K213. 温暖化と北海道における農作物の5~6月低温障害


著者:近藤純正・根本 学*
都市化影響のない農耕地に囲まれた観測環境のよい一般アメダス10か所を北海道 全域から選び、5~6月の日最低気温について解析した。選んだアメダス10地点は 低温地域から高温地域に分布している。それゆえ、各地点の日最低気温の旬平均 値がアメダス10地点平均値に一致するように低温地点は加算し、高温地点は減算 して揃えた。この処理により、データ数を増やして日最低気温の頻度分布を求めた。

頻度分布から、日最低気温がある値以下になる発生確率と日最低気温の関係図 を作成した。この図から、作物が低温障害を受ける花芽や葉面などの限界温度 (-5℃~-2℃)をもたらす高度1.5mの日最低気温が例えば0℃の場合と2℃の 場合の発生確率を表に示した。現在の気候では、日最低気温が0℃以下の発生確率 は5月上旬から旬ごとに6.7%、3.5%、0.6%、0%と減少し、日最低気温2℃以下 の発生確率は同様に26.7%、13.7%、4.3%、1.5%、・・・・と減少していく。 そして、その栽培時期をおよそ10日間遅らせた際の確率と温暖化1℃の昇温を仮定 した場合の確率はおおむね一致する。

こうした関係から、地球温暖化による1℃の昇温は季節が約10日間早まることに 相当することがわかった。

北海道についての結果から日本各地の農耕地に対して提言できることは、 地球温暖化が作物の低温障害を軽減させる問題は次世代にとって重要である ことを意識し、今後30年間程度の期間は気温の年々変動に対処すべきである、 ということである。それは、温暖化による30年間の気温上昇に比べて、年々の 変動幅が1桁ほど大きく、低温になる確率がはるかに大きいからである。

また、時期を固定して考えると、低温障害の発生確率は温暖化によって徐々に 減少していくが、栽培開始や果樹の場合は萌芽の時期が自然に早まり低温障害は 減少しないことになる。こうした単純な問題も含まれていることに注意しよう。 (完成:2020年12月8日)

農研機構 北海道農業研究センター


本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2020年12月6日:素案の作成
2020年12月8日:微細部部に加筆

    目次
        213.1 まえがき  
        213.2  放射冷却と凍霜害(復習)
        213.3  資料と解析
        213.4 作物被害の限界温度の発生確率
      日最低気温の頻度分布
      低温の発生確率
      温暖化の影響
      他地域における低温発生の確率
        まとめ
        文献     


213.1 まえがき

地球温暖化によって生じる熱中症などの健康障害や農作物の高温・低温障害の 予測を行う準備研究として、前報では日最高・最低気温の上昇率が季節によって 違うかどうかについて調べた(「K211.日最高・最低気温 の昇温率は季節により違うか?」)。

その結果、日最高・最低気温の長期的な昇温率は田舎と都市で大きく違い、 田舎では単純だが都市では複雑なことがわかった。農産物の主な産地である 田舎では日最高・最低気温の昇温率は季節によらずほぼ同じある。すなわち、 全体として気温の基準レベルは自然昇温率(地球温暖化)とともに上昇しながら、 日最高・最低気温の季節変化は昔とほとんど同じ形のままである。

こうした準備研究のもとに、本論では北海道の5月~6月における農作物の低温 障害の発生確率について調べた。その結果から地球温暖化による気温上昇が低温 障害の発生確率にどのように影響するかを考察する。

図213.1は北海道における長期の気温変化(地球温暖化量)、都市化と日だまり 効果を含まない気温である。傾斜の赤線は1970~2019年(50年間)を直線近似 したときの昇温傾向(0.022℃/y=1℃/45y)を表している。なお、0.022℃/y は この期間の全国34地点平均の昇温率(地球温暖化による日本の平均昇温率) と同じである。

気温の長期変化
図213.1 北海道の長期気温変化(地球温暖化量)、都市化と日だまり効果を 含まない気温である(データセットKON2020 「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」の北海道の6地点から作成)。


地球温暖化が今後どのように進むかは、世界の温暖化対策の取り組み方 によって変わり、不確定である。そこで、本論では平均気温が現在よりも1℃ 上昇した場合を想定し、その時代における低温障害の発生確率について考察したい。


213.2  放射冷却と凍霜害(復習)

異常低温の発生条件
農作物の低温障害は、作物の種類と生育ステージによって決まる「安全限界温度」、 あるいは「霜害発生限界温度」が1時間程度続いたときに発生する。それゆえ、 高度1.5mで観測される日最低気温の特定の異常値を限界温度と対応させることが できる。日最低気温の異常値は、微風晴天夜の放射冷却によって起き、そのときの 作物温度は気温より数℃低くなる。

図213.2は2010~2020年(11年間)の北海道のアメダス10地点における日最低気温 の経年変化である。上図は5月上旬、下図は5月中旬の例である。赤楕円破線で 囲んだ範囲は異常低温が発生した日を示しており、北海道全域が晴天の弱風条件 の日である。本論では、こうした異常低温の発生確率を求めることである。

アメダス10地点最低気温
図213.2 5月上旬(上図)と中旬(下図)のアメダス10地点の日最低気温、 11年間の経年変化。上図では横軸の各年の目盛りの位置が5月1日、順次右に2日、 3日、・・・10日、下図では各年の目盛りの位置が5月11日、順次右に12日、 13日・・・20日である。


放射冷却
放射冷却の特徴は簡単な理論式から理解することができる。微風晴天日の夕刻 (日没前30分ころ)を初期時刻t=0、その時刻の地表面温度をToとしたとき、 時刻 t の地表面温度 Tsは次の近似式で表される(近藤、1987)。

 冷却量:To-Ts≒Rn(2t/a)1/2, a= cρλ・・・・・(1)

ただし、地表面層の熱パラメータa=比熱×熱容量×熱伝導率、Rnは夕刻の正味 放射量である。この式は、 t<1時間程度の範囲で成立し、数時間までは概略値 として利用できる。なお、厳密解は近藤(1994)の6.5節に示されている。

Rnは大気全層が乾燥しているとき大きくなり、熱パラメータ a は土壌が乾燥 しているときに小さい。特に新雪の a は小さいので、最低気温の極値は新雪の 晴天夜に発生しやすい(近藤・山沢、1983)。

十分な時間経過後の冷却量は式(2)で与えられる「放射最大冷却量」に漸近して いくが、その前に夜が明ける。

 放射最大冷却量:DTmax≒(To/4)(1-Lo/σTo4)・・・・・(2)

温度 To は絶対温度(単位はK)で表し、σTo4 は温度Toに対する 黒体放射量、Loは下向きの大気放射量である(近藤、2000)。

作物の低温障害
福島県農業振興課(2018、2019)によれば、果樹の花芽の安全限界温度は生育 ステージにより異なる。もも(あかつき)は-2.1~-2.6℃(3~4月)、 なし(幸水)は-1.3~-3.6℃(3~5月)、りんご(ふじ)は-1.5~-2.1℃ (3~5月)、ぶどう(巨峰)は-1.8~-4.6℃(4月)である。 ここに「安全限界温度」とは、花芽の温度がこの温度以下に1時間おかれたとき、 花芽が障害を受けるおそれがある温度のことである。野菜などについての 「霜害発生限界温度」は、作物種類と生育ステージにより異なるが、 -2~-3℃が目安とされている。

微風晴天夜における植物の葉面温度は高度1.5mの気温より2℃前後の低温 (夏の有効放射量=-50W/m2の条件)、あるいは4℃前後の低温 (秋・冬・春の有効放射量=-100W/m2の条件)となる (「K168.最低気温、凍霜害の予測(2)夏の住宅街」)。

つくば市内の3月におけるトウモロコシ畑ではビニルトンネル内の葉面最低温度 が-3.4℃に下がったとき、トウモロコシの20%が凍霜害を受けた。快晴日夕刻 の下向き大気放射量が268W/m2 以下のとき朝の最低葉温<-3℃となり 凍霜害が発生する確率が生じはじめ、207W/m2以下のときは100%の 確率で凍霜害が生じた。快晴微風夜のビニルトンネル内の最低葉面温度は 高度1.5mの最低気温より1.43±0.93℃の低温となる。露地の場合に比べて ビニルトンネル内の葉温は2~3℃の高温である。つまり、露地の葉面最低温度 は気温より3.4~4.4℃の低温である(「K186.凍霜害 予測(11)ビニルトンネル内の野菜」)。


備考1: ビニールトンネル内の温度
ビニルトンネル内の土壌面にはマルチ(生分解性プラスチックシート)が敷かれ る。この敷き方によってマルチの下の土壌温度とビニルトンネル内の温度は違って くる。土壌面とマルチの間にできる隙間が大きくなると、断熱効果が高まり 土壌内からの上向きの地中熱伝導は少なくなり土壌温度は高温に保たれるが、 そのぶんビニルトンネル内は冷却量が大きくなり低温となり、ビニルトンネル の保温効果は減少する(「K183.マルチの保温・冷却効果、 ビニルトンネル栽培」)。



作物温度と気温の差(理論式)
気温と物体温度(作物温度)の関係は熱収支計算から理論的に求めることが できる。物体温度Tb(作物温度)は入力する放射量、その周辺の風速、物体の 大きさ(顕熱交換速度:ga=ChU)、物体が乾燥しているか湿っているか (蒸発効率:β)、気温T、相対湿度rhによって決まる。

「K176.凍霜害予測の実用化(4)狭山―準備研究」 の付録3「葉面温度と気温の差」によれば、温度差(Tb-T)はこれら諸要素に よって表される。

図213.3は、気温T=0℃、直径=0.05m程度の葉面(顕熱の交換速度として ChU=0.0008+0.015U0.5、ただし風速の単位はm/s)を想定し、 風速と相対湿度が時間的に折れ線のように変化したときの葉面温度と気温の差 の時間変化である。

横軸に示した時間番号③で風速が弱くなると、葉面温度は-2℃から-3℃に 下降し、⑤で相対湿度が80%から90%に増加すると降霜が起きはじめ、 潜熱の発生により葉温は-2.3℃に上昇する。⑨で乾燥空気がきて相対湿度が 40%に下がると、霜が昇華(蒸発)しはじめ葉温は-5℃に低下する。 このように、作物体温は周囲に流れてくる空気の相対湿度と風速によって 昇温・低下を繰り返すことになる。こうした過程において、作物の限界温度が 1時間程度続くと低温障害が発生することになる。

葉面と気温の温度差の時間変化
図213.3 晴天夜間に相対湿度と風速が変化したときの葉面・気温差の時間 変化の例。
相対湿度は%で表してある。 最下段に示す丸印のうち、白抜き記号は葉面上に 霜が付着していない乾燥状態、青塗潰し記号は葉面上に霜(氷)が存在するとき を表す。横軸の⑬は相対湿度も風速も変わらないが葉面上の霜(氷)が昇華して 無くなってしまった 状態であり、葉面・気温差は-4.1℃から-1.3℃に上昇する。 (「K176.凍霜害予測の実用化(4)狭山―準備研究」 の図176.14に同じ)。



図213.3では、説明を分かりやすくするために、風速と相対湿度が単純・極端に 時間変化する場合を例として示した。作物の葉面・花芽など部位の大きさが違う 場合は、風速Uの代わりに顕熱の交換速度ga=ChUをパラメータとして計算する。 その場合の交換速度と葉面・気温差の関係は図213.4によって表わされる。

図213.4の赤曲線は、降霜と昇華の境をあらわす境界である。赤線より上は降霜 が起きる範囲である。赤線の下は霜が降りない範囲、ただし、その時点以前の 放射量と湿度と風速の条件によりすでに着霜になっていれば霜が昇華中でしだいに 乾燥していく状態の範囲である。横軸は交換速度であり、風速が強いほど大きく、 小物体ほど大きくなる。交換速度の具体例は近藤(2000)の表5.1に示されている。

通常の大きさの葉面で、晴天夜間の微風~弱風の条件の範囲を緑色矢印で示して ある。この範囲では、葉温は気温より1℃~6℃ほど低温になることがわかる。 この図は気温が0℃の場合であるが、気温が5℃ほど違っても図中の線の位置 (Tb-Tの値)はほとんど変わらない。

葉面と気温の温度差
図213.4 晴天夜間を想定したときの葉面温度 Tb と気温 T の差(Tb-T)と 顕熱交換速度(ga=ChU)との関係(「K176. 凍霜害予測の 実用化(4)狭山―準備研究」の図176.13に同じ)。
気温T=0℃、葉の上面側の有効放射量(σT4-Lo)= -100W/m2、葉の下面側の有効放射量=0,相対湿度rh(100%のとき rh=1)をパラメータとして選んであり、rh=0.4から 1まで0.1きざみで表した。 赤線は降霜・昇華が生じないときβ=0、 降霜・昇華が生じているときは β=1である。相対湿度が大きい時に降霜が生じる。
赤線より上方の範囲:降霜中、赤線より下方の範囲:無降霜、またはいったん 降りた霜があれば昇華中




備考2:凍霜害
凍結による凍害と、霜による霜害をあわせた用語である。夜間冷却が大きくなる 条件は、地上風速が弱い夜で大気全層が乾燥したとき(可降水量が小さく、 下向き大気放射量が小さいとき)である。大気全層ではなく、地上付近の相対 湿度が高いときは作物に霜が降り、降霜中は潜熱の発生によりその分だけ作物 温度の低下は抑制される。地上の相対湿度が低いとき降霜は生じなく潜熱の発生 も無いので作物温度はより低温になり、作物は凍結する。同じ気温・風速の条件 でも乾燥しているとき葉面はより強く冷却される。




213.3 資料と解析

日最低気温の観測値は気象庁ホームページの「各種データ・資料」の「過去の 気象データ検索」による公表値を利用する。

統計期間が10年単位ではなく、11年間を解析する理由は、気温の長期変動には 太陽黒点周期約11年と同じ周期変動があり、特に高緯度の北海道では顕著である からである(近藤、2012;「K148.日本の都市における 熱汚染量の経年変化」の図4;「K174.日本の地球 温暖化量、再評価2018」の図173.4)。

図213.5は都市化影響を含む気象官署(旧測候所)の網走、帯広、岩見沢と周辺が 農耕地に設置されたアメダスの斜里、駒場、美唄における日最低気温の比較である。 2010年~2020年の11年間の5~6月についての比較であり、横軸の各年の目盛りの 位置が5月1日、順次右に2日、3日、・・・・・6月29日、30日である。

網走・斜里ほか
図213.5 網走地方の網走と斜里(上図)、十勝地方の帯広と駒場(中図)、 空知地方の岩見沢と美唄(下図)の日最低気温の比較、2010年~2020年の 5月~6月。横軸の各年の目盛りの位置が5月1日、順次右に2日、3日、・・・・・ 6月29日、30日である。


図213.5から分かることは、気象官署(特別地域気象観測所)は都市化影響を 受けて最低気温が下がりにくく、田舎に設置されている一般アメダスに比べて 2~5℃ほど高温である。そのため本論では、周辺が農耕地に設置された斜里 (網走地方)、上標津(根室地方)、白糠(釧路地方)、駒場(十勝地方)、 士別(上川地方の北部)、厚真(胆振地方)、東川(上川地方の中部)、 美唄(空知地方)、共和(後志地方)、北斗(渡島地方)のアメダス10地点の 日最低気温の観測値を解析する。

表213.1はアメダス10地点における旬ごとの日最低気温の平均値一覧表である。 各地点間の違い(10地点平均値からの標準偏差)は±1.5℃程度であり、 緯度が低いほど高温の傾向にある。

表213.1 アメダス10地点の5月上旬から6月下旬までの日最低気温、 2010~2020年の11年間平均値の一覧表。上段は旬ごとの日最低気温の平均値、 下段は10地点平均(上段の右から2列目)との差。
日最低気温表


頻度分布の求め方
アメダスには低温地点もあれば高温地点もある。気温がほぼ同じ条件の場合に 揃えるために、各地点の日最低気温の旬平均値がアメダス10地点平均値に一致 するように低温地点は加算し、高温地点は減算した。例えば、5月上旬の斜里に ついては、日最低気温平均値2.8℃は10地点平均値4.0℃に比べて1.2℃低温で あるので、5月上旬の毎日の日最低気温に1.2℃を加算した。

この処理により、データ数を増やして日最低気温の頻度分布を求めた。 旬ごとのデータ数は10地点×10日(5月下旬は11日)×11年=1100(5月下旬は 1210)となる。

参考までに、日平均気温のアメダス10地点の比較を表213.2に示した。 日平均気温と日最低気温の分布形は僅かに異なるが(旬の温度差で最大0.8℃)、 日最低気温と日平均気温の低温地点と高温地点であることには変わりはない。

表213.2 表213.1に同じ、ただし平均気温の表。
平均気温表


本解析では、10日×10アメダス×11年間=1100データ(5月下旬:5月21~31日は 1210データ)から、ある温度以下の日最低気温が発生する確率を旬ごとに求める。


213.4 作物被害の限界温度の発生確率

日最低気温の頻度分布
図213.6は5月上旬の日最低気温の頻度分布(水平の赤線片)である。頻度が 大きいのは日最低気温が1~5℃範囲であり、11.8%(1~2℃)、13.2%(2~3℃)、 12.3%(3~4℃)、12.5%(4~5℃)、それ以下または以上でしだいに小さく なっており、おおまかに正規分布に近い分布である。温度範囲-6~+14℃の頻度 の合計は100%になる。

黒丸印つき青曲線は低温側から高温にむかって積分した確率であり、 0℃で6.7%、2℃で26.7%、5℃で64.6%、・・・、14℃で100%になる。

頻度分布
図213.6 5月上旬の日最低気温の頻度(水平の赤線片)と、横軸に示す日最低 気温以下の発生確率と日最低気温の関係(黒丸印付き青曲線)。


低温発生の確率
図213.7は横軸に示す日最低気温以下の発生確率と日最低気温の関係である。 旬別に示してあり、各曲線は旬が進むにしたがって高温側(右方)へ移動する。 つまり、作物の低温障害を起こす低温の発生確率は時期が遅くなるほど小さく なることを表している。

確率の10%は10日に1回起きる確率であり、低温障害を受けやすい作物の栽培は 行われないであろう。1%は10年に1回起きる確率であり、栽培の多くは行われ るであろう。

確率分布
図213.7 旬別の日最低気温とその温度以下の発生確率の関係、下図の一番下 の第2横軸は温暖化によって年平均気温が1℃上昇したときの目盛りを示す。
 上図:縦軸0~30%の範囲、下図:縦軸を拡大した0~5%の範囲



温暖化の影響
地球温暖化が進み、同じ旬では作物の低温障害を受ける確率は減少してくる はずである。対策上、確率がどの程度減少するかが問題である。図213.7の一番下 に示した第2横軸は温暖化によって年平均気温が1℃上昇したときの日最低気温の 目盛りである。異常低温の発生確率は小さくなることがわかる。

表231.3は日最低気温が0℃以下の発生確率と2℃以下の発生確率が旬ごとに減少 することを示している。2列目は現在(2010~2020年)の確率であり、3列目は 旬を1つ遅くした場合、すなわち10日間遅らせた場合の確率である。一番右端の 4列目は温暖化によって年平均気温が1℃上昇したときの確率である。

3列目と4列目を比較すると、両者の確率はおおむね近い値になっていることがわ かる。すなわち、温暖化1℃の上昇は現在の栽培時期をおよそ10日間遅らせたことに 相当している。仮に、昇温率=0.02℃/yが今後続くとすれば50年後の 2070年代に1℃の昇温(4列目の結果)となる。

表213.3 旬ごとの日最低気温0℃以下の発生確率(上段)と2℃以下の 発生確率(下段)の一覧表。
旬ごと発生確率



備考3:地球温暖化と日最低気温の上昇量の関係
「K121.日最高・最低気温の長期昇温率は季節により 違うか?」で述べたように、都市化影響のある都市域を除けば、農耕地の 田舎では全体としての気温の基準レベルは地球温暖化(自然昇温量)とともに 上昇し、日最高・最低気温の季節変化は昔とほぼ同じ形のままであることが 分かっている。このことから、地球温暖化によって年平均気温が1℃上昇すれば 日最低気温も1℃の上昇となる。

備考4:地球温暖化と萌芽の時期
地球温暖化が進めば、果樹の場合は萌芽の時期が自然に早まり低温障害は減少 しなくなる。それゆえ、現実問題としては単純ではないことに注意すること。


他の地域における低温発生の確率
これまで述べてきた低温発生の確率は、日最低気温がアメダス10地点平均値と ほぼ同じ地域(十勝地方の駒場、胆振地方の士別、上川地方の厚真に似た地域) についての値である。次に、10地点平均値よりも低温地域と高温地域における 低温発生の確率の求め方について説明しよう。

図213.7の一番下に示した第2横軸は温暖化によって年平均気温が1℃上昇した ときの日最低気温の目盛りであった。これと同様に、10地点平均値よりも1~2℃ 高温の地域(上川地方の東川、空知地方の美唄、後志地方の共和、渡島地方の北斗) に対しては第2横軸を左方へ1~2℃移動させたときの確率を読み取ればよい。 逆に1~2℃低温の地域(網走地方の斜里、根室地方の上標津、釧路地方の白糠) に対しては第2横軸を右方に1~2℃移動させたときの確率を読み取ればよい。

当然のことながら、低温発生の確率は高温地域では低くなり、低温地域では 高くなる。


まとめ

北海道の都市化影響のない、農耕地に囲まれた観測環境のよい一般アメダス 10か所を全域から選び、5~6月の日最低気温について解析した。作物の低温障害 をもたらす日最低気温の異常値は北海道全域が晴天のとき一斉に発生しやすい (図213.2)。

選んだアメダス10地点は日最低気温の偏差±1.5℃をもち、低温地域から高温地域 に分布している。それゆえ、気温がほぼ同じ条件の場合に揃えるために、 各地点の日最低気温の旬平均値がアメダス10地点平均値に一致するように 低温地点は加算し、高温地点は減算した。この処理により、日最低気温の データ数を増やして頻度分布を求めた。

(1)日最低気温の頻度分布(図213.6)から、最低気温がある値以下になる 発生確率と日最低気温の関係を求めた(図213.7)。

(2)例として、作物が低温障害を受ける花芽や葉面の限界温度(-5℃~-2℃) をもたらす高度1.5mの日最低気温が0℃の場合と2℃の場合について発生確率を 示した。日最低気温が0℃以下の発生確率は5月上旬から旬ごとに6.7%、3.5%、 0.6%、0%と減少し、日最低気温2℃以下の発生確率は同様に26.7%、13.7%、 4.3%、1.5%、0.2%、0%と減少していく(表213.3)。

(3)日最低気温と低温障害の発生確率の関係から、地球温暖化による1℃の 昇温は季節が約10日間早まることに相当することがわかる(表213.3)。 ただし、時期が早まるものの低温障害発生確率はゼロになるわけではなく 概略半分になることに注意すること。

(4)本論で求めた北海道の平均的な地域(十勝地方の駒場、上川地方の士別、 胆振地方の厚真)に対する結果をそれよりも高温の地域(東川、美唄、共和、 北斗)、あるいは低温の地域(斜里、上標津、白糠)へ応用するには、 図213.7の第2横軸を左あるいは右に移動させて読み取ればよい。

(5)北海道についての結果から日本各地の農耕地に対して提言できることは、 地球温暖化が作物の低温障害が軽減するという問題は次世代にとって重要である ことを意識し、今後30年間程度の期間は温暖化問題ではなく気温の年々変動に 対処すべきである、ということである。

30年程度という意味は、温暖化による気温上昇は大きめに見積もっても30年間に 0.5℃程度の上昇であり、この0.5℃は図213.2に示したように異常低温の年の 気温は11年平均よりも3~4℃低く、これに比べて小さいからである。

また、時期を固定して考えると、低温障害の発生確率は温暖化によって徐々に 減少していくが、栽培開始や果樹の場合は萌芽の時期が自然に早まり低温障害 は減少しないことになる。こうした単純ではない問題も含まれていることに注意 しよう。


文 献

近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギ-の流れ-.東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、 224号、25-56.

近藤純正・山沢弘実、1983:夜間の地表面放射冷却と積雪および日本各地の 最低気温の極値,天気、30,295-302.

福島県農業振興課、2018:作物別凍霜害及びひょう害技術対策(平成30年3月12日). 12pp.

福島県農業振興課、2019:果樹の生育ステージと防霜対策のための温度指標 (平成31年4月4日).2pp.



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