K178.夜間用の放射計と葉面温度計、市販化


著者:近藤純正
晴天夜間の夕刻から朝までの冷却量は有効放射量に比例する。有効放射量の 観測から作物の凍霜害予測を行う目的の有効放射計と、検証のための葉面温度 を観測する葉面温度計の基準器も開発した。

今回市販化された簡易放射計は、有効放射量が気温と放射計受感部の温度差に 比例する原理を利用したものであり、一般の長波放射計に比べて格段に安価 である。

作物の葉面温度は葉面の大きさ、傾き、放射量の当たり方など多くの要素に 依存し、代表温度の測定は非常に難しい。葉面温度計は作物群落の凍霜害を 受けやすい葉面を代表する温度の測定を可能にしたものである。受感部は 簡易放射計の受感部円板とまったく同じである。 (完成:2019年1月12日、付録の追加:2019年2月17日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2019年1月2日:素案の作成
2019年2月17日:付録(葉面温度と風速の理論的関係)を追加

    目次
        178.1 はじめに
        178.2 製品の詳細     
            (1) 簡易放射計
            (2) 葉面温度計
        178.3  観測の記録例
        178.4  葉面温度と風速の関係
        参考文献
        付録 葉面温度と風速の理論的関係                     


178.1 はじめに

微風晴天夜の夕刻から朝までの地表面温度の低下量、すなわち地表面冷却量 「放射冷却量」は夕刻の有効放射量に比例する。ここに有効放射量とは、 地上気温 Tに対する黒体放射量σTと大気からの下向き長波放射量 :L)の差であり、晴天夜間は-50~-150 W/m2 である。
詳しくは、近藤(1994)「水環境の気象学」の式(6.63)、近藤(2000) 「地表面に近い大気の科学」の式(4.6)、または 「K50.放射冷却量予測の簡便法(概要)」を参照のこと。

地上気温や作物葉面の冷却量も地表面冷却量と近似的に比例関係にあり、 凍霜害予測を行う場合に有効放射量が必要である。夜間の放射冷却量は雲の 有無と密接に関係する。雲の出現・雲の高さ(雲形)は有効放射量の観測から 知ることができる。

作物の葉面など、一般に物体の温度は有効放射量に比例する。ほかに湿度、 物体の熱交換速度、蒸発効率の関数となる。熱交換速度は物体の大きさ、 傾き(風の当たり方)に依存し、蒸発効率は濡れぐあいに依存する。 つまり、葉面温度は作物の種類や密集度・生育段階、群落の場所によって さまざまな値をとる。理論的関係は近藤(1994)「水環境の気象学」の6.2章 を参照のこと。

具体的に作物の凍霜害を受けやすい場所・部位は、群落上部最先端の風が 当たりやすいところではなく、また大気からの放射量が少ない下方の葉面 でもなく、上部最先端より低高度の窪んだ位置、しかも天空が十分に見え、 風当たりが少し悪く、水平面に近い傾きの葉面である。

葉面温度計は、この凍霜害を受けやすい場所にある葉面温度を代表する温度 の測定器、つまり模型葉面の温度計(略して、葉面温度計)である。

これまでに、簡易放射計と葉面温度計の試作とテストを行った結果、十分に 活用できることがわかった。詳しくは、次を参照のこと。
「K161.夜間観測用の簡易放射計・微風速計」「K166.最低気温、凍霜害の予測(1)秦野市千村」「K168.最低気温、凍霜害予測(2)、夏の住宅街」

規格を統一した夜間観測用の「簡易放射計」と「葉面温度計」の基準器の 製作・販売が行われることになった。


178.2 製品の詳細

(1)簡易放射計
図178.1はプリード社製の簡易放射計である。図の左方向から空気が吸引される。 吸気口付近の構造は、同社製の「近藤式精密通風気温計」と同じである。 全長=425mm、塩ビ円筒の外径=75mm、肉厚=5mmである。

取り付けは、支柱(20mmのアルミ伸縮棒、その他)の先端に取り付けた パイプの上から差し込む。吸気口の地上高さを気温計の吸気口の地上高さと 同じにする。気温計の通風筒が垂直の縦型の場合は、実際に吸引する空気の 高さが吸気口の下約0.1mであるので、このことを考慮すること。

簡易放射計
図178.1 近藤式簡易放射計(プリード社製)。
円筒の中央に受感部(直径60mmの円板、円板の中に Ptセンサ)、右方にファンモータが入っており、左端の吸気口から空気を 吸引する。2本のケーブルの一つはDC12V電源用、他の一つは温度センサ用である。 円筒は近藤式精密通風気温計(プリード社製)の通風吸気部と同じ構造で、 その中央部に放射開口部がある。


右方に入っているファンモータの規格はDC12V, 0.13A(1.56W)である。 AC電源のない場所で観測する場合、電力消費を抑えるために、DC-DCコンバータ によって電圧をDC5Vにして観測する。そのコンバータは「スーパー3端子 レギュレータ5V500mA、R-78E5.0-0.5、350円」を用いる。

もちろんのこと、ファンモータの電圧は規格の12Vを使ってもよい。ただし、 ファンモータにかける電圧を変えると吸気速度つまり放射受感部(60mmのアルミ円板) に当たる風速が変わり、検定定数が変化することに注意のこと。

受感部の円板に組み込む温度センサは気温計に用いる温度センサと同じ規格品 を用いる。筆者は温度センサ、データロガーとして、次のいずれかを使用して いる。

(その1) 3線式Pt1000センサ(立山科学工業、MODS174-01-PT)
Pt受感部直径=2.3mm、SUS304測温シース=70mm、SUS304スリープ=φ8mm、 ケーブル長=5mである。

データレコーダ:T&D社製のおんどとり「TR-55i-Pt」、温度分解能=0.1℃

(その2) 4線式Pt100センサ(立山科学工業、MODS125-01-PT,)
Pt受感部直径2.3mm、SUS304測温シース70mm、SUS303スリープφ8mm、 ケーブル長=5mである。

データレコーダ:立山科学工業、高精度温度ロガー「プレシィK320」、 温度分解能=0.01℃

(その1)、(その2)ともに温度計の検定準器(分解能0.01℃、精度0.01℃、 検定済み)を基準として、検定槽内(アルコールまたは水の温度=-15℃~40℃) の温度が単調に上昇または単調に下降する条件のもとに、手動攪拌しながら 10秒ごとに20~30分間の記録をとり1温度の校正値とする。センサ相互の相対的 誤差は0.03℃(その1の場合)、または0.003℃(その2の場合)である。 詳しい検定方法は「K145.高精度気温観測用の計器・Pt センサの検定」に示してある。

注意(強風夜の記録):
非常に強い風の夜は、通風筒中央部の上窓(受感部の上)から風が入り、通風速度 に細かな変動が生じ、有効放射量が一定のときでも見かけ上の細かな変動が記録に 混ざる。風速を同時に測っていれば、その区別はつく。なお、強風夜は放射冷却 量が小さい。

(2)葉面温度計
受感部の円板は簡易放射計の受感部円板(直径60mm)とまったく同じである。 受感部円板に組み込む温度センサは、簡易放射計に用いるほど高精度でなく てよく、筆者は温度センサ、データロガーとして、次のいずれかを使用している。

(その3) 3線式Pt1000センサ(立山科学工業、MODS174-01-PT)
前記のその1に同じである。

データレコーダ:T&D社製のおんどとり「TR-55i-Pt」、温度分解能=0.1℃
前記のその1に同じである。

(その4) サーミスタセンサとデータロガー:T&D社製のおんどとり「TR―52i」
一般にこの製品は分解能0.1℃、誤差は±0.3℃であるが、精密検定することで、 0.05℃の精度を得る(「K171.サーミスタ温度計の検定 (おんどとりTR-52i」)。

図178.2は葉面温度計を小松菜の畑に設置した写真である。
受感部の高さは作物の成長に合わせ、蝶ネジで調整する。受感部傾斜も ネジを回して調整する。夜間用であり受感部傾斜は水平面から±2度以内 (普通、目測で可能)に調整すること。また、野菜に直接接触しないように しておくこと。

葉面温度計
図178.2 葉面温度計を小松菜の畑に取り付けた写真。


178.3 観測の記録例

快晴夜と、時々曇りの夜に記録した有効放射量などの観測例を示す。
快晴夜の記録(図178.3)をみると、有効放射量の出力は-1.3℃±0.1℃で 多少の変動を含むがほぼ一定である。

有効放射量の出力-1.0℃はごく大まかに-100W/mに相当する。 なお、出力の温度差(℃)を有効放射量の単位W/mに換算する ための検定は別章で示す予定である。

参考:前記の条件(ファンモータの規格の12V、0.13Aに対して、DC-DCコンバータで 5Vに落とした場合)、出力1℃は 70 W/m2に相当する。

この夜は高度2mで0.5m/s以下の微風であり、放射量の時間変動は上空を通過 する気塊の気温・水蒸気量の変動によるものと考えられる。変動の一部は高度1.5m (通風気温計の設置高度)の気温変動にもよる。地上気温2℃の変動はσT に対して約10W/m(この放射計の出力単位で約0.1℃)の変動に相当する。

下段の図によれば、気温(赤線)と葉面温度(緑線)は夕刻から日の出頃まで、ほぼ単調に下降 している。

放射快晴
図178.3 快晴夜の記録
上:有効放射量、出力の温度差(単位:℃)で表してある
下:気温(赤線)と葉面温度(緑線)


晴れたり曇ったりの夜の記録(図178.5)をみると、有効放射量の出力は-1.2℃ ~-0.4℃の間で大きく変動している。この夜も高度2mの風速は0.5m/s以下の 微風である。日没16時33分の頃は晴れていたが、19時前後と22時30分前後に 曇ったことが分かる。その後は夜半から快晴となったことがわかる。

なお、日射量(直射光、散乱天空光)がある時間帯には放射計の出力はプラス値、 日没後の散乱光が残っている時間帯は小さなマイナス値となる。

気温(赤線)と葉面温度(緑線)は有効放射量の変動とよく対応している。 特に葉面温度は有効放射量に敏感であることがわかる。

後掲の図178.5で示すように、葉面温度は風速によっても変わり、風速が強くなる と上昇し、風が弱くなると下降する。葉面上の結露・降霜、蒸発・昇華によっても葉面 温度は変化する。その極端な例は「K176.凍霜害予測の実用化(4) 狭山ー準備研究」の図176.14に示されている。

放射時々曇り
図178.4 時々曇りの夜の記録
上:有効放射量、出力の温度差(単位:℃)で表してある
下:気温(赤線)と葉面温度(緑線)


178.4 葉面温度と風速の関係

前述のように、一般に物体温度は有効放射量に比例し、物体の熱交換速度つまり 風速の関数となる。葉面温度計の温度も風速の関数となる。

図178.5は今回市販化された葉面温度計基準器について実験した結果である。
温度低下量(=葉面温度計温度-気温)と風速との関係が示されている。 温度低下量は有効放射量に比例するので、下図では「温度低下量 / 有効放射量」 の風速依存性を示した。ここに、有効放射量の単位は出力の温度単位(℃)を 用いてある。

冬の晴天夜における葉面温度計の温度(略して葉面温度:作物の凍霜害を受け やすい部位の温度を代表する温度)は気温に比べて極微風(<0.1m/s)~1m/s) の夜、4℃~2℃ほど低く、風速の増加にしたがって低下量は小さくなる ことが分かる(理論の通り)。

温度低下と風速の関係
図178.5 葉面温度計の温度低下量(=気温-葉面温度計温度)と風速との関係、
ただし有効放射量の単位として出力単位(℃)で表してある。
1月1日18時から2日6時まで、1分ごとのプロットである。
 上:温度低下量(=葉面温度-気温)と風速の関係
 下:(温度低下量 / 有効放射量)と風速の関係


この実験では、気温計は近藤式精密通風気温計(プリード社製)、風速計 は超音波風速計(Wind Sonic, PGWS-100-1 RS232C, デジタルロガーP-RS) を用いた。測器の配置は図178.6に示した。
葉面温度計と通風気温計の距離は0.4m、通風気温計と簡易放射計の距離は1.2m、 したがって、葉面温度計と簡易放射計の距離は1.6mである。

葉面温度計の円板形受感部の下に白色のプラスチック平板を置いた。実験時に プラスチック平板を置かなければ、受感部の下面はまだらな地表面温度分布 を感じて一般性がなくなる。そのため、一般性を持たせるため(実験データ のバラツキを小さくするため)受感部円板の温度に近い温度になる プラスチック平板を置いた。

測器の配置写真
図178.6 測器配置の写真(2019年1月2日撮影)。
手前のアルミ伸縮棒に葉面温度計を取り付け(高度1.4m)、その下0.05mに 白色プラスチック板がある。その奥の2番目の単管パイプの先端に超音波風速計 (高度2m)、その下に通風式気温計(吸気口の高度1.5m)を取り付け、 その奥の3番目の細ポールの先端に簡易放射計(高度1.4m)を設置してある。 一番奥の白色フェンス(隣家との境)までの距離は8mである。


参考文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.


付録(葉面温度と風速の理論的関係)

葉面温度計基準器(受感部の直径 2r=0.06mのアルミの水平円板)に関する熱収支式から 理論的に受感部温度と受感部両面に入る顕熱輸送量を計算することができる。 近藤(1994)の「水環境の気象学」の式(7.35)~(7.40)によって水平距離 X の平板に ついての熱交換速度(ChU)が与えられる。ただし、熱交換バルク係数 Ch は水蒸気の分子 拡散係数 D を分子温度拡散係数 a(=2.12×10-5m2s-1) に置き換えればよい。

また、風に対する直径 2r=0.06m の円板の平均距離 X=πr/2r=0.047m となり、空気の分子動粘性係数をνとして(ν/a)-2/3=1.25となる。

晴天夜間の条件として、葉面温度計受感部周辺の気温 T=0℃、受感部上面に入る 有効放射量=-100W/m2、受感部下面の下の植物群落・地面の平均温度 To が To=T のとき、To=T-2℃のとき、To=T+2℃の3種類の場合を想定する。 受感部下面に入る放射量=σToである。

この条件について熱収支式(「水環境の気象学」の式(6.32)~(6.34))から 計算された結果を図178.7に示した。

受感部周辺の風速 U=0.1m/s, 0.5m/s, 1.0m/sのとき、葉面温度と気温の差(B-T)は それぞれ-4~-4.7℃、ー2.5~-3℃、-2.0~-2.4℃になることがわかる。また、 下図から受感部両面から入る顕熱輸送量は30W/m2前後、37W/m2前後、 40W/m2前後になっている。

これまでに行った各地の観測によれば、微風晴天夜の高度=1m~3mの風速は 0.3~0.5m/sであるので、作物葉面付近の風速(葉面温度計周辺の風速)は0.1m/s前後の ことが多い。その場合の葉面温度とその周辺の気温との差はー4℃、葉面温度計受感部 円板の両面に入る顕熱は30W/m2となることがわかる。

葉面温度と風速の理論的関係
図178.7 葉面温度計(基準器)の温度・熱収支と風速の理論的関係、
ただし、葉面温度計の受感部周囲気温=0℃、受感部上面に入る有効放射量= -100W/m2、受感部下面の下の植物群落・地面の平均温度 To が気温 T に等しい ときと±2℃の違いがあるとき。
上:葉面温度と気温の差
下:葉面の周囲から葉面温度計受感部に入る顕熱量




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