K130.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析


著者:近藤純正・松山 洋
東京都内の湧水温度が気温よりも大きい速度で上昇している。湧水温度はその境界条件 である地表面温度に依存するので、地表面熱収支式を解く方法で調べた。
気温が上昇すると、湧水の水温・気温差(=水温-気温)は時代とともに減少して いく。これに都市化によって相対湿度が下がると、水温・気温差はより小さくなる。 ところが都市化による地表面の蒸発効率の低下が加わると、水温・気温差は上昇傾向 となる。さらに、東京では1960~1990年にあった大気汚染が2000年以後なくなり、 有効入力放射量が5W/m2ほど増加し、水温・気温差が大きくなった。
地中水の涵養域(周辺の0.1km2~1km2の範囲)が都市化してくると、湧水の水温・ 気温差は大きくなるが気温や湿度への依存性は小さくなる。水温・気温差を決める 要因は地表面の蒸発効率、有効入力放射量、気温、相対湿度であり、水温変化が 気温より遅れる位相差は地中の熱的パラメータ(熱伝導率、体積熱容量:土壌水分量 の関数)に依存すると考えてよい。
気温の低い江戸時代~明治初期における水温・気温差は現在よりも大きく、水温は 逆に高温であり、時代による変化幅は気温の変化幅よりも小さかったと推定される。 近未来の水温・気温差はいつまでも大きくなるわけではなく、限界値がある。 (完成:2016年4月24日)。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2016年4月17日:素案の作成
2016年4月24日:湧水名の3か所ほか訂正

  目次
      130.1 はじめに
      130.2 都市の昇温・乾燥化と湧水温度(概要)
    (A)東京の都市化による昇温・乾燥化
    (B)湧水温度の上昇傾向
    (C)水温上昇の要因
   130.3 解析方法
   130.4 湧水の水温・気温差の経年変化
   130.5 気候変化と水温・気温差(計算)
    (D)放射量の推定
    (E)湧水温度の気温・湿度への依存性
    (F)湧水温度に及ぼす蒸発効率の影響
   130.6 都市化率と蒸発効率
   130.7 江戸時代から近未来までの水温・気温差の推定
   まとめ
      引用文献



130.1 はじめに

成宮ほか(2006)は、既存資料(東京都の調査)に加えて新たな現地調査を開始して、 東京都内にある30地点の湧水における過去20年間の水温の経年変化を調べた。 各湧水が湧出する高さ(湧出深度)はまちまちで、2~16mの範囲に分布するが、 水源涵養域の都市的土地利用変化率が小さいほど湧出深度が大きくなる傾向にある。

なお、湧水温度の観測は各年の渇水期(2月)と豊水期(10月)に行なわれたもので ある。

宮野ほか(2013)はその後の5年間を加えて、1980年代から2011年までの26地点の 湧水温度について統計学的検定も行い長期変動傾向を示した。さらに、鉛直一次元の 地中水の移動に関する計算に基づき、各湧水の涵養域の面積として0.1~1 km2 であることを推定した。その面積内での土地利用の変化率と湧水温の上昇率との関係 を調べ、水温上昇率は都市的土地利用の変化率が大きいほど大きい傾向にあること を示した。

水温の上昇は化学的物質の溶解を引き起こすなど水質にも影響を与えるので、 湧水温の長期的観測・解析・将来予測は重要な課題である。

湧水は地中数m~10m程度の地中温度になじんだ水温が湧き出たもので、位相は 気温変化より遅れる。Matsuyama and Miyano (2011)は、地中熱伝導を計算し、 湧水温度は気温より4~7年ほど遅れることを示した。

湧水温度の支配要因と本研究の手法
湧水温度は地表面温度の年平均値とほとんど同じであり、地表面温度は地表面の熱収支 によって決まる。それゆえ、本研究では湧水温と気温の差(=水温・気温差)の 観測値と地表面の熱収支式から得られる計算値を比較する。さらに、この計算方法を 江戸時代~近未来に応用して東京都内の湧水温度の時代変化を推定する。

本研究で対象とする湧水点
宮野ほか(2013)に示された26湧水のうち、渇水期と豊水期の水温についての Mann-Kendall検定において、危険率5%(*印)または危険率1%(**印)で有意 な水温上昇があり、それらのうち*印数の和が2つ以上である湧水点、さらに2015年 までの観測も含めて有意となった湧水点も解析する(図130.1)。

東京湧水地点の分布図
図130.1 本研究で対象とする湧水の分布。番号は観測地点に対応する。 星印は東京の大手町露場、□印は府中アメダスを示す(宮野ほか, 2013の 図1に加筆)。


今回の対象とする湧水は、(1)明治神宮、(10)稲荷山憩いの森、(11)親水公園、 (12)竹林公園、(14)真姿の池、(15)貫井神社、(16)野川公園、(22)黒川 清流公園、(27)ママ下湧水、(28)子安神社、(29)芹が谷公園の11地点である。

除外する湧水は、(9)大泉井頭公園、(20)矢川緑地、(21)拝島公園、 (24)白滝神社である。これらは豊水期と渇水期の水温差が2~5℃と大きい、 あるいは最近になって渇水期に涸れる湧水である。それゆえ、それら水温の平均値 は年平均水温と0.5℃~1℃程度違う可能性があるので、本章では解析しない。

Matsuyama and Miyano(2011)では、(14)真姿の池を対象にして、この地域には 湧水温に及ぼす人為的影響は少ないことを確認してあるが、他の湧水については 検討されていない。本研究の熱収支計算では水温に及ぼす人為熱の直接的影響を 含めない。したがって、観測された湧水温と計算値に大きな差が生じる場合は、 人為的影響を調査・検討することになる。

用語の略称
都市化率:都市的土地利用率の略称として用いる(%)
都市化変化率:ある期間内に都市的土地利用率が変化する割合(%/y、%/10y、・・・)
水温・気温差:湧水の水温と気温の差、プラスは水温が気温より高温

130.2 都市の昇温・乾燥化と湧水温度(概要)

東京都内に分布する湧水の温度が気温よりも大きく上昇している。詳細解析に先立ち、 その概要について理解をしておこう。

(A)東京の都市化による昇温・乾燥化
図130.2の赤印プロットは東京の大手町露場の年平均気温の経年変化である。 黒印プロットは周辺4観測所(石廊崎、勝浦、飯田、奥日光)から評価した東京の バックグラウンド温暖化量である。バックグラウンド温暖化量とは、時代による 観測法の変更や観測所環境の変化による気温の違い(誤差)を補正したもので、 都市化による影響を含まない気温の長期変化である。他の観測所と比べて、東京の 都市化は1923年の関東大震災のあとの復興とともにはじまったとみられるので、 1910~1925年の平均気温を基準とし、それからの上昇量とバックグラウンド温暖化量 の差を都市化の影響とみなしている(近藤,2012; 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」)。

地球温暖化量は100年間当たり0.7℃程度の上昇率であるのに対し、大都市の東京では 都市化による影響が加わり、その4倍ほどの気温上昇がある(赤印と黒印の差が都市化 による昇温量である)。

東京の気温長期変化
図130.2 図130.2 東京大手町の気温の経年変化、3年間の移動平均値。
東京大手町の観測露場は2014年12月2日から北の丸公園に移転したが、気温は大手町 露場の値(気象庁提供)を用いてある。
 赤印:気温
 黒印:周辺4観測所(石廊崎、勝浦、飯田、奥日光)のバックグラウンド温暖化量


気温上昇量が日本一の東京では、地表面の舗装面積や都市ビルなどが増加し、 地表面からの水分補給が少なくなり相対湿度は大きく低下している (「K127.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」 の付図1)。

(B)湧水温度の上昇傾向
図130.3は11か所の湧水の温度、大手町と府中の平均気温、および湧水の水温・気温差 の経年変化である。気温は3年前の値(3年遅れの気温)をプロットしてある。3年遅れ の気温を用いたとき、湧水温と気温の相関関係がもっとも大きくなるので3年遅れと した。

下図に示すように、水温・気温差は11地点の平均で約0.037℃/yの割合で上昇している。

湧水11地点平均の水温
図130.3 全11地点の湧水温度と府中・大手町平均の3年遅れの気温(例えば、横軸 の2003年にプロットしてあるのは2000年の気温)。
 上:湧水温と気温の経年変化
 下:水温・気温差の経年変化


(C)水温上昇の要因
湧水温度が都市の気温上昇・乾燥化とともに上昇するのは、直感的に納得できる だろう。しかし、水温の上昇が気温よりも大きいのはなぜか?

熱収支的考察によれば、気温が上昇すると地表面の蒸発散量が増えることで地表面 温度(したがって地中温度=湧水温度)は相対的に下降し、湧水の水温・気温差は 減少する。また、都市大気が乾燥しても蒸発散量は増えるので同じように水温・ 気温差は減少するはずである。

それにもかかわらず、水温・気温差が増加しているのは、都市では植生地などの 面積が減少し、道路が舗装され、ビルなどの構造物が増えることによって、地表面の 蒸発効率βが低下し、蒸発散量が減少する。その結果、地表面温度が気温よりも上昇 (地温・気温差が上昇)する。定量的な議論は130.5 節「気候変化と水温・気温差 (計算)」で行なう。

こうした観点から東京都内の湧水温度を解析する。

130.3 解析方法

湧水点は都内の広範囲に分布しているので、各点の年平均気温は大手町露場と府中 アメダスの観測値から推定する。この2地点は、東京を代表する気温観測が行われ ている。その他のアメダスは観測所環境の時代による変化などがあり、0.2℃程度の 誤差を含み地域代表性が低いと思われるので直接的には使用しない。

大手町露場の気温は、明治神宮や代々木公園、新宿御苑、北の丸公園にある広い 芝地上の気温とほとんど同じで、東京都心部を十分に代表することが確認されている (「K116.東京都心部の代表気温-大手町露場の代表性 (完結報)」)。

図130.4は1980年以後の大手町と府中における年平均気温の経年変化である。各年の 気温はこの2地点の平均気温を用いる。他のアメダスは、以下で説明する方法により 気温の地域差の推定に用いる。

東京と甲府の気温
図130.4 1980年以後の大手町と府中アメダスの年平均気温の経年変化。
 上:大手町と府中の年平均気温
 下:気温差(=大手町-府中)


東京周辺における平均気温は都心部で高温であり、湧水の多い都内西部ほど低温傾向 にある。

図130.5は南関東~静岡県のアメダスデータによる2011~2015年の5年間平均気温を 用いて作成した標高ゼロに換算した年平均気温の分布図である。気温の高度減率と して0.0065℃/mを用いてある。各湧水地点の緯度・経度などは後掲の表130.1に示して ある。図130.6は都内の湧水地点周辺の拡大図である。

東京周辺気温分布図
図130.5 東京周辺の年平均気温の分布、標高ゼロの換算値、単位℃(2011~2015年の平均)。

気温分布拡大図
図130.6 前図の拡大図、標高ゼロの換算値、単位℃(2011~2015年の平均)。
 +印はアメダス
 *印は気象官署の露場(大手町、北の丸、横浜、千葉)
 〇印は湧水地点(数値は湧水地点番号)


湧水地点の多くは府中アメダスの周辺に、(1)明治神宮は大手町に近く、 (10)稲荷憩いの森と(11)親水公園は両気象観測所の中間に位置している。

各湧水地点の各年の平均気温は次式から推定する。

2011~2015年の大手町・府中の平均気温の標高ゼロ換算値=16.2℃

(各湧水点の気温-16.2℃)=標高ゼロ面における気温地域差補正量

各湧水点の各年気温=(大手町・府中の各年平均気温)+(標高ゼロ面における 気温地域差補正量)

例えば(1)明治神宮の気温=16.5℃、ゆえに補正量=+0.3℃であり、 (10)稲荷憩いの森の気温=15.95℃、ゆえに補正量=-0.25℃となる。各湧水地点 の補正量は後掲の表130.1に他の資料とともにまとめてある。

130.4 湧水の水温・気温差の経年変化

湧水温の年平均値は豊水期と渇水期の観測値の平均値とする。その際、渇水期(2月 測定)は湧水量が少ないこともあって、観測値のばらつきが大きいので、豊水期に 重みをつけて次式を用いる。

年平均水温=豊水期水温/2+(当年渇水期水温+翌年渇水期水温)/4

当年渇水期水温が欠測の場合は、当年豊水期水温と翌年渇水期水温の平均値とする。 豊水期と渇水期の水温の差が特に大きい地点は本解析の対象外とする。

対象とする湧水11地点の豊水期と渇水期の水温差は0.4℃~1.3℃の範囲に分布して いる。そのうち、(1)明治神宮は1.3℃、(27)ママ下湧水は1.1℃で大きく、 次いで(22)黒川清流公園の0.9℃の順である。そのため、これら湧水3地点の 年平均水温には最大0.2℃~0.5℃程度の誤差を含みうる。

図130.7は湧水11地点の豊水期と渇水期の水温および年平均水温の経年変化である。 黒丸印で示す年平均水温を以下の解析で用いる。
図130.8は湧水11地点における標高ゼロ面換算の水温と気温および水温・気温差の 経年変化である。

11湧水の水温
図130.7 湧水11地点における水温の経年変化(現地標高における観測値)。
 青印:豊水期観測値
 赤印:渇水期観測値
 黒塗り印:平均


11湧水の水温気温差
図130.8 湧水11地点における水温、気温、水温・気温差の経年変化(標高ゼロ面の 換算値)。
各湧水地点について、
上段:水温(丸印)と気温(小赤四角印)
下段:水温・気温差


130.5 気候変化と水温・気温差(計算)

(D)放射量の推定
熱収支の計算に先立ち、東京における有効入力放射量に大きな変化がなかったかどうか 検討する。放射量における数W/m2の小さな違いを日射量観測値から見出す ことは、観測精度から難しい。ここでは、別方法によって推定する。

図130.9は東京と石廊崎・奥日光(両観測所とも旧測候所)の年平均日照時間の差の 経年変化である。日照計は時代によって種類が変更されてきたので、その誤差 (不連続)を除くために日照率の差を描いてある。実線は11年移動平均値を結んだ ものである。東京の大気汚染について、戦前の昭和初期は近代工業化によって汚れ ていたが、戦争中の大空襲によって焼失してきれいになった。その後、戦後復興に よって再び汚染の状態となった。

1964年には四日市で公害による死者、1971年には光化学スモッグの深刻化などがあり、 1974年に国立公害研究所発足(国立環境研究所の前身)、そして大気汚染防止法など ができて大気汚染はしだいに減少してきた (「K15.境界層研究の変遷と将来」)。

東京と石廊崎日光の日照時間差
図130.9 東京と石廊崎・奥日光平均の年平均日照率の差の経年変化。

図130.9に示された1960~1990年の東京における日照率低下は、東京の大気混濁係数 の増加傾向とよく対応している(近藤, 1994「水環境の気象学」の図4.5)。

1970年ころの東京における年平均日射量の低下量を見積もってみよう。1970~1990年 ころの日照率低下は3%前後である。日照率から日射量に換算する式は、日照計の 種類によって多少の違いがある(近藤, 1994「水環境の気象学」の表4.9)。

換算する際に大気上端の水平面における日平均日射量Sod↓が必要となる。Sod↓の 季節変化について、近藤 (2000) 「地表面に近い大気の科学」の付録Dに掲載された 計算プログラムによる結果を図130.10に示した。年平均値Sod↓=344 W/m2と なる。

東京大気外日射量
図130.10 東京の大気上端における日平均日射量の季節変化。

回転式日照計の式を用いると、日照率3%の低下は年平均日射量5W/m2の 減少に相当する。

東京における年平均有効入力放射量=70W/m2を基準値、つまり大気汚染 がひどくない時代(例えば江戸~明治時代、終戦のころ、2000年以後)の値として 用いる。1970年代は有効入力放射量の低下量は、その前後に比べてdR=-5W/m2 とする。

ただし、後述の江戸~近未来の水温・気温差の計算では、年平均気温=16℃のときの 基準値を70W/m2として、江戸~明治時代、終戦のころについては、 都市化とは別の気候変化によって気温+1℃の上昇につき有効入力放射量は +2.5W/m2/℃の割合で増加すると推定する (「K129.地球温暖化・乾燥化と森林蒸発散量」 の図129.8)。

(E)湧水温度の気温・湿度への依存性
地表面の熱収支式を逐次近似の方法で解き、顕熱輸送量、潜熱輸送量および地表面と 気温の差(Ts-T )の3要素を求め、(Ts-T)を気温の関数として表す (近藤、1994、「水環境の気象学」の6章の6.2.1節)。 計算プログラムは近藤(2000)「地表面に近い大気の科学」の付録Fのプログラムを 基に少し改変したものによる。

計算には次の条件を与える。
気温:T=14~18℃(1970~2010年)
相対湿度:rh=0.63(1970年),および 0.60(2010年)
地表面の交換速度:ChU=0.02m/s
地表面の蒸発効率:β=0.2
有効入力放射量:(R↓-σT)=70W/m2

ここに、
入力放射量:R↓=(1-ref)S↓+L↓
S↓:日射量
L↓:大気放射量
ref:日射に対する地表面アルベド
ここでは簡単化のために、地表面は長波放射に対して黒体とみなす(ε≒1)
T:日平均気温
σ:ステファン・ボルツマン定数(=5.67×10-8W m-2K -4)である。

地表面の交換速度として与える ChU=0.02m/sは、森林(0.03m/s)と芝地など低い 植物や都市(0.01m/s)の平均的な交換速度の中間値である。森林や都市化率ごとに ChU を変えないで計算するのは、水温・気温差の気候条件に対する敏感度を知るため である。また、熱収支式の解の性質として、無風に近い条件などでない限り、ChU への敏感度は大きくないことにもよる。

地表面の蒸発効率β=0.2は森林(夏に0.3、冬に0.07程度)の年平均状態を想定した 値である(「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における 熱収支解析」)。

図130.11は地温・気温差(Ts-T)を気温 T の関数とし、相対湿度rhをパラメータと して表している。実線はrh=0.63(1970年に相当)、破線はrh=0.60(2010年に相当) の場合である。地表面温度は数年遅れの位相差で地中数m~10mの地中温度として 現れるので、地温・気温差はその時代における湧水の水温・気温差とみなしてよい。

図によれば、相対湿度が一定であれば、地温・気温差は気温上昇とともに低下して いく。ところが、相対湿度がrh=0.63(1970年)から0.60(2010年)に低下すると、 地温・気温差はいっそう低下することになる。

β0.2湿度パラメータの気温水温差
図130.11 地表面温度 Ts と気温 T の差の気温依存性。有効入力放射量= 70W/m2、交換速度ChU=0.02m/s, 蒸発効率β=0.2の場合。
 実線:相対湿度rh=0.63(63%)のとき
 破線:相対湿度rh=0.60(60%)のとき


前述のように、1960~1990年代は東京では大気汚染で年平均日射量、したがって 有効入力放射量が5W/m2小さかった。dR=-5W/m2のときの 計算結果は図130.12となる。rh=0.60(2010年)の破線は実線(rh=0.63)の上となる。

β0.2湿度パラメータとR変化
図130.12 地表面温度 Ts と気温 T の差の気温依存性。有効入力放射量= 70W/m2、交換速度ChU=0.02m/s, 蒸発効率β=0.2の場合。
 実線:相対湿度rh=0.63、有効入力放射量の変化が-5W/m2と小さいとき
 破線:相対湿度rh=0.60、有効入力放射量70W/m2で変化しないとき


(F)湧水温度に及ぼす蒸発効率の影響
湧水の涵養域が都市化されると蒸発効率βが低下する。β=0.05の場合の計算結果を図130.13 と図130.14に示した。

前記のβ=0.2の場合に比べて、気温依存性が非常に小さくなっているのは熱収支式 の特徴である。つまり、βが小さくなると潜熱輸送量(蒸発散量)が小さくなるので、 おもなエネルギーは放射と顕熱輸送量であり地温・気温差は大きくなり、気温依存性 が弱くなるからである。ボーエン比(=顕熱/潜熱)の気温依存性の効果も小さく なるので、地温・気温差の気温依存性が小さくなるのである。

β0.05の水温気温差
図130.13 地表面温度 Ts と気温 T の差の気温依存性。有効入力放射量= 70W/m2、交換速度ChU=0.02m/s, 蒸発効率β=0.05の場合。
 実線:相対湿度rh=0.63(63%)のとき
 破線:相対湿度rh=0.60(60%)のとき


次に、図130.14の実線は有効入力放射量の少なかった時代(1970年のころ: dR=-5W/m2)の関係である。相対湿度が0.63から0.60に減少した最近 (2010年のころ)では、破線は実線の上側になる。2010年は1970年に比べて地温・ 気温差は微少(+0.08℃)ながら大きくなっている。

β0.05の水温気温差とR変化
図130.14 地表面温度 Ts と気温 T の差の気温依存性。有効入力放射量= 70W/m2、交換速度ChU=0.02m/s, 蒸発効率=0.05の場合。
 実線:相対湿度rh=0.63、有効入力放射量の変化が-5W/m2と小さいとき
 破線:相対湿度rh=0.60、有効入力放射量70W/m2で変化しないとき


本節の敏感度計算から、湧水の水温・気温差が最近の20~30年間にしだいに大きく なっているのは都市化による気温上昇・乾燥化によるものではなく、蒸発効率の低下 が大きく影響していることが理解できた。次節では、観測データからこのことを 具体的に求めることにしよう。

130.6 都市化率と蒸発効率

宮野ほか(2013)では、26の湧水の涵養域について都市的土地利用変化率(1994年~ 2000/2001年)、および都市的土地利用率(2000/2001年)の一覧表が示されている。

明治神宮は大正9年(1920年)創建である。100年前、明治神宮の創建にあわせて、 東京の真ん中に人工の森をつくる実験がはじめられて、10万本の樹木が植林された という。100年の遷移を経て、うっそうと茂った森となった (「小さな旅」の「144.明治神宮内苑」)。

湧水はこの森の中にある御苑内にあり、加藤清正にちなんで「清正井」と呼ばれて いる。立札には「この地に下屋敷を構えて居た加藤清正が掘ったと伝えられ一年中 絶ゆることなく湧き出る・・・・」と説明されている。

この節では、図130.8に示した湧水11地点における水温・気温差から蒸発効率 βを求め、都市化率と対応づける。

蒸発効率βをパラメータとして、水温・気温差と気温の関係を図130.15 (ChU=0.02m/s)に示した。横軸=16℃(2000年ころの気温)に対する縦軸の水温・ 気温差から蒸発効率βを読み取る。

ChU0.02水温気温差
図130.15 水温・気温差と気温の関係、パラメータは蒸発効率β(ChU=0.02m/s)。

ChU0.015水温気温差
図130.16 水温・気温差と気温の関係、パラメータは蒸発効率β(ChU=0.015m/s)。

なお、図130.16(ChU=0.015m/s)は次節で利用する草地・小森林などの荒野の状態を 想定した場合の計算図であり、江戸~昭和初期に適用する。

図130.15から推定した蒸発効率βと都市化率の関係を図130.17と表130.1に示した。
明治神宮の湧水涵養域の蒸発効率β=0.23に対して、都市化率が80%地点では β=0.05~0.08程度として得られた。蒸発効率は都市化率の増加にしたがって減少する 傾向にある。

都市化率と蒸発効率
図130.17 都市化率(都市的土地利用率)と蒸発効率βの関係。

表130.1 都市化率(都市的土地利用率)と蒸発効率β、その他の資料一覧。
湧水地点の緯度経度など一覧表

参考のために、草地などのβ=0.3~0.4(草地など)、0.6(水田)もプロットして ある。

Moriwaki and Kanda(2006)は東京久が原の住宅地に設置した高さ29mの観測塔に おいて、乱流の渦相関法によって顕熱・潜熱輸送量を観測した。この観測から、 雨後1~3日のβ=0.05~0.1が雨後6日以後にはβ=0.03~0.04前後に落ち着く結果を 発表している。

今回のβ(年平均値として有効)はこれら草地や都市住宅地で得られている値と矛盾 していない。

なお、(27)ママ下湧水の蒸発効率はマイナスと評価されるのでプロットしていない。 この湧水では、前述のように豊水期と渇水期の水温差が1.1℃と大きく、これら平均 水温を年平均水温とみなしたことに誤差があり、人工熱の影響や気温の推定誤差 なども考えられる。図130.8における、(27)ママ下湧水を見ると、水温・気温差 が1990年代の後半から急激に大きくなっているのは他の湧水では見られない現象 であり、特殊な環境によるのかもしれない。

(1)年平均水温または水温・気温差の推定値に1℃の誤差があるとすればβは プラスになる。
(2)交換速度ChU=0.02m/sに原因があるとして、ChU=0.01m/sとすれば、βはプラス となる。
(3)人為的な熱として30W/m2が加算されているとすればβはプラスとなる。

これらを考慮して、湧水周辺に人為的影響など特殊性がないか別途検討する必要 がある。

参考:観測露場(芝地)の蒸発効率βと交換速度ChU
近藤・中園(1993)は気象台の観測露場で観測された1986~1990年の5年間の地表面 温度Tsと気温Tの差について南日本の名古屋、甲府~高知,足摺、名瀬までの30地点 の平均値として、Ts-T=1.82℃を得ている。その他の条件は気温T=16.30℃、相対湿度 rh=0.71、高度50mに換算した準実測風速UA=3.85m/sである。

気象官署の芝地の観測露場の値として、筑波大草地のβ=0.38を参考に、観測値の Ts-T=1.82℃を満たすためには、
有効入力放射量=70W/m2の場合、ChU=0.007(0.008)m/sとすれば、 β=0.43(0.37)となる。
有効入力放射量=65W/m2の場合、ChU=0.007(0.008)m/sとすれば、 β=0.38(0.32)となる。

蒸発効率の評価には、この程度のあいまいさがある。同様に、今回用いた図130.15の 代わりに図130.16を用いて評価すると、βは0.05ほど大きくなる。しかし、蒸発効率 が都市化率の増加にしたがって低下する傾向は同じである。

130.7 江戸時代から近未来までの水温・気温差の推定

明治神宮御苑内にある加藤清正井が江戸時代から使われていたように、都内各地に 分布する湧水や井戸水は古くから利用されてきたと考えられる。当時の水温・気温差 と現在を比較するには昔の気温データが必要である。

財城・三上(2013)は東京の江戸時代における7月の気温を推定している。これは、 古日記天候記録、気象庁(中央気象台)設立以前のオランダ使節やシーボルトに よる気象観測記録を用いた推定値である。この論文には11年移動平均した7月の気温 の経年変化が図示されている。この7月平均気温から年平均気温を推定してみよう。

東京の都市化は1923年の関東大震災後の復興からはじまったと考えられるので (近藤、2012)、都市化以前(1876~1922年)の東京における気象庁観測資料から 7月平均気温と年平均気温を比較し、図130.18に示した。

7月気温と年平均気温の関係
図130.18 東京における年平均気温と7月平均気温(11年移動平均値)、1876~1922年。
 上:気温の経年変化の7月平均と年平均
 下:7月平均気温と年平均気温の関係


気温変動幅は7月に比べて年平均気温は小さく、その比は0.25である。この関係を用 いて江戸時代の年平均気温(11年移動平均値)Tを推定し、気象庁観測値(11年移動 平均値)と連続になるように接続する。

表130.2の11年移動平均気温Tの列の1850年までの色塗り数値が年平均気温の推定値 である。それ以後は正式観測時代における観測値である。

都市化が進んでいない観測所では、相対湿度の年平均値はほぼ一定とみなされるので、 正式観測以前の東京の年平均湿度は1880~1890年代と連続になるようにrh=0.75と 仮定する。

備考:相対湿度の長期変化
相対湿度の観測は、1949年までは非通風式の乾湿計が用いられていたが1950年からは 通風式に変更されて、不連続的になっている。その補正は湿度と気温に依存し複雑で あるので簡単でない(Kondo, 1967; 近藤,1982「大気境界層の科学」の3.3節)。

1950年以後の現在(最近は電気式湿度計が用いられている)までのデータのうち、 都市化されていない室戸岬観測所について調べると、水蒸気圧は気温上昇とともに 増加しているが、相対湿度の長期変化は認められない。それゆえ、1850年以前の年 平均相対湿度はrh=0.75と仮定する。

表130.2 江戸~近未来の気象要素の年平均条件(11年移動平均値)、 および3種類の土地利用涵養域に存在する湧水の水温・気温差(Ts-T)の計算値。
1850年以前の気温Tと相対湿度rhは推定値、2020年以後は仮定値。
江戸以来の気候パラメータ表

年平均有効入力放射量と、その変化量は年平均気温1℃当たりの変化率は次のように 設定する(「K129. 地球温暖化・乾燥化と森林蒸発散量」 の図129.8)。

 年平均気温=16℃のときの有効入力放射量:(R↓-σT)=70W m-2
   有効入力放射量の年平均気温に対する変化率:dR=2.5 W m-2/ ℃

湧水の涵養域の土地利用を次の3種類とし、その交換速度ChUと蒸発効率βを設定する。
(a) ChU=0.02m/s, β=0.2 ・・・・森林的土地(土地利用はおもに森林)
(b) ChU=0.015m/s, β=0.3 ・・・・荒野的土地(土地利用は荒野、草地、田畑など散在)
(c) ChU=0.015m/s, βは変化・・・・都市的土地(土地利用は現在の都市、ビル街、中高層住宅地)

(a)は現在の明治神宮の湧水、(b)は昔の清正井、(c)は経済高度成長時代以後の東京 都市部を想定したものである。これらの条件は、雑多な条件にある東京都内の各地点 に適用できるものではなく、代表的条件である。

これらの条件について、湧水の水温・気温差の経年変化を図130.19に示した。 1850年以前の江戸時代~明治初期は数年~10年間の寒冷時代と温暖時代のプロット であり、正式観測時代はおおよそ10年ごとのプロットである。

江戸~近未来の水温気温差
図130.19 江戸~近未来における3種類の土地利用における湧水の水温・気温差の 経年変化。
 上:水温・気温差(丸印は森林的土地、黒小印は荒野的土地)
 中:水温・気温差(黒小印は荒野的土地、四角印は都市的土地)
 下:東京大手町の気温


図によれば江戸時代~1920年ころまでは、11年平均の気温変動幅(0.6℃前後)にかかわ らず水温・気温差の変動は0.1℃以内で小さい。次いで震災後の1923年頃からの気温 上昇にともない水温・気温差は下降しはじめる。しかし涵養域(0.1~1km2) の都市化が進んだ湧水では、1950年のころからの気温上昇と蒸発効率の低下によって 水温・気温差は上昇しはじめ2000年ころまでほぼ直線的に上昇する。

水温のみの経年変化は図示していないが、全期間を通じて、水温変動は気温変動 よりも小さい。江戸時代~1920年の期間、低温時代は相対的に高水温であり、 高温時代には低水温となる。都市化されない場合、地球温暖化で気温が上昇する ほどには水温は上昇しない。

つぎに近未来に関して、2015年以後に都市化率=100%になったとしても、雨天日もある ので蒸発効率の年平均値はβ=0.02~0.03程度の下限がありゼロにはならない。 そのため都市化率=100%の場所でも水温・気温差はほぼ一定値に収束するものと 推定される。

その後、βはゼロに近いままで地球温暖化と都市乾燥化が進むならば、敏感度の計算 によれば、水温・気温差は気温と湿度の兼ね合いによって多少の増減があると 想像される。エアコンの使用が増加すると、排出される水蒸気量も増えるので、 都市乾燥化はどこまでも続かないであろう。


まとめ

地中温度に数年間なじんで湧出する湧水温度は、地中の深度数m~10mの温度に近い。 人為的な熱が無視できる場合、地中温度は境界条件の地表面温度によって決まり、 地表面温度の年平均値に等しくなる。それゆえ、地表面熱収支式を解いて得られる 地表面温度と気温の差(温度差の計算値)の年平均値は湧水の水温・気温差に相当 する。

気温、湿度および地表面の交換速度ChUと蒸発効率βを与えて温度差を計算し、 東京都内の湧水の水温・気温差の観測値と比較した。

(1)気温が上昇すると、湧水の水温・気温差(=水温-気温)は時代とともに減少 する。これに都市化によって相対湿度が下がると、水温・気温差はより小さくなる。

(2)地中水の涵養域(周辺の0.1km2~1km2の範囲)が都市化(地表面の蒸発効率βが 低下)してくると、湧水の水温・気温差は上昇傾向となり、気温や湿度への依存性は 小さくなる。

(3)東京では1960~1990年にあった大気汚染が2000年以後なくなり、有効入力 放射量が5W/m2ほど増加し、水温・気温差が大きくなった。

水温・気温差を決める要因は都市化による蒸発効率の低下、有効入力放射量、気温、 相対湿度であり、水温変化が気温より遅れる位相差は地中の熱的パラメータ (熱伝導率、体積熱容量:土壌水分量の関数)に依存すると考えてよい。

(4)気温の低い江戸時代~明治初期における水温・気温差は現在よりも大きく、 水温は相対的に高温であり、時代による変動幅は気温の変動幅よりも小さかったと 推定される。

(5)近未来の水温・気温差は都市化率が大きくなる(βの減少)にしたがって大 きくなるが、βの最小値は限られているので、いつまでも大きくはならないと 考えられる。水温・気温差はほぼ一定値を保ちながら、温暖化と都市乾燥化の兼ね 合いによって、多少の変動は生じうると推定される。

今後の課題
(6)各湧水地点の涵養域について、2010~15年のころの都市的土地利用率を評価し、 2010~15年当時の水温・気温差を用いて蒸発効率を評価し、図130.17を充実させる。

(7)豊水期と渇水期の2回の観測では湧水の年平均水温に誤差を含むことになる。 特に明治神宮(豊水・渇水期の水温差=1.3℃)の湧水については、年に6回の観測 によって精度を高めたい。


引用文献

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近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

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近藤純正、1998:種々の植生地における蒸発散量の降水量および葉面積指数への 依存性.水文・水資源学会誌、11、679-693.

近藤純正、2000: 地表面に近い大気の科学. 東京大学出版会、pp.324.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、224号、 25-56.

近藤純正・中園 信、1993:日本の水文気象(4):地域代表風速、熱収支の季節変化、 舗装地の芝生地の蒸発散量.水文・水資源学会誌、6、9-18.

Matsuyama, H. and H. Miyano, 2011: Diagnostic study on warming mechanism of spring water temperature based on field observations and numerical simulation: a case study of Masugatanoike spring, Tokyo, Japan. Hydrol. Res. Lett., 5, 78-82.

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