法」は利用できない。また、当時使用され 始めた乱流輸送量を直接観測する「渦相関法」は、冬の荒れた洋上、しかも広域分布の観測は 不可能であり、海面の顕熱・潜熱輸送量の評価はバルク法しか実用にならない。

それまで湖で使用してきた水面粗度は、前述のように多数の平均値を利用したとしても不正確で、 弱風から暴風状態まで適用してよいのかどうか不明である。さらに、風速分布に対する粗度と 気温や水蒸気分布に対する粗度の違いも明確ではなかった。

AMTEXに先立ち、私は正確なバルク法を開発すべきと、当時、科学技術庁国立防災科学技術センター (現在の防災科学技術研究所)が相模湾平塚沖に1965年に建造した世界有数の海洋観測塔で基礎 研究すべきと自ら希望して転勤した。ここでは若い研究者(藤縄幸雄、内藤玄一、渡部勲氏など) と共に私は研究に熱中できた。海上と海洋表層に関する論文多数を発表でき、その一つに 「安定度を考慮した海面バルク法」ができた(Kondo, 1975: BLM)。

その後、再び東北大学に帰る機会があり、確認の必要から、大気安定度が非常に安定な時と、 非常に不安定な時についての研究や、カルマン定数の正確な観測を行い、海面バルク法を確かな ものとした。

AMTEX本番では、日本の主要大学と気象庁、外国からはアメリカ、カナダ、オーストラリアの研究者 が参加した。海面熱収支量の評価に用いた資料のうち、特に漁船や商船から3時間ごとに送られて くる気象通報が役立った。私は沖縄気象台に設置されたプロジェクト本部に詰め、3時間ごとの 気象通報をもとに東シナ海と周辺の地域天気図などを作成した。最終的には毎日の熱収支量 (顕熱、潜熱、放射量)と海面摩擦応力の各分布図を作成した。

私の記憶に残る問題として、国家公務員が乗船した一部の観測船からは午前3時の通報が なかったのに、漁船の乗組員たちからは通報してきたことである。

57.4 水面蒸発の熱収支的な特徴

  2月の沖縄近海には10~15日の間隔で大陸から優勢な寒波が来襲する。そのとき、黒潮に沿った 海面から大気へ顕熱が300Wm-2前後、蒸発の潜熱が800Wm-2前後も 運ばれる(潜熱を蒸発量に換算すると1日当たり27mm)。これら両者の合計は1000Wm-2 を超える。このエネルギーは地球表面が吸収する日射量の世界平均値(150Wm-2) の約7倍、また、大気上端に入射する日射量の世界平均値(340Wm-2)の約3倍である。

この莫大なエネルギーが黒潮海域から大気へ供給されて、気団変質が行われているのである。

顕熱の潜熱に対する比は「ボーエン比」と呼ばれ、気候を表す重要なパラメータである。 東シナ海周辺のボーエン比を見ると、気温の低い北方ほど大きいが、南方ほど小さくなり、 沖縄以南で0.1~0.3となる。この傾向は大気に及ぼす熱的作用が海域によって違うことを表す。

つまり、大陸から北風となって海上に出てきた寒冷・乾燥気団は、海面から顕熱と水蒸気が供給 され温暖・湿潤化されるが、相対的に見れば顕熱は北方で多く南下にしたがって減少する。 その代わり水蒸気の供給量は南下と共に増加し、大気は湿潤化する。

気団変質の模式図
図57.2 気団変質の模式図。 (近藤純正、1987:身近な気象の科学、図12.6)

図57.2は気団変質の模式図である。寒冷気団が暖かい海上へ吹き出すと、海面から多量の熱と水蒸気 が供給されて下層大気は不安定化し、対流によって熱と水蒸気は上方へ輸送されて積雲が発生し、 ときには雨を降らせる。気象衛星の写真によれば、雲は筋状あるいは団塊状に発達している。

図の一点鎖線以下の層は不安定な「混合層」となり、風速は鉛直方向に一様化される。この一様化 によって、上空の強風が降りてきて海面付近の風速が増加する。その結果、顕熱と潜熱の交換が 一層盛んになり、それに応じて対流活動もますます激しくなる。ただし、この加速によって海面 摩擦も大きくなるので、風速は際限なく大きくはなれない。

図57.3は湖面における気温と蒸発量、およびボーエン比との関係であり、年蒸発量を決める大きな 要素は年平均気温であることを示している。

これを熱収支的に説明すると次の通りである。 地表面に入る放射のエネルギー(日射量、大気放射量)は地表面温度を上げて、上向きに出る 長波放射量と顕熱と蒸発の潜熱の3つのエネルギーに分配されることで熱収支のバランスを保つ。 ここでは年平均値を考えているので、地中(水中)温度の上昇・下降のための貯熱量はゼロである。

年平均気温と年蒸発量
図57.3 日本各地の湖における年平均気温と年蒸発量の関係(上)、および年平均気温と年間の ボーエン比の関係(下)。 (近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学、図15.5)

ボーエン比は気温が高いほど小さいのはなぜか?
それは、飽和水蒸気量が気温とともに級数的に増加することによる。この性質により、低温時は空気 が乾燥していたとしても水面と大気間の比湿差は大きくなれない。しかし、高温時にはわずかな 水温気温差でも大きな比湿差があり蒸発は大きくなる。

つまり、放射エネルギーの入力のもとで、水面からの熱放出の際、低温時は水温を上げ、おもに 顕熱によって放出され熱収支バランスが保てる。

一方、高温時は水温を少し上げるだけで、水面大気間の比湿差が大きくなり蒸発で熱が放出される ようになり、それ以上水温を上げずとも、大部分が蒸発の潜熱として放出されて熱収支バランスが 保てる。

このボーエン比の気温依存性は、暑い夏は人体から発汗しやすいことになる。人体は平均約 100Wm-2の熱量を放出しており、冬は体温気温差が大きいので顕熱によって大部分 が失われている。もし汗腺が働かなければ、暑い夏は体温が気温より上昇して顕熱を放出させなければ ならなくなるが(熱中症)、汗腺の働きにより体温を上昇させずとも皮膚と空気間の比湿差が大きく 発汗による熱放出で体温が正常に保たれる。

図57.3(上)に注目しよう。破線は日本の平均的な気候にある湖の年蒸発量である。仮に、強風 あるいは乾燥あるいは放射量が大きめの湖ではこの破線より上にプロットされ、逆に弱風あるいは 湿潤あるいは放射量が小さめの湖では下方にプロットされる。

同図(下)は各湖の年平均のボーエン比である。低温の北海道ではボーエン比がおよそ1であり、 顕熱と潜熱はほぼ同じ大きさであるのに対し、高温の西南日本ではボーエン比が0.2~0.3であり、 潜熱(蒸発)によって失われる熱エネルギーが顕熱の3~5倍であることを示している。 つまり同じ放射収支量があるとしても、気温の高い西南日本では、その大部分が蒸発の 潜熱の形で大気へ還される。この特徴は、熱帯・亜熱帯海洋における海洋大気間のエネルギー交換 でも同じである。

なお、ボーエン比の気温依存性からすれば、水温気温差は北洋ほど大きく、南洋ほど小さいこと になる。ほかに、平均気温が同じ場合、平均風速が強くなるほど水温は低くなる。これに、 海洋運動による熱移流が加われば、水温気温差は変わる。こうした熱収支の結果として海水温度 の水平分布図が決まってくる。

参考文献

湖面や海面の蒸発についての詳細は、以下に示す章と参考書から学ぶ ことができる。

参考となる本ホームページの他の章:
「5. 十和田湖物語」:水面蒸発の研究を開始したときから東シナ海に おける気団変質の国際協力研究までの経過についての解説。

「M16.海面バルク法物語」:数値天気予報実用化1960年代の時代背景、 水面の抵抗係数の諸研究、平塚沖海洋観測塔における基礎研究、非常に安定なときの熱輸送、 非常に不安定なときの自由対流、などについての説明。

「研究の指針」の「K36. 海上大気の諸問題ー海上風、熱収支、 温暖化問題ー」:大気境界層、海洋気象学の研究集会における基調講演。 バルク法を用いるに至った経緯、気団変質実験で得た成果、温度風の及ぼす海上の風速・風速・摩擦 速度、表面ロスビー数相似則の普遍関数、熱収支の基本的性質についての解説。

「研究の指針」の「K37. 海上風の諸問題Q&A」:同上の研究 集会における30のQ&Aの内容。

参考書:
○近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp. 198.
11章「十和田湖の冬の蒸発」-十和田湖・野尻湖の季節変化、ボーエン比
12章「黒潮と大気」-気団変質の観測、赤道海域への観測航路

○近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用ー.東京大学出版会、pp. 324.
5章「熱収支と気象」-風速と年蒸発量、都市化によるパン蒸発量の変化、水温日較差と風速

○近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー.朝倉書店、pp. 350.
6章「地表面の熱収支の基礎」-物理定数、理論的な取り扱い
7章「水面の熱収支」-水の諸物性、表皮流・表皮水温、有限水面~大水面のバルク係数、熱収支の例



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