K140. 国立市ママ下湧水公園の気温(8~12月)


著者:近藤純正・内藤玄一
地球温暖化と地域の環境変化が湧水温度と気温の温度差に反映される。 この関係を知る目的で、東京都国立市のママ下湧水公園において気温と 湧水温度の観測を開始した。本報告は2016年8月~12月に行なった気温観測 結果の速報である。
ママ下湧水公園の周辺は田畑と新しい住宅地であり、気温は東京の郊外を 代表するとみなされる。ママ下の気温と、都心部の大手町および東京農工 大学農場に設置されている府中アメダスの気温を比較した。ママ下と府中 アメダスの気温はほぼ等しく、月平均気温で±0.2℃以内である。都心部の 大手町は都市気候独特の「夜間の気温下降が小さい」特徴があり、冬に なるほど顕著になる。
都市郊外のママ下における気温の日変化パターンは、1950年以前の大手町 における日変化パターンとよく似ている(完成:2017年1月25日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2017年1月17日:素案の作成
2017年1月19日:140.4節と「まとめ」に、気温日変化、日較差について加筆

    目次
      140.1 はじめに
      140.2 観測
      140.3 気温の月平均値の比較
      140.4 気温日変化の比較
      140.5 日々の気温差の比較
      まとめ
      文献      


大手町の気温
旧大手町露場の気温は気象庁観測部提供による。

研究協力者(敬称略)
国立市泉:本島純子
立川市錦町(株)朝商代表:榎夲和正

140.1 はじめに

地中の深くから湧き出してくる湧水の温度は地表面温度の年平均値にほぼ 等しく季節変化が小さい。地中熱の影響する温泉地や地中100m以深を除けば、 地中の深さ概略10m~30mの温度は、その地域の地表面温度の年平均値に等しく なる。ここでいう地域とは、数100m平方~1km平方の面積範囲を指す。

日本の気候条件では、湧水温度は気温の年平均値より高く、湧水・気温差は 1℃前後である。湧水・気温差は、気温の低い北日本で少し大きく、気温の 高い南日本でわずかに小さい。

気温の上昇つまり地球温暖化が進むと蒸発・蒸散(=蒸発散)が盛んになり、 湧水温度は気温ほど上昇せず、湧水・気温差は時代とともに小さくなる。 いっぽう、森林や畑地が開発され都市化されると、蒸発散量が減り高温・ 乾燥化する。その結果、湧水・気温差は逆に大きくなる (「K130.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析」「K132.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析(2)」 )。

このように、湧水温度は地域の環境(地球温暖化、都市化による高温・ 乾燥化)を表す重要なパラメータである。

東京は湧水の多い所であり、湧水・気温差の解析から、各地域の蒸発効率 (β=0~1)を求めた(「K130.東京の都市化と 湧水温度―熱収支解析」「K132.東京の都市化 と湧水温度―熱収支解析(2)」)。

それらの解析では、湧水温度は年2回の観測値を年平均湧水温度と仮定し ている。この仮定が成立しない地点もありそうなので、確認のために毎月の 湧水温度を観測することにした。ママ下湧水はその一つであり、気温の 連続観測を2016年8月15日から行うことにした。本報告はママ下湧水の南東 約100mで行った2016年8月~12月の気温観測の結果である。


140.2 観測

JR中央線立川駅から川崎に向かう南武線の2つ目の駅が矢川駅である。 矢川駅の南西600mにママ下湧水がある(「小さな旅」の 「149.ママ下湧水 (国立市)」)。

ママ下湧水から南東100mの宅地造成地に近藤式精密通風気温計 (「高精度通風式気温計の市販化」) を設置し、10分間隔で記録した。

大手町、北の丸、府中アメダスの気温も10分間隔の記録データを解析する。

図140.1は宅地造成地内から北西方向に撮影した写真である。当初の2016年8月 14日に設置した気温設置点は赤の「矢印8」であるが、9月1日11時から 「矢印9」に場所を変えた。

観測地点、南東から
図140.1 気温の観測地点、南東方向から北西方向を撮影(2016年8月14日)。
「矢印8」は2016年8月14日の設置場所、「矢印9」は9月1日11時からの設置場所

観測地点、北西から
図140.2 気温の観測地点、北西方向から南東方向を撮影(2016年8月14日)。
「矢印8」は2016年8月の設置場所、「矢印9」は9月1日11時からの設置場所


気温観測地点の南100mには中央自動車道があり、南300mには多摩川がある。 観測地点周辺の半径200m内の50%以上は畑地など非都市化地表面であり、 東京の郊外を代表する地域とみなされる。


140.3 気温の月平均値の比較

全体的な傾向を見るために、月ごとの平均気温を表140.1にまとめた。 郊外のママ下と府中アメダスは都心部の大手町や北の丸公園に比べて 1~2℃ほど低温である。

府中アメダスは広い農場にあり、気温はママ下とほとんど等しく、月平均値 で±0.2℃以内である。

表140.1 月平均気温の一覧表
月平均気温の表


140.4 気温日変化の比較

図140.3~7はそれぞれ8月~12月の月平均の気温日変化について、ママ下と 大手町の比較である。ただし8月は15日~31日の半月間の平均である。 各図下段のプロットは前後の各1時間の移動平均値である。たとえば12時の プロットは11時~13時の平均値である。

各図の上段を見ると、気温日変化は正午前後には両地点で1℃以内であるが、 大手町の夜間の気温下降が小さく、気温差は時間とともに大きくなる。 大手町における午後から夜にかけての気温下降・朝の日の出後の気温上昇 が小さいのは、都市気候の特徴である。

都市気候の特徴「夜間の気温下降が小さい」は、次の2つの過程の組み合わせ によって生じる。広い範囲がコンクリートで覆われた都心部では、
(1)蒸発散量が少なく(蒸発効率βが小さく)、地表面温度の日平均値が 高温になる。
(2)地表層の熱的パラメータ(熱容量と比熱の積)が大きく、気温日変化 の振幅は小さくなる(「水環境の気象学」の6.7節と表6.12)。

こうした特徴は、各図の下段からよくわかる。下段は大手町を基準にした 気温差の日変化である。

夜の気温差について8月から見ていくと、8月~9月は2℃以内であるが、 10月からしだいに大きくなり、11月は2℃余、12月は3℃余となっている。

日変化8月
図140.3 気温の日変化(8月)。
下段の気温差は前後の各1時間の移動平均値である。たとえば12時の プロットは11時~13時の平均値である。

日変化9月
図140.4 気温の日変化(9月)

日変化10月
図140.5 気温の日変化(10月)

日変化11月
図140.6 気温の日変化(11月)

日変化12月
図140.7 気温の日変化(12月)


気温の日較差は大手町でも冬になるほど大きいが、 郊外のママ下では一層大きくなることがわかる。

気温の日較差はママ下で大きいが、この傾向は1950年以前の大手町 における傾向とよく似ている。

現在のように都市化が進んでいない(広い面積がコンクリートで覆われて いない)時代、日本の都市における気温日較差(最高気温と最低気温の差 の年平均値)は現在に比べて13%(東京を含む代表15都市)ほど大きかった (「M59.都市気候」)。

その15都市中の東京では、気温日較差は現在よりも1923~1950年には 20%ほど大きかった。

昔の大手町における気温の日変化パターンが現在のママ下で観測されて いる。ただし、本速報は8~12月の結果であるので、最終的な結論は 続報で示す予定である。

以上は、気温日変化の月平均値についての関係である。


140.5 日々の気温差の比較

図140.8~12は各月1日から月末まで、日々の気温の日変化である。ただし、 8月は15日から31日までの半月間である。図の各1段目はママ下、北の丸、 府中、大手町の4地点における気温、2段目はママ下と他の3地点の気温差、 3段目と最下段は北の丸と府中における日照時間と風速である。 最上段を除く2段目~最下段の各プロットは前後の各1時間の移動平均値である。 たとえば12時のプロットは11時~13時の平均値である。日照時間の最大値が 10分となっているのは、 10分間隔の記録を解析したことによる。

まず8月(図140.8)を見てみよう。図の1段目と2段目によれば、快晴の 8月17日の最高気温は約35℃で地点による違いは小さい。しかし、 同じ快晴の8月31日のママ下と府中の最低気温(18℃程度)は大手町の24℃ に比べて6℃も低い。

近年の都市化による気温上昇(熱汚染)と地球温暖化により、夏の 熱中症が増加している。 大都市の東京ではこの100年間の平均気温の上昇は、地球温暖化による分 が0.7℃に対して都市化による気温上昇が2℃と大きい(近藤、2012; 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」 の表2.8と図2.8)。

大都市における夜の高温は睡眠不足を招き健康を害する。今回の結果からも、 夜の高温は都心部で顕著なことが理解できる。

気温差8月
図140.8 日々の気温と気温差、および北の丸と府中における日照と風速(8月)。
最上段:ママ下、北の丸、府中、大手町の4地点における気温
2段目:ママ下と他の3地点の気温差、前後1時間の移動平均値
3段目:北の丸と府中における日照時間、前後1時間の移動平均値
最下段:北の丸と府中における風速、前後1時間の移動平均値


次に9月(図140.9)について気づくことは、曇天・雨天の続く9月18日~ 24日は、4地点の気温はほとんど同じで、気温差は0.5℃またはそれ以下である。

10月以後の図でも同様に、地点による気温の差は昼夜ともに晴天日に大きく、 曇天・雨天日に小さいことが確認できる。

気温差9月
図140.9 前図に同じ、ただし9月。

気温差10月
図140.10 前図に同じ、ただし10月。

気温差11月
図140.11 前図に同じ、ただし11月。

気温差12月
図140.12 前図に同じ、ただし12月。


12月(図140.12)において、27日の3時ころから10時ころまで、ママ下を除く 地点で8℃以上の高温となった。南関東~静岡県東部の範囲について27日6時 の気温分布を図140.13に示した。この日、東京都心の北の丸公園では2時~10時に、 府中では4時~8時に南寄りの強風となったが、西方の八王子や北方の練馬 では南寄りの風は生じなかった。

天気図によれば、前線の通過があり、その際の府中アメダスとママ下の距離、 わずか約4km間で8℃以上の気温差が続いたのである。

気温水平分布12月27日
図140.13 2016年12月27日6時の南関東~静岡県東部における気温分布。
丸印はママ下、四角印は府中アメダスの観測地点。


まとめ

東京国立市のママ下湧水の近くで気温観測を開始した。本報告は2016年の 8月15日~12月末までの観測結果である。

ママ下湧水の周辺は、田畑が多く残る郊外を代表する地域である。 都心部の大手町、北の丸公園、および東京農工大の農場に設置されている 府中アメダスの気温と比較した。

月平均気温
(1)ママ下と府中アメダスの月平均気温の違いは±0.2℃以内であり、 都心部の大手町より1~2℃ほど低温である。

気温日変化
(2)都心部の大手町は都市気候の特徴「夜間の気温下降が小さい」がある。 この特徴は冬になるほど顕著になる。

ママ下と大手町の気温差は正午前後には1℃以内であるが、大手町の夜間の 気温下降が小さく、気温差は時間とともに大きくなる。大手町における 午後から夜にかけての気温下降・朝の日の出後の気温上昇が小さい。

この都市気候の特徴「夜間の気温下降が小さい」は、次の2つの過程の組み 合わせによって生じる。広い範囲がコンクリートで覆われた都心部では、 (1)蒸発散量が少ない(蒸発効率βが小さい)ことから、地表面温度の 日平均値が高温になる。同時に、(2)地表層の熱的パラメータ(熱容量と 比熱の積)が大きいことから、気温日変化の振幅が小さくなる。

ママ下で観測された気温の日変化パターンは、1950年以前の昔の大手町 における日変化パターンによく似ている。

各時間帯の地点間の気温差
(3)晴天日は都市気候の特徴が顕著となり、ママ下と大手町の気温差の 日変化が大きくなるが、曇天・雨天日には気温差の日変化はわずかである。

前線の通過に伴い、わずか4kmの距離間でも数時間にわたり8℃以上の 気温差が続いた例があった(2016年12月27日の早朝~昼前)。


文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店、pp.337.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究 ノート、224号、25-56.

トップページへ 研究指針の目次