89. 三島測候所

著者:近藤 純正

地球温暖化と都市化による昇温量を知るために気象観測所の周辺環境を 調査している。今回2008年8月3日に静岡県三島市にある旧三島測候所 (現在、三島特別地域気象観測所)を視察した。現在、旧測候所の宿舎跡地を 買収した会社が13階建ての高層分譲マンションを建設する計画であったが、 地元住民による「三島測候所を保存する会」の反対により、この計画は中断 している。
測候所の観測体制を守るとはどういうことか、筆者の考えを述べてみたい。 (完成:2008年8月30日)

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  	  もくじ
		(1)はしがき
		(2)旧測候所の周辺環境
		(3)売却された敷地のこと
		(4)売却敷地の利用についての提案

(1)はしがき
この5年間にわたり、各地の気象観測所の周辺環境の視察を行い、気象観測 データに及ぼすさまざまな誤差を補正することにより、日本のバックグラ ウンド温暖化量(都市化などの影響を含まない田舎の地球温暖化量)を もとめることができた。それに基づき、全国91都市について都市化による 都市昇温量の経年変化も同時に知ることができた。

参考: それらの結果は、本ホームページの「身近な気象」の 「M41.日本のバックグラウンド温暖化量と都市昇温量」や、 「研究の指針」の 「K40.基準34地点による日本の温暖化量」と、 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」、および 「K42.都市気温と環境の短期的な変化」に示してある。

バックグラウンド温暖化を監視する観測所は、周辺にある建物・樹木の状態に 大きな変化がないことが重要である。一方、都市昇温を監視する観測所は、 都市を代表する環境にあって、ごく近傍100~200m程度の範囲内がその 周辺地域と大きく違っていないことが必要である。

静岡県三島市東本町2-5-24にある旧三島測候所(1930年創立、現三島特別地域 気象観測所)は都市昇温を監視する観測所の一つであるのだが、その宿舎 跡地(約2,300m)が売りに出され、購入した業者が13階建て 高さ39mの高層分譲マンションを建てる計画をしたところ、地元住民の間で 反対運動が起きた。

観測所の位置:
北緯35度6.7分、東経138度55.8分、標高=21m

旧測候所の周辺は大部分が2階建ての住宅地であり、高層マンションが建設されると 周辺となじまなくなること、気象観測所のデータのうち、日照時間と風向風速の 観測器械は移転せざるを得ず、気象データが不連続になることが危惧される という理由から反対運動が起きたようである。

そのほか現実には、高層マンションが隣地に建てられると、露場付近の風通り も変わるので、気温や湿度の観測値にも当然影響が現れるはずである。 そこで今回、現地を見学することとした。

日本各地の旧測候所敷地の大部分が売りに出されており、敷地を購入した 業者が中高層住宅などを建てると、気象観測値に影響を及ぼし、地球温暖化 など気候監視が正しくできなくなることが心配される。こうした敷地売却 問題にとって、旧三島測候所が参考になる。

(2)旧測候所の周辺環境
2008年8月3日(日)の午前中、三島大社の正面鳥居から南東方向へ 商店などが並ぶ道路を約900m進み、新しい国道1号線の手前約90mの場所で 左折し(東へ)、約150m行くと旧測候所があった。旧測候所庁舎の南隣地 には現在の特別地域気象観測所の露場と測風塔があり、それら旧庁舎と露場 の東側にある空き地(約2,300)には草が生えている。

それらの地区をぐるっと一巡してみると、周辺は大部分が2階建ての住宅地である。 多くの住宅には「三島測候所 観測地点を守る会」の旗がたてられている。

旧庁舎の南側約80mのところに国道1号線(新道)が東北東から西南西 方向に走っている。また、東側約150mのところには、ほぼ南北に大場川が 流れ護岸幅は約40mである。

三島測候所庁舎
図89.1 旧三島測候所庁舎。現在は、約1000平方メートルの敷地とともに 三島市が買い取り国の有形文化財に登録されている。建物の右方の写真範囲外 に、現在の三島特別地域気象観測所の露場がある。

南側から見た旧測候所敷地
図89.2 南側にある駐車場の北東端から見た旧三島測候所の敷地 (横に3枚を合成し多少のひずみがある)。ほぼ中央の2階建ての白色建物 が旧三島測候所庁舎、その左側に観測露場があり一番高い鉄塔が現在の測風塔 である。正面の広い草地には、もと5戸の測候所宿舎があったところで、 約2300平方メートルの敷地は業者が買収ずみである。

北側から見た旧測候所敷地
図89.3 敷地の北側の道路から見た旧三島測候所の敷地 (横に3枚を合成し多少のひずみがある)。右寄りの白色建物が旧測候所 庁舎、正面の草地は測候所宿舎跡地で業者が買収ずみである。

測候所敷地の周辺一帯を一巡したあと、戸外におられた方がいたので、 筆者が旧測候所を見学に来たわけを話すと、跡地の買収問題について、 おおよその状況を教えていただいた。この方は三島市立中郷西中学校の 先生・露木知浩さんである。昔の測候所のことなど詳しいことも知りたいと いうと、自治会長ほか、数軒のお宅を案内していただいた。 この近辺でもっとも古くからの住民のお宅も教えていただいた。

筆者より1歳年上の木下美保子さんによれば、測候所宿舎の平屋住宅は5戸 あり、4戸が旧庁舎の東側に東西(正しくは西南西~東北東方向)に並び、 1戸が離れて敷地の南寄りの場所にあった。それら宿舎の敷地の東側~ 南側は低地となり田んぼが広がっていた。

いまの大場川は立派な護岸が造られているが、昔は岸には草が生え子供たちが 川魚を捕ったりして遊んでいた。水泳ができるほど広くはなく、小川 であったという。

測候所の北側の道路は、昔は狭かったが、昭和天皇が測候所に行幸されると いうことで拡幅された。他の住民たちの話も総合すると、測候所の 西~北は畑が広がっていたが、1945年の終戦後に住宅が建つようになり、 しだいに増えてきた。現在、新しい2階建ての住宅が多く見える。

(3)売却された敷地のこと
測候所跡地の問題について「三島測候所を保存する会」があり、事務局が 「NPO法人グラウンドワーク三島」に置かれ、 事務局長・渡辺豊博さんに尋ねると詳しい状況がわかると聞く。

この敷地の所有者は広島に本社のある(株)マリモ(マンションの企画・ 建設・分譲などの企業)であることがわかり、本社から三島測候所宿舎跡地の 担当者は中部支店(名古屋)の新郷さんだと教えていただいた。

新郷さんによれば、昨年(2007年8月)にこの土地売却に落札した。13階 建てマンションは当初の計画であったが、現在はこの土地をどう利用するか、 戸建て住宅など含め検討中とのことである。筆者のホームページ「近藤純正 ホームページ」には気象学的な立場から土地利用の例を示してあるので、 参考にしてくださいと、伝えておいた。

財務局のホームページには古い売却情報(平成19年度第1回以前)は掲載 されていないので、静岡財務事務所沼津出張所に尋ねると、この土地は 昨年の平成19年8月1日に落札されているとのことである。

この土地をめぐる最近の状況は測候所所在地の三島市東本町二丁目自治会の 会長・藤幡俊量さんが詳しいと教えられたので、8月29日午前中にお会いし、 これまでの経過と今後の予想について知ることができた。

すでに公表された諸資料によれば、次の通りである(要点の抜粋)。
土地の所有者(株・マリモ)に提出してあった町内の要望書に対する 回答書(2008年1月23日)によれば、
(1)「マンションの階数を低くして欲しい」に対して、階数を減らせば戸数 が減り事業計画に影響が出るので階を減らすことはできないと回答。
(2)「風のシュミレーションを作成して欲しい」に対して、卓越風の 東南東と西南西の2通りについて、三次元流体数値解析(ただし風速の 高度分布はベキ乗則を仮定、評価高さ=1.5m/s、基準風速=2.0m/s)の結果 が示されており、風が増幅し近隣家屋へ迷惑を及ぼすことはなく、 日常的な風環境(日平均風速2.3m/sをアプローチ風速としている) に関しては、著しく高い風速の領域は見られないとして回答。(筆者の注: 計算結果の図を参考にすれば、箱根おろしが吹くような強風のときは、 いわゆる「ビル風」(ビルの近傍で発生する周辺より強い風)が発生する ことは明らかである。)

その後、市民運動と(株)マリモの理解と決断によるマンションの建設が中止 となり、確認の覚書の調印式が2008年3月21日に行われた。その覚書によれば、
(1)7月31日まで調印者が三島市や民間業者に土地購入を働きかける。
(2)上記期限までに転売先がみつからなければ、(株)マリモの第三者への 転売に自治会や保存する会は干渉しない。
つまり、測候所を守りたいという地元の意向を尊重し、(株)マリモは マンション業者へは転売しないということである。

次いで、自治会・測候所を守る会は同年4月、三島全町内から15,000名の署名 「三島市の貴重な文化遺産を残すためにマンション建設予定地を三島市等に 買収してもらう」を集めた。それを三島市長に提出したが、財政難から 不調に終った。

覚書の期限(7月31日)が過ぎた現在、敷地の今後は不明だが、 建売住宅の業者に転売される可能性が大きいであろう。

この土地価格が2億4000万円程度と仮定して、分譲住宅の会社が、「測候所を 守る」ことを考慮せず儲けのみで計画すれば、次の案(一例)が出てくる。

2,300mの敷地(概略南北60m×東西38m)の真ん中に幅6mの ほぼ南北の道路を造るとすれは、住宅分の敷地は概略1,940mとなる。 これを11区画に分割すれば1区画176m=53坪となる。 1区画を2,200万円程度で販売することになる。

測候所宿舎の時代(平屋5戸)の環境からすると、かなり密な住宅団地となる。 しかも、現・観測所の敷地境界のフェンス近くに接して住宅が建てられ ようものなら、気温と湿度の観測値へ及ぼす影響は大きくなる。 もちろんのこと、各住宅は2階建てとして棟高が風速計高度(21m)以下と しても、その高度で観測される風速は弱くなる。

(4)売却敷地の利用についての提案
「はしがき」で述べたように、旧三島測候所(現三島特別地域気象観測所)は 三島の都市昇温を監視する観測所である。都市昇温は、観測所周辺の 広い範囲(数km)の平均的な値を観測すべきであって、近傍100~200m以内 の状態を観測するものではない。

第1の提案:
理想的には、売却敷地(約2,300m)は三島市に買い取って もらい、たとえば、公園として整備することが望ましい。 ただし、公園の場合、気象観測所が近くにあることを考慮して、背丈が高く 成長する樹木を植えることは禁止し、樹高は成長しても4~5m以下に制限 すべきである。

第2の提案:
戸建ての住宅用地として利用する場合、気象観測露場の地面~高度2mほどの 低高度まで風通りを悪化させないこと。悪化させた場合には「日だまり効果」 が生じ、平均気温が高めに観測されることになり、観測値は三島の代表値 ではなく、ごく近傍100m程度の狭い範囲の気象を表すことになり、本来の 気象観測の役目を果たさなくなる。

現在の三島特別地域気象観測所における卓越風向は東西方向(風向は西~南西 と、東~南東が多い)であり、気温・湿度を観測する通風筒の設置高度 (1.5~2m)における風の状態を大きく変化させてはならない。

風通りを悪化させないためには、図89.4のオレンジ色 で示す部分は共有地とし、通路や花壇などに利用する。このオレンジ 色の部分の幅は5m程度以上、特に観測露場の東側は7~8m以上 は確保したい。

宿舎跡地
図89.4 売却した敷地(測候所宿舎跡地)の利用方法の例。 黒印:旧測候所庁舎(現在、国の有形文化財)、濃い緑:気象観測所の露場、 オレンジ色:売却した敷地(赤+薄い緑)のうち、住宅などの敷地とせずに 通路などに利用すべき共有地、薄緑:戸建て 住宅の建設用地、ただし密集させないこと。黄色:道路、青:現存の住宅などの 建物を表す。図の南寄りを西南西から東北東に走る道路は国道1号線である。 (「goo 地図、三島市東本町2丁目」を参考にして 作成)

オレンジ色(共有地)の東側に薄緑で示す敷地には2階建て以下の建物とする。特に南寄りの 観測露場の東側は住宅を少なくし、1軒または2軒とする。測候所宿舎が あった時代、この部分には平屋1軒のみがあったところである。 この周辺の住宅は、昔は平屋建てが多かったが、現在はほとんどが2階建て になってきているので、周辺と同じ2階建てとしてもよい。

売却敷地の北寄りの部分(旧庁舎の東側)には、2階建てを4~6軒建てる。 各住宅の規模は現在周辺に建てられている住宅の規模とする。 測候所宿舎があった時代、この部分には平屋の宿舎が4軒あった。

以上は、気象観測露場の周辺環境としての提案であるが、これより 戸数は少なく各戸の建坪は小さいことが望ましい。

観測露場にとって、当初計画された13階建てマンションの方がよかったと いうことにならないよう、風通りが悪化せぬよう、空間に余裕をもたす べきである。

マンション建設に反対してきた住民たちが問題にしたのは、観測所における 日照と風向風速であるのだが、これより重要なのは気温観測である。 日照と風向風速が観測されてきた年月は気温と同様に長いが、気候変動 の立場からすると、器械の変更等によって、すでにデータとしての均質性が 失われているので、連続観測の期間はずっと短くなるし、さらに、日照計と 風向風速計は、例えばマンション屋上に観測場所を変更しても都市における 気候監視上、深刻な問題が起きるとは考えられない。

それに比べて気温観測は、データとして役立つ期間が長く、測候所創設時代 から現在まで、三島における都市温暖化を知ることができる。もし、 露場が移転することになれば、これまで蓄積されてきた貴重なデータが断絶 してしまう。

注1:気象観測所は大きく分けて2通りがある。その1は、都市化など の影響を含まない気候変動(二酸化炭素の増加に伴う地球温暖化など:バック グラウンド温暖化)の観測を目的とするものである。この場合、観測所の 周辺環境は変わらないよう保全することが大切である。
その2は、多数の人々が生活する都市の気象・気候環境の観測を目的とする ものであり、観測所の100m~200m以内の周辺環境は都市の平均的な状態 を代表していることが望ましい。したがって、都市域が変化すれば、観測所の 100m~200m以内の周辺環境も変化してよい。ただし、観測露場のごく 近辺100m程度の範囲内は風通りがよい状態に保たれなければならない。 三島の観測所はこの後者に属している。

図89.5は三島における現在までの都市化による昇温量の経年変化である。 参考までに、静岡についての同じ経年変化を図の下段に比較して示した。

三島の都市化は終戦(1945年)以後にほぼ直線的に進行していることが わかる。現在の観測所周辺には古い住宅が一部あるほか、比較的新しい 2階建て住宅が目につく。こうした周辺環境の変化が気温データに反映 されている。

2000年時点における三島の都市昇温量は0.94℃であり、間もなく1℃を超える ものと考えられる。

三島と静岡の都市昇温
図89.5 都市化による昇温量の経年変化。上:三島、下:静岡

いっぽう、同図下段に示した静岡(静岡地方気象台:静岡市曲金2-1-5、 中心市街域から離れている)は、日本の経済高度成長時代の1960~1980年に 都市化が進み、それ以後は大きな変化は見られず、2000年時点における都市 昇温量は0.71℃である。 経済高度成長時代に都市化が大きく進んだことは日本の他の多くの都市に おける傾向と同じである。

なお、都市昇温量の図は本ホームページの「研究の指針」の 「K41.都市の温暖化量、91都市」 によるものである。

注2:都市化による昇温とは、二酸化炭素など温室効果ガスの増加 によって生じる地球温暖化とはまったく別の原因(都市の道路舗装、植生の 減少、ビルの高層化、人工排熱の増加など)によって生じる気温上昇であり、 ”熱汚染”とも呼ばれている。 都市では、この”熱汚染”が”地球温暖化量”(日本では100年間あたり 0.67℃の平均気温の上昇)に加わっている。したがって、日本の大中都市では、 年平均気温が田舎に比べて2~4倍も上昇している。

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